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  • 俺の歌を聴け #13

    2013-03-29 22:2628

     歌い手の悩みは尽きない。例えば動画の視聴者との距離感、これも重要な問題だ。歌い手は一段高いステージに登っている訳ではない。逆に聞き手が一段高いところに居る訳でもない。歌い手と聞き手は対等な関係なのだ。ステージが違うのならそれは歌い手ではなく、インターネットタレントだ。僕は別にアーティスティックな存在ではない。アーティスティックな存在になりたいのなら、ロックバンドや、代々木アニメーション学院や、ハモネプをやっているだろう。
     しかし僕ほどの歌い手にもなると、当然ファンというものがつく。それが過剰になると、信者と揶揄される存在になる。僕にもやはり信者という存在はいる。この間も「歌ってみた聞きました!すごい上手いですね!お金貸してください!」というメールがきた。最初はよかったが、段々と僕への称賛が過剰になり、「ブレイブワン様の動画にアンチコメントがあったので反論のコメント打っときました!あとお金貸してください!」というメールが届いた時点で僕は歌い手として注意をする必要があると感じ、その過剰な僕のファンに対し返信のメールをすることにした。
    「君が僕という歌い手に心酔しているのは理解できるけれど、僕の動画のコメントに対して反論のコメントをするのはやめてほしい。それは僕の動画に関係の無いコメントが一つ加わっただけでなく、結果としてアンチコメントを際立たせることになっている。いいかい、マイナスの感情を僕の動画に残したという点で、君とアンチは同じなんだ。そのことに対して想像力を働かせてほしい。このままでは、君は最高の信者になり、やがて最悪のアンチになるだろう」

     僕の訴えに感銘したのだろう、それ以降彼(あるいは彼女)は信者メールを送ってこなくなり、代わりに「どうすれば私も歌い手になれますか?あとお金貸してください!」というメールがくるようになった。歌い手の僕にそれを聞くのは自然なことであるといえるが、僕は文面からその意志をまず疑い、「どうすれば歌い手になれるか。それを考える必要はない。君は歌い手になれないからだ」という厳しい返信をした。それは僕にお手軽に聞くことではない。本当に望むのなら、自分ですでに走り出しているはずなのだ。歌い手になるにはどうしたら。小説家になるにはどうしたら。公務員になるにはどうしたら。プリキュアになるにはどうしたら。どれも同じことだ。他者の言うとおりにしてなれなかったらどうするつもりなのか。人は他者に責任転嫁し、それを繰り返しながら生きていくべきではない。それでは何処にも辿り着かないし、女の子は誰でもプリキュアになれるのだ。

     そんな僕の厳しい指摘に得心したのだろう、それ以降彼(あるいは彼女)は中二メールを送ってこなくなり、代わりに「ブレイブワンさんライブに出ませんか?そして出演料前払いで振り込んでください!」というメールがくるようになった。僕ほどの歌い手になればそういった要請がくるのも理解するが、それはできない相談だった。僕はまた返信をする。
    「僕は経済活動を否定するものではない。しかし経済活動が生産的なものだとして、だからといってなんでも経済活動であるべきだとは思わない。それは歌い手と聞き手ではなく、事業主と顧客になってしまう可能性も秘めているんだ。生まれながらにして歌い手である僕はそれに馴染まないだろう。歌ってみたと経済活動は別種の事象であり、そして僕はそれを論ずるつもりはない」
     それ以降彼(あるいは彼女)のメールは「お金ください!」とだけ書かれるようになった。ついに本当に望むものに辿り着いたのだ。正しく自分が求めているものを把握したのだ。僕は満足して、彼(あるいは彼女)を受信拒否にした。


     大丈夫、僕の歌い手感はまだ揺らいではいない。僕は安心してPCをシャットダウンする。僕はここまで、不特定多数に対し発信を続けるだけだった。しかしこのところレイコンヌとトーナという二人の歌い手と関わり合うことで、僕は一人一人の歌い手が抱えているものが違うことを知り、それは僅かだが僕の歌ってみたに対する認識に影響を及ぼしていた。一瞬だったが、自分は歌い手じゃないのではないかと自問自答したことさえある。自分が歌い手でない可能性は本当にゼロなのか。自分は歌い手ではない何かなのではないか。ポケモンマスターなのではないか。
     それは勿論馬鹿げた考えだった。荒唐無稽な妄想だと言ってもいい。しかし人はそれまで信じていたものが消えてしまったとき、何者でもないと気付かされたとき、どうやって自分を担保し、その先へ歩を進めていくのだろうか。それは酷く辛抱強い作業が必要になるに違いない。今はまだ考えなくていいのだろう。しかしいずれ、準備が必要なときがくるかもしれない。
     僕は首に巻いたネギを締め直し発声練習をした。あめんぼは、本当に赤いのだろうか。


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  • 俺の歌を聴け #12

    2013-03-23 20:5024

    「衝撃には弱いから、保管には気をつけて。あと湿気にも」
     直人から受け取ったコンデンサーマイクは、私の持っているマイクよりも複雑なフォルムで重厚感があり、なにか特別な道具のように感じられた。「必要なくなったんだ」と連絡があったのは昨日で、その時ニコニコ動画にアクセスすると直人のアカウントは既に存在していなかった。何か思い詰めているのかもしれない、そう思って今日いつもの喫茶店で会うことにしたのだが、目の前の直人の表情は思い詰めているどころかいつもよりずっと穏やかに見えた。だから私はその理由を聞かなかった。話したくなれば、いずれ直人の方から話してくれるだろう。

     マイクとオーディオインターフェースの説明を一通り受けると、二人で黙ってただ少しずつコーヒーを飲むだけで時間は過ぎていった。周囲をぼんやり見渡すと、この空間はたくさんの会話で満ち溢れているようだった。狭い間隔に敷き詰められたあらゆるテーブルで、片方は喋り、もう片方は話を聞いていた。あるいは交互に喋っていた。世の中には話すべき事柄がたくさんあるようだった。そしてそれはほぼ例外なく、当事者にとっては重要な問題だが、他者にはどうでもいい話なのだ。私が隣の席の婚活話に関心がないように、きっと彼女達も歌ってみたの話には関心がないだろう。
    「歌い手が歌うから、聞いてくれる人がいるのかな?聞いてくれる人がいるから、歌い手が歌うのかな?」と私は砂糖が入っていた袋を過剰に折りたたみながら呟いていた。突然の問いかけに直人は少し驚いたようだが、「投稿者サイドから言えば・・・」と言って少し間を置いた。
    「投稿者サイドから言えば、聞いてくれる人がいるから歌うんじゃないかな。逆ならそれは少し傲慢だと思うし、きっとそれじゃ長続きしない。聞く側からも、同じことがいえるのかもしれないけれど」
     意外な答えだった。いつもならもっと匿名掲示板に書いていそうな捻くれたことを言うのに。彼自身もそれに気付き、少し戸惑っているように見えた。それから「俺は君が好きだ。だから君も俺を好きなんだろうと思ってる。それと同じことだよ」と言った。気持ちの伝え方まで捻くれている、と私は吹き出しそうになった。「私は直人君が好き。だから直人君も私のことを好きなんだと思ってるわ」と私が続けると、「我々は良好な関係にあるというわけだ」と直人が大仰なジェスチャーを付けて言い、二人は久しぶりに笑い合った。


     喫茶店を出て駅に向かう帰り道、私は「アカウント消しちゃったけど、歌ってみてどうだった?」と尋ねてみた。今ならそんなことも気軽に聞ける、そういう空気に覆われている気がした。直人は進行方向のずっと先を見つめたまま答える。
    「あの頃は歌うべき時だったんだ。今ならそう思う。勿論歌じゃなきゃならなかった訳じゃない。でも何だってそうなんだ。入社した会社だって、日本の全ての会社を見て選んだわけじゃない。正しいか間違ってるかなんて、きっとずっと後になってからじゃないと分からないんだろう。俺はあの頃は歌うべき時だった。今は多分そうじゃない。だけどだからといって、あの頃を否定することなんてない。それは全然ない。それに・・・」
    「それに?」
    「歌ってみたから、君にも会えたし・・・」
     直人は冗談を言う時も真剣な話をする時も、いつも同じ様な真面目な顔で言う。全く面倒くさい男だ。けれどもう、私にはその違いは分かるのだ。
    「ねえ、直人君」
    「なに?」
    「顔、赤いわよ」
     直人は前を向いたまま、少し怒ったような表情で弱々しく「知ってるよ」と呟き、私はそれに我慢できず笑った。



     自分の部屋に戻ると、早速もらったコンデンサーマイクを試してみた。やはり音の拾い方が違う。興奮しながら新しいマイクに向かって何度も歌っていると、ノックもなく部屋のドアが無遠慮に開いた。
    「ちょっとおじいちゃん、勝手にドア開けないでよ」
     突然の祖父襲来に私は慌てて何故かマイクを隠した。祖父は全く動じず私の部屋に入りにこやかに佇んでいる。
    「どうしたのおじいちゃん?ご飯ならさっき食べたでしょ?」と私が言っても、祖父はただ何度も頷くだけだった。そして「麗子が楽しそうに歌ってるから、じいちゃん聞きにきちゃった」と言った。私は急に恥ずかしくなり、祖父に背を向け、「そんなに楽しそうだった?」と尋ねた。
    「ああ、楽しそうだったよ。いつも部屋で歌っているようだけど、今日はなんだかとっても楽しそうだった」と祖父は頷きながら言った。
    「私は楽しいかどうかよく分からなくなっちゃった。それどころか、自分がどういう人間なのかも分からなくなってるみたいなの」と私は言った。どうしてこんな愚痴みたいなことを祖父に言っているんだろうと情けなくなる。すると祖父は「そんなのじいちゃんも83歳だけどよく分かっとらんよ」と真顔で言い、虚空を見つめた。
    「でも麗子がさっき楽しそうに歌ってたのは分かる。麗子が小さいころ“私はアイドルよ”ってじいちゃんに歌ってくれたことを思い出していたよ」

     そんなことは全然覚えてなかった。私は溜息をついて、「昔から虚栄心でいっぱいだったのね、私」と呟いていた。
    「そうだったとしても、じいちゃんは嬉しかったな。嬉しそうに麗子がじいちゃんに歌ってくれるのが大好きじゃった。あの頃からだよ、じいちゃんが幼女萌え属性になっていったのは」
     私は祖父の顔を見た。長い人生を生き抜いてきた、複雑で穏やかな顔だった。私は言葉を探せず、馬鹿みたいに口をもごもご動かすだけで祖父を見つめ続けた。すると「だから麗子、わしに“ひなだお!”って言ってくれんか?」と祖父はモジモジしながら懇願した。このじいさんは童貞なのではないかと疑いたくなるようなモジモジ感だった。私は勿論「ばあさんに言ってもらえ!このロリコンじじい!」と祖父を部屋から叩き出し、ドアを乱雑に閉めた。ドアの向こうから「麗子、わしは幼女萌えである前に生粋のマゾヒストでもあるんじゃ。女子大生からの罵倒、これでしばらくじいちゃんは生きていける。ごちそうさま」という低音の渋い声が投げかけられると、祖父は引きずるような足音を残し去って行った。


     静寂が戻った部屋の中で、「おじいちゃんありがとう」と小さく呟く。私は今、大切なことを掴みかけている予感がする。おぼろげだが、そこにきちんと耳を澄まさなければいけない。直人からもらったコンデンサーマイクを見つめながら私は思考し続ける。ブレイブワンの「歌うのに、理由なんているのかい?」という声が聞こえたような気がした。


  • 俺の歌を聴け #11

    2013-03-16 21:4226

     初めて聞くブレイブワンの声は、今まで聞いことのないような形容しがたい不安定な声だった。動画の歌も全方位的に酷いピッチだったが、この不安定な声ならばそれも納得ができる。
    「トーナっち、それでコラボは何の曲にしようか。やっぱり今人気の“倒錯センシティブ”がいいかな。ただボカロ曲にした場合、僕は君に改善するべき点があると思うんだ」
     覚悟はしていたつもりだが、予想以上にグイグイくる。俺は喋るきっかけを全く掴めず、ヘッドフォンからこびり付いてくるブレイブワンの声のようなものをただ捉えていた。
    「君の動画は全部見ているけど、ボーカロイドに対するパッションが足りないと思うんだ。ボカロ歌ってみたに必要なことは色々あるけれど、その土台となるものは、やはりパッションなんじゃないかなと僕は思う。君のボカロ歌ってみたにはそれが感じられない。例えば初音ミクちゃんの髪の毛が1本ここに落ちていたとする。君ならどうする?」
    「どうするって、ごみ箱に入れるんじゃないかな」
     俺の第一声はそれだった。まだ挨拶もしていない。初音ミクの髪の毛だって?
    「ミクちゃんの髪の毛がここにある。舐めるでしょ。刹那のためらいもなく、舐めるでしょ。何日もかけて完全に溶けきるまで舐め続けるでしょ。それが一般的なパッションでしょ。それとも君は、レンきゅん以外にはパッションを発揮しないタイプの人間なのかい?」
     言っている意味は全く分からないが、何か自分の方が間違っていると感じるような、そんな自信に満ちた迷いのない声でブレイブワンに叱責される。しかしこのまま一方的に話を聞いていても会話が迷走する予感しかしないので、意を決して俺は割って入ることにした。
    「ちょっと待ってくれないかな。俺は君とコラボすることは考えてない。君と少し話をしてみたかっただけなんだ。そもそも聞きたいんだけど、どうして君は俺に大量のメールをくれたんだ?」
     意外にも俺の質問にブレイブワンは沈黙した。ヘッドフォンからは、機器が拾う雑音に混じって、時折微かなクリック音が耳に入ってくるだけだった。2窓でもしているのかもしれない。それまでの焦燥に駆られたような喋りより幾分か落ち着いた声が届いたのは、1分ほど経過した後だった。
    「ある人のツイッターのプロフィールに歌い手が好きだと書いていた。特に好きな歌い手はトーナ、つまり君だと書いてあった。そして君の動画を見た。いい歌い手だと思った。だからコラボをしたいと思って、控え目なメールを送ってみたんだ」
    「それは光栄だね」
    「それに君は僕と話すべきだと思った。そしてそれはこうして実現している。君は僕という歌い手と話すべき時が来たんだ」
     言っていることは無茶苦茶だが、何故か否定する気持ちにはならなかった。そうかもしれない、と俺は不思議と納得さえしていたのだ。
    「トーナっち、僕からも君に質問していいかな。そしてそれはおそらく、君が僕にしたい2つ目の質問と同じだ」
     俺が「別に構わない」と答えると、ブレイブワンは少し間をおいて、「君はどうして歌ってみたをやっているの?」と抑揚のない声で言った。今度は俺が沈黙する番だった。それはブレイブワンの沈黙よりもずっと長い沈黙だった。どうして会ったこともない男に見透かされているのだろう。それは確かに、俺がブレイブワンに投げかけようとしていた問いだったのだ。ブレイブワンは俺からの返答がないのを確認すると、話を続けた。
    「いいかい、それは君自身への問いでもあるんだ。君は本当は僕の答えを聞きたいわけじゃない。生まれながらにして歌い手である僕にその質問は無意味だからね。歌い手とは何か。僕にとっては考えたこともない、考える必要もない命題だ。そして本当は君の中で、君なりの答えはもう出ているんじゃないか?ただそれに向き合うことを避けているだけだ。君はいつも予防線を張っている。本気じゃない、適当にやっている、ってね。駄目になったときに、ほらね、別にどうってことない、って言いたいんだ。真正面から傷つきたくないんだ。君にとってそれはある程度は仕方のないことだったんだろう。これまでは。だけど取り返しのつかないこともある。君はそれに気付くべきだ。簡単に言い訳なんかしちゃいけない。君は本当に大切なものに気付かなくなりつつあるんだよ。ねえトーナっち、きちんと向き合うんだ。単一指向性のマイクに向かうときのようにね」
     ブレイブワンの語りかけに耳を傾けながら、気付けば「どうしてそんなことが分かるんだ」と俺は思わず口に出して言っていた。そしてすがる様に変化の無いスカイプのメイン画面を見つめ続ける。
    「君の動画を見てみれば分かる。君の歌ってみたが、答えを持っている。その答えは君にしか聞こえないんだ」

     


     通話が終わったあと、言われたからというわけではないが俺はなんとなく自分の投稿した動画を順番に聞いていた。自分の動画にアクセスするなんて一体いつ以来だろう。それほど長い年月が経った訳でもないのに、妙に懐かしい気持ちになった。最初はこんなに下手だったのか。いや、他人が聞いたら今との違いなんて分からないかもしれないな。音質も悪い。動画一つ作るのも、慣れてなくて随分と時間がかかったよな。動画を開くたび、その時の環境や心情を、はっきりと思い出すことができた。何度も原曲を聴き、何度も録り直したことを。マイリストが初めて入ったときの興奮を。動画の感想メッセージをもらった時のことを。ランキングに載ってスクリーンショットを保存したことを。本当はずっと、頑張っていた。本当はずっと、必死だった。俺はここまで生きるのに、本当は余裕なんて全然なかったんだ。
     そんな当たり前のことを、自分のみっともない動画達は、優しく伝えているようだった。それは正直、自分を少しがっかりもさせた。けれどそれ以上になんだか楽な気分だ。勿論もう遅いのかもしれない。その可能性はある。だからといって、このままでいいわけでもない。俺はもう、気付いてしまったのだから。
     その時すぐに頭をよぎったのは、麗子のことと、歌ってみたのことに関して、きちんと向き合おうという思いだった。自分の正直な想いを手繰るんだ。言い訳はもうやめよう。「そうだよな、ブレイブワン」と呟いて、俺は自然とブレイブワンの歌ってみた動画にアクセスしていた。

     その動画の説明文には、
    「一発録りでマイクも安物のやつだし風邪ひいてて鼻声で明らかに全然本調子じゃない状態だったけど歌ってみました!」と書いてあった。