業種や事業の規模に関わらず、事務職のない会社はない。にもかかわらず事務は誰でもできると思われがちで、人員の入れ替えの際にも「わからなければ他の人に聞いて」と引継ぎを簡単に済ませてしまいがちである。企業の土台を支える事務職がきちんと機能しなければ、会社全体の動きは鈍くなる。事務職のマニュアルを整備し、本当の意味で「誰でもできる」状態にしておくことが、会社全体の業務改善にもなるのである。
この記事では事務職の重要性を整理し、マニュアルツールを使用した業務マニュアルの作成によって業務の手順や事例の対応例を総括的に管理することの意義を紹介する。
事務職の実態とは
事務の業務内容は多岐にわたる。営業事務や経理事務など業種ごとにも異なるが、一般的な業務に絞っても書類の作成・処理、ファイリング、データ入力、電話や来客応対などさまざまある。事務は、会社全体の業務が滞りなく進むために、その下準備と中間処理をする部署だと言える。
「事務は簡単」は誤解
書類整理やデータ管理のためには、さまざまなPCのツールを使いこなす必要がある。WordやExcelはもちろん、PDFやPowerPointで送られてくる資料を他のデータに変換したり、紙媒体の資料を打ちこみなおしたりすることもある。会社が新しいツールを採用すれば、それに伴って求められるスキルも多くなる。事務の職員には、これらすべてのツールの基本的な操作能力が求められる。
また、顧客や外部からの問い合わせに答えるためにはどの部署が何を担当し、その業務にどの程度まで関わっているのかを把握していなくてはならない。場合によっては理不尽なクレームの受け皿にされることもある。結局のところ、事務はすべての業務を理解しておかなければ仕事にならない。にもかかわらず、事務職は「簡単」「誰でもできる」と軽視されることも少なくない。
事務は全体の業務をサポートする土台部分である。ここが円滑に機能していないと、会社自体がうまく回らなくなる。細かいミスや数字の間違いが増えれば、会社の信用にもかかわる。事務職員の業務環境が整わなければ、会社全体の業績が落ちることにもなりかねないのである。
事務の業務内容は日々変化する
事務の仕事はルーティンのようにも思われがちが、実際には、まったく同じ書類はない。よく似た書類を数字や名前によって見分けて分類し、必要な情報ごとにまとめ、コード番号やフォルダで整理する。新しい案件が増えればそれだけ新しい分類が必要になり、さらにその規則性や情報量は業務内容や部署ごとに異なる。そうした情報を整理し、必要なときに必要なデータを参照できるように整えておくのも事務の仕事なのである。
また、来客や問い合わせへの対応はその時々で内容や条件が変わる。ある程度まではフローチャート式に対応することができても、最終的には人の頭で判断する必要がある。しかもその判断は別の問い合わせでは通用しない、ということも少なくない。事務職員は、日々の変化に常に敏感であり続けなくてはならないのである。
事務職におけるマニュアルの必要性
某大手転職サイトのデータによると、事務職には11種類職種があり、どの職種も「転職した人の年齢」の50%以上を29歳以下の若い世代が占めていることが分かる。複雑で多様な事務職の業務に対応するには、経験と情報の更新が必要である。しかし、若い世代が入れ替わる職場では、経験に基づく更新が難しくなるであろう。したがって、業務を引き継ぐためのマニュアルの整備が重要になる。ここでは、事務職員の引継ぎ時の問題について整理する。
頻繁に入れ替わる現場
事務員の雇用形態は正社員のほか、パートや派遣社員としての採用も多い。そのため、任期満了による退職やライフステージの変化などによって、働き方や人員に変化がある。また、特に女性の就職先として人気が高いことから、産休・育休などによる人事異動も避けられない。そうした引継ぎの際、すべての業務事例を詳細にまとめた引継ぎ資料が必要とされるが、日常業務もあり、退職日までに作成するのはほぼ不可能である。したがって、情報がきちんと整理されているマニュアルがあれば引継ぎ資料は簡単に作れるはずである。しかしながら、事務職のためにそこまでのものが用意されている現場は多くないであろう。年間スケジュールや日々のルーティンをまとめたものだけを渡されて、あとは働きながら慣れて、と言われるケースもある。
しかし上述したように、事務の仕事は多岐にわたる。会社ごとに書類の書式や人の動きは違うため、初めての会社での事務業務は想像以上に情報量が多いはずである。そのうえ、周りからは「簡単な仕事」と言われ、次々に雑務を振られる。たとえ本当に簡単な業務でも、慣れない書類の名称や伝票の見方などで戸惑い、時間がかかることもあるであろう。ケアレスミスは、そういう時に起こる。新人が入るたびに書類に不備が出るのでは、会社全体の業務も滞る。使い勝手のいいマニュアルを事務業務に準備しておくことは、会社自体の保険にもなりうるのである。
非効率が散見する現場
事務に関わらず、「分からない時は聞いて」というのは引継ぎの際によく言われる言葉である。もちろん迷った時は誰かに確認するというのは大事であるが、すべての業務は口頭でその都度説明すればよい、と考えるのは非効率的である。聞かれる方にとっても、自分の作業をいちいち中断されるのでは仕事にならない。カリフォルニア大学アーバイン校のGloria Mark氏はFast Companyの取材時に、「人は続けていた作業を一度中断されると、再び仕事のリズムを取り戻すまで、平均23分以上もかかることが分かった」と生産性に関する研究結果を伝えた。「分からない」のたびに質問することは、周りの人間の作業効率も下げるのである。
How long does it take people to get bac on task?
We found about 82 percent of all interrupted work is resumed on the same day. But here’s the bad news ー it takes an average of 23 minutes and 15 seconds to get back to the task.
出典:Worker, Interrupted: The Cost of Task Switching (fastcompany.com)
また、マニュアル説明を受けた被験者は口頭説明に比べて理解の定着度が高いという研究結果がある。マニュアル説明は視覚による情報呈示、口頭説明は聴覚による情報呈示である。被験者の学習スタイルと合致する条件及び合致しない条件で4群の被験者を設定した。その結果、視覚型被験者はマニュアル説明の場合、直後と時間置いてから(以下:遅延)得点に大きな差がなかった。口頭説明の場合、遅延得点は直後得点より7.2点下がった。また、聴覚型被験者は口頭説明の場合、直後と遅延得点に大きな差がなかった。マニュアル説明の場合、学習スタイルに合致しない条件のため、直後の点数は0.5しかなかった。しかし、遅延得点は46.3にも上がった。つまり、きちんと自分で理解して知識として身に着けるためには、情報が整理されたマニュアルを使う方が有効なのである。
群 | 練習問題 平均得点 | 理解度テスト 直後平均得点 | 理解度テスト 遅延平均得点 |
視覚型ーマニュアル説明 | 33.8 | 49.2 | 47.0 |
視覚型ー口頭説明 | 38.5 | 48.0 | 40.8 |
聴覚型ーマニュアル説明 | 34.0 | 0.5 | 46.3 |
聴覚型ー口頭説明 | 38.0 | 45.5 | 43.5 |
出典:岸学,『手続き的知識の教授における説明方法の影響:マニュアルによる説明と口頭説明との比較』,東京学芸大学紀要55巻,2004年
作成:デジタルボックス
「人に聞けばいい」というのはその場しのぎの応急処置に過ぎない。「忘れないように理解する」ためにはマニュアルが有効である。分からなくなったり、例外的な事項にぶつかったりしたときはその限りでないが、基本的な業務の引継ぎではマニュアルを活用したほうが効率的なのである。
マニュアル整備におけるマニュアルツールの必要性
これまで見てきたように、事務の業務は多岐にわたるうえに日々更新されていく。これを紙やデータのマニュアルとして整理するには、膨大な時間と手間がかかる。しかしマニュアルツールを使えば、それらの作業を軽減できる。マニュアルツールについて詳しく知りたい人は、以下の記事も参考にしてほしい。
ここではマニュアルツールを使って事務の業務マニュアルを作成する際の3つの利点を見ていこう。
形式を統一できる
WordやExcelを使ったマニュアルでは、更新のたびに細かな形式や記載のルールが揺れることがある。内容の分類が更新した人の判断によって異なったり、情報を細分化する際の見出しのつけ方にばらつきが出たりするのである。せっかくデータでマニュアルを作成しても、探している情報の記載方法が違うと該当の項目へはたどり着けない。紙媒体でファイルなどに保管してある場合はなおさらである。事務の業務では、特に問い合わせ対応などで相手の時間を預かっている場合、返答に時間がかかれば信用を失うことにもなりかねない。
しかしツールを使えば、マニュアルの形式を統一することができる。フローチャートや画像などで視覚的な情報の記載も容易である。また、動画型のツールを使えばテキストでは残しづらい情報も共有することができる。例外的、突発的な事例に対応することの多い事務職こそ、細かな条件の違いに対する模範解答を少しでも多くマニュアル化しておきたい。そのためには形式が統一されていて、誰でも間違いなく活用できるマニュアルツールの利用が最適なのである。
更新が簡単にできる
マニュアルの更新時にもマニュアルツールが便利である。さまざまなデータを包括的に管理できるので、フローチャートはExcel、文書サンプルはWordなどとツールを分けて作成していたマニュアルも一度に更新ができる。メール対応などの定型文集を使用する事務業務では、関連項目を一括で管理ができるマニュアルツールが効率的である。
また、事務が管理する資料は年度ごとや案件ごとに更新が必要になる場合も多い。前のマニュアルをそのまま使用していては、新しく加わった項目を見落とすということも起こりかねない。情報は常に最新であることに価値がある。企業が動き続ける以上、それを支える事務業務はどこよりも多くのバージョンアップを求められる。マニュアルもそれに連動し、リアルタイムに更新されていかなくてはならない。容易に更新が行えるマニュアルは、それだけ鮮度を保ちやすいということでもある。
端末で共有できる
業務マニュアルをツールで作成しておけば、その閲覧もツール上でできる。特定のPCを開かなくても確認ができれば、電話や窓口での問い合わせ対応時でも確認が容易になる。また例外的な事例もその場でマニュアルを更新して、すぐに共有ができる。業務内容が多岐にわたる事務業務では、そうして誰でも仕事の続きができる状態にしておくことが重要である。
また、膨大な情報もツールひとつにまとめておくことができるので、より詳細な業務内容を記録することができる。マニュアルツールであれば情報の検索も容易なうえ、持ち運びや共有も簡単である。立派なマニュアルがあっても、活用されなくては意味がない。利用頻度が上がればそれだけ情報の更新回数も増える。人員の入れ替わりが多い事務職において、マニュアルの鮮度を高く保ちやすくなることは大きな利点である。
理想的な事務の業務マニュアルとは
事務の業務マニュアルでは、まずは年間スケジュールや一日のおおまかな仕事が把握できることが重要である。業務の全体像が一覧になっていれば、突発的な事例の際にも「何がいつもと違うのか」がすぐに判断できる。加えて、過去の事例集ややり取りのメール本文などのデータが関連項目と紐づけて検索できるほうが使い勝手がいい。
具体的には、以下の3つの順で情報が整理されているのが理想的である。
1. 通常業務の全体像
2. 各業務の詳細な手順
3. 過去の事例やメールなどの例文集
全体の情報量としては1が最も少なく、3が日々蓄積されていく、というイメージである。もちろん、この形のマニュアルを有効に使用するためには、それぞれに関連する情報が整理され、簡単に行き来できることが必要である。マニュアルツールで作成されたマニュアルであれば、そうした確認もしやすい。その意味でも、事務の業務マニュアルはツールでの作成が適している。
事務は誰でもできる、というのは、ある意味では正しい。能力としてはそれほど専門的なスキルは求められないし、慣れてしまえばそれほど混乱することもないであろう。ただ、それは「やるべきこと」が明確に示され、その手順がはっきりと理解できる場合においてのことである。一方で、本来的に仕事は「誰でもできる」ようにしておくものである。誰か一人が急に抜けたら回らなくなるようでは、企業として成り立たない。どの仕事も「誰でもできる」状態にしておくことが理想である。
現実的にはそうもいかない場合も多いが、少なくとも、その人がいなくては何も分からなくなるような状態は避けなくてはならない。そのためにマニュアルがある。能力的には難しくない事務業を本当に「誰でもできる」ようにしておくことは、会社土台を固めることにつながる。マニュアル作成ツールを活用した効率的な業務マニュアルの作成は、会社全体の業務改善にもなるのである。