325話 ペイスの冗談と赤面の幼馴染
足を肩幅より広く広げ蟹股気味に腰を落とし、背筋を伸ばしつつも上半身はやや左に傾けつつ、右手は伸ばしたまま斜め上にピンと伸ばし、左手は肘から先を九十度に曲げて右手と平行にする。顔は伸ばした右手の先を見つめる。
仮面のヒーローにでも変身しそうなポーズ。
こんな格好を左右対称でやらかしているのが二人。
伸脚のように片足だけ伸ばしつつ、もう片方の足は屈ませた低い姿勢のまま、奇妙奇天烈なねじ曲がった上半身を作ってどや顔をしているのが二人。
大阪の繁華街でネオンに輝いていそうな、お菓子メーカーの看板になりそうな格好のまま真顔で居る奴が一人。
そして、中心で堂々と腕を組み、決め顔と思しき変顔をしている奴が一人。
誰一人取っても、まともな恰好の奴が居ない。
「えっと、
「え? 見てませんでしたか? じゃあもう一回決めるんで」
ペイスが声を掛けたことで姿勢を崩していた変人六人組。
「我等、ルミニート親衛隊!!」
アホである。
誰が見ても変人の集まりであり、馬鹿と阿呆と間抜けと幼稚さを足しっぱなしにすればこういう人間が出来上がるかもしれないと、ペイスは呆れた。
「はあ、そのルミニート親衛隊の諸君が、何用で?」
「実は、我らが女神ルミニートさんが、モルテールン教官に付き添って王子様の使節に同行することになったと聞きました」
「ええ、耳が早いですね」
耳が早いというよりも、校長がルミニートを呼びに行ったあたりである程度の事情説明を校長がしていたのを聞いたらしい。
その場に何故か聞き耳を立てていた彼らが居て、こうして追っかけてきたという。
「あ~……よく事情が分かりませんが、貴方達の希望は分かりました。前向きに検討するので、ここは一旦解散するように」
「よろしくお願いします!!」
妙ちくりんなポーズを決めていたとは思えないほど綺麗に揃った見事な敬礼を見せ、去っていく集団。
見送る側としては、気まずい雰囲気しかない。
「ルミもマルクも、学生生活を満喫しているようで何よりですね」
あえて、微妙な雰囲気を壊そうとしたのだろう。
ペイスの言葉には、まずルミが落ち込んだ。
「で、あれは何なんですか?」
当人たちが変人の集まりというなら、直接聞いてもまともな答えが返ってきそうにない。ルミは顔を手で覆ってうずくまっている。
そこで、ペイスは傍に居たマルクや他の学生に話を聞いてみることにした。
「一言でいえば、ルミちゃんの追っかけですよ」
「迷惑だって言っても聞かねえんだよ」
「ファンクラブですか。ルミも美人ですから、仕方ありませんね」
ルミも、すらりとした美人に成長した。
かつてはつまみ食いをしては怒られ、木登りしていて枝を盛大に折りまくっては怒られ、大人たちに石を投げては怒られ、畑仕事をサボっては怒られと、散々な幼少期であった。
だが、そんな幼い頃を知らない人間からすれば、一見すれば元気で明るい、ボーイッシュな美人である。
元より、思春期真っただ中の年頃が集まる寄宿士官学校。それも、女生徒が毎年片手で数えられる程度しか入学しないとなれば、阿呆な連中が騒ぎ立てるのも理解は出来る、とペイスは頷く。
「元々は、ああいうのじゃなかったんだ……ですよ。教導」
「マルク、口調を崩していいですよ。許可します」
「お、サンキュ。そうそう、前は、もっと大人しい集団だったって話なんだよ」
「ふむ」
つい、親し気な幼馴染の関係性が出てきそうになるのだが、そこは厳しく躾けられたマルク。ペイスが許可を出すまで、上下の立場は弁える。
尤も、許可が出るや否や口調を崩すあたりにまだまだ敬語に慣れきっていない、昔からの癖が残っているようだが。
「最初は、あいつらがルミを口説こうとしてきてよ」
「ふむ、青春ですね」
「ルミは相手にしてなかったし、俺や、そこのリンやシリルが追い払ってたんだ」
「ほう、貴女方はルミの友達でしたか」
どうやら、今回の同行者はルミやマルクの関係性を軸に決められているらしいと、ペイスは気づいた。
ルミとマルクは、言うまでもなくモルテールン派閥にどっぷり漬かっている。他の家が引き抜くとしても、相当な難易度であろう。
故にこそ、ここでモルテールン家に恩を売り、モルテールンの利益になるとしつつも、幾人かの人間に濃密な経験を積ませることで自分の利益にしようと考えたのだろう。主に校長辺りが。
モルテールン家に、或いはペイスに断られれば元も子もないので、ルミとマルクが勉学の一環として同行することは最初から決まっていたとみる。
そんなルミと、友人という女性が二人。
これは、かなり配慮を見せているということなのだろう。
「ええ。それで、あいつらも段々と徒党を組むようになってね」
「一人だけなら、俺たちの誰でも追い払えるからな」
親衛隊を名乗る連中の話を続けるならば、最初は単独で何度となく玉砕をかましていた男たちが、一人ではどうあっても弱い立場に置かれると気付き、何人かで抜け駆け禁止協定を結んだうえで、対マルカルロ共同戦線を作ったのがきっかけだという。
流石にマルクとしても、何人もが集団で押しかければ、気おされる場面も出てくるというもの。
「あの奇抜なポーズは何です?」
「ありゃ、ルミが悪い」
「違えって、あれは何かの間違いだったんだって」
何とか気持ちを持ち直したルミニートが、盛んに無罪を主張する。
「一度、あいつらが揃って訓練してるところに、ルミも一緒になったことがあってよ」
「ふむ」
「一人が調子こいて決め顔で声かけたんだって。そしたらルミが滅茶苦茶笑ったって話でよ」
「あれはいきなりやられりゃ笑うだろ!!」
学生であるからには、訓練場で他の教官に教わる人間と鉢合わせることはある。特に朝方の持久走を早朝訓練として取り入れている教官は多く、毎朝似たような顔ぶれと一緒に走ることは珍しくない。
ルミも、担当教官に言われて訓練場で訓練をすることが有るのだが、その折にさっきの親衛隊の真ん中に居た奴と組まされたという。
その時、滅多にない機会だからと張り切った馬鹿が、当人は格好いいと思っているであろう決め顔でアプローチしたらしいのだ。
普通であれば、気持ち悪い変顔をしてくるような奴は相手にしないのだろうが、悲しいかな、変人についてはルミは強い耐性があった。
変人耐性が誰によって齎されたかは言うまでもないが、突拍子も無いことをする男というものに忌避感を持っていなかったルミは、その決め顔で大うけしてしまったのだ。
以来、ことあるごとにルミを喜ばせようと、妙ちくりんなポーズを練習しているという。
青春の暴走とは、かくも恐ろしい。
「事情は理解しました。親衛隊を名乗る彼らは、ルミの味方になるわけですね」
「……一応は」
親衛隊を敵味方で区分するとしたら、間違いなく味方である。
味方とカウントして足を引っ張りそうな奇人変人の集まりであったとしても、好意的な姿勢は変わらない。
「あいつら、盗み聞きでもしてたんだろうな」
「そうかもしれません。今回の使節派遣は、遊びでは無いのですが……」
「だよな」
マルクは、ペイスの言葉に頷く。
どう考えても、あいつらを連れていくわけは無いという頷きだった。
「ま、全員連れて行きますけどね」
「何でだよ!!」
しかし、ペイスは文字通り“前向き”に検討してみた。
「理由は三つ」
指を三本立てるペイス。
「一つは、人手。現地で動かせる者は多ければ多いほどいい。モルテールン家と無関係なところで言うことを聞いてくれそうな手駒など、連れて行かない理由がない」
今回ペイスが向かう先は、外国である。
モルテールン領内であればモルテールン家が法律であるし、神王国領内であれば色々と強い立場にも立てるのがペイスだ。
しかし、外国ではそうはいかない。モルテールン家ともなれば、外国人には、とりわけヴォルトゥザラ王国人には嫌われている。モルテールン家の勇名が、逆に作用することもあり得るのだ。
幾ら変態揃いであろうとも、間違いなく味方とカウント出来る手駒は、多いほどいい。今回は王子の安全確保という最優先事項があり、その為に多くの人的資源や物的資源が割かれる。神王国から行く人間の大半は、王子を頂点とするピラミッド型の指揮系統に属するということ。
モルテールン家の勝手に動かせる人間を抱えておくことは、必ず役に立つとペイスは考えた。
「二つ目は、士官学校にとってプラスになること。ひいては校長への貸しになりますし、親衛隊とやらの親御さんにも伝手が出来ます」
そして、政治的なメリット。
今回の外征にさいし、学生を同行させたいという校長の狙いは、使節として堂々と外国に出向くことで多くの利益を得られるというもの。経験、人脈、情報、何なら商談もあり得るだろう。
この利益に絡めるようにペイスが骨を折る。モルテールン家としては相手方への“菓子”、もとい“貸し”になる。
一人も十人も、どうせ手間は大して変わらないのだ。ならば、売れる恩は多くて困ることは無い。
「三つめは、ルミ自身の身の安全です。ルミは女性であり、一通りの武芸を学んだ上に兵を指揮できる貴重な人材。恨みを沢山買っていて、しかも母様やリコリスといった女性の居る当家で、着替えやトイレにも付きっ切りで同行できる同性の従士は必須です。ルミとマルクならば、ルミの方を優先して守る必要があるのです」
そして最後に、ルミニート自身の安全保障に役立つという点。
女性の貴人を守る上で、武芸を嗜む女性従士というのはとても役に立つ。プライベートなエリアにも傍で侍ることが出来るのだから当然だ。
ましてやルミは、モルテールンの生え抜き。忠誠心という意味でも十二分に価値がある。
外征先には、祝いを述べに行くのだ。悪名も高いモルテールン家のペイスは、社交の場には必ず呼ばれることになる。そうなれば、自分の身を自分で守れる女性を連れて行けるのは大きい。妻であるリコリスを恨みを大量に買っているであろう仮想敵国のど真ん中に連れていくわけにはいかないが、ルミならば自衛手段を持っているため連れ回すのに不自由はないのだ。
マルクの役目は、ペイスやルミを守ることになるだろう。
であるならば、ルミを守る盾は何枚あっても良い。
「申し訳ないですが、メリットが多い提案。受け入れるのが得と、モルテールン家当主代行として、また第一大隊長補佐として判断しました。良いですね」
「はい」
ペイスがはっきりと断言した以上、これは決定事項。
それは、軍人として頷くしかないとは分かっているのだが、やはりもやもやとしたものが心に残るマルク。
若干、不満そうな顔をしている。
「にしても、親衛隊ですか……」
「なあ、どうにかならねえかな?」
親衛隊を連れていく。それが仕方ないにしても、もう少し“まとも”な対策をした上で連れて行って欲しい。
そうマルクは懇願する。
この内心が何処にあるのか。見る人が見れば、明らかに“恋人に虫が寄ってくる心配”でしかないのだが、マルクは必至で気づいていない。
「簡単な解決方法が一つ、有りますよ?」
「何だよ!!」
そんなマルクを様子を、ポーカーフェイスで観察していたペイス。
マルクを安心させるに、良い方法が有ると言い出した。
「ルミとマルクが、婚約することです」
勿論冗談ですけど、と笑うペイス。
ルミとマルク。二人の顔が、真っ赤に染まった。
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