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いち愛好家の呟き
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いち愛好家の呟き

2013-07-17 10:24
  • 6
ここ数日の体調不良から、ようやく回復。私の体調の崩し方には特徴があって、最初は咳などが出るくらいで面倒なだけなのだが、それがしばらく続いた後に、「これはきちんと休まないと治らないな」と悟って床につくと、途端に熱がぐっと上がり、治るどころか大幅に悪化して寝込むことになる。それでやっと熱が下がると、仕上げはたいてい激しい頭痛に悩まされることになるのだが、これはあまり気にしすぎないのがコツであって、まだかなり痛いうちに起き上がって普通に活動をはじめると、徐々におさまって通常の体調に戻ることになる。



(ミャンマー犬)


ツイッターの議論などを眺めていると、中国思想、とくに儒教に関する話というのは、肯定されるにせよ否定されるにせよ、実にいい加減に扱われているなあと思う。もちろん私も「専門家」ではないので、あまりエラそうなことは言えないのだが、例えば「儒教的」という言葉が 「硬直化した上意下達主義」といった意味でナイーブに使用されることはたいへん多いし、経書にしても、言及はときどき見かけるものの、その場合に交わされる議論というのが、自ら漢籍に親しんでいる人たちのものであるとは、とても思えないことがしばしばである。

これが流行りの思想、例えばフランス現代思想であったりしたらたいへんなことで、ちょっとでもいい加減なことを言えば、直ちに怖い「専門家」の人たちから「無知おつプギャー」というツッコミが飛んでくるから、まあテキトウなことはなかなか言えない。仏教でさえ、「いい加減な発言」に対するツッコミをする人たちというのは(たぶんよくわからずに言ってるんだろうなあと思われるものも多いとはいえ)それなりにいるのだけれど、中国思想に関しては、その種の人たちの数が、控えめに言っても非常に少ないように思われる。


まあ中国古典学を専門にされるような方々は、私の知っている限りでは、ツイッターのような場で議論をすることに興味をもたない硬派なタイプが多いので、それも一つの原因だろう。あとは私のように、別に「専門家」じゃないけど、好きで勉強している「好事家」の数自体が、ツイッターをやるような若い人々のあいだでは特に減っているであろうこと。要するに、中国古典学が、ディレッタントの教養の範囲からさえ、外れてきてしまっているということだ。


人気の哲学思想みたいに、「うるさ方」がたくさんいすぎて気軽に話題にすることもしにくいし、「専門家」同士の殴り合いとなると、「読んだのか合戦」や「知ってるのか合戦」にすぐなるから、シロウトは面倒で何も言わなくなるような状態もどうかと思うけど、そもそも語られること自体が少なくて、言及される時には「放言」ばかり、という、中国思想に関する現状はやはりちょっとさみしい。


いちディレッタントとして、このあたりは、ちょっとなんとかしたいなあと、こっそりネットの隅っこで思ったりした朝であった。



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そう思うならですね、一刻も早くサムさんの神学部のように陽明学講座中国思想講座をですね
99ヶ月前
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あれ、希望してたの穴熊さんだったのかー。
99ヶ月前
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いや、どうせ需要ないだろうと思いつつ、一人熱心に希望してくださる方がいるなー、と思ってたので…。
ありがたいことです。
99ヶ月前
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自分も希望します。
99ヶ月前
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恐縮です。専門家ではないのでアレなんですが、精進して準備します。
仏教のことを先にやんなきゃなので、まだ少し先になると思いますが…。
99ヶ月前
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そういえば、僕も東洋思想は学んだことがない・・・なぜでしょうか・・・?

適当に考察してみるに、西洋の思想は、とてもとても重要な”裏方さん”、
華やかで美しい数学や物理学を生ぜしめ、それらの体系を裏方で支えてる縁の下の力持ち(?)というような印象で、
「お、ちょっと読んでやろうかな」と、お手軽に手に取ろうと思えるのですが、

東洋の思想については西洋のように、自然科学から推移した興味、といった類のことはなかなか起こらないで、
思想に対して特別な関心がない限り取り組もうとしないからでしょうか・・・?

でも、ホムペの瞑想についての翻訳はとても興味深く読ませていただいたので、僕も中国思想講座を楽しみにしています。
99ヶ月前
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