ALS患者から嘱託を受け死亡させた二人の医師が体現したものは、相模原事件の植松死刑囚と同等の「優生思想」にほかならない。ここで言う優生思想とは、優秀な遺伝子を継承すべく人工的な淘汰を肯定する思想、ということに限定されるものではない。人間の「生」に対して、「良い生」や「悪い生」があるといった価値判断を下す思想全般のことである。
あなたがまだ中学生か高校生くらいで「自分は無価値な人間だから死にたい」と考えているとすれば、そこにも優生思想の萌芽がある。それが他者に向けられても自分自身に向けられても、優生思想は凶器になるのだ。
優生思想の起源はアメリカだ。20世紀初頭、アメリカで最初の断種法が制定されてから、この思想は急速に全世界に広がり、いたるところで悲劇を生んだ。知られる通り、その最たるものはナチスドイツだ。ナチスドイツは「民族衛生」の名のもと、純粋ゲルマン民族を維持するためにさまざまな優生計画を実施した。中でも有名なものが「T4作戦(障害者などの安楽死)」で、20万人以上がその犠牲となった。
このエピソードで私が最も恐ろしいと感じるのは、ヒトラーが作戦中止命令を出した後も、民間レベルで「野生化した安楽死(Wild Euthanasia)」が続けられたという事実だ。各施設の医師がそれぞれ独自の判断で、安楽死を続行したのである。このように、優生思想的な発想は、多くの人々にとってはごく自然のものなのだ。それは「差別」が人間の本性に深く根ざしているのと同じことだ。差別も優生思想も意識的な啓発によって禁止しないと野生化する。
「民度」にかかわらず、いやむしろ、高い民度のもとにおいてすら、当時としては合理的かつ理性的に実践されたのが優生思想であり安楽死だったのだから。
ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/