324話 親衛隊?参上
「まさか二人が選ばれるとは」
「はい、光栄なことです!!」
ペイスは、自分の教官室で幼馴染二人と相対する。
「それと、他の三人はこうして話すのは初めてですか?」
「はっ」
そして、幼馴染の他にも、三人。
全員が学生であることは明らかだが、ペイスとしては初めて見る面々である。
学生である以上、学内でもしかしたら顔を合わせているのかもしれないが、担当を持たない教導役としては、一人一人の学生の顔を覚えているわけではない為初対面も同じだ。
「自己紹介をお願いできますか?」
ペイスの言葉に、三人がお互いに顔を見合わせる。
そして、一番の年長者と思われる女性が最初に敬礼した。
「自分はエシライルー=ミル=カーディン訓練生であります。ニューメラック教官に教えて頂いております」
「ふむ、得意な分野は?」
「後方部門について、よくお褒め頂いております」
「なるほど、なるほど」
ペイスはエシライルーという名に聞き覚えがあった。
マルクやルミが入学した当時の、入学席次で上位者だったからだ。
確か、実家は豊かな宿場町を領地に持つそこそこ裕福な家であったはず。ペイスが思い出したのはそんなところだ。
実家が流通や物流について詳しい家柄だとするならば、後方の支援について知見があることも頷ける。
これは、いずれモルテールン家に引き抜くべき人材だ。
「同じくリンバース=ミル=トーリー訓練生であります。アーサー教官に師事しております」
「得意分野は?」
「剣に自信があります」
「結構。トーリー家といえば、近衛に同じ家の人間が居ませんか?」
「はい。父が近衛に居ります」
「なるほど、そうでしたか。トーリー騎士の娘さん。道理で剣に自信が有ると……分かりました」
二人目の自己紹介も、女性だった。
黒髪美人。顔立ちを見れば、ペイスが知る近衛騎士の一人とよく似ていた。
息子ならばいざ知らず、娘が父の背中を追って軍人を目指すというのなら、さぞや鼻の高いことだろう。
彼女が自分で剣に自信があると言う通り、立ち居振る舞いはしっかりとしていて、ペイスから見てもそれなりの腕前の様に見えた。
これは、いずれモルテールン家に引き抜くべき人材だ。
「シン=ミル=クルム候補生」
最後の一人は、美少年であった。
全員を顔で選んでいるのではないかと疑いたくなるような顔面偏差値ではあるが、それでも彼はひと際目を惹く容姿をしている。
“青銀の髪”に透き通るような肌。
ペイスと並べば、兄弟にも見える雰囲気があった。
言葉少なく敬礼する青年に、ペイスは問いかける。
「得意分野は?」
「全部」
「全部?」
「他の奴らは温い。比べるなら、全部俺が上だろう」
「なるほどなるほど、自信のほどは分かりました」
相当な自信家であることは伺える。
勿論、校長が貴重な機会を与えようとする人材だ。能力はきっと高いのだろう。
元より寄宿士官学校はエリートが集まる学校。この手の“高慢さ”を持った生徒は、毎年毎年必ず一定数居る。
能力さえ高いなら、鼻っ柱の高さはへし折ってやればいい。ペイスの得意分野だ。礼儀のなっていない部分も、教えれば良いのだ。教育次第で、優秀な人材に育つはずである。
これは、いずれモルテールン家に引き抜くべき人材だ。
そして、改めてルミとマルクも自己紹介する。
二人に関してはペイスも良く知っているわけで、今更だ。
特筆すべき点があるとするなら、礼儀作法について重点的に教えられたであろう形跡が伺えること。ペイスに対してであってもぞんざいな態度を取らない。
「よろしい、相当厳しく教えられているようですね」
「はい」
幼馴染に成長が見られたことを喜ばしく思いながら、一同を見渡すペイス。
じっとしていても、姿勢にブレが無い。全員とも、綺麗に背筋が伸びたまま敬礼している。
「大変結構。ルミニート訓練生とマルカルロ訓練生は僕のことは良く知っているでしょうが、他のメンバーは僕のことを知っていますか」
「はっ、モルテールン教官」
代表してなのか、一番の年長者であるカーディン訓練生が答えた。
勿論、彼女たちにとってもモルテールン教官といえば有名人である。
赴任早々学内の常識の多くをぶっ壊し、画期的な教育方法や教育内容を編み出し、落ちこぼれであった学生を拾い上げて全員を成績上位者で卒業させた実績は特に評判だ。
他の教官に知らない人間が居るとしても、ペイスのことを知らない学生が居たらモグリである。
「正しくは教導役ですよ。教官でも間違いでは無いので構いませんが、心に留め置いてください」
「はい」
教官は既に退き、教導役という立場に居るペイスは、カーディン訓練生の間違いをやんわりと訂正する。
「これから、同じく同行する教官にご挨拶に伺います。折角ですから皆も付いてきなさい」
「はい」
校長から内容を伺った限りでは、目の前に居る五人の学生を引率する教官が居るらしかった。
ペイスとしても、第一大隊補佐という真っ当な仕事が有る為、学生たちに対して細かく目配りすることは出来ない。
その言い訳を封じる為か。或いは学生引率を建前に利用したのか。ペイスの代わりに学生を指導する、教官が付けられる。
ペイスの部屋を出て、幾つかの扉を素通りしてからしばらく。目的の部屋の前にぞろぞろと移動した集団は、ノックの後に促されて部屋の中に入った。
「ホンドック教官」
中に居たのは壮年の男性。
体つきはがっしりとしていて、それでいて柔和な雰囲気が有る。
「おや、これはモルテールン教導ではありませんか。わざわざ足を運んでいただき恐縮ですな」
ペイスに対して歓迎の姿勢を見せたのは、キッシング=ミル=ホンドック教官。
専門分野は戦後処理と諜報。先祖代々の外務系貴族であり、学内においては校長の腰ぎんちゃくとまで揶揄される人物である。
ペイスなどは、彼が引率役に任命されたと聞いた時、今回の件は彼がヴォルトザラ王国での人脈を作る為に校長が仕組んだのではないかとさえ疑ったほど。校長の右腕とも言われる将来の学内派閥重鎮である。
立場としては教導役というペイスの方が上。慇懃に対応するホンドック教官に対し、ペイスも胡散臭いほどに満面の笑みで応えた。
「何をおっしゃいますか。ホンドック卿は教官としても同輩。人生ならば大先輩の教官の下に、若輩者が足を運ぶのは当然のことです」
「ははは、こそばゆいですな。どうぞこちらへ。後ろの学生諸君を見れば用件は大体察しがつきますが、皆も入りなさい」
「失礼します」
学生も促されたことで部屋の中ほどまで進み出る。
ペイスは教官室の椅子を勧められ、そのまま腰を落ち着けた。
「それで、今日はどのようなご用件で? 例の使節団への同行についてでしょうか」
「はい。教官が同行されると聞き、ご挨拶も兼ねて伺いました」
ホンドック教官とて優秀な教師である。事前に校長からの根回しも受けており、後ろに学生がずらりと並んでいれば用件も察しが付く。
「それはどうもご丁寧に。こちらこそご挨拶に伺うべきところ、生憎と学生の教練の予定を立てるのに手間取っておりまして」
「長期間外征なさるというのなら、それも当然のことかと。お気になさらず」
「そう言っていただければ気も晴れます」
長期外征については、ペイスが断る可能性もあったはずである。
にも拘らず既に準備を始めていたという話を聞き、ペイスとしては校長に対して思考を巡らせた。
元々今回の話は、隣の国で王子が産まれたお祝いである。
大国の慶事であることから、諸外国も一通り祝いの言葉を伝えるべきところ。何も無ければ不仲を疑われるので、最低限使節を送るべき。
本来であれば、大使級の人物一人が行けば事足りていたはずの内容。何故か諸外国がこぞって超大物を使節として送り込むという情報が齎された。
故に、神王国としても他所に負けない格のあるハイレベルな使節として王子を派遣することを決め、護衛に国軍第一大隊が就くことになったのだ。
ここに、跡取り息子の初の外征に対して万全のサポートを用意したいカドレチェク家が、最高の切り札としてペイスを補佐に就けるよう動く。
これに応える形でモルテールン家がペイスの派遣を決めた。
という流れになる。
どこを見ても、本来であれば寄宿士官学校の校長は絡む余地はない。
だがしかし、こうしてペイスは学生を引き連れていくことになった。
幼馴染が外国で見分を広めるという点にも大きな魅力を感じたからではあるが、ペイスがそう判断することを校長は見越していたことになる。
なるほど、伊達に外務貴族として第一線に居るわけでは無い。ペイスが喜びそうなことや、交渉材料になりそうな情報をしっかりと取捨選択している。
ペイスは、ホンドック教官との会話で学内の情勢まで察した。
「さて、モルテールン教導には今更でしょうが、今の校長は学生に対してバランスこそ重要であると説いておられます」
「そうですね」
しばらく話を聞き流していたら、何やら説明が始まっていた。
ペイスは、さも今まで神妙に聞いていたような顔で話を聞く。
「体を鍛えるにかまけて知識や経験を蔑ろにしては良い指揮官になれない。知識に偏重し、経験や鍛錬を疎かにしては良い軍人にはなれない。違いますか?」
「その通りかと」
体を鍛えることを重視するのは先々代の校長の方針。知識を重視するのは先代の校長の方針。
それぞれ、自分の想いや政治状況を見定めたうえで学生たちを導いていたはずである。
「とりわけ、身体を鍛えるだけでも、知識を詰め込むだけでも得られない、経験というものが厄介です。どう教えてよいものか。校長は、ずっと考えておられたらしい」
「なるほど」
「そこにきて、モルテールン教導が彼の大国に出向くという。これは、学生たちにも最上の経験をさせてやる絶好の機会ではないか、と相談を受けておりました」
「中々有ることではない機会なのは事実ですね」
神王国に並ぶ大国に、王家肝入りで、王子殿下を使節として派遣する最上位の使節団。
これに加わる機会など、外務貴族でもそうそうあるものではない。
ホンドック教官の言う通り、校長としては見過ごせない大きなチャンスだったのだろう。
「我々としても、モルテールン教導であれば何の不安も無い。学生を選抜し、優秀なものに更なる知見を、ということらしいです。憚りながら、私もその一員に加えて頂けることになりました」
「そうですか。僕としてもホンドック教官は素晴らしい実力をお持ちであると知悉しております。教官であればいざという時にも頼れます。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、宜しく願います」
一通り、お互いに挨拶と社交辞令の交換は終わった。
筋を通したことで、ひとまずの区切りはつく。
握手の後、細かい調整はホンドック教官が請け負うこととした上で、ペイス達は部屋から出た。
すると、幾人かの学生が待ち構えていたかのように声を掛けてくる。
「モルテールン教官!!」
数にして六人程だろうか。
皆、初々しい感じが有ることから、下級生と思われた。
「是非我々も、ヴォルトゥザラ王国にお連れ下さい」
「貴方方は?」
ペイスにしても、今年の新人などは名前も殆ど知らない。
顔には「よく聞いてくれた」とばかりに笑顔が浮かんでいる。
「我等、ルミニート親衛隊!!」
格好つけてポーズを決めた連中に対し、ルミとマルクは音速もかくやという速さで目を逸らすのだった。
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