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アメリカは性犯罪者に冷酷な国だ。一度性犯罪者として登録されれば、どのコミュニティからも追放され社会生活はままならない。そんな彼らを受け入れる「奇跡の村」と呼ばれる場所がフロリダ州にある。この街は犯罪者への甘やかしなのか、それとも慈悲深い社会に必要な更生施設なのだろうか。US版『GQ』が現地レポートをお届けする。
Photos: Alec Soth @ Magnum Photos Text: Jay Kirk Translation: Ottogiro Machikane
性犯罪者の苦難は出所後も続く。フロリダ州では、登録性犯罪者は児童が集まりうる場所の近くには住めず、学校や公園、バス停から1000フィート(約300m)以内には居住できない。そのせいで、クルマに積み込んだもので食いつなぐか、バイパスの高架下に人目を避けるかして、臆病な野生動物のように暮らすことを強いられるのだ。
フロリダ南部の湿地帯の、広大なサトウキビ畑に囲まれたこの村は、かりそめにも街と呼べるものからたっぷり4マイル(約6.4km)は離れている。だからこそ、ここにたどり着けた性犯罪者は幸運を噛みしめることになるのだ。1960年代にUSシュガー社が移民労働者向けに築いたこの居住地では、200人ほどの住民のうち100人以上が登録性犯罪者(訳注:彼らの家族や友人も少なからずいる)で、数十人のジャマイカ人労働者とともに暮らしている。村長格のパット・パワーズもやはり性犯罪者で、2009年にこの村と出会ったとき、ここはイエス・キリストが我らに与え給うた土地なのだと言明した。アメリカ社会で最低の地位に貶められた性犯罪者たちがさまよいの果てに到達した安住の地、それはまさしく現代版の“逃れの町”だ(訳注:“逃れの町”とは、故殺ではない過失致死の罪を犯した人間が壮絶な復讐から逃れられるようにとヨルダン川の両岸に設けられた避難所のこと)。
果てしないサトウキビ畑を抜けて村にたどり着くなり、私はとんだヘマをしでかしたことに気づいた。勘違いして、1日早く来てしまったのだ。
それは日曜日で、男たちはタッチ・フットボールの試合を終えたところだった。汗をかき、息を切らして、グレンという若者の張り切りすぎを話題に皆が談笑していた。あいつめ、フィールドを横切るリバース・フェイクを決めたのはいいが、勢い余って物干し竿のポールに激突しやがって……という具合に。皆がみな、短パンにビーチサンダルといういでたちだから、踵につけたGPSの足輪がいやでも目につく。
そのグレンという若者は、大学生っぽい雰囲気をただよわせたブロンドの短髪の青年で、水筒に唾を吐きながら、持ち家のことを話してくれた。それは州内の高級保養地パームビーチガーデンズにあるプールとジャグジーつきの邸宅で、父親が買い与えてくれたものだ。
「この家には住めないんだよ」。携帯の画像ギャラリーを見せてくれながら、彼は語った。
グレンはLAの出身で、清潔感があり身だしなみもよく、腕の内側のひどい傷痕さえなければ、顔だちも声もマット・デイモンそのままの青年だ。性犯罪者の居住制限は自治体ごとにまちまちで、フロリダ州の規定では1000フィートなのだが、グレンの家のある自治体では2500フィート以内は不可とされているため、せっかくの豪邸にも住むことができないのだという。
「でもさ、それなら俺たちはどこで暮らして、どこで働けばいいっていうのかな?」。グレンは言葉を切り、また水筒に唾を吐いた。「保護観察官と今朝電話で話したんだ。ファストフード店でバイトする話があったんだけど、未成年と一緒に働くことになる可能性があるから、ダメなんだってさ」。
グレンの罪状はよくあるものだ。18歳か19歳のときに、15歳か16歳の彼女と付き合っていただけ。しかし法は冷酷で、そんな若者が刑務所で15年というバカげた懲役を負わされることもある。おまけに登録性犯罪者として、一生さらし者にされるのだ。重ねてまたバカげたことに、法律は、ねじ曲がった変態性欲者による吐き気を催す犯罪も、グレンのようなケースも、性質の違いなど一顧だにせず、一緒くたに扱うのだ。
つまり、性犯罪者は性犯罪者ということだ。彼らは問答無用で数十年、あるいは一生消えない烙印を押される。広い世界に、情け容赦のない世間に放り出されてなぶり者にされるのだ。人里離れたこの村はどこか流刑地や収容所めいてもいるが、真夜中にやってきて性犯罪者を引きずりだし、前歯を蹴り砕こうとする自警団の暴虐から彼らが一致協力して身を守れる唯一の土地だ。その意味では、小金持ちの住民が日和見根性で群居するばかりの住宅地などより、はるかにコミュニティという言葉にふさわしい地域共同体である。
私は早すぎる到着を皆に詫び、今夜はモーテルを探すからと申し出た。しかし村人は誰ひとり咎めるそぶりすら見せない。テッドという男など、「そんなことは気にするな、うちに来ればいい」と、自宅に招待までしてくれた。彼から紹介された妻のローズは村で唯一の女性ではないが、登録性犯罪者としてはただひとりの女性だ。ローズは材木トラック配車係のぶっきらぼうさで、あんたが鼾をかかないなら歓迎するよとジョークで流してくれた。
翌朝、サトウキビの葉のそよぎとベーコンの焼けるにおいで私は目覚めた。朝食の席でテッドはにこやかに、ここはごくありふれたコミュニティだと語った。結婚したカップルも何組かいるし、子どもたちもいる。専業主夫をしている性犯罪者もいて、名前はアンディ、とても気のいい男だという。テッドは続けて、来月には出所する新入り候補との電話面接があるから来ないかと私を誘った。村の住民でアールという男が被害者にFacebookで接触しようとしたことで懲役23年の刑を受け、空き家ができたことで、新たな住民を受け入れることになったというのだ。
アールのことを話すうちに、テッドはサンドイッチを口に運ぶ手を止め、吐き気に襲われたかのようにうつむいた。「あいつは被害者の痛みがわかっていなかった。だからあんなバカなことをしたんだ。僕たちが人に与えた痛みがどれほどのものか、アールの一件でまざまざと思い知らされた。まったく、ほとほと自分に愛想が尽きるよ。僕がもう決して、何があろうと絶対に人に危害を与えまいと思うのは、ああしてひどい自己嫌悪を突きつけられるからでもあるんだ」。
朝食後に、テッドと連れ立ってパットの家を訪ねた。集まった男たちはみな性犯罪者で、村を運営するNGOのMatthew 25 Ministriesの構成員だ。そのNGOを25年前に創設した牧師は慈愛と奉仕の精神に満ちた私心のない男で、6年前にパット・パワーズとともにこの村を性犯罪者のコミュニティに作り替えた。2012年に牧師が死去したことで、村の運営はパットに委ねられた。
2009年に移り住んだとき、いかにここがひどい場所だったか、パットが当時をふり返る。ドラッグ売人や自動車泥棒など犯罪者の巣窟で、水道管が破裂していて、芝生のデッキチェアで寝るはめになった。するとネズミがうじゃうじゃと湧いてきて、夜中に5、6匹もショベルで叩き殺したのだという。それで最初は失望したが、やがて、これは神が与え給うた試練なのだと思えてきた。行き場もなく追い払われた性犯罪者たちをこの村に受け入れる。パットはその任務に邁進した。
「私は罪人なんだ」。パットは犯してしまった罪への後悔をはっきりと言葉にした。彼は民間のラケットボールクラブのコーチで、何人かの教え子と関係を持った。「今から思えば、あの時殺されていてもおかしくはなかった。だが言いたいのは、世の中にはもっとひどい罪を犯したやつらもいるということだ。私は12年間服役した。社会への償いはしたんだ。だから我々にも生きることくらいは認めてほしい。もしも万が一、私がもう一度過ちを犯したなら、その時は吊るしてくれ」。
やがて刑務所と電話がつながり、パットたちは口々に、もう二度と罪を犯さないために何を心がけているのかというようなことを訊ねた。そして投票。無言のうちに、4本の親指が立てられる。満場一致での受け入れ賛成だ。
「こうして1人を受け入れるたびに、20人は断っているんだ」とパット。この村への受け入れには明確な基準がある。まず、小児性愛症者と診断された者は受け入れない。彼らは5〜9歳の子どもだけに性的欲望を感じる病的な嗜好の持ち主だからだ。次に、複数のレイプで有罪判決を受けた者も受け入れない。そうして暴力的な人物を排除しているのだ。
その翌日、専業主夫の性犯罪者アンディら数人がセラピーを受けるというので、私も同席することにした。アンディの妻はドミノ・ピザの店長で勤めに出ているという。セラピストの男性が彼らに忠告したことのひとつは、ドラッグでいかれた売春婦に気をつけろということだ。「クルマや自宅にそんな女を連れ込んだところを踏み込まれたらどうなる?刑務所送りになるのはどっちだ?ドラッグを隠し持った女じゃなく、君たちなんだぞ!」。
性犯罪者はそうして悪者と決めつけられ、刑務所に逆戻りさせられる。次に私は、リチャードという年配の男性から話を聞いた。リチャードは51歳の時、11歳だった双子で義理の孫娘ふたりにいたずらをして逮捕され、刑務所で8年間服役した。「考えてほしいんだ。子どもが殺されるのと、性的ないたずらをされるのと、どちらが両親にとってより耐えがたいことなのかを」と彼は熱弁をふるった。なのに性犯罪者は一生消えない烙印を押され、差別され続ける。殺人犯やドラッグ売人は出所すれば自由の身なのにだ。「8歳や10歳の女の子を悪の道に引き込んで、やがて薬漬けの売春婦にしてしまうドラッグ売人がいる。俺たちと、やつらと、どっちの罪の方が重いのか、それを考えてみてくれないか」。
リチャードの家を出てからも、彼の言葉がいつまでも頭にこだまし、私は目まいがしそうだった。性犯罪者はどこまで罪を償えば許されるべきなのか? その答えが見つからないまま村をふらつき歩くうちに、ジャマイカ人労働者のホワイトさんと、隣家に住む老齢の男性から話を聞くことができた。
ホワイトさんは、性犯罪者との関係は良好だという。挨拶をされれば挨拶を返す、そういうことだ。昔のことを訊ねてみると、80年代には押し込み強盗が何回かあったが、もう遠い昔のことだという。かつてこの村は犯罪者の巣窟だったが、彼ら元性犯罪者たちがキリストの名のもとに平和なコミュニティに作り替えたという話をぶつけると、ホワイトさんは、バカを言うなよという表情を浮かべた。そして隣家の老人が口を挟む。「彼らが来ると決まったことで、子どもたちはここに住めなくなったんだ。息子夫婦は仕方なく、孫たちを連れて出ていったよ」。何ということか、性犯罪者たちがここに安住の地を築いたことで、他のコミュニティが移転を余儀なくされていたのだ。
テッドの家に戻ると、ローズはいつものように長椅子に腰を沈めてスマホゲームをやっていた。テレビでは元女性判事のタレントが人生訓を一席ぶっている。私はノートパソコンのところに行き、衝動的に郵便番号や住所を頼りに、検索をしていた。村の性犯罪者たちの温かさに触れて、過去は詮索すまいと決めていたのに。すると、顔写真つきでずらずらと、罪状の詳細が出てくる。そこにはリチャードの写真もあった。そして私は見てしまった。最大で懲役480年の罪。彼から聞いた話は自己弁護で希釈されていたが、罪の真相は身の毛がよだつほど暴虐だった。こんなものを見るべきではなかった。私は冷たい水で顔を洗い、村の教会に向かった。
教会では性犯罪者たちがジャズ風の演奏をバックに、ゴスペルを合唱するところだった。
「あなたを讃えたいのです」
「あなたを」「あなたを」
「あなたを讃えたいのです」
歌声が教会にこだまする。神を讃えるその歌詞が、彼ら自身の尊厳も意味しているように聞こえてくる。私はそこに立ち尽くし、彼らの歌声をいつまでも聞いていた。