<ひなたフェードイン!>

2010・3・2

 「ひなたフェードイン!」は、まんがタイムファミリーで2010年2月号から開始された連載で、大学生の「とある職場」でのアルバイトの姿を描いた4コママンガ となっています。元々は2009年の2月号から4月号までゲスト掲載(短期連載)され、それが好評を得て本連載を獲得したという経緯があります。コミックス1巻には、最初にその短期連載された分が収録されています。

 作者は、水谷ゆたか。以前2005年~2006年にかけて、スクエニのGファンタジーやガンガンパワードで連載や読み切りを掲載していた時期があったのですが、しばらくして掲載は途絶えてしまいました。Gファンタジーなどは、短期連載が終了後に連載が再開される予定まであったようですが、どういうわけかまったく音沙汰なくなってしまいました。

 その後、長い間水谷さんのマンガを読む機会はなくなってしまったのですが、しかしはるか数年が経った2010年、芳文社のまんがタイムファミリーでゲストとして掲載され、それが好評を得て晴れて本連載を獲得する運びとなったのです。かつての連載は短期で終了してしまったので、作者にとってはこれが初の長期連載となりました。以前のスクエニ時代から注目していたわたしとしては、これは非常にうれしい出来事でした。

 本連載もずっと好評だったようで、約1年後にコミックス1巻もめでたく発売され、これが水谷さん初の単行本ともなりました。しかし、その約半年後の2011年9月号を最後に休載してしまい、以後再開されないままになっています。作者の都合による休載ではないかと思われましたが、それまでひどく順調に掲載を続けていただけに、非常に惜しいと思いました。かつてのスクエニでの活動が消失した時と同じような悲しさを覚えましたし、いつか再開してほしいと強く願っています。


・スクエニでの作品はいずれも良作だった。
 その水谷さんのスクエニでの作品ですが、大きくGファンタジーでの連載とガンガンパワードでの読み切りに分けられます。作者のマンガの仕事は、このスクエニでの掲載がおそらくは初めてで、期待の新人という扱いだったと思います。

 Gファンタジーでの連載は、「うたた日和」といって、間瀬谷家の3人の兄妹とその母親、彼女たちが通う学校の生徒たちを中心としたコメディ4コマとなっていました。キャラクターの多くがなんともずれた感性を持つ変人といってもいい人揃いで(笑)、あるいは生徒たちも妙な部活動に興じていたりととにかく個性的なキャラクターたちの行動が楽しい4コママンガでした。4コマひとつひとつのネタも秀逸で、本当に良質の4コママンガになっていたと思います。

 一方でパワードでは、「座敷童子ちゃんDreamin'」「魔法少女>みこと」という2つの読み切りを残しています。「座敷童子ちゃんDreamin'」は、気弱な座敷童子の少女と一風変わった青年の交流を描くコメディ。「魔法少女>みこと」は、恥ずかしがりやなのに魔法少女にされてしまった女の子の奮闘を描くコメディで、どちらもかわいいキャラクターと優しい作画が特徴の温かみのある作品になっていたと思います。水谷さんの描く描線は、当時はなんというかすごくへろへろしたところがありましたが(笑)、それがいい味を出して柔らかい作風を生み出していたと思います。

 パワードの読み切りはこのふたつのみでしたが、Gファンタジーの「うたた日和」は、半年ほど続く連載となり、一旦休止した際にも「すぐ再開します」という告知が雑誌の柱に描かれていたのですが、しかしどういうわけかまったく再開されなくなってしまいました。その後水谷さんのスクエニでの活動は完全に消え、のちに芳文社のまんがタイムファミリーで復活するまで、マンガの仕事がまったく途絶えたのは上で記述したとおりです。

 ただ、この一連のスクエニでの活動以外に、イラストレーターとしての仕事は以前から続けており、飛鳥新社の「SS(スモール)」という雑誌で、扉絵などを長く手がけています。こちらの仕事は、スクエニでのマンガ以前から始まり、マンガの仕事が途絶えた後も長く続いていたようです。


・結婚披露宴の照明係の仕事ぶりが興味深い。
 さて、この「ひなたフェードイン!」、タイトルにある「ひなた」が主人公の高校生の名前で、彼女が「結婚披露宴の照明係」のバイトを始めるところから物語が始まります。大学の友人のみのりに紹介され、行った先の面接で結婚披露宴の照明の仕事をすると初めて知り、しかもそのままあっさり採用されてその日から仕事を任されてしまいます(笑)。

 初めての聞きなれない仕事に不安を覚えつつ、ひとつひとつ仕事を覚えていくひなたですが、この照明係という仕事の内容、これがまずこのマンガの興味深いところだと思います。結婚式の照明係がいったいどんな仕事をしているのか、それを知っている読者はそう多くはないでしょう。それを、ひなたと共にひとつひとつ知っていく過程が面白い。いわば、このマンガは、一種の「職業もの」とも言えるところがあり、ファミリー4コマ誌で大人の読者が中心のまんがタイムファミリーらしい連載だと思います。

 その仕事の内容ですが、披露宴で新婦や新郎などにスポットライトを当てるというもの。照明を調整することでライトの大きさが変わり、当てたいところでライトを開いて大きくしていくのが「フェードイン」、逆に小さくしていって閉じるのが「フェードアウト」。タイトルの「ひなたフェードイン!」も、この照明用語から取られています。
 さらに、照明を当てるのは入場の時とケーキ入刀の時、さらには「なんとなく盛り上がってきた」時に当てるように言われ、戸惑うひなたでしたが、それもしばらく経験を積んでいくうちに自然と出来るようになり、上司にもそのことを褒められる。このあたりで、主人公の成長と読者の知識が連動していて心地よい。ひなたと共に読者もこの仕事に対する知識が自然と身につくようになっているわけです。

 また、結婚式が舞台ということで、その主役である新郎新婦や周囲のお客さんたちが、みな幸せな気持ちに満ちていて、主人公までもらい泣きするようなシーンがあるのもいい。もともと水谷さんのマンガは優しい作風が特徴だったのですが、このマンガでもそれがよく出ていて、読んでいて心が温かくなるような作品になっていると思います。


・個性的なスタッフたちの仕事と普段のギャップが楽しい!
 そして、そんな温かい作風の中心をなしているのが、アルバイトの新人ひなたと個性的な先輩スタッフたちの交流です。彼らスタッフは、仕事の時は厳しい姿勢や仕事に徹した姿勢も見せるのですが、普段はそれとは対照的にかわいらしい姿、意外な姿を見せ、そのギャップがとても楽しいのです。

 その中でも最も印象的に描かれているのが、相葉直というひなたの直接の上司で、披露宴の進行役を一手につかさどり、通称「キャプテン」と呼ばれる青年です。一見すると怖そうな外見ですが、仕事に対しては本当に徹した姿を見せ、別人のような最高の笑顔で接客をするところがあまりに印象的。その一方で、普段はネコの世話をしたり、車にはネコのぬいぐるみを積んでかわいがっていたりと、とてもかわいらしい一面を持っています。また、ひなたに対しては真顔で冗談を言って反応を楽しむ一面も。このキャプテンの見せる様々な顔、そのギャップが本当に楽しいし、それを通じて本当に人がいいんだと分かります。

 一方で、仕事中もオフの時もマイペースな姿を見せるのが、ひなたにこのアルバイトを紹介した親友・みのり(早苗みのり)。彼女は、バイト中に妄想するのが趣味であり、また普段も「バイトの練習」と称して食事を盆に載せずに運んだりと、一風変わった女の子として描かれています。、「自分の披露宴用の個人的メモ」や「20歳までにやっておくことリスト」を作ったりと、このあたりの「変なキャラクターぶり」は、かつての連載「うたた日和」のキャラクターを連想させるところがあります。

 職場の統括をしている真木という女性、彼女もまたいかにも水谷ゆたか作品らしい。普段は華やかな雰囲気の見栄えのする女性ですが、しかし仕事中は花嫁らを目立たせるために地味に徹している(華やかなオーラを消せる)というところが面白い。今の仕事を十数年続けているらしく、「本当の年齢を誰も知らない」。相当な年上だとも想像されますが、しかし見た目だけでなく性格もくだけて気さくで、ひなたたちスタッフを独特のあだなで呼ぶなど、かわいらしい茶目っ気を見せる魅力的な女性として描かれています。

 こうしたスタッフたちが、肝心なところでは厳しく、しかしそれ以上に周囲を気遣いつつ温かい気持ちで日々の仕事に励んでいる姿、これが本当に微笑ましい。こんな職場なら本当に楽しいだろうなと思いました。


・主人公の成長ぶりと日々の楽しい生活、さらには恋愛の行方も楽しみだったのだが・・・。
 そんな職場での仕事の毎日を経て、ひなたは、少しずつ成長していきます。それまではちょっと気弱でまた時折思わぬミスをしてしまううっかりさんでもありましたが、このバイトの経験を通じて、まあ根っこの部分はあまり変わらないみたいですが(笑)、それでも毎日頑張る姿を応援したくなります。
 一方で、相変わらずどこかうっかりとずれて抜けたところもある、普段の日常の生活の様子も楽しい。このあたりはいかにも「うたた日和」を彷彿とさせる、水谷ゆたからしいコメディとして完成されていると思います。

 それともうひとつ。このひなたとキャプテンこと相葉直との恋愛関係も注目すべきポイントです。ひなたの方は、頼れるよき上司として見ているうちに、次第に惹かれるようになり、またキャプテンの方も、世話好きな性格からひなたの車の運転の練習に付き合ったりと、少しずつ自然に距離が近づいていく展開が実にいいと思います。

 そんな風に、連載は非常に好調で、コミックス1巻も好評だったはずなのですが、しかしその後とある理由で調子を崩したようで、本連載が始まって約1年半が経過した2011年9月号を最後に休載となり、今に至るまで再開されていません。せっかく作者初の長期連載作品であったのに、これは本当に落胆してしまいました。とある理由、とはここで書くことではないですが、しかしあの出来事はやはり多数の人に大きな影響を与えたようで、その結果としてこの幸せな作品まで中断してしまったのは、本当に不幸なことだったと思います。

 連載終了後も、「SS(スモールエス)」の方ではイラストの仕事を続けているようで、完全に商業での仕事を終えたわけではないようです。かつてのスクエニでの連載も合わせて、どちらの連載もいつか復活してほしいなといつまでも思っています。



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