こんにちは!
この度はご訪問いただき、誠にありがとうございます。
福井県出身の19歳。中山 雅史です!
(高校時代の写真)
このページでは、
- 簡単なプロフィール
- これまで歩んできた人生
- これからの野望
などをお話しします!
プロフィール
まずは、僕の簡単な経歴をご紹介します。
- 本名は中山雅史(なかやままさし)
- 2001年1月15日生まれ、A型
- 父、母、弟、兄2人の男4人兄弟の三男
- 福井県福井市生まれ
- 社北小学校→社中学校→福井商業高校
- 小学1年生からサッカーを始める
- 小中校時代は県選抜。高校では全国大会出場
- 高校を卒業して公務員試験に合格し警察学校に入校
- 約10ヶ月勤めた後退職。
- 現在は独学でプログラミングを勉強中。
ざっくり書くと、こんな感じですね。
ゴン中山の愛称で知られるプロサッカー選手の「中山 雅史」選手と同姓同名で、ありがたいことに『ゴン』と呼ばれていました。
これまで歩んできた人生
1:僕の家族
2001年、福井県福井市に生まれました。
父、母、弟、兄2人の男4人兄弟の三男です。
生まれてきてから今までの19年間ずっと実家で暮らしています。
父は正義感の強い地元の消防団員で、母は人の気持ちが分かる本当に優しいお母さん。
長男は野球をしているのですが、あとの3人はサッカーをしています。
僕は、兄の影響でサッカーを始め、兄とは中学までずっと同じ学校に通い、同じチームでサッカーをしてました。
兄はサッカーで全国大会に出場しており、自分の憧れでもありました。
弟は、元々太っていたのですが、サッカーを始めてから見違えるをほど痩せて、今ではめっちゃ男前になりました。
大人になってからも、なんだかんだ家族全員で仲良く過ごしています。
2:サッカーに明け暮れた学生時代
小学1年生から高校を卒業するまでとにかくサッカーに打ち込みました。
その中でも高校時代は本当にサッカーに明け暮れていたと思います。
朝練から始まり夜の居残り練習。休みは月1回。週末は遠征。夏は、砂浜ダッシュや山ダッシュなど、毎日、めちゃくちゃ怒鳴られて、キレられての繰り返し。
今思うと、毎日本当にサッカーでしたね。笑
そんなサッカー人生で1番嬉しかったことは、
高校3年生の夏のインターハイの県予選で優勝して全国大会出場を手にしたことです!
小学校、中学校と一度も優勝を経験したことがなかったのですが、最後のインターハイで優勝を勝ち取ることができて死ぬほど嬉しかったです。
しかし…
私は、決勝の前半で相手との接触があり右膝の半月板を割ってしまい、全治4ヶ月の怪我を負ってしまっていたんです。
試合中は、アドレナリンがでていて痛みを感じなかったのですが、試合終了後、痛すぎて歩けなくなりました。笑
うわ〜、まじでやらかした〜。って、その時は笑うしかなかったですね。笑
みんなが祝勝会で打ち上げをやっている頃、病院で検査を受けて、手術の日程を決めていました。正直、めちゃくちゃ悔しかったです。
それから、日々リハビリに励むも、北信越大会・全国大会と間に合うず、冬の選手権大会にも完治することができませんでした。
これで、あっけなくサッカー人生を終えたわけです。
ほんと、最後はあっという間でした。笑
まさかこんな感じで終わるとは思っていませんでしたね。
しかし、自分の中では本当にやり切ったと思いますね。
ずっと目標にしてきた全国大会出場は叶わなかったですが、サッカーをやってきた本質はそこじゃなくて、その過程で得たものが大事だと思っていて、
一緒に頑張ってきた仲間や指導して下さった監督やコーチとの出会い。
そして、支えてくれた家族の存在。
本当に大切なものがなんなのかというのを教えてもらったし、経験できたのは僕の一生の財産になりました。
これからの人生で何か少しでも恩返ししていきたいと思います。
人生を語るうえでサッカーは欠かすことのできない存在ですね。
3:高校を卒業して、警察学校へ
僕は高校を卒業するまでサッカーしかしてこなかったので、将来に対しての目標がなかったんです。
大学をそこまで重要視していなかったので就職することに決めました。
しかし、普通の会社に就職するのも嫌だったので、将来安泰の公務員になろうと決め警察官の公務員試験を受験しました。(テキトーですね。笑)
そしたら、なんと2次試験まで合格し3次の最終面接も突破。警察官になることができました!
しかも、成績優秀者として警察本部に呼ばれ、動画撮影などインタビューを受けさせてもらう事もできました。本当にありがたかったです。
その後は、警察学校に入校し、警察官としての必要な知識を学び、日々訓練を行っていました!
ずっとサッカーをしていたので、訓練等は全く苦ではなく、勉強もそれなりに好きだったので定期試験でもA評価をとることができました。
しかし、結果的に、約10ヶ月で警察は辞めました。警察学校の卒業2週間前だったと思います。
辞めた理由としては、単純な理由なのですが、
新たに挑戦してみたいことができて、警察との天秤にかけた時に断然、前者の方が楽しそうでワクワクすることだったからです!!
今までは、サッカーばかりで他に目標はなく、将来に対するビジョンがなかったのですが、
この時初めて挑戦してみたいことが自分の中にできて、それを我慢せずにはいられませんでした!
公務員という金銭的な部分や仕事環境の部分でも、将来安泰を捨てることに同僚や家族からは猛反対を受けましたが、
やらない後悔より、やる後悔や!と思い思い切って退職しました。笑
正直、不安も少しはありましたけどね。笑
でも、これからの人生が楽しみでそっちの期待が大きくてそこまで不安を感じませんでした。
出世のために資格も山ほど取り、試験や訓練等も本気で打ち込んできて警察学校で学べた部分はたくさんあるので、短い期間でしたが、この経験はこれからにも生かしていきたいと思います!
4:未経験からエンジニアへ
なんとなく警察に就職し、ただ目の前の仕事に追われながら生活していたぼくは、あるときふと気が付いたんです。
「あと40年もこの生活を続けるのか…」
それが素直に嫌だったというのはありますね。笑
それから人生については悩みに悩みまくりました。
- 好きなことってなんだろう?
- 夢ってなんだろう?
- なんのために生きてるんだろう?
当時は哲学的な自問自答をずっと繰り返してました。笑
悩みに悩み抜いた結果、「一度きりの人生だから好きなことや楽しい事、ワクワクする事で生きていきたい!」という答えに至りました。
多分人生は一度きりだし、いつ死んでしまうかわからない中で、
もし、80歳のおじいさんになって、「若い頃にもっとチャレンジしておけばよかった…」なんて絶対思いたくない!
別に失敗してもまた立ち上がればいいし、お金がなくなったらアルバイトでもすればいい。
そう考えると、心のブレーキが吹き飛びました。
それからは「じゃあ、好きなことをして生きるためにはどうすればいいか?」という問題にぶち当たりました。
まず、日本一周しようと思い、実際に日本一周している人に会いに行ったり、海外に行こうと思い英語を勉強してみたり、「将来起業するぞ!」と思い立ち社長さんに会いに行ったり、毎日YouTubeで自己啓発系の動画を見たりとたくさんのことに手を出しました。
でも、結局「なんかこれ違うな…これが本当に自分のやりたいことなのか?」と感じてしまい、長続きしなかったんです。
そうやってやりたいことを模索しながら、右往左往しているときにたまたま出逢ったのがプログラミングでした!
これまではほとんど中途半端に終わっていたけれど、なぜかプログラミングだけは没頭することができました。
高校が情報処理学科でパソコンを触ることが好きで、プログラミングを専門に勉強していたのもあり、全く抵抗がなかったていうのもありますかね。
- プログラミングってかっこいい
- 人の役に立つサービスやサイトを作りたい
- いつか世界中旅しながらフリーランスのエンジニアとして生活したい
こんな想いと「やっと熱中できることが見つかった」という嬉しさで、無我夢中になってプログラミングやりまくりました。
毎日カフェにこもって朝から晩まで学習して、多分8時間以上は、余裕で毎日勉強していると思います!
それからいらない物はすべて捨て、友達との連絡を断ち、遊びを断り続け、プログラミングに没頭しました。
もうここまで来たらあとはやるしかない!
そして現在に至ります!
これからは、さらにスキルアップを目指すために実務での経験を積もうと思っています!企業ということでチームでの開発などを協力してとなると、今以上にとても楽しみです。
まずはその、スタートラインに立てるようにこれからも行動していこうと思います!
人生の野望について
人生の野望はこちら(2020/4/13現在)
- プログラミングで月収100万円稼ぐ
- 世界中旅したい
- やりたいこと好きなこと、ワクワクすることで生きていく
「絶対に無理やろ!」と思ったあなた、いつか見返します!