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  • 俺の歌を聴け #4

    2013-02-03 11:0423

    「ええと、平瀬勇一君。大学一年生ね。ええと、家はわりと近いね。ふんふん。趣味はインターネットね。それから、特技の、ええと、歌ってみたってのは・・・なんだい?」
     向かいに座った小太りの男が、今朝書いたばかりの僕の履歴書を神経質そうに眺めながら尋ねた。狭い休憩室でその体躯じゃ毎日随分と窮屈な思いをしているのだろうなと僕は同情しながら質問の答えを思案する。
    「僕は生まれながらにして歌い手でした。しかし歌ってみたがなんなのかと問われれば、僕はどう表現すればよいか逡巡せざるを得ないでしょう。もちろんニコニコ大百科を見ればその概念は記載されているかと思います。しかしそのような形式的、表面的な部分だけをもって歌ってみたを論ずることはすべきではないと考えますし、確かに昨今の動画投稿者の歌ってみたに対する姿勢はインスタントそのものであ」
    「あ、うん、分かった、ええと、とりあえず歌ってみたっていうのは置いといて、仕事は週どれくらい入れるかな?」
     小太りの男に話を遮られた。歌い手と邂逅し気持ちが昂り焦っているのだろう。無理もない。
    「基本的に授業のない時はいつでも構いません。しかし投稿が近いときは録音、mixなど多忙を極めるためアルバイトは控えたいと切望します。それは歌い手としての使命であり、僕の歌を待っているニコ厨達の総意であると考えていただいて差し支えありません」
    「あ、ええと、趣味をするときはバイト休みたいってことだね。いいよいいよ。あとは、ええと、経験とかはあるのかな?」
    「初投稿から、まだ一か月しか経っていませんが」
     実績を聞かれた。分かりやすい数字でしか判断ができない、能なしの大人の常套手段だ。歌ってみたの本質をまるで理解していない。この小太りの男は新参なのだろうか。あるいは運営の手先か。
    「ええと、歌ってみたじゃなくて、アルバイトのね。うち、レンタルビデオ屋なんだけど」
    「僕は貸してみたの経験はありません。歌い手なので」



     結果としてアルバイトは採用されなかった。おそらくあのレンタルビデオ屋の小太りな店長は、ブレイブワンという希代の歌い手の貴重な時間を労働に向かわせてはならないと苦渋の決断を下したのだろう。喉から手が出るほど欲しい人材だったにも関わらず、歌ってみた界全体の利益を考えた立派な経営者だったのだ。小太りのくせに。
     しかしこれで新しい録音機器やソフトを購入する事ができなくなった。いずれニコニコのプレミアム会員費も払えなくなるかもしれない。そうなれば生放送もできなくなる。僕はその悪夢のような知らせを生放送のリスナー達に報告せねばならないだろう。

     マイクを繋ぎブレイブワンの生放送、通称「ブレ生」を開始するが、10分経っても来場者数の表示は3人だった。これはシステムの恒常的なバグであり、実際には2760人はこの放送を視聴しているはずだ。そして僕は画面の向こうの彼らに話し始める。僕は歌い手だが、生放送で歌は歌わない。僕の歌はそんなに安くない。誰にでも歌うアバズレ歌い手ではないのだ。
     僕はなるべく皆が興味を持つ話題を提供しようと思い、「生卵のかき混ぜ方と洗濯バサミ」について話すことにした。その途中で「初見」というコメントが流れる。おそらく「私はこの生放送を初めて見る者です」ということを極めて簡潔に表現をしたのだろう、無駄を省きたいのは分かるが少々情緒に欠ける人物であるようだ。続いてその人物から「歌は歌わないの?」とコメントがされる。この生放送を初めて見る人なので、歌い手である僕に対する自然な疑問であり期待なのかもしれない。僕は彼(あるいは彼女)に優しく語りかける。

    「確かに僕は歌い手だ。完全に歌い手だ。看護師でもなければ魔法少女でもない、それは大学生ですらない、純粋な歌い手という存在だ。実存的に歌い手だ。ザ・歌い手であり、歌い手オブ歌い手だ。しかし歌い手だからといって、いつでも歌う訳ではないんだよ。歌い手が歌うのは歌を求められた時ではない。歌い手が歌うのは歌う有用性がある時ではない。僕が歌っている、それが歌を歌う時なんだ」
     僕の講説に皆納得したのだろう、そこから2760人は完全に沈黙し、ゴシック文字の欠片も存在しない真っ黒な画面が眼前に対座していた。きっと画面の向こう側で礼儀正しく耳を澄ましているのだろう。そして僕は再び、「生卵のかき混ぜ方と洗濯バサミ」について話しを続けた。


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  • 俺の歌を聴け #3

    2013-02-01 20:1927

    「どうして。どうして伸びてないの」
     何度見ても同じだった。今回は自信があったのに。

     歌ってみたの投稿は高校生の頃に始めた。クラスメイトとカラオケに行けば皆に「麗子は歌うまいね」「声かわいいね」と褒められた。投稿者名レイコンヌとして華々しくデビューすれば、あっという間に女歌い手界の勢力図を塗り替えるに違いない。私の持ち前の萌え声を、四六時中モニタに向かってインターネットをしている童貞共が放っておくはずはないからだ。彼らをブヒブヒ言わせる自信があった。それなのに結果は散々で再生数4桁がやっと、コメントは「声作ってるよね?」「うーん、45点」「レイコンヌwww」と言いたい放題だった。クソ童貞共が。
     それから一旦投稿は休止した。きっと録音環境がよくなかったせいだ。いいものを買おうかとも思ったが、洋服を買ったり友達とプリクラを撮ったりして録音機材にまでお金が回らなかった。それはJKなら仕方ないでしょ。

     そして大学に入学し、アルバイトの回数も増えて、新しいマイクとオーディオインターフェースを購入した。最新の人気曲を練習し、mixはネットで知り合った人に頼んだ。レイコンヌ渾身の復帰作だ。それなのに。

     一体何が駄目だったのか。私はちゃんと「お前らこういうの好きだろ?」という萌え声で歌いあげたはずだ。「もっと評価されるべき」タグは付かなかった。誰一人として「レイコンヌは俺の嫁!」とコメントしなかった。一体どうすれば伸びるのか見当も付かない。そんな時にそこそこ名の知れた歌い手の恋人に、私が投稿しているという事を知らないとはいえ余裕をかまされたから、昨日はついイラッとしてしまった。

     それを思い出しながら、開いていた有名女性歌い手の動画に「ピッチが安定してないよね」と書き込んでみたところ、速攻で「じゃあお前が歌ってみろks」「底辺歌い手の嫉妬乙」といったコメントがついた。リアルでは不動の最下層に沈殿している童貞共に罵倒される屈辱。しかも底辺歌い手の嫉妬とか的中させやがって。お前はエスパーか。エスパー童貞か。
     苛立った右手でマウスを乱雑に動かし、参加している歌ってみた向上のためのコミュニティを覗いてみるが、どいつもこいつもコラボコラボコラボ。コラボしましょうの大合唱。いっそコラボしましょうの合唱動画でもコラボしたらどうだ。こいつらはノリが完全にうちの大学のテニスサークルと同じだ。テニスなんて手段でしかない、目的はいつも軽薄な明後日の方向にある。私は違う。楽しくやれればいいなんて思わない。このままで終わってたまるか。この場所でも、必ず目立ってみせる。

     SNSをチェックし一通りメッセージに目を通す。私は一体何個アカウントを持っているんだろう。
     いくつも事務的に返信を打ち込んだ。あまりいい時間の使い方じゃないなと我ながら思う。そして「レイコンヌさんの歌とても好きです。一緒にコラボして、みんながニコニコできる歌ってみた動画を作りましょう^^」というコミュニティ仲間からの浅薄で牧歌的な涙が出るほどありがたいクソダイレクトメッセージに、「是非やりたいけどしばらく時間がないの、ごめんなさい><」と心にもない返事を送信し、私は「そんなにニコニコしたけりゃ一人でxvideosでも見てニコニコしてろ」と呟く。


  • 俺の歌を聴け #2

    2013-02-01 20:107

     ファイルを指定し、投稿ボタンを押す。いつもの慣れた手順。もう今はエンコードを待つ間に何の感情も湧きあがってはこない。せいぜい「さっさと終われよ、俺はプレミアム会員様だぞ」くらいだ。
     それからタイトルと説明文を入力し、投稿が完了する。きっとこの動画もある程度伸びるだろう。ある程度だ。全く伸びなくはないが、すごく伸びることもない。
     同じように俺の人生もある程度は順調だ。どんな場面でもそれなりに上手くこなしてきた。友人は多く、恋人だっている。今年は東証一部上場企業に入社し、残業の多さには辟易しているが給料は悪くない。歌って動画をアップロードすれば、ある程度は伸びる。

    「こいつから見たら、歯軋りするほど羨ましい人生だろうな」
     俺は受信メールを開封しながらそう呟いた。また来てやがる。今月58通目だぞ。先月は73通だった。「あのブレイブワンですが、コラボしませんか?」いつもその一行だけだった。
    「どのブレイブワンだよ」
     他の迷惑メールと一緒に削除をする。あまりにしつこいので一度だけこいつの動画を見てみたが、クソだった。クソ以外に形容のしようがないクソ動画だ。まあこういうのは有名投稿者には珍しくもない、税金みたいな支払うべき対価なんだろう。いちいち腹を立てていたらきりがない。
     


     いつもの喫茶店でコーヒーを注文する。どこにでもあるこの気取ったチェーン店は、今日も殆どの席が埋まっていた。麗子はまだ来ていないようだ。
     席をなんとか確保しコーヒーを半分ほど飲んだところでスマートフォンを取り出し、先ほど投稿した動画のチェックをする。俺の投稿者名を熱心に呼んでいるコメントばかりだ。歌なんて聞いてないんじゃないかという気さえする。
     周囲を一瞥すると、同じようにスマートフォンを操作している若者が何人もいた。喫茶店に来てまですることかね、と自嘲気味に俺はスマートフォンをポケットに突っ込む。

    「お待たせ、トーナ君」
     麗子がキャラメルマキアートを手に俺の前の席に座る。
    「その呼び方はよしてよ」
    「ごめんごめん直人君。あ、そういえばトーナ君の新しい動画聞いたよ。今回もすごい良かった」
     元々俺の歌った動画を麗子が気に入りそれが交際に発展した関係だ。動画を投稿すればいつも称賛してくれる。まあ段々とその熱量が減衰している気はするけれど。
    「ありがとう。いつも通り歌ってみたから、いつも通りに聞かれるんじゃないかな。もう殆ど惰性のようなものだよ」
    「うーん、そんな言い方はないんじゃないの?みんな応援のコメントしてくれていたじゃない」
     応援のコメントね。それだって慣れるんだ。麗子が俺の投稿活動に慣れるように。お互い様だと思うけど。
    「コメントっていうけど、あれはごく一部だけの声だよ。称賛も批判も。大きな声が表示されているだけだ。中には文字通り大きなフォントで書いてたりするしね。ご丁寧に色つきで。大多数の見ている人が何を思っているかなんて分かりゃしない」
    「そういう捻くれたところ、直した方がいいよ。素直に受け止めればいいじゃない。なかなか無いよ、あんなたくさんの人が見てくれることって」
     手に持ったスプーンでキャラメルマキアートを責めるように混ぜながら、麗子は明らかに腹を立てているように見えた。あまりこの話題は続けない方がいいようだ。
    「そういえば最近しつこくメールを送ってくる奴がいてさ。そいつの歌ってる動画を見てみたんだけど、その音程の酷さったら衝撃的だったよ。音程が迷子だったね。完全に迷宮入りしていたね。あの歌で動画を投稿できるって、一体どういう神経なんだろう。自虐趣味でもあるのか、あるいはただの変態なのか」
    「ねえ、頑張って歌ってるのに馬鹿にするのはよくないよ。有名歌い手のトーナ様にはくだらなく映るのかもしれませんけど」
     どうやら完全に怒らせたらしい。しばらく沈黙が続き、気がつけば二人とも所在なくスマートフォンを取り出していた。

     俺はもう一度さっき自分が投稿した動画をチェックする。コメントは順調に増えていた。「もっと抑揚をつけた方がいいと思う」だそうだ。なるほど。アドバイスどうもありがとう。でも俺が今知りたいのは、目の前の女の機嫌がどうしたら直るかなんだよ。