第1話
お月様一歩手前だけど、これくらいなら大丈夫と信じる。
弟が人探しを始めた。2日前我が家で行われた仮面舞踏会で、酔っぱらった女性を別室で介抱していた際にムラムラして、致してしまったらしい。仮面舞踏会で仮面をしていて仮面をつけたままフィニッシュまで決めて、そのまま隣で眠ってしまったので、顔はわからず。朝起きるとそのご令嬢は消えていたので結局誰だかわからない。しかし自分の
ごめんよ、弟。
その相手はねーちゃんだ。
朝起きた時は血の気が引いたよ。弟相手にアンアンよがってた記憶があったもんだから。因みに弟と私は血が繋がっていない。両親ともに再婚で、私は母の連れ子である。法律上は何の問題もなく結婚できる。だけれど私は名乗り出るつもりはない。
「あらあらぁ…酔っ払いに食べられてポイ捨てされた侯爵子息様ではなくって?」
廊下の角で弟の姿を目にした。いつも通り弟に近付いて挨拶する。
「姉上…」
弟…アルトに敵意のこもった視線で見られる。
そう。私たち姉弟は超仲が悪いのだ。というのも私が天邪鬼で、アルトが素直で額面通りに言葉を受け止めるものだから険悪な感じなのである。私は言語も態度も特殊な自覚はある。これを直せば多少なりとも他人に好かれるのではないかと、今まで何度も直す努力をしてきて、その度に挫折している。
「今に『私がお相手です』というご令嬢たちが溢れかえるのですから、お困りになる前に人探しは諦め方がよろしくてよ?(訳:やめときなって。大ウソつきのご令嬢にカモられるよ!)」
すごく厭味ったらしい口調になってしまう。私は素直になれないというか、こういう性格なのだ。私としては本当に心配して、思いとどまるように説得してるつもりなんだけど。アルトには皮肉に聞こえていると思う。
「放っておいてください。僕は必ず彼女を見つけてみせます。」
「あらあら、わたくしの親切な忠告は聞いた方が身のためですわよ。(訳:悪いこと言わないからおねーちゃんの言うこと聞きなさい。)」
パサリと扇子で口元を覆った。
「姉上は大嫌いな僕に運命の女性が見つからなければいいと思ってるのでしょう?」
「まあ。運命の女性とは大きく出ましたわね。仮面を剥いだらとんだ女狐かもしれなくてよ?きっとがっかりですわね。おほほほ。(訳:素敵な思い出は素敵な思い出のまま、謎のヴェールに包んでおこうよ!私みたいな女狐だったりしたらがっかりするでしょ?)」
「彼女は、そんな人ではありません!」
「まあ、どうしてそのようなことが言えるのかしら?」
「切なく僕の名を呼び、縋りつく健気な様を姉上は知らないからそのようなことを言うのです。」
知ってるよ!ご本人ですから。死ぬほど気持ち良かったし、縋りついていっぱい鳴いたね。
「まあ、こんな白昼に閨事のお話とは。耳が穢されそうですわ。(訳:恥ずかしいからそういうこと言うのはやめて!)」
「姉上こそ、何故僕を見る度に絡んでくるのですか?」
「仕方ないですわ。目障りなのですもの。(訳:気になっちゃうんだもん。)」
ぱちんと扇子を閉じてアルトとすれ違う。
ああー…運命の女性とか。それ理想の女性像膨らましてるでしょう?正体知ったら絶対がっかりする。アルトが蛇蝎の如く嫌っている姉に童貞食われたとか。私も勿論処女だったわけだが。ていうかもろに中に発射されたけれど、孕んでたらどうしよう。胃がキリキリする。アルトに責任とってもらう?ないない。それだけはない。私はアルトのこと嫌いじゃないけど、アルトは私のこと大嫌いだろうし。
私は酒に酔うと幾分態度や言語が素直になる。酔っぱらいながら「アルトに構ってほしい」と思い、素直に絡んだのだ。ふわふわの頭ながらきちんと相手がアルトと認識して。アルトは瞳が紫と緑のオッドアイだから、仮面をしていても、至近距離で見れば一目瞭然である。逆に私はこの国で最も多い茶髪に青い瞳という配色なので仮面をしたまま本人を割り出すのは難しいと思う。仮面と言っても鼻から上を覆うものだけど、大分印象が変わって見えるし、私も普段着ないようなピンクのドレスとか着ていたし。
ああ、気が重い。
アルトはディナトール侯爵家の嫡男だから、絶対狙ってる女性は「我こそは!」って名乗り出ると思うよ。
ダイニングへ行く。大きなテーブルと椅子の沢山ある広々としたダイニングだ。お客様を呼んでも大丈夫な造り。クロスのかけられた清潔なテーブルに座り心地の良い椅子。大きな窓からは明るい光が差し込んで実に清々しい。
「ロレッタちゃん。おはよう。またアルト君と喧嘩したの?」
お母様がおかしそうに笑った。お母様とお父様がダイニングで仲良くお茶を飲んでいたのだ。もうお二人とも朝食は済ませたようだ。相変わらず仲睦まじい。
「喧嘩などしておりませんわ。夢見がちな弟に忠告して差し上げていただけよ。」
ツンと澄ました。
聞き入れてもらえなかったけどね。「我こそは!」と名乗り出てアルトをがっかりさせるつもりはないけれど、アルトが偽物のチェリーイーター連れてきたらすごい微妙な気持ちになるんだけど。「アルト、騙されてるよ。」とは証拠がないから口にできない。もしかしたら初夜を迎えたら抱き心地の違いに気づくかもしれないけど、手を出してからじゃ遅いんだよ。
「ロレッタちゃんはアルト君が大好きだものねえ。」
「だ、大好きなどでは…」
嫌いじゃないけど…顔が熱くなる。
「アルトもロレッタちゃんの可愛らしさに気づけば良いのに。勿体無い。」
お父様が溜息をついた。
お父様もお母様も私の良き理解者だ。私の言語や態度が普通のご令嬢と違っていることは重々承知しているが、それも私の『味』として認めてくれている。特に私が自分で直そうと、鏡に向かって笑顔で話しかけてみたり、人形に向かって話しかけてみたり、お母様に向かって小一時間かけてやっと「いつもありがとう…」の一言を搾り出してみたりと涙ぐましい努力をしているのも知ってるので、両親から「態度を改めろ」と言われたことはない。
「なんだか昨日は体調が悪かったみたいだけれど、今日は大丈夫なの?朝食は食べられる?」
「いただきますわ。」
昨日は、ほら、一昨日連戦したから流石に身体に色々不具合をきたしていて。初めてだったし。精神的にも色々折り合いがつかなくて。朝食などもってのほかで、一日中部屋にこもり、お風呂には入ったけどそれっきりだった。
精神的には「過ぎたことを悩んでも無駄。孕んでたら孕んでた時に考えよう」という結論に落ち着いた。肉体的にもお風呂で色々処理して落ち着いた。
料理人が私の為に作ってくれた食事を有難く頂戴した。美味しかったです。