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当ブログはケムリさんがこれまでにウェブに投稿してきた作品のアーカイブです。
管理人(yuko)と作者は別人です。
著作権は作者に属します。(管理人としてはそう考えます)
ここに収録されていない作品を保存しているかたは
ご一報いただければ幸いです。

それからケムリさんはバンドをやりたいと執拗に思っているそうです。
基本的にベースもギターも「中学校二年生としては上出来なレベル」しか弾けないらしいですが、武道館でAm7をかき鳴らす妄想だけはここ数年欠かしたことがないとか。

なんか出来る人、てきとうにコメント残してってください。
来年の夏手前くらいから東京に戻って無職になる予定なので、その辺りで活動できるひと募集。ケムリさんは詩を書くので、それ以外の全部募集。当方ボーカル、のメンボよりタチ悪いかんじらしいです。
(管理者注)このコメントが書かれたのは2010年冬です。興味のあるかたはこちらもご参照ください。


基本的にコメントは作品(とバンドメンバー募集)に関するものに限ります。

リンクの際には必ず事前に管理人に報告をいれてください。
ただし個人のブログなどに関してはこの限りではありません。ご自由にどうぞ。


mail:chopin___198934y@hotmail.com
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 彼女は、もうずっと長いことこの町に暮らしていた。どれくらい長くなるかは忘れてしまったけれど、とても長い時間だ。戦争が起きて、戦争が終わり、幾つもの長い冬や異常気象の夏が過ぎていくのを、彼女はずっと眺めていた。
 僅かな年金で細々と暮らす彼女の食卓には、たった一つの電熱コンロに琺瑯の手鍋。彼女は、そこで焼けていないパンとセロリのスープを啜って暮らしていた。オーヴン・トースターが壊れた時、ああ、なるほど。と彼女は思った。実際、それは彼女にとっての終着駅で、冷たいくるみパンとセロリのスープが世界の全てだった。

 同じアパートに起居する人間たちは、彼女のことを夫人と呼んだ。「夫人、今朝はいい天気ですね」「夫人、洗濯物を取り込んだほうがいいですよ」「夫人、ブラック・チェリーはお好きですか?」そんな具合だ。その度に彼女は、「ええ、そうね」だとか「急ぐことにするわ」とか「大好きよ」とかそんな風に答えた。ぼくがあのアパートに起居していたのは、もうずっと前のことで、そのころ僕は銀行の出納係を免職になり、人生の行くあてを見失っていたところだった。社宅を追い出されて、たどり着いたのがそこだった。

 彼女は、必要十分なくらいに親切だった。例えば、ごみを捨てる曜日や共同台所の使い方、特にたちの悪いガス栓のなだめ方について、彼女はちょっとした専門家だった。ぼくは、休日になるとそこでホワイト・シチューを煮たり、ベーコンを焼いたりした。でも、彼女がその台所を使うことはなかったし、ぼくのホワイト・シチューを食べてくれることもなかった。「おばあちゃんになるとね、もうそんなにおいしいものは受け付けなくなるの。わたしはパンとスープでたくさん、お腹いっぱい。でも、あなたは若いんだからたくさん食べなさいね」

 僕と夫人がほんの少し親しくなったきっかけはこんな具合だ。ある日、ぼくはワインを一本手に入れた。古い付き合いの友人がくれたのだ。それは上等とはいえなかったけれど、職を失い、家を失ったぼくにとっては久しぶりの贅沢というもので、チーズもアンチョビもない部屋であっても、一つの祝祭として受け容れるべきだと考えた。つまり、ぼくは一人でワインを飲むくらいなら自殺する、そんな風に考えていたのだ。「とてもいいワインね」と彼女は言ってくれた。そして、「お酒なんて久しぶり」とつぶやいてから、一杯のワインを時間をかけて舐めるように飲んだ。皺だらけの指先が、安物のグラスをしっかりと握っていた。

 彼女の部屋に入ったのはそれが始めてだった。クリーム色のカーテンがかかった窓が一つ、電熱コンロがおかれたちゃぶ台が一つ、それに本棚が一つ。彼女の世界はそれだけで構成されていた。それはまた、あの時代にあの場所で生きた人間たちの、大方の姿だった。本棚の上には、見事な髭を蓄えた紳士の写真が一枚。写真立てには埃一つ積もっていない。なるほど、だから夫人なのか、とぼくは思った。見事な仕立ての燕尾服を着たその男は、どこかずっと遠くを睨みつけるように、これから訪れる多くの物事を予見するかのように、その小さなスペースに立ち尽くしていた。もちろん、彼の予言は当たった。多くの船は船出したまま戻らなかったし、あらゆる株券は紙くずになった。そういう時代だったのだ。

 彼女の父親は、もうずっとそこにいた。彼女が一つ一つ歳をとっていくのを、ただ眺めていた。その目線は、もうずっと過去になってしまった輝かしい未来を見据えている。彼は、オーヴン・トースターの輸入事業に失敗して、全ての財を失った。彼が遠い異国から買い付けたトースターは、首つりの足場として最後の役目を終え、どこかに売り払われていってしまった。でも、この話を聞いたときぼくは酷く酔っ払っていたし、なにしろ貧乏だったから、そういう時代のことはもうほとんど思い出せない。でも、ぼくの記憶が正しければ彼女は結婚したことはなかったし、子どももいなかった。それでも、ぼくは彼女のことを夫人、と呼んだ。そう呼ばれる彼女にはどこかしらの矜持があるように見えた。

 彼女が死んで暫くして、ぼくはまた新しい仕事を見つけた。ほどなくして、部屋が二つあるアパートに引っ越すことも出来た。今思い出すのはこういうことだ。彼女の身体の中に降り積もった、セロリの僅かな鉄分たちは、いつか時代の境目になって、全てのオーヴン・トースターに対して復讐を遂げるだろう。それが海を渡ることに対して、明確な意義申し立てをするだろう。いつか、彼女はセロリから打ち上げられた一つの刀となって、世界に対して一撃を加えるだろう。彼女の棺を載せた船が、今まさに海峡を越えようとしていた。
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1.

君は片手を口にあて
インディアンの踊りを真似ている
僕の部屋は海の向こうで
ひどい形に焼かれても
兄弟たちよ、戦争は終わる

1-1

やけっぱちになったみたいだ
そんなことになったことは一度もないくせに
腰を振るあの時みたいにやればいい
嘯くために夜が明ける

1-1-1

深刻なエラーが起きている
ちょっと後に、そうだな何本か煙草をふかして
それから繋ぎなおすといい
君はとても嬉しく思われている

2.

西日が落ちていくとき
教会の影がなにもかもを四つ割りにした
スニーカーの紐を
結びなおせ
喩え話じゃどこにも行けない

2-2

兵隊たちの笑い話が
次々とドラム缶に放り込まれる
悲しそうな顔をする君の
綺麗な首飾り

2-2-2

黒い髪に羽根飾りをつけた君が
タムタムを打ち鳴らす音が
もうずっと昔から
響き続けている
誰かが乗り捨てた車に
無数の鴎

3.

子どもたちがピアス屋を襲った
彼らは、気が遠くなるくらい
長いこと、黒人だった
熱を持った耳朶が
風の中で冷える

3-3

チャイナボウルは
もう手遅れなくらいに
冷めてしまったとして
不意に、振り返って笑顔を見せる
兄弟たちよ、戦争は終わった
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多くの十一月が
名づけられないままに
打ち捨てられる
波打ちぎわで

数えてそこねた
いくつかの音階
ずっと遠くに
並木道が果てる

飛行機、飛行機
と繰り返すあの子
夢はいつも
こんな形

バスケットシューズを
紐で束ねて
袋に入れる彼はまだ
目覚めない

非常階段を踏んで
ずっと高い
それはいつかの
十一月生まれ


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ご無沙汰してます管理人です。

批評祭のブログができました。
http://hihyosai.blog55.fc2.com/

ケムリさんのふたつの散文がアップされてます。
存在の耐えられない軽さ、再びぼくたちの間に
批評逆転論 「ニーチェ(風味)批評」

興味のあるかたはどうぞ。
宣伝でした!
ガラスを透過する光が、本当は必要だった気がする。枯れ果てた草むらに、電話ボックスが一つ立ち尽くしている。日が昇り、日が沈み、果てしなく続く時間の中に、電話ボックスはたった一つの光も通さない、誰かが小銭を求めている声がずっと聞こえてくる。誰か、十円玉を一枚貸してください、誰か十円玉を一枚貸してください。

月が昇る頃だ
土人の歌が、響き始めるのを
彼らの滑らかなかかとが
いま土くれを踏み砕いて
兵士たち、ずっと昔の兵士たち
均質な軍歌の踵が
打ち付けられる音だ
おれは、おれは
スニーカーの踵を踏んで
そこはもう誰もいない路地で
雨ばかりが降る
雨が降る中で
黄色い女の子が踊っている
泥まみれのドレスを振り乱して
ぶ厚い唇からこぼれる歌と
汗ばんだ襟首と階級章が風に揺れる
俺はたった一人彼女に
拍手を

 誰か、小銭を貸してください。どうか、どうか貸してください。月光の中で、電話ボックスはただそこに立ち尽くす、いつか自転をやめた星の波打ちぎわに、彼女は立ち続ける、枯れ草の間を突き抜ける風は、ずっと昔の地層みたいにひどく臭い、それは軍隊たちの匂いだ、彼らの野営地に積もったものたちの匂いだ、消化されつくしたレーションの積み重なった場所に電話ボックスは立ち続ける、誰か小銭を、誰か小銭を貸してください。

引き伸ばされた唇に
木切れに貫かれた耳たぶに
土人の歌は真摯な揺れを繰り返して
軍隊たち、ずっと昔の軍隊たち
河を渡る彼らの足音
リズムに身を任せて
女の子は踊り続ける
色街でカーネーション売りの群れが
ミスター、の語を繰り返す
彼らは、彼女達は
軍隊とも土人とも
交わりながら
果てしなく長い旅路を
踏破する、リズムで
俺は拍手を
彼女に拍手を

 誰か小銭を貸してください、気がついたときには日が昇っている、日が昇ったあとには酷く冷たい風、それはずっと昔のシベリヤで軍隊たちを凍りつかせた風、彼らの死体は一つも腐らなかった、腐ることさえなかった、そこには何の匂いもなかった、遺骸と万年雪の積み重なったそこに、電話ボックスは立ち続ける、誰か小銭を貸してください。でも、でもおれのモカシンは、もうずっと昔に燃やされた。道を往くもののために、多くの教訓がポケットにしまわれた、それは万年雪の表面に生えたほんの僅かの苔植物みたいに、どこにも向かうことができなかった。

彼女は踊り続ける
俺のペニスはもうずっと
勃起と収縮を果てしなく繰り返して
軍隊たちも
土人たちも、リズムを
リズムのためだけに
多くのことばが
踏みしめられ
踏みしめて
どうか、どうか
彼女の踊りのために
全ての交わりと
カーネーション売りと
彼女に拍手を
万雷の
拍手を
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街に一つしかないキャンディ・ショップが
どこかの国の軍隊に占拠されて
子守唄の在庫が
いつも足りない
君は冬の生まれだから
よく冷えた星に生まれたから

とろとろと、冷えたシラップが
月から垂れ落ちる夜のこと
君はポケットに入れられて
道を歩いていた
枯れた松葉の匂いばかりが
ずっと揺れていた
生まれてすぐ、空気の冷たさを知った
君は冬の生まれだから

真っ青なガラス玉を
口の中で転がしている
彼に尋ねてみる、君はどこの生まれかと
伍長だ、と彼は応えた
きっと彼は、冬の生まれでは無い
珊瑚が一斉に放卵を始めた新月の夜に
どこかの熱砂の街で生まれた
初めての呼吸は、いつも砂交じりで

サンタクロースは昨夜未明
ショットガンの先端を口にくわえて
右足の親指で器用に引き金を引いた
テーブルの上には半分ほど飲み残したハイネケン
すこん、音が鳴って
彼はもうサンタクロースではなかった
弾丸が湿気てたのさ、と笑う彼は
髭のない顎で迎える春を待ちわびている

ポケットの中はがらくただらけ
半分飲んだ薬のパケット、パンクした自転車の鍵
君は冬の生まれだから、
男とは、ポケットに手を入れて歩く生き物だと
ずっと昔から知っている
これからも、ずっと知っている
時々、キャンディを隠し持っていることもある
拳銃みたいに秘密じみた丁重さで

それから暫くして、
という言葉から繋がるセンテンスは
およそ物語にとってもっとも必要性が低いものだけれど
君は冬の生まれだから、そういうものがきっと好きだ
軍隊はまだキャンディ・ショップを占拠している
一日一粒まで、という固い決まりを守り続ける彼らは
十二月になればきっとサンタクロースになる
縦列編隊の戦闘機たちが
色とりどりのキャンディをまきちらしながら
空のずっと向こうまで飛ぶ


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 悪魔の子どもが生まれたって、言わないで欲しいんだ。カシミールで毛皮を売っている彼の、その柔らかい頬に浮かんだ笑顔みたいな、そういうところで生きていこうよ。僕はスリーポイントシュートもあまり上手くないし、タップダンスも上手に踊れないけど、いつまでも林檎の皮を剥いているみたいな顔をして生きていたいよ。

 ねぇ、そんなに人生に期待をしなくなったんだ。そういうことはおきてしまったんだろうし、おきてしまうだろうことだったんだ。それはそういうことだ、と思うことにした。そうじゃないと、自分も他人も許せなくなっちゃうからさ。いいかい、キー・ポイントはこういうところだ。君の身の上に起きたことはぼくの身の上にも起きるかもしれない。だから、君は独りじゃないよ。

 向き合うべきだ、と思うこともある。例えば、リビアだかどっかその辺りで罪もない市民が撃ち殺されたとか、名前もそんなに有名じゃないアフリカ大陸のどこかで、今日も小さな女の子が飢えて死んだとか。そういうことを悲しむのは、歳を経るとずいぶん簡単になった。だから、僕はムガベさんを責めたとしても、君のことは責めないよ。ハロー・ハロー・聞こえますか。どこまで生きても寂しかったんです。だから、色んなことがそれでいいと思えるようになりました。

 悪魔の子どもが生まれたって、風の噂で聞いてしまったんだ。それはきっと生まれたんだろうと思うし、君の空っぽの子宮の中を吹き抜けているその風には、ぼくだって覚えがある。誰も責められない、それどころかどこにおいていいかもわからないような荷物が、突然背中に乗りかかるんだ。ぼくだってそれくらいのことはわかる。だから、君のことを僕は責めない。出来ることなら、世界中の誰のことも責めたくない。そういうことは、サダムさんに任せておきたい。カダフィさんはきっと、煙草の値上がりを気にしたりはしてないだろうから。少なくとも、ぼくは煙草の値上がりを気にしたり、税金が上がって落ち込んだりするような人のことを責めたりしたくない。

 空っぽの冷蔵庫しかない部屋で生きてるみたいだよね。ドアを開けて、溢れた光の中でさ、何かが何度か羽ばたいたんだ。そういう夜を、みんな越えていくんだ。空気の粒がぶつかりあう音が煩くて、眠れない夜だってある。でも、君は夜を越えたんだろ。悪魔のことは誰かがきっとどうにかしてくれる。大量破壊兵器だって見つからなかったけど、世界は結構なんとかなったじゃないか。君は新聞の一面をみて、ちょっと気の重い月曜日で生きていこう。ぼくもそうするよ。

 君は独りじゃないよ。だから、ぼくも一人にしないで欲しいんだ。だって、ぼくはフリースローが入ったことがないくらいの男の子で、踵の潰れていない靴の一足も持ってない。きっと何かが間違ってたんだ、やるべきことをやらずに過ごしたんだ。寝過ごした日曜日の午前中に、ロケットは発射されてしまった。そんなことはわかってるんだ。悪魔の子どもは生まれてしまった、なにもかもがどうしようもなく掛け違ってしまった。そんな風になるべきじゃなかった、でもそんな風になってしまった。だから、君も独りじゃない。ぼくの好きなタイプの神様は、空気と同じ色をしているから誰にも見えやしない。彼の肌の色はよくわからなくて、でも彼は悲しくて、悲しくて、気がくるってしまったんだ。遊園地のメリーゴーランドで、いつまでも独りくるくる回っている。でも、これだけは大きな声で言わせてくれ。彼は、君のことが、大好きだった。

 
 気持ちよく晴れた昼下がりのことを考えよう。悪魔の子どもが生まれたとき、君はもう独りじゃなくなったから。いいかい、ぼくは牡羊座のあいつは好きじゃないから、まるで正しい人間みたいな顔をして、石を投げるんだ。泣きながら、笑いながら、いつまでも君は白人ではなく、黒人ではなく、ぶぅん、と鳴る冷蔵庫のうなりの中で、君たち、いつまでも空っぽの子宮で、どこまで生きても寂しかったんです。彼はいつまでもくるくる回りながら、それでも君たちのことが好きです。ねぇ、君は夜を越えるんだろう。ロケットは行ってしまった、津波が何もかもさらっていった。でも、ハロー・ハロー・ハロー、聞こえますか、聞こえますね、ぼくも独りじゃない。ハロー。

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彼女はゆらゆらしてる
唇から立ち昇って
電球のシェードに絡みつく
ティーバは眠っている

 ねぇ、例えばそれは一番大事なことだとしてだよ、道を歩いているときそれが君の前を横切ったとしてだよ、ポケットの中には大したものは入ってない、財布はもちろん空っぽって具合で、君は紐のないスニーカー履いて歩いてる。タクシーはみんなカーブを曲がり損なってぶつかったし、電信柱はみんな月に向かって飛んでいっちゃった。そんなとき君が呼びかける言葉はこんなかんじ、ねぇ、例えばそれが一番だいじなことだとしてだよ。

ノースカロライナ生まれ
のような気がしている
屋根の上で両手をなんども
羽ばたかせていた頃は

 ねぇ、君は帽子をなくした。一番大事な帽子をなくした。語りかけるべき多くのことを失くした、君が口から絶え間なく吐き出していたものはみんな、月曜の朝にトースターで焼かれた。幼稚園に迎えに行く自転車の、後ろのタイヤがパンクしていた。両手を肩の横で羽根みたいに開いて、おかしなリズムをきざんでいる君の唇の色、なんて表現すればいいかわからないよ、そんな日はゆらゆらしているうちに。

二階の窓の外に浮かんで
笑顔のマークを指で描いた
ガラスはほんのわずか
暖かかった

 彼女は少しだけ空けた窓から滑り込んでくる、唇から吐き出されて、誰かに吸い込まれて、デスク・スタンドに絡み付いて、ほら君にこれを手渡す、好きなだけ深く吸い込んで、そして何か考えてくれ。でも、それは決して呼びかけたりしちゃいけない。君は歩いている、ビルがメトロノームみたいにゆれている、スニーカーの踵にはチューインガムがへばりついて、彼女はそんな君を可哀想だと思ってる。ねぇ、それが一番大切なことだとしてだよ。







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平原には雨が降り続いている
君はサイドシートで眠っている
幾つかの街を通り抜ける
アクセルを踏む、ギアを上げる
それから。

 海沿いの道を走る、鴎がカモンカモンと鳴き交わし、君はまだ眠っている、眠っている人たちのすぐ横を、ぼくたちは走り抜ける、かもめはカモンカモンと鳴き交わし、君たちはまだ眠っている、雨が降り続いている、分厚いモカシンを履いて、背中に羽根をつけたぼくの友達、湿地帯を踏みしめていく彼の足音、君はまだカモンカモンと鳴き交わし、端切れになった言葉が海を渡っていく、規則正しい寝息の度にぼくはアクセルを踏み込む。

平原は水に満たされている。
澄んだ水を蹴散らして
単線列車が走っていく。
たった一つの車両に、君たち
みな、乗り合わせて言葉など持たず。

 君が目を覚ます時、ぼくは眠っている。世界のありかたは、もうすっかり変わっている。海沿いの道を走る、鴎はカモンカモンと鳴き交わし、君はアクセルをゆっくりとふかしていく。ぼくは眠っている、幾つかの名詞が瓶に詰められて、防波堤からこっそり流された。世界に足りなくなった幾つかの名詞を、友達は探し続けている、ざりがにだらけの川を横切り、ささ藪を踏み越えて、僕はただカモンカモンと鳴き交わし、打ち寄せて砕ける波頭は、白く、また青く、君はいつか海さえも渡っていく。覚えておいて欲しい、ぼくは君が好きだ。

眠気。
きみがそう思ったときに
世界のルールは不意に、音もなく
変わってしまった
人々の指先はみな一つに
くっついてしまった
君は眠りの奥で、カモンカモンと続く
夢の一番深い場所で
探し物をしている子どもたち
それは友達だ
それは君だ
それは僕だ
いつか僕たちは
拾えない言葉の端切れを
口でこそげ集めて
泥の中を転げまわって
鳴きながら、カモンカモンと
鴎たちが夢を
列車が平原を横切る
雨が続いている
それは君だ。
でも、覚えておいて欲しい。
ぼくは君が好きだ。

 君は眠っている、幾つかの言葉が足りなかったとき、雨が続いている、カモンカモンと鳴き交わすぼくたちの、君の寝顔はとてもきれいで、それはきっとどこか間違っているような気がする、何かが致命的に、海を渡っていってしまった君が、カモンカモンの鳴き交わす昼下がり、いつかどこかで、という言葉が空を横切り、ねぇ、君たちこれだけは覚えておいて欲しい、雨が降り続いて、列車はどこかで沈んでしまって、車はもう1メートルも走れないとして、眠っているその横顔、ぼくは君が好きなんだ。
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