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  • カタカナ英語の普及について

    2014-10-14 11:202

    大昔に『チャームする』というちょっとした流行語がありました。

    山岡勝子 : 軍事探偵 野花散人 著 駸々堂 大正二(一九一三)年 1913

    これは小学生高学年から高校初めくらいの子供向けの書籍です。多く場合、新しい言葉が子供向けの書籍に降りてくるまでには、タイムラグがあります。ですから大正2(1913)年には『チャームする』は、違和感なく受け入れられていたと考えられます。

    こういった外国語のカタカナ表記は、新井白石のころには、すでに使われていたそうです。それでは一般の人々が気軽にカタカナ英語を使い始めたのはどのあたりの時代なのでしょうか?

    あくまで私が読んできた小説に限った感覚的な感想ですが、普通の人が読む小説にカタカナ英語が頻繁に出てくるようになるのは、大正2年より少し前、明治40年を過ぎたあたりのことです。

    書籍というのは読む人がいなければ、出版されません。ですから明治の終りから大正にかけて、小説に簡単な英単語が出てくると嬉しい人が増えたということになります。

    この時期に一般の人々にまで英語が普及していたような事実があれば、この推測は概ね正しいということになります。

    知識を流通させるため、てっとり早い方法がブームです。明治期にも英語ブームというのはあって、一度目は欧化政策が行なわれていた明治18年あたりです。

    このブームは普通の人にはあまり関係なかったようで、この時期にカタカナ英語が氾濫するとまではいきませんでした。しかしながら、英単語一覧といったイラスト付きの図表があったり、簡単な英語を理解する芸者の人気が出たりはしたようです。芸者に関しては英語に限らず、小説を読む、政治の話をするなど、様々な特技を持つ人が、様々な時代にいたっぽいので、あんまり参考にもなりませんが、とにかくこの時代、英語がブームになりました。

    この時代の大衆向け小説にも、英単語がたまに出てくるものの、アルファベットのふりがなとして使用されるなど、現在のカタカナ英語とは少々異なります。

    次のブームは日英同盟が締結され日露戦争が終った辺りです。この時代に、一般の人向けの英会話の書籍が徐々に出版されはじめています。1870-1939年の間に出版された英会話(英語会話)をタイトルに含む書籍を国会図書館で検索すると、こういう感じのグラフになります。



    • 母数が少ない
    • 1907年辺りからポケット本ブームが起きてる

    などの事情もあり、あまり参考にもならない数字ですが、1900-1909年代が圧倒的です。ちなみにポケット本というのは、その名の通り小さな本で、今も辞書などでポケット本が残っています。主として知っておくべき最低限の教養や、実用書的な内容、辞書などがほとんどした。このブームの影響で、英会話関連の書籍も多く出版された可能性があります。

    ついでのことなので、1900-1909年間のグラフも作っておきます。こうやって見ると、どの程度のブームだったのか、よく分からないですね。


    こうして見るとこの時代にブームはあったことは確かですが、どの程度の影響力があったのかはよく分かりません。

    それでは英語教育が普及したから、英単語も普及したというのはどうでしょうか?

    次に上げるのは、就学率のグラフです。

    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo6/gijiroku/05031601/007/002.pdf

    いくら英語の教育があったとしても、就学率が低ければ英単語は一般化はされません。グラフを見ると、明治の38(1905)年には95.6%の子供が就学しています。

    この時代、村の学校ではいわゆる神童が飛び級で卒業し、一人で学校を回してるというようなことがありましたから今とは教育の質が違いますし、この数字自体もどの程度まで正確なのかも分かりません。

    そういった事情を踏まえても、明治30年代後半には、学校に行くのが当り前という感覚は存在したと考えるのが自然でしょう。

    それではこの時代の英語教育はというと、ここに年表がまとめられていましたのでリンクを張っておきます。

    日本英語教育史年表明治
    http://hiset.jp/n-meiji.htm
    日本英語教育史年表大正
    http://hiset.jp/n-taisho.htm


    まずは完全なエリート、次にちょっとだけエリート、最期に一般の人々という流れで英語教育が普及していく過程が観察できて、なかなか面白い年表です。英語教育史関連の書籍は読んだことがありませんから、当てずっぽうですけど、明治30年代後半になると、英語を教えられる教師や教育方法が充実しはじめ、普通の人々にもよりまともな英語教育がなされ始めたようです。

    1. 明治30年代後半に就学した子供が成長し、お小遣いで書籍を買うようになる
    2. 彼らは簡単な英単語を理解することが出来る
    3. だからカタカナ英語を使った書籍が出版されるようになる

    というような流れで、明治の40年あたりから、カタカタ英語が普及し始めたと考えても良いようです。

    当たり前といえば当たり前の結論ですが、『ある知識が普及する→しばらくたつとそれに関連したものがブームになる→ブームが一般化され消えていく』といった流れは、カタカナ英語に限ったことでもなく、わりと普遍的なものなのかもしれません。


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  • 電子書籍の信頼感

    2014-10-06 11:451

    MP3 が流行はじめた頃には、すでに ID3 タグのことは、あんまり考える必要はなかった。

    どういう仕組みか知らないけど、CD入れて圧縮すると情報を勝手に付け加えてくれる。今ではネットで音楽を買ったりするけど、やっぱり音楽の情報が付いている。WAV にはタグ付けられないとか、色々な話もあるけど、とにかく普通の人は音楽ファイルに情報付け加えるのに苦悩したりしない。音楽のファイルには曲名だとかアルバムだとかの情報が付いていて、聴く時に表示してくれるって思ってる。

    そしてかなり昔に取り込んだ MP3 は、やっぱり今も普通に聴けて、情報を表示してくれる。

    ところが電子書籍はそういう感じではない。

    今の俺はダウンロードした近デジファイルに書誌情報を加えていこうと思ってるんだけど、電子書籍の書誌情報のフォーマットっていうのがあんまりよく分からない。いわゆる自炊ファイルの場合、ファイル名を『[著者名]書名』とするって形式が主流らしくって、EPUB なんかだと『content.opf』データで管理しているっぽい。『らしい』『っぽい』って使ってるのはよく分からないからで、規格自体は読んだから分かるんだけど、メリットがよく分からない。

    個人が利用する範囲内で、長期的な視点で見て EPUB の規格に忠実に電子書籍を作るメリットがない気がする。販売するなら別だけど。

    あと読書端末で読む場合は、画像の解像度を調整しないと奇麗に読めない。だから将来的に今の十倍くらいモニタの性能が良い端末が出てきたら、全部作りなおすのかみたいな苦悩が発生する。そもそもパソコンで読むのなら EPUB 形式より画像そのままのほうが楽で、こんなもの普通の人は意味が分からない。

    そもそも俺みたいなパソコンそんなに好きでもない人間が、こういうことを調べないといけないという状況が異常な話だ。俺以外にもラクラク自炊入門みたいなサイト見て趣味で書籍の電子化を始めたギリパソコン使えるオッさんいると思うけど、そういう人が EPUB の規格読みまくって調べるとは思えない。

    俺は以前に EPUB を自動に作るスクリプトみたいなの作ったんだけど、もう EPUB は作る気にならない。なんでかっていうと現時点での便利さを感じることがなかった上に、将来性も微妙だからで、以前にテキスト化した書籍はテキストデータで持ってる。これだと恐らく一生読める。

    少しだけ話はズレるけど、自炊ブームが始まった頃に HDD がもったいないし、書籍を読み込む解像度は 800×600 だか 1024×768 で十分って書いてた人がいて、わりと心配になった。流石に今時そんな人はいないと思うけど、そんな解像度だとすでにスマホでもキビしい。画面の解像度というのは、どんどん向上していくけど、一度取り込んだ画像の解像度が向上することはない。低い解像度で取り込んだ人は、スキャンしなおさないとならないみたいなのはかなり辛い。

    MP3 の頃はこれが10年先に聴けなくなるっていう感じはなかったけど、電子書籍のフォーマットだと不安が出てくる。10年先、ダルいのに頑張って作ったEPUB形式の画像ファイルより、『[著者名]書名』.zipファイルのほうが便利とかになってたら地獄としか言い様がない。

    音楽の寿命の本の寿命、どちらが長いのかっていうと、同じくらいだろう。だけど電子書籍のフォーマットはあんまり信頼ができない。現時点で Amazon やら楽天で本を買ってる分には問題ないしすごい快適なんだけど、これを自分の一生の教養の基盤にしたいかって言われると、個人的にはかなり微妙な気持になる。

    いろいろ思うところはあるけれど、こういう状況なのは現実なのだから、各自自衛していくしかない。


  • 味の素はダシだった(こともある)

    2014-09-30 20:40

    明治40年に登場した味の素は発売当初は嫌われていたが、大正あたりになると昆布やら鰹ダシの代用品(及び万能調味料)として認識されている。


    三食献立及料理法 秋穂益実 東京割烹女学校 大正4年

    この後も味の素の受難は続くのだがそれは別のお話、とにかく今では味の素を昆布ダシの代用品として使う人はかなり少ない。

    それではどのタイミングで、味の素がダシ扱いされなくなったのか?

    私の推測では、粉末だしが登場しはじめた昭和30年代あたりだ。味の素がダシではなくなったから、粉末ダシが登場したのではないかというのが、私が考えた理屈であるが、これはあまり当てにならない。

    こういうことはその時代に生きていた人々の感覚なので、調べるのがとても面倒くさい。戦後は私の興味の範囲外なので、昭和30年代の雑誌や新聞、大衆小説が好きで、味の素がダシ扱いされなくなった時代を発見したい奇特な人がいたら、調べてみてください。