本当の自由は金でしか手に入らない | 富の哲学

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大金を手に入れるメリットは、欲しいモノやサービスを購入できるだけではない。
「仕事から解放されること」もそうだ。

多額の資産があっても働くという人はいるが、
「辞めたければいつでも辞められるカード」を持っていると精神的に楽になる。

人生における労働時間は、睡眠時間の次に長いと言われている。
仕事のために膨大な時間を捧げることは、命の切り売りなのだ。

就活は「自分という商品」を購入してもらうための活動である。
「やりがいのために働く」という人はいるが、本音と建前は違うのだ。
奉仕やボランティアではないのだから、無給で働こうとは思わないはずだ。

雇われるということは、使われるということだ。
常人の3倍のスキルを持った有能な人材であっても、
会社からそれ以上の仕事を求められることは多い。
(ホワイト企業に勤務できればよいが……)

人には限界があるもので、
限界を超えた状態では、モチベーションも何もない。
こうした状況が長らく続くと、“死んだ魚”のような生気を失った目に変わってくる。

人は能力を超えた仕事を求められると潰れてしまうのだ。
これは凡人でも秀才でも変わらない。
多くの時間を奪われるだけでなく、心身ともにボロボロになっていく。

つまり人が本当の意味で自由になるには、「仕事を辞められるだけの金」が必要になるわけだ。
「金は自由を手に入れる切符であり、最高の精神安定剤」という話は本当だ。

口座残高が0円の状況は、まさしく自転車操業である。
いざとなればキャッシングから借りればいいと思うかもしれないが、
借りるためには審査が必要なので確実性はない。
何より口座残高0円よりも、1,000万円ある状態のほうが安心できるはずだ。

多額の資産を構築し、働かなくてもよい状態は、
自分から商品・サービスを提供する必要がなく、すべて受け取る側に回れるということだ。

物は考えようで、
「この世界の商品・サービスは、すべて自分のために存在する」と思い込むと、
王様になった気分になれる。

運転手、料理人、サラリーマン、公務員など、
すべて自分のために存在するのだと……
そして面倒なことは、自分の代わりにやってくれる。

そのために支払う費用や納める税金は、いわば面倒の代行料である。
「払うものは払うから、面倒なことはすべてやってください」と。

義務を果たせば、あとは権利と自由しか残らない。

 

 

メモP.S.

過去に書いた「富の作文」

作成日は確か20代の終わりくらい。

 

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