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  • 卵タレで湯豆腐を食べる

    2015-02-12 18:052

    卵のタレが湯豆腐に合う。よく知らないけどテレビで放送されてたレシピらしい。

    1. 卵とミリン50cc、醤油25ccを混ぜる
    2. ゆせんをして4-5分混ぜる(卵が固まらないように注意)

    これで作ると確かに美味い。だけど面倒くさい。あと醤油が多すぎる気がする。少な目で良い。

    そんなわけで簡略化した。

    1.碗にタマゴを入れて熱湯を注ぐ。



    2.しばらく放置する

    卵が良い感じに温まる。放置しすぎると温泉卵みたいになるから注意、写真は失敗例です。



    3.ミリンと醤油を適当に入れ混ぜる

    もう一度書くけど醤油は元のレシピよりかなり少な目が良いと思う。レシピの半分以下で良い。少しずつ入れて様子をみると失敗しない。混ぜたら完成、温泉卵化しても味は普通、まずいわけじゃない。ただし見た目は地獄みたいになる。


    簡単だし湯豆腐に合う。豆腐よりむしろ油揚げに合う。油抜きは沸騰した湯の中に入れてきっちりしたほうが良いと思います。わりとおすすめですよ。


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  • 夏目漱石とニコン

    2015-01-22 18:451

    寒月君のガラス玉作り

    『ひとり鍋は実に良い』という記事を書いているうち、写真があまりに汚いのと、鍋の歴史が気になってしまった。そんなわけでデジカメの機種と鍋の歴史を同時に調べていると、どういう経緯かは忘れてしまったけど、夏目漱石が『吾輩は猫である』でニコンについて薄っすらと言及していることに気付いてしまった。

    先に書いておくと漱石研究というのは盛んで、漱石について発見されていないことはないと言われるくらいだ。だからこれも私が知らないだけで、実は有名な話なのかもしれないが、面白かったので記事にしておくことにした。

    『吾輩は猫である』は漱石の初期作品で、猫の目を通して人間社会が描かれる。登場人物の行動はかなり誇張して描かれているが、実在の人物がモデルになっている場合もある。

    そんな『吾輩は猫である』に、水島寒月という理学士が登場する。寒月君のモデルは寺田寅彦とされていて、物語中で彼はこんな行動を取っている。

    「ええ、なかなか複雑な問題です、第一蛙の眼球のレンズの構造がそんな単簡なものでありませんからね。それでいろいろ実験もしなくちゃなりませんが、まず丸いガラスの球をこしらえてそれからやろうと思っています」
    「ガラスの球なんかガラス屋へ行けば訳ないじゃないか」
    「どうして――どうして」
    と寒月先生少々反身になる。
    「元来円とか直線とか云うのは幾何学的のもので、あの定義に合ったような理想的な円や直線は現実世界にはないもんです」
    「ないもんなら、廃たらよかろう」
    と迷亭が口を出す。
    「それでまず実験上差さし支つかえないくらいな球を作って見ようと思いましてね。せんだってからやり始めたのです」
    「出来たかい」
    と主人が訳のないようにきく。
    「出来るものですか」
    と寒月君が云ったが、これでは少々矛盾だと気が付いたと見えて
    「どうもむずかしいです。だんだん磨って少しこっち側の半径が長過ぎるからと思ってそっちを心持ち落すと、さあ大変今度は向側が長くなる。そいつを骨を折ってようやく磨潰つぶしたかと思うと全体の形がいびつになるんです。やっとの思いでこのいびつを取るとまた直径に狂いが出来ます。始めは林檎ほどな大きさのものがだんだん小さくなって苺ほどになります。それでも根気よくやっていると大豆ほどになります。大豆ほどになってもまだ完全な円は出来ませんよ。私も随分熱心に磨りましたが――この正月からガラス玉を大小六個磨り潰しましたよ」

    http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/789_14547.html より

    大学の研究室で寒月君がガラスを摺り続けているというエピソードで、後に寒月君は『珠磨りの名人理学士水島寒月』などと呼ばれからかわれている。

    誰がなんのためにガラスを削っていたのか

    寒月君のモデルは寺田寅彦、だからガラスを摺り続けていたのも寺田寅彦だと思ってしまいそうになる。ところがある本に、ガラス玉を削ったのは寺田寅彦ではないし、その目的も理想的な球を作るためではないと書かれている。

    それでは誰がなんのためにガラスを削っていたのか? 『帝大教授学生気質』 (泉豊春 文成社 明治四三(一九一〇)年)によると、こういう事らしい。

    大学前の眼鏡屋と結託して頻りと種々の物を拵えさせている。それだけでもなお飽き足らなくて自身教授室に機械を据え付けて眼鏡屋の職工もどきに頻りとゴシゴシ擦り始めた。それはそれは熱心なもので、毎日云々弁当持参で朝から晩の十時頃まで電気を付けてゴシゴシと擦り付けた。かかる事約四五ヶ月に及んだ。いつ行っても理科大学校の教授室の窓から電気の光が漏れていて、もう寝ようという小使いが外から見ても先生まだやっているなという調子。
    それでも熱心は恐しいもので、到頭四個ばかり大目玉(レンズ)を擦り上げた。それを何に用いるという訳ではなかったが、先生は大得意。もちろん日本であの度量の難しいレンズの出来たのは理科大学の教授鶴田賢次博士の手によって仕上がった。それがはじめてなのである。
    ところがこの眼鏡屋先生の一件、詳しくは水島寒月、実は寺田寅彦君の出来事に塗りつけて、夏目さんの猫に乗っている。

    帝大教授学生気質 泉豊春 文成社 明治四三(一九一〇)年

    というわけで、ガラスを削っていたのは鶴田賢次さんという物理学の教授、目的は精度の良いレンズを作るためである。なぜ精度の良いレンズを作っていたのかというと、レンズの国内生産のため東京計器製作所と共同研究をしていたからだ。今でいうと、産学連携ということになるのだろう。

    東京計器製作所のレンズ部門は、後に岩城硝子製造所、藤井レンズ製造所と合同し、三菱の資本で「日本光學工業株式會社」になっている。これが今のニコンである。

    鶴田賢次教授、つまり寒月君のレンズ磨きが現在のニコンの技術の源流となり、そのレンズ磨きについて漱石が『吾輩は猫である』で言及しているというのはかなり面白い。

    本当の話なのか?

    ところで明治というのはいい加減な時代で、『帝大教授学生気質』のような本の記述を、そのまま信じることは出来ない。必ず裏付けを取る必要がある。

    そんなわけで調べてみると、鶴田賢次さんが東京計器製作所と共同でレンズを作っていたのは本当の話らしい。

    鶴田賢次(明治26-36年物理学・助教授、ドイツ留学から帰国後教授昇任し、明治44年まで講座担当、大正2年辞任)は、日露戦争後の明治39年に、東京計器製作所が光学計器部を設置して海軍の技術援助により光学兵器の研究を始めると同時に招聘され、航海用望遠 鏡などの摸倣・製作を指導した。
    https://www.nier.go.jp/kankou_kiyou/kiyou135-061.pdf より

    これでかなり信憑性が上がるといいたいところなのだが、ガラス磨きエピソードが書かれた時期の問題がある。

    漱石の『吾輩は猫である』の執筆期間は明治三八から三九年の間、寒月君のガラス磨きが書かれたのは明治三八年の夏から秋にかけて、その発表は十月である。『日露戦争後の明治39年に、東京計器製作所が光学計器部を設置して海軍の技術援助により光学兵器の研究を始める』という記述から考えると、猫の執筆時期と時代が合わない。これで話の信憑性が薄れてしまった。

    それでは『大学前の眼鏡屋』という言葉はどうなのだろう? 東京計器製作所の住所は以下の通り。


    小石川だから、東京大学とかなり近い。地図だとこういう感じ。



    今の感覚では遠く感じてしまうものの、明治人は現代人よりずっと歩く。当時の感覚だと『大学前の眼鏡屋』で正解としても良いと思うが、これに関しては微妙としておこう。

    次に漱石がこの話を仕入れることが出来たのかという方面で考えてみる。

    漱石自信も東京帝国大学で講師をしていたが、文系だから鶴田さんのガラス摺りの噂を知ることが出来たかどうかは怪しい。

    ところが猫が書かれていた時期、寺田寅彦さんは東京帝国大理科大学で講師をしていた。鶴田賢次さんのレンズ磨きの噂を知ることが出来ただろう。

    猫に出てくる「首縊りの力学」は、寅彦経由で漱石に伝わったネタである。寺田寅彦がガラス磨きという格好のネタを仕入れたとすれば、漱石に伝えないはずがない。当時の帝大に、レンズを磨き続ける教授が何人もいるわけもなく、やはり『我輩は猫である』でレンズを磨いていたのは、寺田寅彦ではなく鶴田賢次の可能性が高い。

    そんなわけで自然な流れを推測すると次のようになる。

    1. まず鶴田賢次さんが東京計器製作所に依頼して、レンズ作りを開始する
    2. 日露戦争が終った頃でもあり、光学機器の需要が見込める
    3. そこで東京計器製作所が鶴田賢次さんに共同研究を申し出る

    あくまで推測なのだが、これ以上の確証を得るためには、東京計器さん、あるいはニコンさんに問合せするしかない。しかしながら所詮は一個人の好奇心を満すために調べているだけだなので、ここらで止めておくことにする。

    ところで最初に書いた鍋の歴史については、明治以前の家庭内における鍋は女たちによる火の神への反乱だということが分かったところで満足し、調べるのは止めてしまった。ついでにデジカメについてだが、実のところ私は漱石ファンなので、うっすら漱石とつながりのあるニコンの製品を購入することにしようと思っている。


  • 独り鍋は実に良い

    2015-01-14 20:133

    独り鍋は良い

    去年は独り鍋を何度もしたし、今年になっても独り鍋を何度もしている。

    独り鍋は、ダイソーなんかに売ってる100円の土鍋で作る。鍋に野菜やら魚やら肉などを入れ火にかけると完成する。ダシを入れたい時には、昆布ひとつ放り込んでおいたら良い。

    独り鍋は独りで食べる孤独な鍋なので、あんまり気合を入れず、自分さえ美味ければ良いという気持を全面に出して作る。所詮は独りで食べるのだから、大袈裟にすることもない。素朴で単純な鍋を、しみじみと独りで楽しむ。食べていると徐々に寂しくなってくるのも良いし、独りで食べる鍋にはロマンがある。

    独り鍋のコツ

    100円の土鍋には小さいという物理的な制約があるものの、これを上手く使うと良い独り鍋になる。

    自分なりのコツを書いておくと、物理的なスペースがないので、具の種類を増やさないことが重要だと思う。具の種類を増やしたところで普通の鍋には勝てないし、味もボヤけてしまうことが多い。余った食材の処理なんかもある。それよりは絞った具材を楽しむ方向性で、発展させたほうがよろしい。

    少ない具材でなるべく良い鍋にするというのも、パズルのようでなかなか面白い。

    副次的な効果だが、具材の種類が少ないため、旬の食材を使うと500円以内で十分に美味しい独り鍋が出来たりもする。

    独り鍋のメリット

    独り鍋のメリットは様々ある。

    独り鍋には、小さな鍋の中に味を濃縮させるという楽しみがある。独り鍋はどうしても汁の量が少なくなるが、だからこそ濃厚なダシを楽しむことができる。

    さらに本格鍋を作る前の偵察用としても使えるし、あまりに疲れた時にダラダラ独りで食べるのにも向いている。小さなスペースでなるべく美しい鍋を作るというのは、本格鍋のミニチュアを作っているような気分になり娯楽としても優れていて、ジオラマや盆栽などにも通じる楽しさがある。

    それでなにが言いたいのかというと、独り鍋は良いということで、以下は私の作った独り鍋なんだけど、スマホで撮ってるのであまり魅力が伝わらないかもしれない。

    一応書いておくとレシピらしきものを書いてるけど、かなり適当にしか書けない。多分だけど誰かが作ったのを参考にしていると思うから、本格的に作りたい人は検索してみてください。

    常夜鍋(とこよなべ)

    常夜鍋(とこよなべ)とはホウレンソウと豚肉の鍋で、私は向田邦子さんのレシピで作っている。(追記:普通はじょうやなべと読む。常世の国っぽくて縁起良いしリズムも良いので、私はとこよなべとしているけど、常に夜で縁起が悪い気もしてきたので、そのあたりはどうでもいいと思う、まぎらわしいこと書いてすみません)

    鍋にニンニクとショウガがひとかけを入れ、日本酒と少々と水を入れて火にかける。日本酒だけでもいけるけど、そのあたりはお好みで。

    昆布は入れない。ニンニクとショウガが頑張ってくれる。私の環境だと大量のアクが出てきてキモい。火加減を控え目にして、肉とニンニクの管理に気を付けるとアクを避けることが出来るけど、かなり面倒くさい感じがある。

    タレはレモン汁と醤油を混ぜたもの、醤油少なめ、レモン汁多いめくらいで丁度良い。

    ホウレンソウは湯をふりかけて、アクを出しておいたほうが良いと思う。ホウレンソウによるけど、これしないと歯がシャリシャリする場合がある。豚肉は美味いバラが良いけど、ぶっちゃけなんでも良いと思う。そんなに張り切って作る鍋でもない。

    湯が沸騰したら、本当は豚肉とホウレンソウを別々に入れながら食べる。しかしながら、私は一緒に入れちゃう。なぜかというと面倒くさいからです。


    これが完成した写真、これでもアクを一所懸命に取ったほうで、アクの恐しさが分かると思う。



    豚肉も良いけど、ホウレンソウがかなり美味い。たまにこういう無茶をすることもあるけど、馬鹿丸出しなので止めたほうが良いと思う。


    他の具は入れないほうが良い。独り鍋らしさがなくなる上に、あまり美味くない。シメみたいなのも常夜鍋に限っては、私は食べない。あまり美味くない。レモン醤油に入れて飲んでる。

    詳しいレシピを知りたい人はこちら

    モツ鍋

    これはモツ鍋で、写真は小汚いけど美味い。


    せっかくなので、絶対に美味いモツ鍋のレシピを紹介しておく。

    まず美味いモツを売っているお肉屋さんを探す。次にそのお肉屋さんにモツ鍋の作り方を聞く。そうするとそこの店のタレに合う野菜とかを教えてくれる。モツを買って家に帰り、言われた通りにモツ鍋を作る。これで絶対に美味いモツ鍋が完成する。

    モツは匂いがちょっとと思っていたのだが、良いお肉屋さんをモツは下茹でせずとも嫌な匂いがしない。お肉屋さんに行くのはちょっと勇気があるけど、美味いものを食べたい人は勇気を出して生きていくしかない。ただしモツには地域差があると思うので、良いモツを売るお肉屋さんが近所にない場合は諦めてください。

    所詮は100円土鍋なので、野菜を大量に入れることはできない。私はニラ、あればモヤシかキャベツくらいで食べている。ダシもとらない。野菜の水分とモツのタレだけで鍋が成立する。

    独り鍋は引き算の料理なので、ダシをとったり野菜入れまくったりしたくなる欲求に打ち勝つことが重要になってくる。

    鍋ではない

    これは洗濯機を洗浄しようとして洗濯漕クリーナー2個ブチ込んだ写真。


    鍋とは関係ないものの、趣きがあるように感じる。ついでなのでなぜ撮影したのか覚えていない写真も掲載しておく。




    今さっき写真眺めてて思い出したけど、一時期ゴミの写真を撮影して喜んでいた時期があったので、その時の写真だろうなこれは。

    当時は面白かったんだけど、今はなにが面白いんだかよく分からない。こういうことってよくあることですね。

    キムチ鍋

    キムチ鍋、賞味期限近付いて安くなったキムチが売ってる場合に作る。なんか知らんがそっちのが美味い。

    気が向いたら豚肉をコチュジャンに漬けておき、キムチをゴマ油で炒める。ただし100円鍋で作ると割れるんじゃねぇかと心配すぎるので、私はあんまり炒めないです。気が向かない場合はキムチ入れて豚肉を投入する。

    続いて野菜と日本酒を適当に入れてアサリ入れたら完成、個人的にはアサリ入ってないとあまり食べたくない感じ。


    冷静になってこの写真を見たら謎の鍋で、多分キムチ鍋じゃないと思うけど、途中までキムチ鍋で書いちゃったので、キムチ鍋ってことでよろしくお願いします……

    おわびに便利情報を書いておくと、アサリは砂出ししたものを、ビニール袋に入れて冷凍しておくことが出来る。一人暮らしだと、とても便利ですね。

    それにしても写真がキムチ鍋じゃない上に小汚なくて申し分けないんだけど、私の家にはデジカメなくてスマホしかないので仕方ない。

    凶悪鍋

    男には凶悪なものを食べたくなる時があって、その時はこれを作る。

    ところでここから写真撮影の機材が iPhone 5 から Torque G01 というのに変わる場合がある。iPhone のカメラはなんも考えずに撮影してもそれなりのものが撮れる。ところが Torque G01 のカメラはシャッターを押すとゴミが生産される機能が付いていて、全然美味しそうな写真にならない。色々考えるとマシなゴミが生産されるが、なにも考えずに撮影したサッポロポテトベジタブルの写真はこういう感じです。

    Torque G01は電話もできる電子書籍端末として考えると、とにかく最高すぎる反面、カメラが最低すぎでサッポロポテトベジタブルがかわいそうになってくる。こんなに汚い写真しか撮れないのに、なぜかシャッターボタンが単体で付いてるし、とにかく作った人の意図が不明、作った人がサッポロポテトベジタブル好きなのかも不明、全てが謎なんだけど、そういえば独り鍋の話でしたね。サッポロポテトベジタブルはその辺りのスーパーに売ってるので食べたい人は買ってください、私は独り鍋の話を書きます。

    まずローソンなんかで売ってるナガラ食品の冷凍のモツ鍋を、ダイソーの100円土鍋に放り込む。



    次に適当にぶった斬ったニラを投入する。



    さらにローソンなんかで売ってるナガラ食品の冷凍のモツ鍋をもうひとつ投入するとこうなる。

    強引にフタをする。

    煮る。たまにかき混ぜてると、こういう感じの食品が完成する。

    これが美味いのかっていうと実に普通で、ナガラ食品の冷凍のモツ鍋とニラを煮た味がする。しかしながら男には凶悪なものを食べたくなる時があるのだから仕方がないし、時にこういうものを食べるのもなかなかオツな感じがある。

    ハマチしゃぶ

    気を取りなおしてハマチのシャブシャブ、ハマチというのはブリの小さいやつで、この下にツバスというのがある。呼び方は地域によって違うみたいなんだけど、私は魚博士じゃないからよく知らない。とにかくブリ、ハマチ、ツバスの中からハマチを選択し薄く切る。

    なんでハマチかというとブリほど高くないし、ツバスよりはデカいのでシャブが食いやすいからです。どちらにしろ私の近所の京都のスーパーの刺身は、基本的にあんまり美味しくない。だからブリを買う気にならないっていうのがあって、妥協してハマチ選んでる。こういうのも地域差で、あなたの地域に合わせてカスタマイズしてください。独り鍋は、日本という国土を楽しむというスケールの大きな娯楽なのです。

    レシピだけどこれは驚くほどに簡単、鍋に昆布を入れて水と日本酒を入れておく。魚がマズい地域は生姜も入れておくと良いかもしれない。次に白ネギを薄く切る。

    できれば包丁を研いで、ハマチをなるべく薄く切る。鍋を火にかけて、適当なところで白葱のみ投入、沸騰する寸前くらいで薄切りのハマチでシャブシャブをし白ネギと共に食べます。ハマチの鮮度が微妙な地域の方、見栄えを気にする方は、針生姜を入れたほうが良いかもしれない。



    ハマチはアッサリしてるのでゴマ油っぽいのでタレ作っても良いけど、私は面倒なのでレモン醤油で食べちゃう。少しだけワサビを入れても良い。

    白ネギだけで良いのかなって思うかもしれないけど、とても良い。他の具材入れる必要ないと思う。白カブ薄く切ったのをシャブっても良いけど、これしちゃうと独り鍋って感じじゃなくなるかもしれない。

    読んでる人はどうか知らないけど、こうして並べていくとなかなか面白い。写真を奇麗に撮影して、使った食材なんかも記録しておいたら良かったような気がしないでもない。

    鍋じゃないけど楽な料理

    人間にはもうギリギリじゃーボケがっていう時があって、そういう時に私はこれを作る。

    まず鮭の缶詰を開けてガスコンロに上手に乗せる。次にスライスしたタマネギを上に乗せる。最後、火をかけて沸騰しはじめたら火傷しないように上手に食べる。マヨネーズをつけてもよろしい。黒胡椒なんかも良いかもね。



    もうギリギリじゃーボケがっていう時は、これを食べながらビールなどといった酒を飲む。そうすると翌朝、最悪の日々がまた始まり、夜にはもうギリギリじゃーボケがってなるので、またこれを食べながらビールなどといった酒を飲み、当時は生活滅茶苦茶でしたねぇ。

    湯豆腐

    湯豆腐、湯豆腐というのは豆腐を昆布のダシで温めて食う食品で基本的には美味い。単純だからレシピもなにもないんだけど、あんまり煮込まないほうが良い。

    巨大な土鍋だとグラグラに沸騰したお湯に豆腐を彫り込んでフタして5分、それを食べると美味いみたいなレシピがあるんだけど、独り鍋だとそれは出来ない。小さいので豆腐が十分に温かくならない。

    だから重層やら塩を入れてる。こうすると豆腐がとろとろになる。とろとろ湯豆腐は馬鹿にしてたんだけど、やってみたらそれなりに美味い。最近はアゲも入れてる。意外に良い。アゲは別の鍋で適当に煮てくれ、湯通ししただけじゃ不十分だよ。

    これは最高の湯豆腐ってわけじゃないけど、火加減あんまり気にしたなくも良い。独り鍋には最適だと言える。



    タレは基本的にはポン酢かレモン醤油、こってりしたのを食べたい時には、卵にみりんとしょうゆを入れ湯煎したものも美味い。分量とかはここに書いてある。

    豆腐とアゲは、なるべく美味いものを選ぶ。豆腐、昔は地域によってはあんまり美味いの売ってなかったりしたけど、今はどこのスーパーでも美味いのを売っている。ただし京都は豆腐はかなり美味いので、京都に住んでいる人は湯豆腐面では有利だと思う。

    独り鍋は良い

    もうちょっとレパートリーあるんだけど、写真に撮影してなかったりしたのでこれでおしまい。

    独り鍋のポイントは独りで食べるという点で、不味くても自分独りが不味いだけで済む。美味ければ独り占めすることが出来る。自分以外の誰も不幸にしないし幸せにもしない。独り鍋と自分が対面しているだけ、様々な条件が重なれば、独り鍋によって悟道超えられる可能性もある。独り鍋を作るだけで、そんなありがたいものを食することが出来る。

    独り鍋の写真を並べながら、思ったことがある。それは独り鍋で大きな鍋の姿を再現し、食材と調理方法をきちんと記録して、奇麗に写真撮影すれば、これは立派な趣味として成立するんじゃないのかなってことだ。

    日本には趣味は読書ですって人が四割弱くらいいるっぽいんだけど、イメージが良いから読書としている人がほとんどだと思う。実際には本当に読書が趣味なんて奴は1割もいない。海外は知らないけど、日本という国は文化程度が高いだけに、趣味への参入障壁が非常に高い。金も時間もかかるし、一種の技量を求められる。だから気軽に始められる趣味のレパートリーが少ない。

    趣味の数が少ないのはつまらない国なので、より良い日本を創るためには、参入障壁の低い趣味を増やす必要がある。独り鍋は100円鍋を使い500円で適当に食材を集めて料理らしきものを作り、写真撮影して記録するだけで成立する。ライバルもいないので、趣味にした瞬間に世界一になる。異常なまでに参入障壁が低い。

    こんな素晴しい趣味だから是非とも広めたいところなのだが、私はテーブルすらなく棚の上で飯を食うという狂った生活をしていて、スマホのカメラもシャッター押すとゴミが生成されるという有様なので、美しい写真を撮ることが出来ない。クックパッドかデイリーポータルかテレビに流行らせてもらうしかないわけだが、趣味とか日本とかはどうでもいい話で独り鍋である。

    通常の鍋に見たてて作られた小型の独り鍋は、悟道を超えて小宇宙(コスモ)ともいえるし、晩飯にコスモがあるとスペース(宇宙)感が出る。こんな料理は他にはない上に、普通程度には美味い。

    もう少しだけ冬は続く。だから独り鍋で遊べる時間は十分にある。そんなわけですから、気が向いた人は独り鍋しても良いかもしれませんね。