さて、シンエヴァンゲリオン劇場版の公開が延期されていることを良いことにダラダラと続けている
エヴァの考察シリーズですが、今回のお題はずばり・・・
マリについてです。
このマリについては、以前の考察において、
『破』で登場したときののマリの年齢は14歳ではなく
たぶん19歳くらいなんじゃね?
・・・ってことろまで説明しました。
その理由を簡単にまとめると、
こんな感じ↓です。
『もしもTV版のストーリーで人類補完計画が起こらなかったとしたら……。』という公式のifストーリーで、TVアニメ新世紀エヴァンゲリオンの24話の3年後を描いた『エヴァンゲリオンANIMA』という小説がある
↓
この『エヴァンゲリオンANIMA』には、マリという8歳くらいの少女が登場する

↓
『エヴァンゲリオンANIMA』に8歳くらいのマリが登場しているということは、その3年前のTV版24話の時点において5歳くらいのマリが既に存在していたことになる
↓
私が今まで書いてきた考察は、時系列上、旧劇場版の後に新劇場版がそのまま繋がり、新劇場版のシンジが14歳に成長するまでに14年という時間が経過したストーリーになっている。
↓
ということは、TV版24話の時点で5歳くらいのマリが存在したのであれば、『破』の時点では14年分を加算して19歳くらいになっていることになる。

そう、つまりは、
『その14』で私が述べたのは、
こういうこと↓です。
※クリックで拡大↓

・・・でもそうなると、自然と次の疑問が出てくると思うんです。
TV版24話の時点で5歳くらいのマリが存在したというのが本当ならば・・・
TV版24話以前のマリはどうだったの?
・・・と。
ということで、今回はこれに関する私の考えをダラダラと書いていきたいと思いまっす。
<無理を通して道理を蹴っ飛ばす>
といっても、普通に考えれば、TV版24話よりも昔のマリについて考察するのは
不可能なんですよね。
だって、
TV版のどこにもマリは登場していないんだから。
同じことは、エヴァの制作側にも当て嵌まる訳で、
1996年に既に放映が終了しているTV版の設定の中にマリの存在をねじ込むことは、普通に考えれば不可能なんですよ。
しかし、その
不可能を可能にするウルトラCが行われたのだと私は考えています。
それこそが・・・
漫画の14巻(最終巻)の最期に番外編として収録された
夏色のエデン
だと思うんです。
・・・んで、私の考えるそのカラクリは、
TV版と漫画版におけるキャラクターの統一性を利用したものです。
要はですね、TV版と漫画版を見比べてもらうと判ると思うんですけれど、
登場する主要キャラクターや、その過去、人間関係、所属、嗜好といった設定は基本的に統一されているじゃないですか。まぁ、キャラクターの性格はそこそこ違いますが。
ということは、こうは考えられないでしょうか・・・
漫画の14巻(最終巻)『夏色のエデン』に
『真希波マリ』という人物が登場している↓ってことが・・・
TV版の世界観の中にも漫画版と同じ設定の『真希波マリ』が存在していた
ということを
間接的に示しているんじゃないかってことを・・・
そう、これこそが、
1996年に既に放映が終了しているTV版の設定の中にマリの存在をねじ込むウルトラCじゃないかと私は考えているんです。
・・・ということでここからは、
TV版の世界観の中に漫画版と同じマリが存在しているという私の考えが正しいと仮定して話を進めたいと思います。
この考えの要となるのは、
漫画版のマリに付与されている設定の数々です。
<『夏のエデン』におけるマリの設定>
ではここで、『夏色のエデン』におけるマリの設定を書き出すと
こんな感じ↓です。
①1998年の時点で16歳
②ユイと同じ『形而上生物学』を専攻している
※『形而上生物学』とは実際には存在しない学問。
神や
魂といった非実在なものを研究する学問だと私は解釈しています。
③学費免除の留学を学長から直々に打診されるくらい優秀
④ユイが好き
⑤ユイとの最終的な関係は『先輩と後輩』に甘んじる
⑥イラストリアスというミドルネームは無い
んで、これら
①②③④⑤⑥の設定が
めっちゃ重要だと私は考えています。
<マリが動き出す>
小説や脚本を書く人がよく言うこととして
『登場人物が勝手に動き出してしまう』というのがあります。
これは、例えば、
『立場上、こいつはこの状況で動けないよな・・・』とか
『こいつのことが好きならどう考えても助けに行くよな・・・』といった感じに、
与えた設定が登場人物を勝手に動かしてしまうようなことを指します。
でもそれは、作者が付与した設定の結果な訳で、広い意味では
作者の意図した通りに登場人物が動いているに過ぎないと言えなくも無いです。
つまり言い換えるならば、
登場人物をストーリーの中で意図的に動かしたいのなら、それ相応の設定を予め与えれば良いってことになるはずです。
(※まぁ、当たり前と言えば当たり前の話ですが)
ということは、こうは考えられないでしょうか・・・
漫画版のマリに付与された数々の設定は、TV版の過去のストーリーの中に放り込んだマリを制作側の意図した通りに動かすためのもの
だったのではないかと・・・
よってここからは、
漫画版と同じ設定を持ったマリがTV版の過去の中でどう行動するかを論理的に考えていきたいと思います。
<1998年 ユイ21歳 マリ16歳>
まず、1998年で16歳のマリは、21歳のユイと5歳差になります(※設定
①)
そして、この年、形而上生物学を専攻しているマリに白羽の矢が当たり渡英(※設定
②③)
ここで重要なのは、
ユイとは別の場所(イギリス)でマリが『形而上生物学』を研究することが示唆されているという点。
<2001年 ユイ24歳 マリ19歳>
セカンドインパクトが発生した次の年。
ユイがシンジを出産した年。
冬月に言わせれば
「21世紀最初の年は地獄しかなかった。他に語る言葉を持たない年だ」とのこと。
ユイの出産はマリにとっても重要なイベントのはずですが、こんな地獄の中じゃ流石にマリも身動きできない気がするし、
「遠い空の向こうから幸せを願っている」と言っていたこと↓(※設定
⑤)も考慮すれば、
ユイに対するアクションは精々お祝いの連絡を入れるくらいが関の山だったんじゃないでしょうか。
<2004年 ユイ27歳 マリ22歳>
実験失敗によりユイが初号機に取り込まれる↓
これ、ユイのことが好きだったマリ(※設定
④)にとって看過できる話ではないはずなので、あらゆる手を尽くして情報を集め、真実(初号機にユイが取り込まれた)を知ることになったんじゃないでしょうか。
しかし、その真実(初号機にユイが取り込まれた)は、
知ったところでどうにかできるレベルものではなく、普通に考えればここで採り得る選択肢など存在しないはずなんです。
だって、
『その11』で説明したように、
ゲンドウですら初号機に取り込まれたユイをどうすることもできず、ユイに再会するためにサードインパクトに頼らざるを得なかったくらいなんですから。
しかし、マリは『形而上生物学
(神や魂といった非実在のものを扱う学問)』を専攻しており(※設定
②)、しかも何かすげー優秀っぽいような設定(※設定
③)
が付与されています。
つまり、マリには、
ユイを助けられるかもしれない力がちゃんと設定されているんです。
更には、ユイのことが好き(※設定
④)という
これ以上無い動機付けまで設定されています。
従ってマリは、これらの設定により、
『ユイを救い出すことを目的として形而上生物学の研究に没頭する』という道を選択せざるを得なかったのではと私は考えています。
というか、そう選択するように設定が付与されたと言った方が良いかもしれません。
<マリの研究の辿り着く場所1>
マリの研究の結果得られる技術についてですが、上述したように
『初号機に取り込まれたユイを助けることができる技術』でなければストーリーにマリを追加する意味が無いんです。
なので、個人的にはズバリ・・・
人間の肉体から魂を取り出す技術
(※具体的には、アンチATフィールドを人工的に発生させる技術)
だと考えています。
だって、これ以外の技術でユイを助けられそうなもの思い付かないんだもん。
ということでここからは、
『マリが人間の肉体から魂を取り出す技術を完成させる』という仮定を前提として話を進めたいと思います。
<マリの研究の辿り着く場所2>
さて、『人間の肉体から魂を取り出す技術』の完成には、
実際に魂を取り出せることを確認する必要があるはずです。
しかし、
『その11』で説明したように、エヴァの世界観において、魂はガフの部屋(個人を形作るATフィールドの檻)に閉じ込められているため、
魂を取り出すということは、アンチATフィールドを発生させてガフの部屋を開く(ATフィールドを無効化する)こと、すなわち人の形を維持できなくなることを意味するはず↓です。
ということは、肉体から魂を取り出す実験とは、成功した場合には肉体が失われること、
つまりは被験者は必ず死ぬこと意味すると私は考えています。
また、
そのようなリスクを冒して取り出した魂をどうやって保管するのかという別の問題もあります。
・・・あなたが研究者だった場合、
こんな人の命を弄ぶような危なっかしい実験を実施できます?
私なら勘弁して欲しいですね、犯罪者にはなりたくないし・・・まぁ、どうしても実施しなければならないっていう状況ならば、
たった一つだけ妥協点が無くはないとは思いますが。
それは・・・
自分の身体で実験する
という方法です。
これなら、誰かを犠牲にするような危険を冒すことなく実験できるはずです。まぁ、
ちょっと自分の命をかけることになりますが。
また、取り出した魂の入れ物としては、ちょっと安易ですが
自らのクローンを使えば倫理的問題(入れ物として誰かを犠牲にするの?)や魂の適合問題(異なる肉体に魂が適合するのか?)を簡単にクリアできるんじゃね? と私は考えています。
加えて言えば、自分のクローン体の生育は普通の胎児と同じように母体内で行う必要があるはずですが、これも
わざわざ他の誰かに頼むのではなくマリ自らが母体になるのが一番安全じゃないでしょうか。
だって、自分と同じ遺伝子なんだから、。
そして、最も大事なことなのですが、肉体から魂を取り出すことが成功した暁には、
その成果を碇ゲンドウに見せて、ユイを救出する協力を取り付ける必要があるはずです。
その際、実験の成果として
『どこの誰だかわからない人間』を連れて行って碇ゲンドウに提示しても信じてもらうのは難しいと思うんですよ。
だって、
その人間の元の姿を碇ゲンドウは知らないんだから。
ところでマリは、漫画版と同じ設定だと仮定すると、
過去に碇ゲンドウと同じ京都大学に在籍していたため、面識くらいはあったはず↓です。
そもそも、碇ゲンドウの視点に立って考えれば、
マリは、自分の恋人であるユイの周りをうろちょろしている存在↓であり・・・
飛び級により16歳で大学に入学したという目立つ存在↓でもあるため・・・
・・・普通に考えれば、
碇ゲンドウがマリのことを知らないと考える方が不自然なくらいだと思うんです。
ということは、マリ自体が被験者になり、自らの魂を込めたクローンの姿(つまり若返った姿)で碇ゲンドウに会いさえすれば、
肉体から魂を取り出す実験の成功を強力にアピールできることになり、信用してもらえる可能性が高いんじゃないでしょうか。
つー感じで、マリが自身で人体実験するって考えると、色々な問題が解決するんじゃないかと私は考えています。
<マリの研究の辿り着く場所3>
では、ここからは、
マリが自分のクローンを作成し、そのクローンに対して自らの魂を移植する人体実験を行うと仮定した場合について考えてみたいと思います。
先ず、問題となるのは、実験に成功したら肉体が失われちゃう訳ですから
やり直しのきかない一発勝負になるだろうということです。
なので、当たり前のことですが、
できる限りの事前検証と確認を行った上で実験に挑むはずです。
その一方で、際限無く時間をかけられる訳では無いはずです。
だって、早く助けたいというのは勿論のこと、初号機の中のユイがいつまでもそのままでいる保証もありません。
何よりもマリは、上述したようにユイと恋仲になれないことの代わりとして「先輩」「後輩」の関係に甘んじている節があるため(※設定
⑤)、
ユイとの年齢の関係が逆転することに抵抗があるのではと私は考えているんです。
なので、マリが自らのクローンを作製するのは、
ユイが初号機に取り込まれた年齢(27歳)よりも若い年齢のときの体細胞と卵細胞を使うんじゃないかと思うんです。
この場合に問題となるのは、クローン実験の難易度は生物の種類によって大きく異なり、哺乳類、その中でも
人を含めた霊長類のクローンは特に難しいってこと。
また、
冷凍した体細胞からのクローン用のDNA抽出が困難であることも通説です。
つまり、人間のクローン製造はそもそも極めて難しいので、そこから成功確率を更に下げる『細胞の冷凍保存の技術』は使えないんじゃないかと私は考えています。
だって、
冷凍保存していた細胞を使い切ってしまったら取り返しがつかないのはもちろんのこと、成功したとしても冷凍によるDNAへのダメージがどの程度含まれるのか未知数です。
なので、マリは、上述したように、できる限りの事前検証と確認を行った結果、
ギリギリの26歳の段階で実験の準備(クローンの作成)に取り掛かったのではと私は考えています。
<2008年 マリ26歳>
マリが自らのクローンを作成することを具体的に考えてみましょう。
まず、上述したように、クローン体の生育はマリ自らが母体になったと私は考えています。
つまり、
26歳になった2008年にクローン体を自らを母体として身籠り、おそらくその翌年の2009年に出産するという流れになったのではないでしょうか。
ここで、クローン体であるか否かに関わらず、子供を出産するためには、
社会的登録があった方が身動きが取り易いはずです。
加えて言うならば、子供を育てつつ研究を続けることを考えると、シングルマザーだと難易度が高いので
パートナーの存在が不可欠だと思うんです。
こういった諸々の事情を鑑みて、
マリは、2008年以前に結婚をしていたんじゃないかと私は考えています。
そのときの相手の姓こそが・・・
イラストリアス
だったのではと私は考えています↓(※設定
⑥)
<2009年 マリ27歳 クローンマリ0歳>
2009年に産んだマリのクローンには、
自らと同じ名前を付けたのだと私は考えています。
だって、
親と同じ名前を子どもにつけることは欧米だと珍しく無いですし、何より今回は自分の魂を移植する相手な訳ですから。
そして、マリは、結婚相手の協力を得てクローンマリを育てつつ、肉体から魂を取り出す実験の準備を進めて行ったんじゃないでしょうか。
<2015年 マリ死亡済 クローンマリ6歳>
少なくとも2015年の時点
(正確には旧劇のサードインパクトが起動する時点)で、マリは
魂移植の実験を成功させている必要があります。だって、
そうじゃないとストーリーに絡めないから。
んで、マリ本人の肉体は失われ、
クローンマリ(肉体年齢6歳・魂の年齢33歳)だけが残される形になったという寸法です。
つまり、こういうことです↓
※クリックで拡大↓

このようにしてマリは、2015年までに自らのクローンへの魂の移植を成功させていたんだと私は考えているんです。
ただ、この時点では碇ゲンドウとの面会は実現できていないはずです。
だって、
実現していたらTV版のストーリーとの整合性がつかなくなっちゃいますから。
まぁ、普通に考えれば、碇ゲンドウに会って協力を申し入れるってことを考えた場合、
6歳という年齢があらゆる面で足枷になったんじゃないかな~って感じです。
・・・そして、このクローンマリ(肉体年齢6歳・魂の年齢33歳)こそが、上述した
『TV版24話の時点で存在するはずの5歳くらいのマリ』だと私は考えているんです↓
※クリックで拡大↓

だって、
『見た目で5歳くらい』と
『実年齢6歳』って、誤差の範囲で一致してるって考えても良いんじゃないかと思うんですよ。
つまり、こんな感じ↓に全部繋がるんじゃないかってことです。
※クリックで拡大↓

つーことで、私のこの考え↑が正しいとすると、
『序』『破』『Q』のマリの肉体年齢は20歳で、中身は47歳↓だということが導かれるんです。
そう、マリが
見た目に反してやけに古い歌を歌っているシーンが多い↓のは中身がおっさんだからじゃないかと私は考えています。
また、マリのこのセリフ↓は、正に
ユイのことを指していることになると思うんですよ。だって私の考えが正しければユイのことを知っているはずなんだから。
※クリックで拡大↓

また、碇ゲンドウを『ゲンドウ君』と呼ぶことだって、
元々そう呼んでいたんだから何もおかしいことは無い↓ですよね。
※クリックで拡大↓

・・・まぁ、あくまでも
『TV版にも漫画版と同じようにマリが存在し、ユイやゲンドウとの関係性も含めて同じ設定が存在する』という私の考えが正しければですがね(重要)
※2020/11/3追記
そうそう、
新劇場版には、エヴァのパイロットが14歳じゃなきゃダメっていう縛りは登場していないので、マリの肉体年齢が20歳でもエヴァに乗るのに何ら問題無いはずです。
そもそも、TV版から分岐したANIMAでは、
皆17歳で普通にエヴァに乗ってるし↓、レイ(No.シス)に至っては
8歳くらいでエヴァに乗ってるという状況です。
※クリックで拡大↓

そう考えると、何か、有名無実化しちゃった感じですかねー
<新劇場版『序』『破』におけるマリの目的>
さて、今までの私の考えが正しければ、新劇場版に登場したマリの状況を整理すると以下のようになります。
○TV版・旧劇場版の出身
○肉体年齢20歳・中身は47歳
○TV版・旧劇場版においてユイを助ける前に世界が崩壊
ということで、新劇場版におけるマリの目的↓は、
当初と変わらずユイを初号機(TV版・旧劇場版の)から救い出すことだったと私は考えています。
ただし、
助け出す対象は、あくまでもTV版・旧劇場版のユイであって、新劇場版のユイではない点は強く主張したいところです↓
なので、マリがユイ救出の協力を取り付けたいと考える相手は、
新劇場版のゲンドウではなく、TV版・旧劇場版のゲンドウのはずです
つまり、
『その11』で述べた私の考えが正しければ、マリは
ネブカドネザルの鍵に定着された方の碇ゲンドウ↓に用があるはずです。
※クリックで拡大↓

『Q』予告編のこのシーン↓は、正に
、TV版・旧劇場版の碇ゲンドウに対して自分の素性(真希波マリのクローンであり本体の魂が移植されている)を明かしている場面なのだと私は考えています。
※クリックで拡大↓

そして、マリは、
昔の自分を思い出してもらうためにメガネを外し、また、若い肉体に魂を移したことを示すために裸になっている↓っていう寸法です。
※クリックで拡大↓

尚、私の考えが正しければ、マリにとって碇ゲンドウは、
『憎き恋敵』であり、
『ユイを酷い目に遭わせた張本人』でもあり、でも
『協力を取り付けなければならない相手』でもあるため、とても複雑な気持ちを抱いた対象であるはずなんですよ。
その複雑な気持ちが、
マリのこの目つき↓に表れているんだと私は考えています。
要はですね、
どんな深刻な場面においても一貫しておちゃらけた態度のマリが、こんな表情↑をさらけ出している理由は、そんなバックボーンでも無いと説明つかないんじゃね? ってことです。
でもね、ここまで書くと・・・
マリとの会談の相手が碇ゲンドウな訳が無い。
だって、文字を塗りつぶしている部分の幅が狭くてGENDOU IKARI の文字を隠せないじゃん↓
という方が多いんじゃないかと思うんですよ。
でもですね・・・
・・・と私は思うんですよ。
まず、
情報量として、『GENDOU IKARI』だけじゃ足りないんです。
私の考えが正しいならば、
碇ゲンドウは二人存在し、その内マリが会談したいのは『TV版・旧劇場版の碇ゲンドウ』の方のはず↓
まぁ、そうなると、
『情報(文字)量増えたら尚更隠せないじゃん』という意見が出てくるとは思うのですが・・・
でもね、そもそもの話として、コレ↓って
誰かの名前を塗りつぶして隠しているのでは無いと思うんですよ。
じゃぁ何かと言うと、コレ↓自体が
TV版・旧劇場版の碇ゲンドウのことを意味する文字(ID)なのではと私は考えているんです。
え?
何故こんな突拍子も無いこと言いだしたかって?
だって、そう書いてあるんだもん↓
どうです? コレ↑を見たら、
私の考えをちょっと信じてみたくなりません?
尚、
上で示した形は微妙に違うじゃんとツッコミを入れてくる人が居そうですが、
特徴が一致すれば、形が厳密に一致する必要は無いと思うんですよ。
ほら、
これ↓だって、形は違うけれど全部同じ文字(ふ)ですよね?
そーゆーこだと思うんですよ、わたしゃ(誰?)
<マリとTV版・旧劇場版の碇ゲンドウとの会談後>
TV版・旧劇場版の碇ゲンドウは、会談において
マリの申し出を断ったはずだと私は考えています。
なぜならば、
救い出すべきユイは、旧劇場版の最後で初号機と共に宇宙のどこかへ去ってしまっており↓、碇ゲンドウ本人にも手が届かないはずからです。
そして、おそらくマリは、その事実を突きつけられ、
目的を失った状態になったはずです。
一方で、TV版・旧劇場版の碇ゲンドウは、
自分達(二人の碇ゲンドウ)の計画↓が遂行中であることもマリに伝えたと私は考えています。
尚、二人の碇ゲンドウの計画とは、私の考えが正しければ、
『その12』で説明した
時間を巻き戻すというものですが、その内容についてまではマリには伝えなかったんじゃないでしょうか。
だからこそマリは、
碇ゲンドウ(ネルフ)の敵方であるヴィレに所属して、最前線でネルフと対峙することで碇ゲンドウの目的を見極めようとしていた↓んだと私は考えています。
尚、マリがヴィレに途中参加するに際し、新劇場版でエヴァのパイロットをやっていたという経歴だけでなく、
何故か古い知識(特に、若かりし頃のユイやゲンドウに関する知識)を持っているということが要職(8号機パイロット)に就く決め手になったんじゃないでしょうか。
んで、『Q』でアスカ(私は惣流だと思ってます)がマリを
『コネメガネ』と呼ぶ↓のは、
いきなり現れたくせに上手いこと8号機のパイロットの座に居座ったマリへのあてつけじゃないかと私は考えているんです。
要は、
コネか何か使ってエヴァのパイロット枠にいきなり潜り込んで来やがったメガネの女って意味じゃないかってことです。
<シンエヴァンゲリオン劇場版におけるマリの行動の予想>
※2021年3月21日追記
ここに書いていた予想は外れましたので、紛らわしいので削除します。
本来であれば、削除線を入れて残すべきとは思うのですが、『こういう展開にはならない』という示唆になってしまうことを考慮し、とりあえずは削除という形にしました。
ある程度時間が経ったら、削除線を入れた形で戻したいと思います。
※2020/11/7追記
<今日の一言>
そうそう、マリについて一つ書き忘れていました。
私の考えって、
『エヴァの世界が、世界A(新劇場版)と世界B(TV版)の二つに分かれている』というのが土台となっています。
そして、
二つの世界それぞれに同じ様な人物が存在したんじゃないかってことも説明しました。
ところで、今回の私の説明が正しいとすると、
新劇場版(世界A)に登場するマリは、世界B(TV版)出身ということになります。ちょっとややこしいですが。
でも、そうなると・・・
そもそも世界A(新劇場版)に居るはずのマリは?
という疑問が出てくる訳ですが、その解答は、
『Q』で冬月がシンジに見せた写真↓にあると私は考えています。
つまり、世界A(新劇場版)出身のマリは、
渡英せずに冬月の研究室に残っていたという設定なんだと思うんです。
だから、普通に歳を重ねた姿が写真に残っているという寸法です。
また、ストーリーには一切関わらないので、結果的にはモブ扱いってことになるのではと私は考えています。
・・・という感じで、マリについて私が考えていることを全て書いてみましたがいかがでしたでしょうか?
正直なところ、今までで一番苦労したテキストになりましたが、結果的にそれなりに面白く書けたんじゃないかと思っています。
楽しんで頂けたとしたら幸いです。
ではっ!!
※2021年3月21日追記
シン・エヴァンゲリオン劇場版のマリについて気付いたことがあったので、別ページにちょっと考察を書きました。
映画を観てネタバレOKという方は、下のスイッチ↓を押してリンク先を見て頂ければと思います。
投稿者: もん@ダンチェッカーの弟子の友人の隣人
詳細ページ -
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