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明治二八年のイェーイ
あけましておめでとうございますというわけで、縁起の良いイェーイのお話。
今だとイェーイは英語の Yay だということになっていて、ヤッターとかウェーイみたいな意味合いで使われる。ところが明治は少し違う。
福島家日記 放牛舎桃林 講演[他] 弘文館 明治二八(一八九五)年このイェーイ、次のようなシチュエーションで使われている。
福島正則が退屈のあまり領地で駕籠を乗りまわしていると、遊んでいる子供たちと出会う。福島正則というものはとても恐い。怒るとすぐに人を殺す。遊んでいる子供たちの中には、父親や親戚を殺された者もいた。その恐怖は十分に知っている。そこで子供たちは恐怖の余り混乱し、イェーイと絶叫しながら福島正則に石を投げるという暴挙に出る。石は見事に福島正則に命中、普通ならば絶対に殺されてしまう。これが怒りの福島の絶叫、マジ怖い。
ところがこの時の福島正則は、いろいろあって反省していた。だからこの俺に傷を負わせるとは見事な者であると、子供に小遣いをあげて許してやる。実に正月らしい縁起の良い場面である。そんなわけで明治のイェーイは、ヤッターという意味ではなく、コンニャローとかクソッとかそういう意味を持っている。
ところで明治時代にはヤイやウムー、エィッはわりとあるものの、イェーイはほとんど見たことがない。
というかこの本でしか見たことがない。かなりレアなので縁起が良い。なぜレアなら縁起が良いのかは私にも分からないものの、こういうことは理屈ではない。とにかく縁起が良さそうだと感じることが大切で、この明治のイェーイを見た人には、なにか良いことがあるかもしれない。新年早々実に縁起が良いッ!!! というわけで今年もよろしくお願いします。
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明治のヤモリが虫だった
水戸尾州紀州三家三勇士伝 放牛舎桃林 講演[他] 礫川出版 明治二六(一八九二)年明治の娯楽小説からの引用。『守宮(やもり)[虫ノ名]』と書かれている。
ほとんどの人にとっては、面白くもなんともないのだけれども、実はこの数文字にかなりの情報が含まれている。
まず、この時代には守宮(ヤモリ)が分からない人が多かったということが分かる。分からないから、ヤモリは虫であるという註釈が付いている。
次にこの時代だと、まだまだヤモリは虫だったということが分かる。今でこそ爬虫類やら魚類など、様々な分類があるが、昔は雑で四本足で走るやつらは獣、空飛ぶやつは鳥、水にいるやつは魚、それ以外は虫呼ばわりされていた。明治の二〇年代でもそういう雑な分類で済ませていた人々がまだまだ存在していた。ヤモリに限らず、ヘビもよく虫扱いされている。
最後、[虫ノ名]というのは、いわゆる脚注である。ところが明治三十年以降、娯楽小説にはほとんど脚注は出てこない。この本が出版された明治二六年の前後、ほんの僅かの期間にのみよく脚注が使われている。
なぜ娯楽小説から脚注が消えたのか、理由はいくつか考えられるが、仮説をさらっと紹介しておこう。
- この時代は娯楽小説であっても正確に読みたい(読ませたい)という欲求があった
- 本文の中で解説をする技術を書き手が手に入れた
- 楽しみながら知識を増やす装置として使用されていた小説の役割が変った
というわけで十文字足らずの文字列から、こういうことを伺い知ることが出来る。こんなことが分かったからといって、なんら得することはないんだけど、ヘーっと思えたりフーンと思うことが出来る。
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読書環境の改善と読書量の増加について
多読したいなら環境を整えたほうが良い
パソコンとスマートフォンでの読書環境を改善したら、読書量がかなり増えた。
私のMacにおける電子書籍環境まとめ
大量の電子書籍をスマートフォンで快適に読むまとめ私が作った環境というのは、すごく単純なものだ。
- すぐ探せる
- すぐ開ける
- 読みたい速度で読める
- メモしたい時にメモできる
- 全てのディバイスで同じ本が入ってる
昔なら難しかったけど、今なら少しの苦痛と苦悩で実現できる。多読したい人は、さっさと環境を作ったほうが良いと思う。
環境を作るとどの程度まで読書量が増えるのか、グラフにしてみた。
読書量の変化のグラフ
なにもせずに読んでいた『無為無策』『パソコン』環境のみ改善した状態、『パソコン+スマホ』の環境を改善した状態の3つ、それぞれ15日間で何冊読んだのかというグラフ。
残念なことに昔のデータは精度が悪い上に、私は時期によって読む量が全く違う。目安にはなるものの、客観的なデータとはいえない。そんなわけで、完璧に主観的な感想も書いておきます。
無為無策の時代
増えるにまかせ読み続けていた時代は、読んだ書籍が探し出せずに時間を無駄にしていた。
さらに SSD の容量の問題から、読む前に外付けディスクにある元ファイルをコピーなどしていたため、そんな訳で、読み始めるのがダルかった。読む前に読むのを止めてしまうことが多々あった勢いが付けば読みまくるけど、勢いが必要といったところ。
感覚的には3日に1冊読めるという感じ。
パソコンのみ環境を改善した時代気持がすっきりし、毎日絶対になにかを読むという状態で、いくら読んでも不便になることがない。
ところが便利すぎるだけに、モバイル機器に読む本だけ放り込み外で読むというのが面倒でたまらなくなった。その一方で外でも便利に読みたいという欲望が強くなり、かなりのストレスだった。
感覚的には2日に1冊読めるという感じ。パソコンとスマホの環境を改善した時代
不満がなくなる。
読むだけであればスマホのほうが読みやすい。ただしパソコンのほうがメモが取りやすい上に、検索の精度が高い。
感覚的には1日に1冊弱読めるという感じ。まとめと今後
個人的にはほぼ不満はなくなり、必要にして十分という感じ。
これ以上の読書量を求めるならば、読みたい本だけを読む環境を作るということになりそう。やはりつまらない本は、なかなか読めない。しかし読みたい本だけを読むと、読書のバリエーションが増えない。なのであえて作っていない。自分の知識というか読書の幅に満足したら作るかもしれないど、そんな日は来ない気がする。
今は視点移動のことも考えて、モニタの大きさを最小限にしているけど、これが大きくなるとどの程度読書速度が変るのかだとか、ヘッドマウントディスプレイだとどうなのかだとか、いろいろ気になることはある。ただし効果不明なものに金と労力を払う気になかなかなれない。余裕ができたらやるかもといったところ。
あと PDF や EPUB を導入した際に、この便利さをどうやって維持していくのか、時々は調査をしたり考えたりしている。PDF EPUB ともに今は使い勝手が微妙なので、こちらの環境を整えるのも当分先の話になりそう。
読書や学習に関してはなぜか根性論みたいなのがまかり通っているけど、優れた環境ならより効率的に読めたり学習できたりするのだから、自分の環境を考えるのはわりと重要だと思う。
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