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  • 俺の歌を聴け #10

    2013-03-09 21:0922

     人はいつ歌い手になり、いつ歌い手でなくなるのか。
     僕は生まれながらにして歌い手だった。勿論幼少の頃にニコニコ動画というサイトは存在していなかったが、僕は自分が歌い手であるということを常に確信して生きてきた。しかし全ての歌い手がそうではないということは理解しているつもりだ。では人はいつ歌い手になるのか。歌ってみた動画を投稿したら歌い手なのか。twitterでアカウントの後ろに「@歌い手」と付けたら歌い手なのか。投稿した動画に「信者」や「アンチ」といった単語がコメントされるようになれば歌い手なのか。


     そんなことを考えながら学食でオムライスを食べていると、食事を終えたレイコンヌが通りかかった。僕に気付いたようで食器が乗ったトレイを返却すると、無言で僕の前の空いている席に腰を下ろした。僕は彼女はまだお腹がすいているのだろうと思った。
    「オムライスが欲しいのかい?でもあげないよ。これは僕のオムライスであり、君のオムライスではない。特にオムの部分はあげない。僕はオムライスのオムが好きなんだ。だから最初はライスだけを食べる。そしてオムの比率が上がってきたところで、ようやくオムライスとして食するのさ」
     僕がオムライス論を語っている間、レイコンヌは全く顔を上げず、手を組んで自分の指先を見つめていた。
    「いらないわよ。それよりメールの返信が淡白すぎやしない?あんたは歌い手について一家言あるんでしょ?」と、自分の指先を見つめたまま何処か不安げな表情でレイコンヌは僕に尋ねる。
    「前にも言ったけど、君はまだ歌い手になれていない。君は歌ってみたを含めたあらゆる事に迷っているように見える。歌ってみたへの姿勢というのは、人生への姿勢そのものなんだ。他の歌い手をこきおろし、自分を認めない環境を非難する、それは君が自分の想いにちゃんと向き合っておらず、意志がまだあやふやで不安定な証拠だ。意識が外部に向き過ぎている。真の歌い手ならそんなことは気にならない。頭にも浮かばない。あるのは自分の歌だけだ。夜は朝の明るさを羨んだりしない。夜が朝を羨むのなら、それは本当の夜ではない。夜ではない他の何かだ。同じように歌い手も他の歌い手を羨んだりしない。もし羨むのなら、それは歌い手ではない他の何かだ。例えばそれはイソギンチャクかもしれないし、モンブランかもしれない。君はモンブランになりたいのかい?栗なのかい?それならその栗を見せてくれないかい?」
    「他の歌い手より上に行きたいと思ったり、動画を伸ばしたいと思う事の何が悪いの?」と、レイコンヌが僕を睨んで言った。かなり食い気味だった。それは栗については一切言及しないという意志のようなものを感じるほど食い気味だった。
    「別に悪くはないよ。それはバランスの問題だ。君はあまりに偏り過ぎている。君が今やろうとしているのは、“歌ってみた”ではない。“祭られてみた”だ。わっしょいわっしょいを求めているんだ。それ自体は否定しない。誰だってそういう気持ちは持っているだろう。しかしわっしょいわっしょいは永遠ではない。君は永遠に続くお祭りを見たことがあるかい?わっしょいわっしょいだけを拠り所にしていると、仮にそれを得ることができたとしても、君はやがてもっと大きな損耗を受けることになるだろう。僕は君にそんな風になってほしくない。だから僕は君のスマートフォンを後ろから覗き続けるんだ」
     僕が一息に言うと、レイコンヌは溜息をついた。
    「どうして私にそんなに構うの?」
     その静かな問いかけについて僕は少し考えてから答える。
    「君のスマートフォンを後ろから覗いて、僕は初めて歌い手であろうとする人に会った。僕は神ではなくただの歌い手だから、全てを救う事はできない。だけど手の届く範囲ならできることはやりたいと思ったんだ。それは君の周囲では、歌い手の僕にしかできないことだから。目の前でもがいている君に手を差し伸べたいと思ったのは自然なことだし、純粋に君のポップガードの匂いを嗅ぎたいと思っている。そしてそれは臭ければ臭いほどいいんだ」
     レイコンヌはしばらく無言で何かを考えているようだった。あるいは彼女は録音の際にポップガードを使っていないのかもしれない。
     それから何か言いたそうな表情で僕の目を見た後、無言のまま立ち上がった。
    「そうだ、今日の夜はスカイプをする予定があるから君とは話ができない。だからディナーの誘いならまた後日でいいかな」と僕がその背中に問いかけると、レイコンヌは「誘わないわよ」と振り向かないまま小さく手を振り、去っていった。それはいつもより穏やかな、まるで癒し系歌い手のような声色だった。

     
     夜になると、僕は自宅の部屋でインターネットに従事する。手際良くサイトを巡回し、15分おきに他の歌い手のツイートのチェックとエゴサーチを行うのだ。昼間に他者を気にするなとレイコンヌに言ったが、それとこれとは話が別だ。統計としての歌い手情報収集は、生まれながらにして歌い手である僕に課された使命でもあるのだ。そして僕は次々にインターネットを繰り広げる。僕は生まれながらにして歌い手であり、同時にインターネット手だった。歌い手とインターネットは切り離せないものだからそれは必然だ。インターネットでなければ、それは歌い手ではなく、バンドマンやストリートミュージシャンやハモネプなのだ。

     僕はもっとインターネットの波に漂っていたかったが、約束の時間がきてしまったようだ。ヘッドセットを装着し、スカイプを起動する。オンラインを確認して通話ボタンをクリックすると、5つ目のコール音のあとに繋がり、相手の咳払いの音が耳に入った。

     そして僕は「初めましてトーナっち、僕があのブレイブワンだ」と声をかける。


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  • 俺の歌を聴け #9

    2013-03-03 00:0118

     子供の頃からずっと周囲に優しくされてきた。そして年を重ねるにつれ、それがアドバンテージであることを私ははっきりと自覚していった。男の子は皆私に優しく、女の子は皆私を仲間に入れたがった。標準的な人と比べたら簡単な人生なのだろうと思うが、だからといって満たされてはいなかった。それは全然満たされてはいなかった。比較的簡単な人生といっても、ものすごく簡単なわけでもないのだ。クラスで3、4番目にカワイイ私は、クラスで1番カワイイ女の子を羨んでやまなかった。傑出していなくてもいいが、自分が凡庸な人間ではないということを、私は周囲に示し認めさせ続けなければならなかった。
     
     歌ってみたの投稿は、再生数が伸びてから周りに言う予定だった。そしてそれは思い描いた通りになると疑わなかった。しかし結果は見事に埋もれ、童貞臭あふれるニコ厨共にコメントで罵倒されるというまさかの展開で、私はショックだったしすごく恥ずかしかった。私が受け入れられないなんて事はあってはならない事だった。これは間違った世界だ。ニコニコ動画を見ているのは童貞か喪女しかいないに違いない。童貞でなければ喪女だし、喪女でなければ童貞なのだ。だからこいつらは私のようなオシャンティーな女の子の価値が分からないのだ。すぐになかったことにしようと思った。しかし私はまだ歌ってみたに執着している。チヤホヤされないこの場所で、どうしてまだ歌っているのか、自分でもよく分からない。



     私に足りないのは歌い手としての実力ではなく人脈だ。つまり歌い手的政治力だ。そう思った私は色々なオフ会に顔を出すようになった。キャンドル・拓也のオフ会に参加することになった時は、こんな有名歌い手に会えるなんてと喜んだ。初めて見たキャンドル・拓也の第一印象は、「やたらと前髪を触る男」だった。前髪を10回触るたびにTポイントカードが1ポイント貯まる仕組みなのではないかと思うほどに前髪を触っていた。歌い手であるという事を隠しただの一ファンとして参加した私は、キャンドル・拓也の近くの席に座った時に「歌ってみたを投稿しても伸びない歌い手についてどう思うか」と質問してみた。
    「底辺歌い手っていうの?いいと思うよ、気楽で楽しそう」とキャンドル・拓也は微笑みながら言った。そして「俺はずっとバンドでヴォーカルやってたけど、歌い手はバンドでヴォーカルしてる人とカラオケしかやってない人が同じ土俵でやるんだもん、気の毒だとは思うけどね」と本当に気の毒そうな表情で言った。その時私のキャンドル・拓也に対する印象はもう固まっていた。勿論悪い方に。「俺がヴォーカルやってたバンド名なんだと思う?」というキャンドル・拓也の問いかけに、「なになに~?」「知りたい知りたーい!」と取り巻きが嬌声をあげる中、気が付くと私は「“Tポイントカード”ですか?」と言い放っていた。その場は一瞬静まり返り、「君、おもしろいこと言うねえ」とキャンドル拓也が前髪をいじりながら言った。

     そのオフ会の席で、直人と出会った。キャンドル・拓也から離れた席に座っていた彼に名前を聞くと、直人は私の目を真っ直ぐ見ながら「真田直人」と答えた。キャンドル・拓也のキャンドル感溢れる態度の後だったからか、私はあっさり本名を言う彼に好感をもった。「私は青山麗子です。こういう場ではハンドルネームを言うんですよ、普通は」と私が笑って言うと、直人は「そうだよね、でもなんか本名を聞かれている気がしたんだ」と少し恥ずかしそうに言った。
     直人は皮肉屋だが根は優しい人間だった。一緒にいる時間はいつも穏やかな気持ちになれた。だから最近二人の関係がうまくいっていない事を、私はいつも気にしている。


     直人との関係と歌ってみたの投稿、やるせない思いが重なったせいか、あるいはただ単に気が狂ったのか、私は平瀬勇一にメールを送信していた。大学においてかなりのウザさを発揮し続けている平瀬勇一だったが、私は何故かメールアドレスの交換を許諾した。心の何処かで、リアルで歌い手の話ができる相手を求めていたのかもしれない。しかしそれから平瀬勇一からメールが来ることは一度もなかった。全く意味が分からない。だからこれが初めてのメールになる。私は歌い手としての悩みをただひたすら吐露していた。思いのほか長文になった。自分はこんな思いを抱えていたのかと驚いたほどだ。そしてブレイブワンはレイコンヌよりさらに再生数が少なくコメントで罵倒されているのにどうして投稿を続けているのかと付け加えた。

     ブレイブワンからの返信は、その35秒後に返ってきた。リアルではあれほどウザいくらいに饒舌なのに、メールの返信は一行だけだった。
    「歌うのに、理由なんているのかい?」
     もっと色々書いてこいよ。ばかやろう。


  • 俺の歌を聴け #8

    2013-02-22 21:4119

     睡眠時間は容易く失われていった。今日も当たり前のように終電だ。おそらく経営者は定時退社という言葉がこの世に存在するということを知らないに違いない。このところ手に余る仕事が積み重なり、休日でもそれが完全には頭から切り離せずにいる。全然笑えない状況だが、気分転換にニコニコ動画にログインし自分の投稿した動画を見てみると、相変わらず「トーナあああああああああああ」「この曲はでるたんの方がいい」「信者乙」と好き勝手なコメントが流れていた。コメント同士の私信や、俺への私信。自分の書いたコメントが不特定多数へ向けて表示されるということがまるで頭にないような、非寛容で排他的な主張ばかりだ。うんざりするような独善だ。そしてそれは、投稿した俺も同じだった。



     動画の視聴が気分転換の役に立たなかったように、麗子と会う事が俺に安らぎを与えることも最近はなくなってきた。お互いに妙な居心地の悪さを感じているのは見て取れた。これらの小さな齟齬がやがて埋まらない距離を生むことは間違いないように思えたが、それはどうしようもないことだった。俺は諦めているというより、それを知っているのだ。
     いつもの喫茶店でそんな空気を打開しようとしたのか、麗子は「歌ってみたを投稿している」と告げた。俺はそれについて特になんの感想も持たなかった。それは「ホットヨガをやっている」と告白されたのと同じような程度のことだった。歌ってみたでもヨガってみたでも好きにすればいい。

    「直人君と初めて会ったときにはもう投稿してたのよ、本当は」
    「初めて会ったときって、あのキャンドル・拓也さんのオフ会のとき?」
     キャンドル・拓也は有名歌い手だ。10万再生で失速する俺のようなレベルの有名歌い手ではなく、本物の有名歌い手でメジャーレーベルから「君のハートにキャンドルサービス」というアルバムCDも出している。コメントも「耳が放火された///」とか「キャン拓さんのイケメンボイスはマジでアロマキャンドル」とか、心の底から辟易するような称賛で埋め尽くされている。俺とキャドル・拓也は歌ってみたを通じて知り合い、オフ会でも交流があった。そしてその会合で同席していた麗子が「トーナさんの歌、好きなんです」と言ってくれたことが、俺達の交際のきっかけだった。

    「じゃあ投稿した動画を宣伝しようか?」
    「そういうつもりで言ったんじゃないの。あなたにアカウントは教えないわ。ただ黙ってるのがなんとなく後ろめたかっただけ」
     俺はそれを聞いて少しほっとしていた。麗子の歌を聞いたところで、なんと感想を言ったらいいか想像もつかない。
    「まあ俺じゃキャンドル・拓也ほどの宣伝効果はないしね」
     と軽口を叩き、あまり相応しくなかったかなとすぐに後悔したが、それについて麗子はいつものように感情的にはならなかった。
    「最近考えるんだけど、私があなたに魅かれたのは、多分あなたが私に似ているからだと思う」
     そう言って麗子は笑った。それは悲しい笑顔だった。また来週、と言って別れた後、俺は麗子の言った言葉を反芻していた。それは歌ってみたをしているという告白よりも遥かに俺を当惑させる吐露だった。何を思ってそう言ったのかは分からない。しかし俺もずっと、同じように感じていたのだ。



     家に帰った俺は風呂に入った後でも釈然としない気持ちを抱えていた。持ち帰った仕事をする気にもならない。大きく息を吐き、緩慢な動作でパソコンに向かう。いつものようにメールボックスを開き、日課の迷惑メール削除をしようとしたが、俺はふと思い立って手を止め、返信ボタンをクリックする。

    「スカイプのIDを教えるよ、聞きたいことでもあればどうぞ。どうしてそんなに俺に興味があるんだい?ブレイブワンさん」