魅惑のアイスクリーム
二人が帰ってくると聞いて、なんだかんだで気分が上がっているアルベル。
今日のお仕事――といっても事務的な執務ですけれど、それも終わり一息つきました。
念のためジュリアスが目を通し、確認してくれます。
特に不備がなかったようで、にっこりと笑って「では休憩にしましょうか」と絨毯でコロコロしていたチャッピーを掴んでわたくしの方へ押しやった。
最初はハニーを狙っていたジュリアス。ですが手を伸ばした瞬間、口を不穏に半開きにして「あー」とぎざぎざの歯を見せつけていたハニー。そのせいか、ジュリアスはチャッピーに狙いが変わりました。
ハニーはわたくしには甘噛みなのに、ジュリアスには容赦してくれないのよね……。どうしてかしら? 仲良くなって欲しいけれど、道のりは遠い。
だからと言って、チャッピーを投げていい理由にはならない。チャッピーはぬいぐるみじゃなくってよ!
もっと優しく扱ってくださいまし。
「ねえ、ジュリアス。二人が帰ってくるとき、お迎えをしてはダメかしら?」
「ダメですよ。諦めが悪いですね。呼ばれなくても来るでしょうから、そうやきもきしないで大丈夫ですよ」
わたくしが少しむくれても「ダメと言ったらダメです」と念押しをされてしまったのです。
受け答えをしながらも、ジュリアスは整った書類を渡す部署ごとへ分類していく。
こういった仕事に明るい侍従を選んだ方がいいのでしょうけれど、信用できる人がいないのよね……わたくしの人脈のなさが恨めしい。
ジュリアスがサクサクこなしてくれているから今のところ問題はないけれど、公爵令息にやらせる仕事ではないですわ。
わたくしの人脈は壊滅的。ラティッチェで完結したヒキニート箱入り娘です。
それでもと探そうとしたけど、ジュリアスの笑顔の圧に負けました。五回ほど。
「メギル風邪への薬は出来ましたし、なにかしらヴァニア卿にお礼をしようと思うのだけれど何がいいかしら?」
「下手な事言わない方がいいですよ。ご自分が稀少な魔法属性持ちだということをお忘れなく」
そういえば、彼がわたくしの主治医を引き受けたのはレア属性だからというのが大きい。
わたくしの知る限り、現存する王族の中でも結界魔法を使用できるのはラウゼス陛下とわたくしのみ。
魔法マニアにはたまらない被検体なのです……自分で言っていて、改めて考えるとちょっと複雑。
うん、ジュリアスのアドバイス通り下手なことしないでおきましょう。
「そうですわね……ヴァニア卿は髪が長いので髪留めなどは?」
そうだと手を合わせてアイディアを出してみると、一瞬だけひんやりとした空気を纏うジュリアス。
気のせい? と首を傾げると、嫌に圧が強く満面の笑みのジュリアスが手に鋏を持つ。
「分かりました、今すぐヴァニア卿を角刈りにしてきます」
「何故ですの!?」
「では剃髪させてきます」
結ぶどころではありませんわ。剃髪って、出家する人のすることではありませんか?
丸刈りのスキンヘッドにでもなさるつもり!? そのカミソリはどこから!?
ジュリアスの反応から見て、髪飾りは論外なのですわね……。
ようやく止まったジュリアスですが、まだちょっと硬い顔ですわ。
「姫様。いくらヴァニア卿とはいえ、年齢の近い異性に贈り物、特に身に付ける者はお止めになった方がいいかと」
「では、ローズ商会のお菓子の詰め合わせが無難でしょうか?」
あの方、頭脳労働が多いせいか、甘いものが大好きなようなの。
わたくしのところに往診すると、出されたお茶菓子をペロリと平らげていますもの。少し時間があった時など、ケーキスタンド三つ分があの細い体に吸い込まれていくのは圧巻でしたわ。
これはOKのようで、ジュリアスも怖い顔ではない。頷いて、提案する。
「そうですね。ああ、ちょうどアイスクリームの新フレーバーが完成しましたしそれでもいいでしょうね」
そういえばちょっと前にジュリアスが欲しそうにしていて譲りましたわね。
既に商品化ですか……流石ジュリアス。仕事が早い。そういえば、一時期、ティータイムのたびにアイスが出てきましたわ。
別にわたくしの味覚にそこまでこだわらなくてもいいと思うのですが、みなさんそこは一切ブレなく必ずわたくしを通すのですよね。
「それは良いですわね。食べやすいように、一食分ずつシュー皮やモナカやマカロンで挟むか、包んだものを用意して差し上げて」
それなら、一気に食べ過ぎないでしょう。手で持つことができれば、スプーンや器が無くても済みますし。
シェアするにも楽しいですし、色々なフレーバーの組み合わせを楽しむのも乙ですわね。
暑い季節はアイスティーやアイスコーヒーや炭酸水、フルーツジュースに入れてフロートも、いいですわね。見た目も楽しくて美味しいですわ。
この国は紅茶の方が人気ですが、この飲み方ならコーヒーに人気が出そうです。
なーんて安易にお願いしたら、にっこりしたジュリアス。
「成程、アイス単品だけではなくそういった食べられる包装は妙案です。そうなるとインイートに拘らず、土産以外の店頭販売もしやすいですね」
既にシュー皮やモナカなどの食べられる包装は既に作成基盤がローズ商会にある。
シューやモナカの皮は薄味なので、そうそうアイスの味を邪魔しないだろう。
前世でもそういったシューアイスやアイスモナカといった冷菓は、よくあるものでした。
わたくしはバニラモナカに板チョコが入ったのが好きでしたわ。
「ジュリアス? またお仕事を増やすつもりなの? ちゃんとジュリアスも休まなきゃダメよ?」
「ご安心を。ちゃんと自分の為の仕事ですから。ラティッチェが喪に服している今、パトリシア義姉様がかわりに発信源になってくださっているんです」
「伯母様が?」
「ええ、フォルトゥナの女主人でありますし、次期公爵夫人ですから影響力は大きい人です。ああ、ご安心をラティッチェの利権に影を差すようなことはしていません」
まともな王族、ラウゼス陛下。アルベルとの相性もばっちり。なので、ジュリアスはあまりいい気がしなくても噛みつくのを抑えています。
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刻み更新ですで申し訳ない!