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おかしな転生 作者:古流 望

第30章 暗闘のフィナンシェ

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326話 出立

 青下月に入り、王子殿下による初の外遊が行われる。

 帰還までは二カ月ほど掛かる見込みだが、その間の護衛には国軍たる中央軍の第一大隊が当たることになっていた。


 「ペイストリー殿、宜しくお願いします」

 「どこまでスクヮーレ=カドレチェク卿を御支え出来るか分かりませんが、微力を尽くします」


 王城の中にある練兵場に呼び出されたペイスは、呼び出した相手である第一大隊長に挨拶する。勿論、呼びだした方も失礼が有ってはならないと同じく挨拶を欠かさない。

 お互いに敬礼するペイスとスクヮーレ。

 次代を代表する二人が揃った。

 今日は、使節派遣に伴う外征について、最後の打ち合わせである。問題が無いようならばこのまま出立となる為、ペイスには十人弱の人員が随伴していた。うち五名は学生。一人が教官であり、残りはモルテールン家の家人。料理人も交じっているのはご愛敬である。


 しばらくの間、書面を見つつ言葉を交わすペイスとスクヮーレであるが、説明も終わったところでスクヮーレが追加を出してきた。


 「今回の外征について、改めてお含みおき頂きたいことが何点か」

 「はい」


 勿論、当日の寸前まで、或いは出発してからも、何が有るか分からない。

 そもそも、突発的な事態に柔軟に対処できるよう、ペイスが補佐に回っているという面もある。

 特に驚くことなく続きを促すペイス。


 「一点目は、王子殿下の傍に何人か……その……高貴な方々が侍ることになりました」

 「足手まといが増えたのですね」

 「そのような見方が出来ることは否定しません」


 今回の使節派遣について、余計な茶々を入れたり、口を挟んできたり、手を出してきた人間は多い。

 ペイスとて、見方を変えればモルテールン家の利益の為に足手まといを増やしている。

 更にはスクヮーレとて、自分の世話役として何人か同行させているし、そもそもペイスが補佐として付くこと自体、人事権を少々強権気味に使ってねじ込んでいるのだ。

 ならば王子の傍に居る取り巻きたちが、自分たちの利益の為に幾人か人員を増やしたとしても批判は難しいだろう。

 立場故にペイス程に直接的な物言いが出来ないスクヮーレは言葉を濁したが、意図は明らかだ。

 護衛として同行する立場のペイス達。護衛対象を勝手に増やされてはいい気はしないだろうというスクヮーレの気遣いでこうして説明している。

 対し、世の中の理不尽や、迷惑なクレーマーへの対処にも経験があるペイスとしては、その程度の我がままは笑顔で受け流せる。

 簡単に頷いて、それで終わりだ。


 「次に、諸外国の動静」

 「何かありましたか?」

 「我々が当初想定していた以上に、大規模な動員となっているようです。派遣される戦力も、いささか見込みよりも多く……」


 カドレチェク家は、嫡子の晴れ舞台ということもあって相当入念に諜報活動・情報収集活動を行ったらしい。

 その結果として、外務貴族が事前に得ていた情報よりも、遥かに大規模な動員が各国で起きていることが分かったのだ。


 「我々の動きが原因ですかね?」

 「その可能性が高いと思われます。我が国が王子殿下を使節として、大隊規模で動員したことに触発されたものと思われます」


 神王国は、四方を仮想敵国に囲まれた国。かつてはそのどれとも戦っている。

 神王国の立場としてならば、仮想敵国に第一王子を送り込むと決めた時点で、半端な戦力では護衛に足りないと判断した。当然だ、王子に万が一のことが有っては国が動揺し、戦乱を呼ぶきっかけにもなるのだから。

 護衛を一個大隊としたのも、神王国からすれば必要最低限であり、本音を言えばもっと増やしたかった。軍事単位として最低限の軍事行動の出来るのが大隊だ。これ以下はあり得ないというのが軍人の言い分である。

 だが、この動きを諸外国の立場から見ればどうか。一軍を率いて乗り込んでくる大国。一歩間違えば、そのまま侵攻軍に化けかねない、とみる。

 対抗できるだけの戦力を用意しておかねば不安が有るのは、どの国も同じなのだ。疑心暗鬼が軍拡を呼ぶ。政治の、負の側面である。


 「“いざ”という時に、敵の戦力が増えているかも、ということですか」

 「勿論、そのようなことは無いとは思いますが」

 「悪い方向へ物事が進んだ時に備えるのが我々ですからね。警戒しておくのは正しいと思います」


 今回の目的はあくまで祝賀。つまりは親善使節である。

 スクヮーレとしても護衛以外のことは想定していないのだが、他の国がどう出るかまでは分からない。

 注意しておいて欲しいと気を遣うのは、指揮を預かる者としては正しい慎重さだろう。


 「そして……」


 ペイスは、おやと首を傾げた。大隊長の言葉が止まったからだ。

 記憶力には定評のある士官学校首席卒業者が、まさか言うべきことを忘れたということもあるまいと、次の言葉をじっと待つ補佐役(ペイス)

 スクヮーレが言い淀んでいたのは、何も次の言葉が出てこなかったからではない。

 言うべき内容が、状況によって変化してしまったからだ。


 その原因は、ペイスの後ろから声を掛ける。普段なら練兵場で見かけることなど無い人物。


 「やあ、ペイストリー=モルテールン卿。久しいね。私の生誕の祝いに来て貰って以来だろうか」

 「殿下」


 王子殿下であった。

 彼が来たのが見えたからこそ、スクヮーレは口を噤んだのだ。

 今いる場所は練兵場。屋外であり、人の目もある。

 ペイスは子爵の子であり、公式には男爵位相当として扱われる立場。軽率に王子に話しかけられる身分ではない。

 敬礼をしたまま、姿勢を正すペイス。


 そんなペイスを観察するように見る王子殿下。無言の時間に堪えられなかったスクヮーレは、王子殿下に声を掛けて何やら話す。


 「王子殿下がペイストリー殿と話がしたいと」

 「……光栄なことです」


 スクヮーレが間に立ったことで、王子殿下とペイスが会話できる環境が整った。

 整ってしまった。

 稀代の天才魔法使いと、この国の将来の王が何を話すのか。

 スクヮーレなどは、気が気ではなかった。


 「それで、今回の護衛には君も付いてくれるのかい?」

 「はい。この身に代えましても殿下をお守りいたします」


 敬礼したまま、下問に対して直答するペイス。

 内容は実に殊勝なものだが、ここで下手な受け答えをするようなペイスではない。実にそつのない対応だ。


 「卿の武勇は聞き及んでいるよ。スクヮーレも、卿が居てくれれば心強いと言っていた」

 「過分な評価を賜り光栄に存じます」


 王子殿下は、ペイスのことを調べていた。

 勿論、今回の護衛について第一大隊に同行するという話を聞いたからというのもあるが、それ以前から何かと噂の絶えないペイスについて、調べを進めていたのだ。

 つい最近の話であれば、伝説とされていた大龍を倒した話もある。

 まさに一騎当千。いや、当万にもあたるだろう。

 一軍にも匹敵すると謳われたカセロールの息子。一個小隊に比するのが父親ならば、その息子は一個大隊に比するという評価さえある、新世代の中核だ。

 武勇を頼もしく思うという言葉は、王子の本心だった。


 「ところで、以前から卿に聞きたいことが有ったんだ」

 「何なりと」

 「……うちの妹、要らないかい?」

 「……は?」


 少し笑った王子だったが、目だけは本気である。少なくともスクヮーレやペイスにはそう見えた。

 いきなり何を言い出すのかと驚きもするが、言っていることはシンプル。

 内容が分からない人間など居ない。


 「卿がその気なら、いつでも声を掛けてもらいたい。私たちは友達だからね。遠慮は要らないよ?」


 いつから友達になったのかといえば、今この瞬間からだ。

 王子殿下が友達といった以上、友達なのだ。

 どうやら、王子はペイスを殊の外高く評価しているらしい。それこそ、自分の義弟にしてでも、と思うほどに。

 この世界では、或いは少なくとも神王国では、一夫多妻が認められている。ペイスの妻はリコリスであるが、妻が一人だけという貴族の方が相当に希少(レア)である。

 ならば、二人目の妻を、という話は貴族としてはおかしな話では無い。

 ペイスの価値観からは忌避感が出るだけである。


 「お言葉に感謝いたします」

 「私の父と、君の父君は、親交を持った友人同士だ。私たちもそうありたいと思っている」

 「はっ」

 「今回の護衛、二人が居れば何の憂いも無い。私は、海外旅行を楽しむことにするよ」


 あははと気楽に笑った王子。

 短い邂逅の間に、ペイスとしても大いに感情を揺さぶられたが、王子がただのお飾りで無いことだけは十分に伝わってきた。

 何がしか、使節についても企んでることがありそうである。

 実に頼もしい限りだ。

 ペイスは、護衛するに不足なしと不敵に笑う。


 そして、王子殿下が来たということは、即ち出発の準備が整ったということだ。

 ペイス達は、王子殿下御一行と共に練兵場の中ほどに進む。

 そこには、精強なる第一大隊の面々と、使節団が揃っていた。


 「総員、傾注」


 第一大隊の隊長スクヮーレが、居並ぶ面々に声を張り上げる。


 「殿下よりお言葉を賜る!!」


 スクヮーレの言葉を受け、王子が皆の前に進み出た。

 勿論、傍には護衛が侍っていて、スクヮーレやペイスは王子側で守りに目を光らせる立場だ。


 「皆、私の為にありがとう」


 王子の声は、不思議と良く響いた。


 「これから行く先は、皆も知っての通り、遠い遠い、外国になる。神王国の王子だと威張ってみたところで、どこまで重んじてくれるか不安があるというのが、正直なところだ」


 海外での貴人の扱いは、多分に滞在国の事情に左右される。

 神王国で最上位の王族であろうと、相手方の都合次第では特別扱いしない平民扱い、などと言うケースもあり得るのだ。

 勿論、そんな対応をされて神王国として黙っているかどうかは別だが、待遇について神王国側から何かできるわけでは無い。

 だからこその護衛でもあるのだが。


 「しかし、私は決して悲観していない。今回の使節という大役は、必ず果たせると信じる。そして確信している」


 騎士たちをゆっくりと見回す王子。


 「何故ならば、私には皆が居るからだ」


 ばっと両手を広げ、騎士たちに信頼を見せる。

 そしてそのまま右手だけを上げた姿勢で、横に居た護衛指揮官たちの方に向く。


 「見てくれ」


 王子の言葉に、集まった面々の視線が、王子のすぐ傍に居た人物達に向けられた。

 スクヮーレやペイスもその中に居る。


 「既に歴戦を謳われる、若き英雄、スクヮーレ=カドレチェク隊長。そして、救国の英雄の息子にして、あの龍殺しペイストリー=モルテールン卿。中央軍にその人ありと謳われた智謀の名参謀エーベルト=ヴェツェン卿。更にはこうして集まった、我が国の誇る精鋭たち」


 スクヮーレは、既に初陣を含めて幾度か戦いの場に出向き、武勲をあげている。まだ若いことを思えば、今後も武勲を重ねて経験を積み、実力を高めていくであろうことは疑いようもない。

 更には傍でペイスが補佐する。神王国どころか南大陸全土を見渡しても、ペイス以上に華々しい功績を挙げた人間はそうそう居まい。

 ひとしきり護衛指揮官たちへの信頼を口にした後、改めて騎士たちに向き直る王子殿下。


 「皆の力を、私は頼りにしている。諸君らが居てくれれば、私は何憂うことなく職務に邁進できる。私の傍には、外務の専門家も大勢居るのだ。絶対に成功する。その為の準備は既に終えた」


 王子は、腰の剣に手を掛ける。鞘から放たれた銀の煌めきが、皆の目を集める。


 「故に、ルニキス=オーラングッフェ=ハズブノワ=ミル=プラウリッヒが命じる。必ず、無事に帰れ。ここに居る全員が、使命を果たして無事に帰還することを、私は何よりも望んでいる」


 高々と掲げられた剣が、陽光を受けてキラリと光る。

 そのままスッと中空を指した。

 王子は、大きく、短く、それでいてはっきりと聞こえる言葉で命令を下す。


 「出立せよ」


 王子の命令一下、全員が足並みを揃えて動き出すのだった。


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