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異世界無双には向かない国民性『無双に向かない性癖』 作者:みふぁ~
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♯強欲の聖女トビアス

 『無欲の聖女』の『1、レオ、レーナになる』の改変ネタです。

 無欲の聖女を読んでないとさっぱりわからないネタです。

ギルドマスター、トビアス・キストラー。

彼の趣味は金稼ぎである。

今日も仕事を定時で終え、もう一つの身分、冒険者としての活動を始める。

 ギルドマスターには残業手当がつかないので、冒険者として仕事をこなしてお金を稼ぐのだ。

得意な依頼は宝箱の鑑定と罠解除。高価な宝物を眺めて目の保養をしつつ、鑑定の手数料を稼ぐことができる。そのうえ『大当たり』を引いた依頼人の特定も可能なので、一石三鳥くらいの仕事だと思っている。依頼の内容の他言はもちろん禁止されているが、自分の記憶に残すのは自由である。


 だが、その日の彼はついていなかった。

 依頼を任された宝箱の罠の種類鑑定失敗、しかも解除も失敗。稀によくある悲劇である。『神はサイコロを振らない』の言葉がよく知られているように、神でもないかぎり天才的な実力者でも『1ゾロ(大失敗)』の可能性はどうしても残るのだ。

 なので、罠の誤作動は想定のうちである。よくある毒針や麻痺ガスに備えて毒消しや麻痺解除のアクセサリーは普段から上等なものを身に付けている。ポーションと違って使って減るものではないし。

 しかし、今回の罠が『テレポーター』、つまり強制転移であることだけは、想定外だった。

 術をしかける難易度を考えれば、中身がよほどの物でなければ、いや、よほどの物であっても、『罠をかけないで盗まれたほうがはるかに安い』くらいの物なのだから当然である。


軽いめまいのような感覚の後、周りの風景が揺らぎ、足元の感覚がなくなり、急流に流されているような、それでいて微睡んでいるような、矛盾した感覚に襲われる。

風景が真っ暗になったように感じる・・・。

金稼ぎのための行動の途中の事故で死ぬ。なんとも自分らしい最期だと、自嘲の笑いを浮かべようとしたが、もはや体の感覚は全く残っていなかった…。


「こりゃまいったね。

 いろいろと危ない橋もわたってきたとは思っていたけど、こんなことで終わるとは思ってみなかったよ…。」


鈴が鳴るかのような、高く美しい声でつぶやく。

……自分の声に驚き、『彼女は』目を開ける。

トビアスの目の前には、『トビアス・キストラー』がいた。

なぜか自分を『面白い生き物を見るような目で』見ている。


「あら、目が覚めた?」


「……これは驚いたね。入れ替わったということかな。

 おっと失礼。名乗りが遅れたね。

 はじめまして。ぼくはトビアス・キストラー。この名前は聞いたことあるかな?」


 この状況で名乗るのはリスクが高いことはわかっている。

 だが、そのリスクを背負ってでも、今は情報を集めなければならない。彼女はそう判断した。


「はじめまして、レーナ・フォン・ハーケンベルグよ。

 残念だけど聞いたことはないわね。」


「なるほど、『ハーケンベルグ』……ね。

 それはそれとして、この足元にあるのは、僕の知識にあるものとはかなり様式が異なっているけど、魔法陣だよね。

目的は発動領域の限定と、それに伴うリスクの減少、ってところかな。どう?合ってる?」


「『ハーケンベルグ』については追及しないのね。気にならないの?

 聞くまでもなくわかっているっていうことかしら、こんないい服着た人が下町のパン屋の倉庫まで来たってことは。」


「気にならないって言ったらうそになるね。

 君が『わたしがはーけんべるぐだー、ひかえおろー』とか言ってたら、『ははー』って言って最敬礼するくらいはしてたよ?

 でも、それはお望みではなさそうだったからね。『ここに来たのは偶然』とだけ言っておくよ。」


 もちろん、彼女にも『ハーケンベルグ』の意味は予想することができたが、実際どんな意味なのかは分かってはいない。それでもなにかを知っていそうな雰囲気だけ出しておく。

 『調べればすぐに出てくる程度には有名な単語である』、そして、『名乗られれば普通の人は驚く名前である』程度の情報が予想できれば、交渉に入るには充分である。詳しいことはあとで調べればいい。


「うん、ありがと。ご想像通りよ。

それと、魔法陣についての質問だったわね。それについても『その通りよ。』あなた、魔術の知識があるの?」


「まあ少しはね。職業柄、鑑定の仕事もすることがあるから、ある程度の魔術知識は必須だよ。

しょせん付け焼刃でしかないから、ドジを踏むことはしばしばあるけどね。」


 まさについさっきドジを踏んだばかりである。


「鑑定の仕事ということは、未鑑定の宝物の買い取りもしているっていうことになるわね。かなりの大商人、なのかしら?

それにしては見覚えがない顔だけど。」


 棚から手鏡を出して、『レーナ』は自分の顔、つい先ほどまでトビアスの顔であったものを見ている。

そのあと、レーナは彼女に手鏡を渡してきた。

 彼女は手鏡を受け取り、反射的に価値の査定をしながら現在の自分の顔を確認する。

 査定結果は、鏡は美品なら価値がありそうな品ではあるのだが状態の悪さによる減点が大きい。転売するなら時代不詳の骨とう品扱いで古道具屋の片隅に並ぶ程度。

 顔の査定は、極上。瞬時に自分の美貌を利用した金稼ぎの方法で有望なものを10種ほど考え、それぞれの案の可能性を考察しながら返事を返す。


「いや、僕は商人としてはまだまだ小物だよ、この道は果てしなく続くからね。

ところで、この今の状態、具体的に言えば体が入れ替わっていることについて、詳しく聞いてもいいかい?

この魔法陣で領域の限定をしていたということから考えると、本来は『ランダムに誰かと体を入れ替える』という効果なんだろうとは思うけどね。

効果時間や解除方法などの情報がないと、この状態の時に稼いだものの所有権について交渉をまとめるのは難しいと思わないか?

どっちの取り分になるのかがわからない状態でお金を稼ぐってのは、精神的に良くないからね。」


「私が言うのも変かもしれないけど、あなた、この状況でぜんぜん動じないのね。

普通、体を入れ替えられたなんて知ったらパニックになりそうだと思うけど。」


「驚いてはいるよ?

でも、まあ体が男でも女でも、商売ができなくなるわけでもないし、魔術の知識がある程度あるって言っても机上の空論にすぎないからね。

『この先商売をしていくための情報』がタダで手に入りそうなこの状況で、混乱しているヒマなんてないよ。

元手も持ってこれなかったしね。

今までの会話で『事故だからいったん元に戻す』っていう発言が出てこなかったことからすると、『現状戻せない理由、または戻したくない理由がある』んだろう?」


「話が早くて助かるわ。

 時間も限られてるし、手短に説明するわね。

 『戻したくない理由』は、魔力を強く持つその『貴族の体』、『龍の血』に例えられる魔力。

 その体は、ヴァイツ帝国が誇る名門学校『ヴァイツゼッカー帝国学院』の召喚陣に呼び出されてしまうのよね。常識だから知ってると思うけど。

 この年まで貴族社会に名乗り出てないことからわかるでしょうけど、戻りたくはないわね。

 私は下町で目立たず平穏に過ごしたいだけなのよ。」


「なるほど?まあこの顔で目立たないのは難しいだろうね。

 超大粒で最高品質の紫水晶をぶら下げて歩いて『目立ちたくないです』って言っているようなものだよ。目利きじゃなくたって目にとまったら心から離れないだろうね。

 誰かに見られる前に金庫にしまっておくのが最適だと思うけど、今回そうはいかない状況になっているってことだね、そりゃ大変だ。」


「そうなのよ。そこで、誰にも追われず自由に生活するためにそこにいるバッタと体を入れ替えようと思って魔法を展開したんだけど、そこにトビアスさんが突入してきたってわけ。

 一応人間が通れない程度には戸締りはしていたはずなんだけど、なにかほかの魔法と干渉したとかなのかもしれないわね。」


「そうかもしれないね。僕は魔法が使えるわけではないから、身に覚えはないけど。」


 魔法を使った覚えは、たしかにない。


「ところで、あなた、運命とか縁とかって、信じる?」


 レーナ青年はにっこりと笑った。少女トビアスもにっこりと笑った。


「そういうものもあるのかもしれないね、っていう程度には信じているよ。

 でも、運命の流れの中でも、収入を求めてもがきうごめくのが僕のような守銭奴っていう生き物だからね。信じていても信じていなくてもやることはあまり変わらないかな。」


「だったら、ここでこうしてお互いが入れ換わったのも何かの縁。いっそこのまま、あなたが学院ライフを、私が下町生活をエンジョイするのってどうかしら。

 ほら、学院出身ともなれば、帝国内でも指折りのエリートよ。大出世よ。待つのは薔薇色の未来よ。この体と同じくらいの年齢になるころには誰もがうらやむ大商人になっていたっておかしくないわ。まだまだ若いんだし。」


 少女トビアスは商談の気配を感じ、にやりと笑って、軽い口調で返事をする。


「うん、それもいいね。面白そうだ。この体と顔を使って金稼ぎする方法はいくつか考えていたけど、ちょっと躊躇していたものも実行できることになるね。ありがたいなぁ。」


「え、ちょっと、私の体でいったい何をするつもりなのよ!?」


 少女トビアスは、友人を心配する時のような表情で、返事をする。


「具体的な方法は聞かないほうがいいと思うよ?『手放したとはいえ』今日まで君の体であったわけだし。

 君がなにが起きたか調べなければ知らないままでいられるだろうしね。

 それに、女の子に言うのはセクハラになっちゃうしね。いや、体のほうの性別から考えればこっちが痴女になるのかな?痴女っていうにはちょっと年齢が足りないか。

 僕としても、そういう発言は男相手にしたほうがお金になりそうだから省略したいと思うし、お互いのリスクを考えれば話さないほうがいいと思うな。

 大丈夫、このくらいの年齢でそっちの商売をする時には、最初は清純路線で行くから。最初からヨゴレにしちゃうと路線変更しにくくなっちゃうからね。

 その点、最初に清純っぽい路線で行っておけば、飽きられてきたらだんだんしかるべき路線に動いていけば何度も稼げるからね。失敗したときの保険にもなるし、大儲けは間違いないよ。だから心配はいらないからね。」


「お金なんかの心配をしているんじゃないわよ!」


 その言葉を聞き、少女トビアスは真顔になる。


「『お金なんか』、ね。それを君が言うのかい?

 僕がその『お金なんかより大切な体』を君と交換するはめになっているのはだれの魔法のおかげだと思っているのかな?

 そして、現状回復の条件、どうやったら元の姿に戻れるのかについて、きみは一言も説明していないよね。

 交換した後、もとに戻すかどうかもこっちで決められないという状態で、『君の体』じゃないね。『僕の体』の使い方について、君の指示に従う理由があると思うのかい?」


「今は魔力がちょっと足りないけど、その体の魔力が回復すれば入れ替えの魔法をもう一回使って戻すわ!」


「その魔力の回復具合が僕にはわからない、って言ってるんだよ。

 『予想より遅いみたいね』とか『もうちょっとなんだけどね』とか言っていくらでも引き延ばせるってことになるよね。

 逆に、突然魔法の効果が切れて元の体に戻ってしまうとかいう可能性も否定はできないんだから、こっちは『どっちの体を自分の体だと思って動けばいいかの情報を持っていない』っていう状態にあるわけだ。

 精神の入れ替え、なんていう大技使える相手に常識が通用するとは思っていないから、『遠距離からこっちの様子を覗く』とか『遠くから入れ替えの魔法を解いて元の体に戻す』とかいうものを持っていてもおかしくはないくらいには思っているしね。

 つまりね、今の状況を僕の立場から考えれば、例えばカードゲームをやってる途中に、そのゲームの本来のルールに存在しない『手札全入れ替え』という『魔法イカサマ』をいきなり使われたようなものなんだよ。もう一回入れ替えを使ってくるかもしれない、そのまま立ち去られて二度と元に戻れないかもしれない。そういう条件の中で、今の自分の手札を最大限利用しよう、っていうのは卑怯でも何でもないと思うし、罪悪感もないし躊躇もしないよ。このまま君が二度と現れないで体はそのままっていう可能性もあるわけだから、この体でリスクがある商売をするとしたら自分でリスクを背負う覚悟も必要なわけだしね。」


「逃げたりなんかしないわよ!……って言っても信じてもらえない。っていうことね。」


「そういうこと。僕が君のことを信用するか、もしくは信用したときと同じように動きたくなるようにするような何かが必要、っていうことだね。」


「……カールハインツライムント金貨、2枚!」


「カールハインツライムント金貨2枚?」


もちろん少女トビアスにはこちらの金貨の価値はわからないが、本能的にトキメキを感じたので、ある程度の価値がある通貨なんだろうな、と思った。


「あなた、自分で言うくらいなんだから『守銭奴』なのよね?

 それならお金で解決しましょう!

 入れ替えしてしまったことの慰謝料で金貨1枚、これから元に戻れるようになるまでその体を傷つけないことと、えっちなことに私の体を使わないことを約束、契約してくれれば追加で1枚払うわ!

 今はほとんどお金持ってきてないから、後払いになっちゃうけど……」


「うん、まあ提案としては妥当なところかな?

 バッタに変わろうとしている人がお金をたくさん持っているというのも期待はできないからね。

 でも、『一切体を傷つけてはいけない』とかだと何も行動できなくなっちゃうからお断りするよ。君が僕を殴れば僕が契約違反したことになる、とかいう変なことにもなりかねないしね。『えっちなこと』というのもいくらでも拡大解釈できてしまうからお断りするよ。どういう行動に性的な意味を感じるのかは人それぞれだから『食事している姿がエロいから食事禁止』とか言われてもおかしくないしね。『契約』にどの程度の拘束力があるのかはわからないけど、こういうことはしっかり考えていかないとね。」


「食事している姿が……って、そんなこと思う人いるの??」


「うん、いるらしいね。僕は思わないけど、そういう話を聞いたことはあるよ。

 だから、『致命傷になりかねない要求だから断る。』っていう回答しかできないってわけ。

 まあ僕がこの体にやろうとしていることも社会的には致命傷かもしれないけどね。」


「そっちが言ってることのほうがひどいと思うんだけど!?」


「うん、今の僕は無力な美少女だからね。脅しくらいは必要なら使うよ。

 魔力が強いって言われたって使いこなせる予定もないし。

 今ここで襲われても抵抗はたぶんできないってことになるよ。試してみる?」


「私の体を私が傷つけてなんの意味があるっていうのよ?」


「うん、そういう意味で言ったんじゃないんだけどね。

 まあとりあえず、君がお金を払う、僕はそれに応じて行動を制限する。っていうところを前提として、契約内容をまとめようか。

 僕は一文無しだし全額後払いだとそのまま逃げられてもわからないから、ある程度先払いしてもらえるとありがたいね。あるんだったら、だけど。」


「そんなこといわれても、本当に小銭しかないわよ?」


「うん、それも交渉道具として使える、と思っていいよ。」


………


「なるほど。『みだりにお互いの体を傷つけない』か。軽々しく、という意味もあるけど性的な、という意味もあるね。

 ダブルミーニングか。なかなか面白いアイディアだね。」


「え!?そんな意味知らないわよ!」


「知らなかったのかい?それでこの文面が思いつくとは、運がいいっていうのかな?

 まあ商品を傷つけるのは最後の手段だし、僕はその項目については文句はないけど。どうする?」


「えっと、まあ、どっちの意味でも傷つけられたら困る、わよね。

 そういうことなら、さっき私が要求したことと同じよね。

 それじゃその項目を要求するわ。」


「はい、認めるよ。それじゃ、2つの意味だから2項目ぶんとして金貨1枚要求するよ。

 断った場合は、そういう意味で傷つけることを許可してもらったと解釈させてもらうね。」


「しかたないわね、後払いの金額に金貨1枚追加するわ。」


「それじゃ、体を傷つけない範囲での性的な行動は制限するかな?」


「それも禁止!」


「それじゃそれについてはいくら払ってもらえるかな?

 さっきのは『性的な意味で体を傷つけてはいけない』だから別の話だからね。

 具体的にどんな行動を禁じるのかについても例示お願いするよ。」


「……セクハラにならないように、って言っていたわりには、そういう話題も使ってくるのね。」


「もちろん。

 交渉するときに、相手の弱点を突くのは基本中の基本だし、お金のためには配慮などしないのが守銭奴っていう生き物だからね。」


「ほんっとうに、金の亡者なのね…。」


「ほめてくれるのはうれしいけど、褒めても交渉は加減しないからね?」


「褒めてないわよ!」


……


その後、こまごまとした項目について交渉し、羊皮紙に署名した。


「これで交渉成立だねー。

 やっぱりお金の話は元気が出るなぁ。」


「私は元気が残ってないわよ。

 でも、なんとか間に合ったわね。」


「そうだねー。ちょうどそろそろ時間だ。

 それじゃ、呼ばれてるみたいだし、行ってくるね~。」


 とびきりの笑顔を見せて、美貌の少女の姿が掻き消えた。


「……レーナの美貌に、トビアスのクレバーな性格、か。」


 青年レーナがつぶやく。


「学院の中で会社設立して荒稼ぎ、とかしてそうね…」


 会って一日もたっていない相手だが、行動が目に見えるような気がして、少し頭を悩ませた。

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