【人物評】ジェイコブ・リース=モグ
英国カトリック保守派の雄
令和三年六月十二日
アウグスト・ジグムント
すらりとした長身痩躯に特徴的な髪型、インテリ仕込みの眼鏡、ピッタリと似合った政治家御用達のスーツ−欧州の保守政治家の典型的な身なりをしたこの英国保守党政治家は、現在英国政治において主要四閣僚(総理・財務・内務・外務)に次ぐ主要ポジションとも言える英国議会下院院内総務(Leader of the house of commons)を務めるジェイコブ・リース=モグ(The Right Honourable, Jacob Rees–Mogg MP)である。
2010年に初めて当選・登院を果たしてからわずか10年間の政治家キャリアにおいて、トントン調子で出世を果たした彼は、今や欧州連合離脱と離脱後の英国の舵取り役たちの中で、実質的に行政の立場を議会において代表する立場にまで上り詰めている。52歳の若さ(これでも主要閣僚に比べれば年長者だが)、当選3回目にして院内総務に就任という異例のスピードでの出世を果たし、今や英国政界において知らぬ者はいないこの若き俊英は誰なのか。
リース=モグはロンドン・ハンマースミスに1969年に生まれ、名門イートン・カレッジを経てオックスフォード大学トリニティカレッジにおいて歴史学を学んだ後、2007年までロイド・ジョージ・マネジメントに勤務した。そして2010年に保守党候補としてイングランド南西部サマーセット州のノース・イース・サマーセット選挙区から出馬し、初当選を果たした。その後徐々にフィリバスターを連発するなどして党内野党として存在感を強めていき、特に2016年のEU離脱国民投票以降、離脱強硬派として名を轟かせるようになる。
おそらくこの離脱強硬派としてリース=モグの立場を確固たるものにしたのは、メイ政権期の2018年に政権の離脱案に強硬に反発し、メイ首相に対して党首としての不信任を叩きつけたことだろう。
結果的にこの党首不信任案は否決されることとなったものの、メイ首相の立場が弱体化していることを逆に露呈されることになり、その後のメイ首相の退陣及び現ジョンソン首相の選出に繋がったことは間違いない。この時の働き、及びメイ首相退陣後の党首選においていち早く現ジョンソン首相を支持したことを表明したことなどから、リース=モグは前述のように院内総務に任命され、今に至る。
リース=モグの政治家としての特徴は3つある。第一はその(現ジョンソン首相以上とも言える)強硬な欧州懐疑主義者であること、第二に余りにも「典型的」な英国上流階級の人間であること、そして現在の西欧においては「反動的」とすら呼ばれる強硬なカトリック保守主義者であることである。
以下においては、それぞれの特徴に関して詳しく述べたいと思う。
第一の強い欧州懐疑主義的態度に関しては、まず述べられなければならないのは彼の父であるウィリアム・リース=モグの影響だろう。というのも、この人物は我が国においてはほとんど知られていないものの、かのピーター・ティールなどに多大な影響を与えたジャーナリストであったからである。
その主著『自律した個人−来たる経済革命と如何にその時代を生き延び栄えるべきか』(1997)においてウィリアムは、来たるグローバル化の時代において個々人の知的水準の差が先進技術に対応できるか否かに直結すると述べ、それによって格差は拡大すると予言した。奇しくもブレア政権が誕生した年に出版されたこの本は、「第三の道」に対する熱狂の渦の中で圧倒的な支持を誇っていた「ニュー・レイバー」全盛の時代においては、余りにも描かれている未来が悲観的すぎるとしてほとんど共感を得ることはなかった。しかしながら、この本でウィリアムが述べたような内容、特に「置いていかれた人々」がナショナリズムに頼るようになる、などといったものは20年以上も前に正確な予言をしていたことになり、昨今再評価が進んでいる。無論、ウィリアムも2000年代においては強い離脱派の主張を行うようになっていた。ちなみに彼は1988年に一代爵位を女王から賜っており、2013年に84歳で死去している。
以上の父の影響がリース=モグに多大な影響を与えていることは間違いなく、極めて早い段階において欧州懐疑主義に触れていた彼が強硬な離脱派となったことは何も不思議なことではない。興味深いのは彼の懐疑主義が現ジョンソン首相のジャーナリストとしての「足で得た」経験を元にしたものや、元英国独立党党首のナイジェル・ファラージ氏のようなビジネスマンとしての経験を元にしたものでもなく、極めて理論的な知識をもとにしたものである、ということだろう。
これはリース=モグの懐疑主義の大きな特徴であり、彼が反EU的な言説を述べるとき、そこにはジョンソン首相やファラージ氏のような情緒的な訴え掛けは余り見られない。むしろ占めているのは、冷静な理路整然とした論理である。例えば、リース=モグはよく離脱派が例として挙げる欧州委員会(27人の委員は皆加盟国首相による指名制であり、その下に選挙の影響を全く受けない25000人規模の官僚組織が存在する)だけでなく、欧州裁判所も批判する。
それは欧州裁判所が欧州委員会の利益を財政危機においても優先し、欧州連合の私腹を肥やすための判決しか出さないから、という理由に基づいてである。またリース=モグは2013年の時点において、のちにコービン労働党によって展開されることになった欧州連合の主導する緊縮財政を強く批判している。その上で、左右の過激な政党が欧州各国において欧州連合の間違った政策のために登場することになることを挙げて、欧州連合が民主主義の脅威である、と述べている。このようなリース=モグの欧州連合批判は、ジョンソン首相のジャーナリスト時代から培ってきたイエロー・ジャーナリズム的な、欧州連合を面白おかしく揶揄するようなものとは根本的に異なる。
このようなリース=モグの手法はインテリとの討論には向いているが、庶民向けのメッセージを発するには余り向いていない。そしてファラージ氏のように移民問題に大々的にスポットライトを当てて、一種の排外主義的でポピュリスティックなイメージを作り上げるような手法とも異なる。これは明らかに議会討論などの、閉じた空間における政策論議に向く手法である。
第二のリース=モグの特徴は、上述にあるように、余りにも典型的な「アッパー・クラス」の人間である、ということである。冒頭に述べたような彼の学歴、すなわち「イートン→オックスブリッジ」というコースは極めて典型的な英国エリート層の経歴である。そして階級社会である英国ならではの特徴として階層ごとに話す「言語」が異なる、というものがあるが、リース=モグが話す「言語」はよくイメージされる所の所謂「イギリス英語」であるRP(Received Pronunciation)、すなわち「容認発音」である。
BBCのアナウンサーが話す英語は基本的にこれに当たるが、それでも貴族層や王族が発話するRPはよりposh(高級)である。リース=モグ本人は一代貴族の息子であるとはいえあくまで貴族層には属さない人間であるにも関わらず、まるでそうであるかのような印象すら与える特徴がある。また髪型から服装から何まで19世紀の人間であるかのような雰囲気があり、それを面白がる人もいれば、「18世紀からやってきた閣下(The Right Honourable Member of the 18th century)」などと左派からは揶揄されることもある。ただでさえリース=モグが地盤としているイングランド南部、またサマーセット州は古来から英国貴族が多い地域であり、伝統的な上流階級が多く住む地域であることに加えてこのような身なりであるため、貴族に間違われることはよくあるという。また乳母(nanny)に育てられたことや、やたらとラテン語を引用することがあるところも別の時代からやってきた人間であるように見えて、面白がられることにつながっているといえよう。
リース=モグの第三の特徴は、彼が強硬なカトリック保守派であることにある。まずなぜ彼がカトリックであるかということに関してであるが、それは彼の父ウィリアムがカトリックであったことに由来する。ウィリアムは聖公会教徒の父を持ったが、母が米国系アイルランド人のカトリックであったため、カトリックとして育てられた。その信仰がそのまま息子であるジェイコブに受け継がれた形なっている。
実はこの父ウィリアムのような母がアイルランド系のカトリックであり父が聖公会の人間であるというパターンは「近代保守主義の父」と称されるエドマント・バークにも共通するものであり、興味深い。19世紀以降英国のカトリック教会は「オックスフォード・ムーブメント」やそれと共にヘンリー・ニューマン枢機卿(1801-1890)の登場に伴い、16世紀以来の長い弾圧から一定程度復興していたが、依然として基本的にアイルランド系の親族を持たない限りカトリックであることが余りない、ということの証左とも言えるのではないか。ちなみにであるが、ジェイコブは極めて保守的なカトリックらしく、妻との間に6人の子をもうけている。
ともかくも、上記の経緯でカトリックとして育てられたリース=モグは西欧のカトリック保守派の中でも珍しく極めて強硬な保守主義的な態度を取る人間として知られている。その代表的なものは2つあり、1つは同性婚に対する考え、他方は人工妊娠中絶に対する考えである。
まず前者に関しては、リース=モグは繰り返し賛同できない旨を明らかにしている。例えば、同じ保守党政権でありながらもニュー・レイバー政権のリベラル化に対抗するために同じくリベラル化を進めていたキャメロン政権時代において、同性婚を合法化する法案に賛同しかねる趣旨の発言を行っている。
当然ながらこの発言はPC全盛期であった2015年当時において轟々たる非難を浴びたが、リース=モグは発言を撤回することもなかった。当時彼がまだ当選一回の新人の平議員(Back Bencher)であったことも彼に有利に働いたことだろうと推察される。また中絶に関しても同じように制限すべきだと発言している。
これらの所謂ジェンダー関連の政治イシューのみならず、離脱関連のマターとして重要な議題に挙がっていた移民問題に関しても、リース=モグは強硬な立場を明確にしている。
以上のようなリース=モグの強硬な保守的態度とその「18世紀じみた」キャラクターはメイ政権の混乱期において保守派の若い世代において徐々に人気を集めることになり、上述の党首不信任案の提出時に頂点に達した。この人気の上昇とともにネット状でリース=モグを党首に推薦したムーブメントは当時の労働党党首であったコービン氏を下支えしていた草の根運動「モメンタム(momentum)」を文字って「モグメンタム(moggmentum)」と呼ばれ、リース=モグはネット上で保守派のアイドル的扱いを受けることとなった。
しかしながら、繰り返すようにあくまで理論的な政治家であった彼は、自らがジョンソン首相のように広く大衆に呼びかけ人気を得ることができるようなタイプではないことを把握していた。そのため党首選に立候補をせず、より本命であったジョンソン氏を支持することにした。その見返りに得たのが、現在の院内総務のポストである。
以上が簡単なジェイコブ・リース=モグの紹介である。
かつてキャメロン政権下においてはリース=モグのような強硬保守派が院内総務という重要ポストに就くことは考えられないことであった。
この事実は、現在の英国における「保守の逆襲」を象徴しているのではないか。
アウグスト・ジグムント