滋賀県北部、彦根よりさらに北に位置する長浜市は、県内有数の極寒の地。例年1m近く雪が積もる当地では、古くから鴨料理が庶民の間で親しまれてきました。中でも、鴨肉をネギやセリなどと煮て食べる「鴨すき」は長浜市を代表する郷土料理。あっさりとしながら滋味深い味わいは、忘れられない旅の思い出になるはずです。
滋賀県の冬の味覚、鴨すきとは?
琵琶湖の北端、福井県との県境に位置する長浜市は、豊臣秀吉が初めて築城した「長浜城」の城下町です。歴史あるこの町では、明治時代から郷土料理・鴨すきが庶民に広く親しまれてきました。
鴨すきとは鉄鍋で鴨を、野菜や豆腐と甘辛く煮た料理のこと。明治時代、文明開化とともに登場したすき焼きをよりリーズナブルに食べられるよう、牛肉の代わりに鴨を食べていたことが鴨すきの始まりとされています。
あまり知られていませんが、実は琵琶湖はマガモをはじめとする渡り鳥の越冬地。一方で琵琶湖は湖魚の漁場でもあるため、シベリアから渡ってきたマガモが漁師の網にかかることがあります。
ですから、県内では今でも湖魚とマガモを並べて販売する鮮魚店を見かけます。それほどまでに長浜の人々にとっては、鴨は魚と同様に馴染みのある食材であることがうかがい知れます(ただし昭和46年からは琵琶湖が鳥獣保護区になり狩猟が禁止されたため、現在では北陸地方などから仕入れています)。
なお、鴨すきは鴨の狩猟が解禁となる11月~3月まで、市内約17店舗の料理店や宿泊施設で提供されています。
鴨すきを食べるなら名店「千茂登」へ
マガモの脂がしっかり乗る12月~3月にかけて、特に予約で混み合うのが長浜市の「千茂登(ちもと)」。ここは昭和12年創業、約80年の歴史を持つ料理旅館です。
長浜市内の料亭「住茂登(すみもと)」で修業し、のれん分けで独立した三好家の初代から始まり、現在は孫にあたる三代目の大将・三好武夫さんが、奥様と切り盛りしています。近江牛やうなぎ、琵琶湖産の鮎などの滋賀ならではの幸も味わえます。
鴨すきのメニューは、気軽に食べられる平日昼限定の「天然鴨なべ定食」(2,800円)から、琵琶湖産の子付き鮒の刺身、フルーツなどが付く「天然鴨すき」(8,300円)までの4種(いずれも税別)。今回は「天然鴨すき」をオーダーしました。
鍋がスタート。天然鴨の美味しさを味わいつくす
同店の鴨すきでは、新潟など米どころで獲れた天然のマガモのみを使用。越冬で身の引き締まったマガモは、休息地で米の籾を食べて、ほどよく脂が乗った状態に。捕獲後は血抜きを行わないため、野趣あふれる香りを身にまとった、ボルドーワインのような濃い赤色の身となります。
そのマガモを、最高級の日高昆布でとった出汁とともに鉄鍋で煮ます。マガモの肉と骨を細かくたたき、隠し味の山椒をきかせた小ぶりの肉団子と、内臓や皮などの「雑身」を最初に投入し、鴨の出汁を引き出します。
ほどなくして滋賀県米原産の太い白ネギ、香り豊かなセリの茎、炭火で焼いた自家製の焼き豆腐、糸こんにゃくをきれいにそろえ、その上に鴨ロースを並べます。ロースがピンク色に変われば食べごろ。「火を通しすぎると硬くなるので、ロース肉からどうぞ」と奥様。
早速、溶いた卵にからませて一口。押し返すほどに弾力のある歯ごたえ、さっぱりとした脂身ながら濃厚な肉の旨みが、まろやかな卵とともに口いっぱいに広がります…! 合鴨とはまた違う、天然のマガモが醸し出す野性的な美味しさに感動する至福のひとときです。
ハツやレバーなどの雑身も食べられます。コリコリとした歯ごたえと、ロースとはまた違う、マガモ独特のリッチな味わいを堪能できます。
クライマックスは鍋のシメ! マガモの旨みが溶け出た出汁を「○○○」で丸ごといただく
甘味たっぷりの白ネギや、シャキシャキの食感が楽しいセリ、お焦げが香ばしいむっちりとした焼き豆腐などをロースとともに味わっていくうちに、鍋のつゆが濃い黄金色へと変化。鴨や野菜の美味しさが出汁に溶け出ている証拠です。
すべての具材を食べ終わったら、いよいよお楽しみのシメ。三好さんは「味わっていただきたいのは、出汁の美味しさなんです」と話します。そう、鴨すきのハイライトは、旨みが凝縮した出汁を味わうシメ。メニューではうどんか餅をチョイスできますが、今回は餅をオーダーしました。うどんは他の鍋料理でもポピュラーですが、餅は冬らしいシメですよね。
くつくつと煮立てたつゆの中に餅をすべらせ、一煮立ち。圧倒的な鴨の力強い美味しさと野菜の優しい甘味が渾然一体となり、深みのある味わいとなった出汁をやわやわの餅で抱き込みます。
とろっととろけそうになったら食べごろ。口に含むと、その滋味に驚きました。やわやわの食感と相まって、飲み込んでしまうのが惜しいほど。豊潤な湖北の幸に出合えた瞬間でした。
飲んべえはキケン!? 反則級の鍋のお供
最後に、三好さんがとっておきの味わい方を教えてくれました。それは地酒の出汁割り。
滋賀県内には酒蔵が30以上あり、千茂登のある長浜市でも3つの酒蔵が銘酒を造っています。郷土料理に合わせるなら、その土地で醸された地酒がおすすめです。
鴨すきの出汁に合わせたのは、全国的にも有名な長浜市木之本町の冨田酒造「七本鎗」。ふくよかな米の旨みと、それに負けないパワフルな出汁の味わいが合わさり、一口すするとしみじみとした美味しさが全身を駆け巡ります。思わず、幸せのため息がこぼれてしまいました。
「一口飲んだら止まらないですよ」と、ちょっと嬉しそうな三好さん。酒好きにはたまりません!
鴨すきは11月~3月までの冬の味覚
天然マガモの美味しさを堪能できる鴨すき。鴨すきが食べられるのは、マガモの狩猟期間の11月~翌年の3月まで。雪深い町で、滋賀県ならではの美食を味わってみませんか?
千茂登
住所:滋賀県長浜市朝日町3-1
TEL:0749-62-6060
営業時間:11:30~14:00、17:00~22:00
定休日:月曜(祝日の場合は火曜)
http://www.e-nagahama.com/timoto/index.html
撮影・取材・文/中河桃子
編集・ライター、京都出身滋賀育ち。大学在学中に京都でライター業を開始、グルメ・エンタメ・街・旅情報を中心に18年以上携わる。今は酒蔵巡り・和菓子作り・美術鑑賞・旅にハマり中。
編集/くらしさ