322話 願い事を一つだけ
「私も連れていって下さい」
ペイスが大よその引継ぎを終わらせ、遠征の準備を行っていた時のこと。
準備の為に王都の別邸に足を運んだところで、ペイスが捕まった。
誰に、というなら、王都別邸でモルテールン家の料理長を務める人物にである。
「ファリエル、貴方は王都の屋敷の料理長でしょう。そう簡単に王都を離れてもらっては困るのですが」
モルテールン家の料理長は、元々はレーテシュ伯家に仕えていた。レーテシュ家でも料理長という重責を担っていた、凄腕の料理人である。
中年を過ぎつつある年かさの男性ではあるが、未だに料理への情熱を燃やし続け、未知という名の甘美な誘惑に誘われてモルテールン家に引き抜かれた。
神王国の料理人としては、ペイスのような別格を除いて五本の指に入る実力者であるが、レーテシュ家とモルテールン家の料理勝負で負け、初心を思い出したと引き抜きに応じた経緯があるのだ。
日頃は、モルテールン家の来客への饗応や、住人の食と健康管理が仕事の料理長が、何故ペイスを強引に捕まえたのか。
それは、ペイス達がヴォルトゥザラ王国に行くという話を聞いたからだ。
「しかし、旦那様が出征され、若旦那様も王子殿下に同行され、奥様と若奥様が御領地にとなりますと、王都の屋敷はどなたも居られないことになります。留守の屋敷の料理番となれば、やることはせいぜい使用人の食事を作ること。私でなくとも務まります」
「ふむ」
元々、ファリエルがモルテールン家に雇われたのは、その方が料理の勉強になると思ったからだ。
実際、新しい料理についてレシピを受け取ることも有るし、味覚が鋭い上に妥協を知らないペイスによるアドバイスも貰える。更に、料理については神王国一理解のある家でもあり、料理に使うお金も上限なしという厚遇っぷりだ。練習や研究の為に高級食材を使っても怒られないどころか、褒められる。
料理の腕を高めるには、最も良い環境と確信するファリエル。
しかし、だからこそ今回の話は見過ごせない。
「是非、私も連れて行っていただきたい。外国の料理というものを、学びたいのです」
ペイスに対して、ずむと詰め寄る中年男。
日頃の料理からか、甘い匂いや香ばしい匂いが染みついている男が、目をぎらつかせて距離を詰めてくるのである。普通の人間ならば悲鳴の一つも上げそうではあるが、残念なことに詰め寄られている側も甘い匂いの染みついた料理人である。
「よろしい。料理に対する貴方の情熱は僕の琴線に響きました。父様を説得してでも、同行させましょう」
「ありがとうございます」
料理の為にというのであれば、それ即ちペイスの仲間である。
美味しいものを作って、より多くの喜びを作りたいという純粋な熱意。類は友を呼ぶとも言うが、これに心を動かされないペイスではないのだ。
喜んで同行の許可を出す。
「ああ、そういえば……コアントローさんがペイストリー様を待ってましたよ。急ぎで伝えたいことがあるからと」
「それを先に言いなさい」
「自分にとっては、同行出来るかどうかの方が大事でしたので」
お菓子馬鹿の部下が料理馬鹿。
何とも似たようなところのある主従であるが、ペイスは別邸の奥に足を運ぶ。
「若様、お待ちしてました」
「コアン、貴方も忙しそうですね」
出迎えたのは、モルテールン家の創設以来から仕える重臣コアントロー。
カセロールの代わりに、王都別邸を取り仕切っている。
今はカセロールたちの出征に合わせて色々と動いている中にあって、コアントローも書類に囲まれていた。
「色々とこちらでも仕事があるみたいですね」
「各所に伝達事項を送るだけでも大変ですよ」
モルテールン家が右肩上がりで繫栄している現状、仲良くしたいという人間は腐るほど居る。
出来るだけ上手にゴマを擦り、楽して利益のおこぼれを貰おうとする連中だ。
こういう連中は、決まって怠け者。辺境にあるモルテールン領まで何十日もかけて出向くほどの労力はかけず、出来るだけ少ない手間でモルテールン家と仲良くなりたいと考える。
王都に別邸を持つモルテールン家ではあるが、カセロールは知られている通り【瞬間移動】の魔法を使い、息子も領地に籠り切り。
魔法を使えず、王都に常にいて、モルテールン家の内部事情に詳しいコアントローは、この手の有象無象の怠け者にとにかく狙われやすかった。
今回、カセロールの出征とペイスの王子への同伴に伴い、モルテールン家の王都別邸は来客を全て断ることになる。
コアントローとしても要らぬ面倒ごとを起こしたくないので、訪問したいという事前のアポイントメントに断りをいれまくっているのだ。
忙しさの正体とは、何のことは無い、雑務である。
「最近の王都はどうですか?」
「慌ただしいですな。王子殿下が国外に行かれるということで、貴族も商人も職人も、皆が皆振り回されている」
「ほう」
コアントローの王都での任務は、別邸の取り仕切りが表向き。
裏の仕事としては、王都での情報収集を担っている。
元々、傭兵に毛の生えたようなモルテールン家であるから、王都の裏街にも滅法顔が利く。その筋の人間にもモルテールンといえば名が通っており、他の家では中々手に入らないような“危ない情報”も手に入れることが出来る。
その上、モルテールン家は当主が合理主義者のカセロールであり、清濁併せ呑む度量の大きさを持っている。ペイスにしても同じこと。後ろ暗い連中に対しても、良い情報には気前よく金を出すから評判も良い。
結果として、モルテールン家が長い年月を掛けて築いてきた評判や人脈を駆使した、情報網が出来上がった。
表立ってカセロールが扱う訳にもいかない為、コアントローがこの手の連中との顔つなぎ役を担っている。
ペイスは、勿論その裏事情を分かっているので、詳細までは知らずとも情報網の精度を疑ったりしない。
王都が慌ただしいというのなら、事実としてそうなのだろうと頷いた。
「貴族は、宮廷貴族が中心となって幾つかの動きを見せているようです」
「具体的には? 中心の貴族はどうせいつもの連中でしょうから、内容だけ教えてください」
宮廷貴族は、陰謀が仕事のようなところがある。
王国の限られた予算を、自分たちがどれだけ使えるかは家の浮沈に関わるし、権限を増やせれば実入りも増えるのだ。
出来るだけ自分たちの利益になる様に動く。これはもう今更というのも烏滸がましいほど昔からの伝統。
そして、この手の折衝に長けた智謀の持ち主というのは、さほど多くない。故に、ペイスとしても“誰が”やっているかなどは興味がない。どうせ知っている名前のどれかだろうから。
大事なのは“何を”為そうとしているかだ。
「幾つかの家が共同で、お金を集めています」
「目的は?」
「不明です。気になるのは、教会も多少足並みを揃える動きを見せていることです」
「……気になりますが、お金を貯金しているだけで怪しいと非難する訳にはいきませんね」
「はい」
王子殿下の海外出征というイレギュラーな事態が起きている現状、不自然な金の流れと言っても、目的は不明である。
「今後も注視しましょう」
「分かりました。それと併せて、商人は盛大に金を貯めています」
「理由は?」
商人がお金を使うのは当たり前である。そして、貯めるのも当然である。
何の為に貯めているかを把握できているのなら、それで十分とペイスは続きを促す。
「王子殿下の“土産物”を期待しての動きです」
「ヴォルトゥザラ王国と、外交的に何らかの進展があると見ている、ということですね?」
「はい。ヴォルトゥザラ王国産の産品は、軒並み商いを停めているようです。状況が見極められるまで、生鮮食料品以外に売り惜しみが発生します。釣られて、一部の工芸品や服飾品が値上がりを続けています。金が偏っているので、いささか相場が高騰しているらしいです」
「予想された動きですね。お菓子に影響が無いなら、モルテールン家としては特に問題ないでしょう」
ヴォルトゥザラ王国に使節が出向くことで、外交的には“必ず”何かしらの動きがある。
わざわざ王子を呼びつけておいて、挨拶だけして帰すような真似をされては、神王国としては体面が悪い。
王子を派遣したのは利益の為です、という言い訳をしたいのだ。王子の手柄が何かしら要る。
ヴォルトゥザラ王国もその点は良く分かっているはずで、全くの手ぶらで王子を帰すことはしないはず。
特定の産物の輸出解禁か、或いは関税緩和か。美術品の贈与でお茶を濁すということもあり得る。どんな土産が有るのかはまだ分からないが、何が有るにしても商売の環境は変わる。
王都の商人たちは政治事情を十分に分かっているので、変化が見極められるまで積極的に動こうとはしない。
「職人の動きとは?」
「単純に、仕事が山場だそうです。王子殿下が動かれるということで、職人の仕事の納期が集中しました」
「なるほど」
王子殿下の使節ともなれば、お供で付いて行く貴族の数も多く、それに付随して動く物資は膨大である。
馬車だけでも三百台は越える数を全て新品で準備するし、服に関しても貴族一人が何枚も新規に用立てる。食料品も、加工品が必要なので加工する人間は忙しい。変わったところでは“おまる職人”が繁忙期を迎えているし、樽や箱を作る木工職人は手の豆が破けても仕事が終わらない。
モルテールン家としても、日持ちするお菓子を中心に製造が追いつかない状況になっている。
「それも、王子殿下の件が終われば落ち着くでしょう」
「はい」
王都の騒ぎも、一過性のもの。
そう判断したペイスは、報告を精査しつつ問題ないと判断した。
カセロールにも、同じ報告が行くはずである。
「そういえば」
ふと、ペイスはここに来た用事を思い出した。
「何か、僕に用事が有ったんですよね?」
「そうでした。実は、学校から若様に来て貰いたいと連絡がありました」
「士官学校から連絡?」
ペイスは、寄宿士官学校の名誉職に就いている。
仕事など気まぐれにこなせばいいだけの飾りではるが、一応は所属しているわけなので、呼び出しには応じるほかない。
面倒ごとはすぐにも済まそうと、その日のうちに寄宿士官学校にとんだペイス。
すぐにも校長室に通され、校長の歓迎を受けた。
「校長、お呼びと伺いましたが」
「おお、モルテールン卿、来てくれたか」
よく来てくれたと、笑顔の校長。
彼の御仁にとっては、ペイスというのは実に使いやすい部下なのだ。勿論、気を許すと寄宿士官学校の優秀な人材をごっそり持っていこうとする問題も抱えているが、それはそのまま指導力の高さも意味する。
上手く使いこなせるならば有用と、校長はペイスに対して好意的だ。
早速とばかりに用件を尋ねるペイス。
校長も、回りくどい世間話をすることなく本題を口にする。
「うむ、モルテールン教導に折り入って頼みがあってな」
校長の頼み事。
ペイスとしては、また何か厄介ごとだろうかと身構える。
「選抜した教官と学生たちも、卿に同行させて欲しい」
校長の頼み事は、奇しくも料理人と同じだった。
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