4話 感謝
「す、すみませんでした!」
僕は座席から立ち上がり、何事だと視線を向けてくる客たちにぺこぺこと頭を下げた。
再び座席にゆっくりと着き、目の前に表示されている鑑定の結果に驚愕する。
エリスという女性は何者なのだろうか。
魔力欄がDが限界のはずなのにSになっている時点で嫌な予感はしたのだ。
それに隠れスキルという今まで見たことのないような鑑定項目。
僕は苦笑いを浮かべながら彼女に尋ねる。
「つかぬことをお聞きしますが……ここって現実ですか? 夢だったりします?」
「え? 夢だったんですか!? やっぱり! ロイド様とお話しできるなんてありえないと思ってましたもん!」
「ん? んんん!?」
まさか彼女に否定されないとは思っていなかったため、更に僕の頭がパンクしそうになる。
(あれ? もしかして夢なのかな?)
「いや、馬鹿だな、僕は」
「どうしました?」
一瞬でも夢なのかなと、頭によぎった自分自身に僕は反吐を吐く。
所詮、それはギルドを追放されたことの現実逃避にしかならない。
心配そうに聞いてくる彼女を見て、僕は微笑を浮かべながら首を左右に振る。
「いや、なんでもないですよ。それよりあなたと僕ってお会いしたことありましたっけ?」
「はい! 一度だけ『隻眼の工房』で!」
隻眼の工房とは鍛冶師ギルドの中で最も覇権を握っているギルドである。
ギルド長が隻眼であるため、つけられたギルド名で、現在は五百を超える鍛冶師が所属していたはずだ。
このフェーリアの大半の武具や装飾品を隻眼の工房が占めている。
ギルド的な立場であれば太陽の化身のようなポジションであるのだ。
「隻眼の工房には何度か行ったけど……」
僕も幹部時代、よく隻眼の工房には足を運んでいた。
太陽の化身と隻眼の工房は直接契約を結んでいたためだ。
また、僕は幹部であったため太陽の化身の三部隊中、一部隊を率いていた。
その部隊の育成のために高価な武具をそろえてやったりもしていたのだ。
「あ、忘れるのも無理はありません。三年前ですし、たった一言喋りかけられただけですから」
僕のことを気にかけつつも、彼女は少し残念そうにしゅんとした。
そんな彼女を見て僕は全力で脳を回転させ始める。
そして僕は唯一、記憶に残っていた会話を思い出した。
しかし、その女性は確か、
「もしかして……鍛冶師でした?」
「あ、そうです! 鍛冶師でした!」
エリスはパッと表情を明るくして身を乗り出してくる。
しかし、僕はその瞬間、表情を一瞬で青ざめてしまう。
「まさか、あの会話のせいで」
彼女との会話、いや、僕が勝手に投げかけた言葉は覚えている。
エリスは隻眼の工房で雑用をひたすらやらされていたのだ。
そんな彼女を見ていてもたってもいられなくなり、僕は【心眼】を行使した。
すると、鍛冶師の能力値の限界がオールDという才能がないと片づけられるレベルではなかったのだ。
だから僕は一言だけ告げた。
『ウォーターボールは好き? 全て平凡で終わるより一つを極めた方が断然求められるよ』
この時の僕は彼女の気持ちなど考えているつもりで考えていなかったのだ。
おおよそ、この時の自分は素質という欄が埋まっているのを見て、衝動的に口にしたのだろう。
素質という項目が書かれている人間は稀にしかいない。たいていの人間は、なしと書かれているのだ。
その結果、鍛冶師をしていたエリスは、腰にさしている杖からも分かるように冒険者に
「本当に申し訳ございませんでした」
「え?」
僕は頭と机にどんっとつけて彼女に向かって頭を下げた。
エリスはそんな急な僕の行動に唖然としている。
「僕のせいで
間違えたことを言えば、その人の人生を間違えた方向へと進めてしまう。
現に鍛冶師になりたかった彼女は――――って待てよ?
確か彼女の魔力はDじゃなくて、
そんな疑問に気付き始めた時、エリスは満面の笑みを浮かべる。
「いや、頭を下げるのはこちらの方です」
彼女は僕の頭を上げさせてから、僕の手をぎゅっと握ってきた。
この瞬間、僕は初めて
「ロイド様。私を見つけてくれて。私に極めるものを教えてくださって本当にありがとうございました」
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能力値の表示について。
現在値/限界値
エリスの魔力値は素質の影響で限界が越えています。