▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
無欲の聖女は金にときめく 作者:中村 颯希

第二部

106/150

《閑話》 おしえて、レオ兄ちゃん―家庭科―(中)

「こんにちはー」


 完成したスープを小鍋に移し替え、冷めないようにと急いでやってきたアンネたちは、ヒルデ婆さんの家に到着すると、厚い樫の木のドアをノックした。


「ヒルデ婆さん、アンネです! 誰かいますかー? 開けてくださーい!」

「アンネ。開いているようだ」


 誰も出てこなかったらどうしようと、今更ながらに焦るアンネに、ブルーノが静かな声で指摘する。

 普段施錠されているはずの家が、開いているということは――どうやら先客がいるようだ。


 細い廊下を抜け、小ぢんまりとしつつもきちんと整えられた寝室に辿りついたとき、三人は先客の正体を知った。


「ハイノ先生……」


 横たわるヒルデの傍に座っていたのは、駆け出しの町医者だったのである。


 下がった目尻がいかにも善良そうなその医者は、名をハイノと言う。

 その若さとお人よしな性格のために、患者からも医者仲間からも舐められている、苦労人な青年であった。


 今日なんて、珍しく上等なシャツを着ているところを見ると、おおかた休診日だからとデートにでも出かけようとしたところに、他の医者からヒルデ婆さんの件を押し付けられたのだろう。

 下町に住む老人の看病など、医療費が踏み倒される可能性しかないのだから。


 よほど踏み倒しが気掛かりなのか、ハイノの顔色は悪い。

 くしゃくしゃの髪もほつれさせたまま、「ん……?」とぼんやりこちらを振り返り、ようやく来客に気付くと、大きく目を見開いた。


「君たち、来てくれたのか……!」


 隈の浮いた顔に、ほっとした表情を浮かべる。

 彼はふらりと立ち上がると、くたびれたシャツに包まれた腕を伸ばし、がしっと三人を抱きしめた。


「よかった……! ヒルデ婆さん、身寄りが誰もいないうえに、近所付き合いもろくろくしていなかったらしくって。誰も見舞いに来ないし、かといって放置もできないから、僕は身動きが取れなくて……このままもう『おしまい』かと絶望していたんだ……!」

「そんな……」


 ハイノが感極まったように言うのとは裏腹に、アンネたちは顔をこわばらせる。


 誰も見舞いに来ない、という状況もさることながら、彼が口にした「おしまい」という不吉な言葉が受け入れがたかったからだ。


 医者が口にする「おしまい」とは――すなわち、死。

 ヴァイツでは、人が亡くなった直後に、導師を呼んで「終末(しまい)の香油」を唇に塗ってもらう。それをしないと、魂は滑らかに体から出て行けず、死体に凝って闇に堕ちてしまうためだ。


 つまりハイノが焦っているのは、このままでは導師を呼びに行けず、香油の儀が間に合わなくなってしまうためで――言い換えれば、それだけヒルデの死が近いということだろう。


「じゃ、悪いけど、僕は教会に行ってくるから! 君たち、ちょっとの間、頼んだよ! いっぱい話しかけてあげてくれ」


 言うが早いか、ハイノは素早く立ち上がり、さっさとその場を出て行ってしまう。

 残されたアンネたちは、呆然とその場に立ち尽くした後、おずおずと横たわるヒルデに視線を向けた。


「そんな……ヒルデ婆さん……」


 もっと元気だと、思ったのに。

 声を掠れさせながら、アンネがぽつんと呟く。


 寝台の民となったヒルデは、普段の気難しそうな表情を緩ませ、静かに目を閉じていた。

 頭にぐるぐると包帯が巻かれているのが痛々しいが、それを除けば、ただ眠っているだけのようにも見える。


 実際、やじ馬から話を聞いて、ヒルデはただ眠っているだけなのだと、アンネは思っていたのだ。

 気力がなくて、意識を取り戻せていないだけ。

 きっかけさえあれば、きっと目を覚ましてくれるのだと。


 なのに、もう香油を必要とするほどに、死が迫っていたなんて。


「嘘だ……」


 鍋の持ち手を掴んだ両手が、小さく震える。

 じわりと涙を溢れさせそうになったところを、レオが声を張り上げた。


「諦めんな、アンネ!」

「だって、レオ兄ちゃん……」

「だってもへちまもあるか。見ろよ、顔色だって悪くねえし、呼吸だってしてんじゃねえか。肌だってあったかい。まだ、ちゃんと生きてる!」


 そう言いながら、レオは、ヒルデの枯れ枝のような腕をぶらんと持ち上げてみせた。


「意識が無いっつってもさ。超必死に呼びかければ、起きるてくれるよ。な!」

「いや、レオ――」


 ブルーノが眉を寄せて何事か言いかけたのを、レオは素早く「おまえは黙ってろ」と視線で制した。


 レオとて、妹分に無責任な励ましをするのは趣味ではない。

 だが、この場合はそうしなければ、アンネはただ泣き崩れて、孤児院に帰ってしまうだろう。

 そして彼女の性格的に、もっとああできたのでは、こうできたのではないかと、できたはずのことを後から考えては苦しむ羽目になる。


 たとえ、嘘つきだと罵られようが、無責任だと蔑まれようが、アンネにすべての手を尽くさせる。

 それが、自分のできることだと、レオは瞬時にそう考えたのだった。


 ブルーノが感情の読めない顔で黙り込むと、レオは明るく妹分に笑いかけた。


「ひとまずさ、せっかくアンネが頑張って作ってきたんだから、そのスープのお披露目といこうぜ」

「――……うん」


 しばしの逡巡の後、アンネは小さく頷いた。激情をこらえるような表情だった。


 小鍋を、寝台の傍らにある小さな棚に置き、そっと蓋を開ける。

 ふわりと湯気を立ち上らせたスープと中味を、持ってきた小皿に移し取ると、アンネはさらにそれをスプーンですくい、ゆっくりとヒルデの口元に近づけていった。


「ヒルデ婆さん。スープだよ」


 が、しかし。


 ――ガシッ


 スプーンが口に触れる直前で、レオがその腕を押しとどめる。

 金銭感覚以外は実にまっとうな感性の持ち主である彼は、引き攣った笑顔でアンネに尋ねた。


「――ちょ……ちょーっと待とうなー? アンネ、一応聞くけど、なんでそのごろっごろした人参の塊を、口元に運んでいるのかなー?」

「え……だって、ヒルデ婆さん、にんじん好きだから」

「ば……――っ! ……うん、そうだよなー、好物は食べさせてやりたいよなー? でも、ヒルデ婆さん、今、寝てるからなー?」


 馬鹿野郎、意識ない人間が固形物食えるかよ! 窒息するわ! とツッコミを入れるには、あまりにアンネは真剣だったし、かわいい妹分だった。


「ほら、好物は最後に残したいタイプかもしれねえし、まずはこう、匂いをかがせてみるとか、スープについて耳元で語ってみるとか、そういうアプローチがいいんじゃねえかなー?」

「ええ? でも、ヒルデ婆さん、好きなものから先に食べる人だし」


 レオ渾身の遠回しな注意は、残念ながらさらっと受け流され、アンネはヒルデの顎を掴み、そのままスプーンで口をこじ開けようとした。


「ねえねえヒルデ婆さん、にんじんだよー?」

「あばばばばば、やめろアンネ!」

「あ、それとも最初の一口はスープからがいいかな」

「うわああああ! 意識のない人間の口元で、勢いよくスープ皿傾けないでええええ!」


 なにを思いついたか、今度は皿ごとヒルデの口元に近づけたアンネから、とうとうレオは皿を奪い去ってしまった。


「なにするのよ、レオ兄ちゃん」

「うん、いやな? だからな?」


 これでアンネには善意しかないのだというから恐ろしい。


 もともとレオとしては、意識がないというヒルデのために、スープの匂いをかがせてやったり、場合によっては、スプーンで唇を湿らせてやる程度のことを考えていたのだ。

 しかしまさか、大ぶりに切った具材ごと食べさせようとするとは。


 アンネはしっかり者だが、やはり、意識を失っているというのが――死が近いというのがどういうことか、わかっているようで、わからないのだろう。

 「なんで食べさせちゃいけないの?」と困ったように首を傾げるアンネの前で、レオもまた、どうやって説明したものかと眉を下げた。


「――アンネ」


 だがそこで、沈黙を守っていたブルーノが声を上げる。

 彼はわずかに身をかがめ、アンネと視線を合わせると、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「触覚を刺激して、人を起こすというのは、確かに一理ある。拷問で気を失った相手に、水を掛けて起こすのも、同じ原理だ。だが、いいか。人間には、触覚よりも、他の感覚の方が反応しやすい場合がある」

「ほかの、感覚……?」


 アンネが目を見開くと、ブルーノは静かに頷いた。


「ああ。聴覚だ。たとえば人は気絶するとき、まず平衡感覚と視覚を失い、触覚を失い、倒れる。だが、倒れた後も、声だけは聞こえる。いいか。声や音は、最も長く知覚していられるんだ」

「あれ、嗅覚は?」

「知らん。だがまあ、敵が倒れた時は、匂いを気にしている様子はなかった」

「――ねえ。おまえらなんなの? なに急に不穏な話してんの? ツッコミ待ちなの?」


 半眼になったレオがぼそぼそと突っ込む。

 無視しよう、無視しようと思っているのに、あらゆるボケを丁寧に拾ってしまう自分の優しさを呪うのは、こういう瞬間だ。


「つーかブルーノ! おまえの話は、いつもちょいちょい無駄に血なま臭えんだよ!」

「はて」

「はてじゃねえ!」


 鋭くとどめのツッコミを炸裂させてから、はあっとため息をついてアンネに向き直り、


「アンネ、こいつの言うことは無視していいから、とにかく――」

「わかったわ、ブルーノ兄ちゃん! 私、ヒルデ婆さんに聴覚でアプローチしてみる!」

「マジかい」


 なぜか妹分が、ブルーノの導きによってまともな方向に動き出したのを目の当たりにし、愕然とした。

 「いや……別に結果がよけりゃそれでいいんだけど……別に……」とぶつぶつ呟くレオをよそに、アンネはヒルデの耳元に顔を近づけ、真顔で語り始めた。


「うわあ、なんて美味しそうなスープ! スプーンで掬って、と……うわぁー! 見えますかね、このふんわり立ち上る白い湯気! スープ自体は透き通ってるんですけど、野菜や鶏肉のエキスがぎゅっと凝縮された感じ。口に入れて……はふ、はふ……んんー! 煮溶けた野菜の甘みが、口いっぱいに広がってくう!」

「なんでグルメレポーター風なんだよ!」


 急に胡散臭い口調で語り出した妹分に思わず突っ込みを入れると、アンネは「だって、臨場感があった方が、美味しさが伝わって反応しやすいかと思って」と真剣な顔で答えた。


「ああ……うん、そうな……いや、そういう問題じゃなくてな、アンネ……」


 明らかなボケだと思うのに、本気なのがわかるだけに突っ込めない。

 レオが遠い目をしていると、傍らのブルーノがぽんとアンネの肩に手を置いた。


「おまえは勘違いをしている、アンネ。今はな、大げさに叫ぶよりも、しみじみ呟く系の方がトレンドだ」

「そうなの?」


 ブルーノは重々しく頷くと、寝台の近くに跪き、ヒルデの耳元で囁いた。


「――このスープは正解だった……。こうでなきゃいけない。スープを飲むときはな、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃ……」

「おまえのレポートは孤独感が漂いすぎなんだよ!」


 つい我慢できずに鋭く突っ込むと、ブルーノが煩わしげに眉を寄せた。


「……ふん。自分ではトライしないくせに、文句だけは一人前か」

「そうよ、なんにもしないで文句だけ言うやつは最低だって、レオ兄ちゃん、いつも言うくせに」

「え」


 まさかの妹分からの反撃に遭って、レオは呆然とした。


「ヒルデ婆さんは、グルメな人って言ったでしょ! きっと、目が覚めないのは、スープの美味しさが伝わりきってないからよ。食べさせることができないなら、それを補うくらいに、聴覚情報で美味しさを伝えなくっちゃ!」

「えええ……」

「私は諦めない。きっとこのスープの美味しさを余すことなく伝えてみせるわ……!」

「…………」


 普通、意識のない人に話しかける内容というのは、「ほら、好物のスープよ」とか「ふふ、お婆さんに美味しいと言ってもらおうと頑張ったの。なのに……ぐすっ」とか、そういったハートウォーミングなものではないのだろうか。


 それでもって、場内が感動に包みこまれ、それに誘われるようにして相手が意識を取り戻す、というのがお約束なのではなかろうか。


 にもかかわらず、なぜだか「いかにスープを美味しそうに描写するか」というミッションに心を滾らせている妹分を見て、レオは掛ける言葉を失った。


(……なんなんだろ、この展開)


 だが、アンネがあまりに真剣な表情を浮かべているので。


「――……おまえらの食レポには、擬音語が少なくていけねえよ」


 溜息とともに、レオはそれに付き合うことにしたのだった。




「わあ! このぷりっぷりの鶏皮! 一口噛むと同時に、じゅわっとうまみが口中に走り出す。これはもう、エキスの大運動会やー!」

「じゅわ……じゅわわあああ」

「そう……細かに弾けるような押し麦の感触。追いかけるようにして広がるローズマリーの香り。この味。この味だ」

「ぷち、ぷち……ふわあっ……」


 どれほどの時間、そうしていただろうか。


 アンネは印象的なフレーズを叫ぶスタイルを、ブルーノは余韻深く呟くスタイルを確立させ、レオはといえば、すっかりヒューマンパーカッションを体得しつつあった。


 が、ヒルデは一向に目を開かない。

 それどころか、先ほどよりも苦しそうに、ほんの少し眉を寄せているようにすら見えた。


「ヒルデ婆さん……もう、起きないのかな……」


 ぽつんと、アンネが漏らす。


 自らの呟きに頬を叩かれたかのように、はっと顔を上げた後、彼女はぷるぷると首を振った。


「ううん。まだ……まだ、私たちの食レポが足りてないだけだよね」


 ね? とぎこちなく笑いかけられ、レオは言葉を詰まらせる。


 無責任な励ましをしたと、恨まれてもいい。詰られてもいい。

 けれど――傷つかれるのは、たまらない。


「あ、ああ……。でも、アンネ――」

「わああ! この押し麦の粒々感! あっちでぷちん、こっちでぷちん、と、これはもう、ぷっちん押し麦の反抗期だあ!」

「アンネ」

「鶏のうまみ、ローズマリーの香りと一体となって、舌に沁み込んでいく塩味がたまんない! 薄味なのに、どっしりとした塩味……が……」


 言葉が途切れる。


 ひくっと、アンネは喉を鳴らした。


「塩味、が……。……しょっぱい、よお……」


 彼女は、あどけない大きな瞳から、ぼろぼろと涙をこぼしていた。

 涙は幼い頬を伝い、むりやり笑みの形に引き上げた唇に、じわりと吸い込まれていく。


 その痛ましさに、レオはきゅっと眉を寄せた。


「アンネ……」

「どう……どうして、かなあ」


 震える唇で笑みを浮かべながら、アンネは小さく首を傾げた。


「どうして、お、起きて、くれない、のかなあ」

「アンネ」

「どうして、……いつも、……いつもいつも、私に優しくしてくれる人は、いなくなっちゃう……か、なあ……っ」


 とうとう、アンネは両手で顔を覆った。


 彼女は、四歳のころに、再婚の邪魔になると思った母親に捨てられた。


 けれど聡明で愛嬌もあったアンネには、すぐに里親の申し出があった。

 孤児院とも付き合いの深い、人格者と評判の老齢の教会導師に、引き取られることになったのだ。


 彼に妻は居なかったが、母親代わりなんていなくても、アンネは十分幸せだった。

 有り余るくらいの、穏やかな愛情を注がれて過ごした、夢のような日々。

 しかしそのわずか一か月後、彼は流行病で、あっさりとこの世を去ってしまう。


 後継者として認められるほどの期間すら過ごせなかったアンネは、結局、再び孤児院の門をくぐることになった。


 もう、五年も前の出来事。

 レオのように、昔から孤児院にいる者でないと、知らないことだ。


「――……」


 レオは口を引き結ぶと、ぽんぽんと妹分の頭を撫で、そっと腕の中に抱き寄せた。


 かつて里親を失ったとき、今より更に幼かった妹分は、しょっちゅう夜泣きしては飛び起きていた。

 そうして、虚空に向かってひたすら謝っていたのだ。


 たすけられなくて、ごめんね。

 看病できなくて、ごめんなさい。

 つらかったよね。さむかったよね。くるしかったよね。


 しかられてでも、そばにいたら。

 そうしたら、死の精霊にお願いして、わたしもいっしょに、つれていってもらったのに。

 せめて、手をにぎって。さいごまで、ぎゅっと、あったかくして。いっしょに。

 そのほうが、ずっとずっと、よかったのに。


 病を移さないようにとの配慮のもと、里親から強いられた隔離は、アンネの命を救ったが、しかしその心に大きな傷を残した。


 たとえ無駄に終わろうと、手を尽くさせること。

 それが彼女のためだと考えたレオだったのだが――もしかしたら、間違っていたのかもしれない。


 レオはぎゅうっと妹分を抱きしめて、ふがいない己を責めた。


「……ヒルデ婆さんね……」


 やがて、レオの胸元に顔をうずめたアンネが、涙声で呟いた。


「いっつも、意地悪なことばかり言うの」

「……うん」

「褒められると、怒ったみたいな顔するしね、嬉しくても、やっぱり怒ったみたいな顔するの」

「うん」


 じわ、とシャツに涙がしみ込んでいく。


「でもね、そういう時はね、灰色の目が、ちょっとだけ青っぽくなるのよ。それで、ああ、本当は嬉しいんだって、私、わかるの」

「そっか」

「レオ兄ちゃんのスープを初めて飲んだ時もね、目が、ぱあって輝いて……青っぽく、なってたから。『まずい!』とか、言っても……ほんと、は……」


 でも、とアンネはしゃくりあげた。


「でも、目を閉じてちゃ、私……っ、わかんないよおお!」


 小さな拳でシャツをきゅうっと握りしめ、彼女は叫んだ。


 寝室に、幼い嗚咽が響く。

 レオは何度もその背を撫でてやりながら、途方に暮れて幼馴染を見た。


 ――のだが。


 なぜかブルーノは、悲しむでも、戸惑うでもなく、実に平然とした面持ちで、じっとヒルデを見下ろしていた。


「ブルーノ……?」

「――ヒルデ婆さん。そろそろ、起きてはどうだ」


 挙句、そんなことを口にするではないか。


 レオは「は?」と声を上げたが、ブルーノは淡々と言葉を紡ぐだけだった。


「アンネの泣きが、フェーズ2に移行した。3になると厄介だ。女を泣かすなと、院長からきつく言われている。構われて嬉しいのも、泣きだされて戸惑っているのも、わからんでもないが、いい加減、起きてもらわなくては困る」

「は……?」


 ぽかんと口を開けるレオとアンネの前で、その口を更に驚愕に開かせる事態が起こった。


「――……なんだい、……うるさいねえ……」


 ヒルデが、皺の寄った瞼をゆるりと持ち上げ――目を開いたのだ。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
番外編も投稿中

◆無欲の聖女 4巻まで発売中
無欲の聖女4

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。