2017年に刊行され大きな話題を呼んだ、はあちゅうさんの小説『通りすがりのあなた』。このたび文庫化し装いを新たにしましたが、それに合わせて、映画監督・岩井俊二さんがはあちゅうさんの「スタイル」の凄まじさを解説してくれました。
今はブログや最近ではnoteという配信サイトがあるが、昭和の昔は日記が主流であった。日記とは、こっそり一人で書くものであり、誰とも共有しない、家族にすら見られてはならない、自分だけの、自分に向けた秘密の告白みたいなものである。
交換日記というものもあった。これは、相手を設定し、二者間で日記を書きあうという、やはり守秘性の高い文書だった。その時代、自分について書くということは、非公開が大原則であった。今やそれはソーシャルネットワークの時代の中で、“承認欲求”というまるで異なる自意識に変容し、日記は価値を喪失したかのようである。
そこに書き込むということは、その先はいきなり世間である。待ち受けているのは見ず知らずの他人である。人と人の相互コミュニケーションにおいて、こんなデタラメはない。当然のように他人たちは、様々無責任極まりない意見を投稿してくる。時にそれは炎上し、あなたをフルボッコするのである。
僕は日記世代として、このSNSをかなり奇異な世界だと思って眺めてきた。所詮電源をオフれば存在しない世界なのだから、真に受けなくていいような距離感で付き合ってきた。その距離感でSNSを題材にいくつかの作品を作ってもきた。しかし、遂にこのSNS時代は、SNSによって育まれ、SNSによって心傷つけられ、トラウマを背負わされた、SNS生え抜き世代の作家を世に送り出すに至った。
その代表選手が、この小説の作者、はあちゅうさんだと僕は思う。
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