一見、熱力学に反するような、温度差不要の熱で発電する技術が続々と登場している。環境との温度差がゼロの室温で発電する素子も複数ある。多くは、理論よりも先に、発電する素子がでてきた。素子の出力はまだ低いが、潜在的には太陽電池を超える可能性がある。熱はどこにでもあるだけに実用化されれば社会的インパクトは非常に大きい。
「それって永久機関†じゃないの?とよく聞かれる」─。温度差なしの熱で発電する素子(熱発電素子)を発表した研究者が口をそろえていう言葉だ。こうした質問を受けるのはある意味やむを得ない。温度差なしの熱発電、特に室温での発電は一見、永久機関に見えるからだ。そして、研究者も永久機関の存在を否定する熱力学第2法則†との関係を完全に説明できているわけではない。これら温度差なしの熱発電技術は、従来の熱力学の想定を一部超えていると思われる部分があり、理論的に肯定も否定もできないグレーゾーンになっている。確かなのは、温度差によらない熱で発電している素子が既にある、という事実である注1)。
これらの新技術が実用化されれば、その社会的インパクトは非常に大きい。日本や世界のエネルギー問題を解決する可能性さえある。
「冷源」がないと使えない
これまでも熱で発電する技術はあった。熱電変換素子ともいわれる半導体技術だ(図1)。具体的には、n型とp型の半導体を並べてそこに温度差を与えると、半導体中のキャリアが熱で拡散され、それが基で起電力が生まれるという技術で、熱力学上の疑念はまったくない。最近はエネルギー変換効率が10%を超えている研究開発の例も出てきている。
ところが、熱電変換素子が発電に使われている例は非常に少ない。変換効率以前の問題があるからだ。理由は、使える状況自体が極めて限られていることにある。
熱電変換素子に適した熱源は人間の体温から、太陽光、工場のボイラーまで容易に見つけられる。ところが、温度差を維持するための「冷源」がなかなか見つからない。
熱電変換素子は高温側の熱、正確には分子の振動(フォノン)のエネルギーを電子やホールで低温側に輸送する技術だが、フォノン自体も低温側に伝播してしまう。高性能の熱電変換素子は、電子などのキャリアの伝導率は高い一方で、フォノンの伝導率は低い。それでもフォノンの伝導をほぼゼロにすることは難しい。この結果として、冷源がない限り、低温側の電極もすぐに温まって温度差がほとんど失われる。
冷源がない場合、低温側の温度維持は輻射、またはグラファイトなど熱伝導率が非常に高い材料、あるいは自然空冷などに頼ることになる。ところが、熱電変換素子は多くが数mm厚。もっと薄い素子もある。これらのパッシブな冷却では高温側から来る熱を効率よく逃がすのは困難だ。仮に高温側が100℃だったとして、わずか数mm先の低温側で99℃を維持するのも容易ではない。低温側の温度維持に電力(ポンプを使っている水道を含む)を使ってしまうと発電どころか、システム全体としては電力を消費してしまい本末転倒だ。この状況は熱源が50℃であっても、500℃であってもほぼ変わらない。
腕時計や惑星探査衛星など、極めて低電力で動作する機器、あるいは熱源のすぐ近くに川のような冷源がある特殊な状況を除くと、熱電変換素子の活躍の場はほとんどないのだ。