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おかしな転生 作者:古流 望

第30章 暗闘のフィナンシェ

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320話 アッカの王

 ヴォルトゥザラ王国の首都アッカ。

 城壁都市として知られるこの町は、ヴォルトゥザラ王国の王家であるマフムード家が、覇権を確立するに至った全てを見てきた町である。

 元々はオアシスの交易拠点として栄え、マフムード家が周辺の各部族を制圧していくに従い、比例するように大きくなっていった。

 それ故、この町の中心は平地にある。オアシスの水場は低い場所に存在するからだ。

 平地の中、周辺よりも少し低い場所に建てられた、巨大な城こそがマフムード家の、そしてヴォルトゥザラ王国の威信を示すものである。


 この白亜の宮殿の一室。

 だだっ広い、白いレンガ造りの部屋の中。

 国王パドモ=ジャンジャ=マフムードは部下から報告を聞いていた。


 「いよいよ迫りましたクリューレ=サファム王子の生誕の祝賀会につきましてご報告させていただきます」

 「うむ」


 クリューレ=サファム=マフムード。

 先日生まれたばかりの王子であり、側室の子である。

 マフムード家はその成り立ちからどの世代も側室を多く持ち、必然子沢山になりがち。

 産まれてくる子供それぞれを全て同じように祝うのは、幾らマフムード家が豊かであっても非現実的な話だ。多くの場合は、長男のみを盛大に祝い、後の子は身内で祝うというのが通例である。

 その点でいえば、第六王子となるクリューレを、国賓を招いてまで祝うのは盛大に過ぎるきらいがある。

 しかし、それは国内の政治事情も絡む。


 「サファムの連中、これで少しは大人しくなったか?」

 「左様ですな。以前に比べると落ち着いたようです」


 サファム伯爵家。

 国内でも対外融和派に属する貴族で、近年影響力を強めている家である。

 特に、神王国に対しては徹底した親和政策を訴えており、対神王国強硬派が落ち目になることと比例するように力を増していた。

 このサファム家が国内の影響力を強めるに従い、王は国内の力関係を調整するために側室を迎えたのが三年前。

 それまでは神王国強硬派のみが王家の側室として存在し、子供も儲けていた。将来の王になるかもしれない王子の後見であることは、表の政治でも強い。

 強硬派としては、後宮の権威を笠に着てサファム伯爵家を始めとする融和派の足を引っ張ってきたわけだが、政治事情としてそれを許さないところまでサファム伯爵家も力を付けたのだ。

 強硬派にも融和派にも、言い分も有れば理もある。筋の通った道理が、王に側室を出したかどうかで曲げられるなど、政治を歪めること甚だしい。

 社長の愛人が社内の人事を囁いて贔屓を始めると、まともな組織として機能しなくなるようなものだ。

 表の権力闘争にも露骨に影響してしまうのがこの国の後宮(ハレム)ではあるが、限度はあろう。

 故に、サファム伯爵家からも側室を取った。


 側室を迎えた三年前に比べて、サファム家はなお一層の力を付けている。ここで母方にサファム家の血を引く王子が産まれたというのは、権力闘争において切り札が一枚爆誕したようなもの。

 ことあるごとに後宮を持ち出されて辟易としていたサファム伯爵家としては、これでようやく強硬派の“王子カード”に対抗できるようになったということだ。

 落ち着く、というのはこれを指している。

 後宮の安定が表の政治を落ち着かせるというのも、この国の政治だ。


 「来賓について、目ぼしい者も出揃いました」

 「ふむ」


 王子の誕生を盛大に祝う。

 多分に国内事情が含まれているのだが、それはそれとして国威発揚に利用できるのは事実だ。

 末の王子の誕生祝い。長男でもなく、また上に兄が複数いて、国王の後を継ぐ可能性も低いとみられる王子の祝いである。本来ならば、ある程度格の落ちる使節を送っても不思議は無い。むしろ、そうするべき場面だ。

 幾らヴォルトゥザラ王国が大国とはいえ、“些細な”祝い事にまで御大層な使節を送っていれば、送った側の格が落ちる。媚びへつらっていると見られてしまうということだ。

 逆に言えば、第六王子であってもそれ相応の国賓を呼べたとすれば、ヴォルトゥザラ王国の権威の高さをアピールできることになる。


 「多少は、工作の効果もあったか?」

 「サファム伯爵家も張り切りましたからな」


 サファム伯爵家としては、自分たちと血の繋がった王子の祝いに、諸外国からこぞって国賓が集まる等と言うのはメリットでしかない。諸国でもある程度発言力のある人間が集まり、王子の祝いという同じ目的の為に尽くしてくれるのだから。

 何かあった時、今回祝ってくれた人間には縁を頼れるという点で実利もある。

 それ故、サファム伯爵家も今回の祝いについてはかなり積極的に動いた。


 「まず、アナンマナフ聖国から、枢機卿が来ます。教皇特使として来るということだそうです」

 「ほう、あの引き籠り国家からそれだけの人間を引っ張り出したか。さぞや値も張ったことだろう」

 「外交的に、切り札をきったという噂ですが」


 聖国は、南大陸においては最も古い歴史を持つ国である。歴史が長い国というのは、それだけ底力があるわけで、どの国からも一目置かれる国だ。

 無形の権威というのであれば、この国を外しては話が始まらない。

 聖国の枢機卿クラスを呼びつけるために、伯爵家の持つ切り札を切ったという話を聞き、王は驚いた。

 そもそも聖国の文化は、ヴォルトゥザラ王国以上に形式や見栄を重視する。幾らヴォルトゥザラ王国が大国と言えど、歴史の浅い国に対して“対等”の立場で使節を送ることは稀である。

 それが今回、教皇特使としてやって来るという。

 教皇特使とは、聖国の教皇から“全権委任大使”として派遣される最上の格を持つ使節である。

 教皇が直々に出向くような異常事態を除き、最上級の礼節を尽くしていることになるのだから、一伯爵家の要請に応えたにしては出来過ぎではないだろうか。


 「どんな切り札であったのか、気になる所だな」

 「それについては後日報告しますが、どうやら聖国の事情もあったようです」

 「向こうの事情?」

 「はい」


 部下が話すには、聖国としてもヴォルトゥザラ王国との関係改善を至急行わねばならない事情があったという。

 ここ数年、聖国は神王国の後塵を拝することが続いている。更に、聖国の最重要な国策である魔法政策についても、神王国に後れを取る事態があったらしい。部下も情報を精査中ではあるが、どうやら聖国としては絶対に見過ごせない“資源”が、神王国に独占されたらしいという話である。更には“奪還”しようとして失敗したとの情報もあった。

 聖国が神王国に対して優位性を持てる魔法技術について、一部とはいえ劣後する状況。聖国と神王国は宗教的には絶対に相容れない為、確実に将来の不安要素となる。

 聖国が神王国に対抗できるならば、強気の外交も良いだろう。しかし、対抗できなくなったなら、聖国は神王国にとって巨大な家畜に成り下がる。魔法先進国にして、歴史的な史料の宝庫の聖国。土地は肥沃、資源も豊富で領土も広く、交易に適した良港もある。さぞや旨味は多かろう。

 聖国が神王国の勢力伸張に対抗しようとするならば、同じく南大陸の大国としての地位を誇り、神王国とは度々争っているヴォルトゥザラ王国と協力体制を取ろうと模索するのは当然の判断だ。

 今回の王子祝賀。聖国がヴォルトゥザラ王国と関係を深め、上層部とコネを作るには持って来いである。

 教皇特使というのも、その辺の事情からくる本気度の現れなのだと、部下は推察した。教皇が直接外国に行くというのは有史以来一度も無いことなので、実質的には教皇特使が最も格の高い外交使節となる。


 「そしてサイリ王国から第二王子殿下が来られる」

 「ふむ」


 件の伯爵家は、サイリ王国へ大規模な資金供与をして王子を呼んだ。

 彼の国は、近年神王国と戦争をして負けており、領土の少なくない部分を取られている。それも、かなり農業生産力の高い土地を取られた。それ故に経済的にも色々と問題が起きており、伯爵がサイリ王国の経済苦境について足元を見る形で、今回の使節派遣となった、ということらしい。

 教皇特使という最上位の使節と、王子派遣という上位の使節。現実的に望みうる限り、最高の状況が整ったと言えるだろう。


 一旦、核となる使節団の交渉がまとまってしまえば、後は楽なもの。

 他の国からの使節も、右へ倣えとお願いするだけである。


 「神王国からも、王子殿下が来られます」

 「ほう、勿論第一王子だろうな?」

 「はい。他に居りませんので」

 「神王国から、王子を呼べたことは大きいな。サファム伯爵の功績がまた一つ増えたことになる」

 「確かに、近年まれに見る外交的功績でしょう」


 大国の最上位使節派遣。更には、それに準じた諸外国の高位使節派遣。

 サファム伯爵は、これらの情報を使い、また神王国の“親しい友人”達へのコネクションをフル活用して、神王国からも王子を呼ぶことに成功したのだ。

 共に仮想敵国同士と睨み合う隣の大国。好敵手(ライバル)とも呼べる重要な国から、現実的に最も格の高い使節を呼びつけられたのは大きい。諸外国も、神王国すらヴォルトゥザラ王国には気を遣うのだと見られるようになる。

 少なくとも、王子の誕生を最高の形で祝う程度には、神王国がヴォルトゥザラ王国に配慮しているのは間違いない。形としてそれが見えるようになるだけでも、ヴォルトゥザラ王国としては利益だ。


 対神王国融和派筆頭として、サファム伯爵は目に見えた功績を挙げたことになる。

 仮にこのまま融和姿勢が継続し、争いの無い状況を続けることが出来るなら、平和によって生まれる国益は、全て外交的成果だ。

 強硬派は、さぞや歯噛みすることだろう。


 「神王国の使節については……一つ気になる点があります」

 「何だ?」


 部下の思わせぶりな言葉に、怪訝そうな国王。


 「護衛という名目で、王子の傍にモルテールンが侍るという情報がありました」

 「モルテールン、か。我が国に来るとなると、反発する者も多かろうな」

 「はい」


 彼の国王をして無視できない存在。

 モルテールンの名の存在は、少なからぬ波紋を起こすのであった。


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