ようこそ邪悪な教室へ   作:マトナカ

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浅井&櫛田の電話やり取りは17話。
https://syosetu.org/novel/238098/17.html

Dクラスの選抜基準についての予想やりとりは11話。
https://syosetu.org/novel/238098/11.html


黒い海、白い砂浜

私の名前は櫛田桔梗、仲良くなった子には『桔梗ちゃん』『キョーちゃん』なんて呼ばれたりする、それなりに容姿が整ってる高校1年生だ。

 

小さい頃から、私はそれなりに才能のある人間だった。

 

勉強は優れた記憶力であまり苦労せずとも良い成績を出し続けたし、運動もなんでも上手く出来た。人に好かれるのも得意だったし、基本的に何だろうと上手く出来た。

 

けれど、最高ではなかった。それぞれの分野で、私より優れた人は居た。中学に上がった頃、そんな存在が私の世界に入ってきた。

 

許せなかった。努力をしても、私の才能をもってしても、勝てない相手が居るという事実に耐え難い不快感を覚えた。ただひたすら精神的に苦しかった。私は誰よりも優れていたかったから。

 

勝てない相手には絶対に勝てない。その現実は重く深く私の心に負担をかけた。

だから私は逃げ道を探した。この苦しみから逃げ出すために。

 

誰にも負けない物が欲しい。尊敬と羨望が欲しい。でも勉強や運動じゃダメ。敵わない。

 

そんな私が辿りついた答えは、誰よりも多くの『信頼』を得ることだった。

 

誰よりも『信頼』を集めることで、誰よりも好かれているという実感を得られた。誰よりも『秘密』を打ち明けてもらうことで、誰よりも『信頼』されていると思えた。誰よりも好かれていると優越感を得られた。

 

そのためなら、どれだけ面倒でも、どれだけ不快でも耐えられた。私が誰より好かれるためなら、なんだって耐えた。キモい男子にだって、ブスな女子にだって手を差し伸べた。

 

感情を押し殺して、偽りの笑顔、偽りの優しさを振りまいた。

 

『秘密』を打ち明けてもらうためなら、何でもやった。誰より優れた存在だと実感するために。

 

相手の命とも呼べる大切な情報を握りしめるたび、歓喜に震えた。

私は誰よりも信頼されている。そう思うことが私の存在意義だった。

 

けれど私は気付いてなかった。

その信頼は嘘で塗り固められた生活からしか手に入らないことに。

心に莫大なストレスを抱えたまま私は日々を過ごした。

 

そして……あの事件が起こった。違う、起こしてしまった……。

 

でもそれは仕方のないこと。

 

だって、みんなが私を拒絶したんだもん。

 

仕方がないよね。

 

人を傷つけたんだから、傷つけられても文句はいえない。

 

やられたらやりかえす。

 

当たり前だよね?

 

でも、それでみんなの中の理想の『私』は一度壊れた。

 

尊敬と羨望が消え、怖れと憎しみに変わってしまった。

 

それは私の求めるものじゃない。

 

私が求めるものは唯一つ。

 

皆から信頼される存在になること。

 

もう一度あの『優越感』を得ること。

 

 

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そう思っていた。

 

人間関係がリセットされた高校で、選ばれた人材が集められたと言われる最高の場、高度育成高等学校で、同じように『信頼』を集めるつもりだった。

 

最高の人達の中で1番好かれることで、誰よりも優れた人間だと証明するつもりだった。

 

けれど、邪魔者が居た。私の過去を知る人物、私の人生の障害物でしかない堀北鈴音だ。

 

アイツをこの学校から排除しなければいけない。絶対に。そうしないと私の頑張りは全て無駄になる。

 

そのためにも、今まで繰り返してきたように私を『信頼』する人を増やし、私しか知らない『秘密』を増やし、弱みを握り、武器にしていった。

 

けれど……、彼は違った。

 

出会ったことのない相手、謎の存在だった。

 

彼は、ただ『私の嫌いな相手』を知りたいというためだけに、自分からあっさりと『秘密』を口にした。かと思えば、そんなものに価値は無いかのように言い放った。

 

【気にしてない】

 

【悲しんでもない】

 

【嘘かもしれないんだし】

 

【否定したらすぐ死ぬ情報】

 

【この学校で生徒の過去なんか大した価値無い】

 

こんなことを言われ、一瞬、足元が崩れたような気がした。私が信じていたものが、なにか、とんでもなく間違いだったような……。

 

虎徹くんに聞かされた『秘密』は、今になって冷静に考えても、かなり大きな致命的な『秘密』に思える。『ヤクザの家系』『母は殺されている』『父は自殺している』なんて、3つどれもが大き過ぎるほどの『秘密』のはず、1つだけでも致命的な情報のはずだ。

 

けれど、彼はなんてことない、ありふれた事実のように軽々しく言い放った。

 

彼の過去の悲しさに思わず反射的に涙がこぼれ、半分以上は本気で謝ったけれど、彼はただ「気にしなくていいでしょ」と困惑するばかりだった。電話を通してだったけれど、気を使っての返答ではなく、本当にただ困っているようだった。なぜ私が泣いたのかも分からないように……。

 

信じ難いけれど、彼にとっては……本当に大した価値の無い情報だったのかもしれなかった。自分の過去なんてどうでもいい、と。

 

過去に経験したことのない、『秘密』が『弱み』にならない相手だった。もしかしたら、『天敵』なのかもしれないとまで思った。

 

「この学校で生徒の過去なんか大した価値無いでしょ」

 

そう言われた時は、すぐ否定出来ない自分が居て呆然とした。確かに、事実、外部との連絡の一切を禁じられているこの学校で、過去を証明することは出来ない。事実だろうと嘘だろうと、意味が無いのかもしれない。

 

一瞬、思わず絶望した。自分が『秘密』を集めていたのは無駄だったのかもしれない、と。

 

そして一瞬、思わず希望を持ってしまった。自分の『秘密』はただの過去、証明しようがないもの、嘘だった事にも出来るんじゃないだろうかと。

 

けれど、良くも悪くも、あの忌々しい事件によって証明出来てしまったのは、私の握っていた『秘密』が、あんな悲劇を起こしたという現実。

 

当事者にとって『事実』だったから、有効だった。だからこそ、私に向けられるはずの憎しみは、それぞれの相手に向けられることになった。

 

やっぱり『秘密』は『弱み』にもなるし、人を操作する『武器』にもなるんだ。

 

 

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浅井虎徹、自然と彼の『弱み』を握っておきたいと不安になってしまった。中学でも裏表のあまり無い人は居たけれど、ここまで開き直って気にしないタイプの人が……少し怖かった。

 

そのために、心の距離を近付けようとした。

 

私から『掘北を憎んでいる』という『秘密』を「ちょっと苦手な相手」と表現し、後で誰かに漏れても言い訳が出来るような言い方で伝えてみた。

 

けれど、彼はただ「堀北ぁ?あんなの、全人類が嫌いだろ」なんて返すだけだった。

 

思わず本心から笑ってしまった。あと、ちょっとだけ嬉しかった。人に『秘密』を明かして、それに共感され、同意してもらえる喜びというのを感じることが出来た。

 

でも……私はそう思われる側でありたい。ひたすら『秘密』という他者からの『信頼』を集め続け、誰よりも愛される存在でありたい。

 

誰かに『秘密』を明かし、『信頼』を渡す側にはならない。私は集める側なんだ。

 

だけど、仮にだけれど、私の一番の『秘密』を彼に話したら、どういう反応をするんだろう?と少し考えてしまう。

 

私の絶対に隠しておきたい過去、『クラスメイトの秘密を書いたブログが見つかって、私が全員に嫌われちゃったから、書いてなかった真実も明かしたら、みんなお互いに憎悪し合って、クラスがバラバラに崩壊しちゃったんだ』という『秘密』を伝えたら、どんな反応をするんだろうか?

 

彼の、あの悲劇の過去をあっさり受け入れて、本当に気にしていない人生観。

 

そして『櫛田が可愛すぎて男子が狂っちゃって殺し合いを始めちゃった過去でもあるんじゃない?』なんていう、見当違いな予想を立てる、ちょっと変な想像力。

 

流石にそんな過去は無いよ……。

 

今回の試験での取引提案とか、そんな予想外のことばかり考えてる彼に、もし伝えても、あの、いつも浮かべてる気楽そうな笑顔で笑い飛ばしてくれるのかな……。

 

けれど、絶対に試すことなんて出来ない。そんな弱みを見せる事は出来ない。『秘密』を握られる側の立場にはなりたくない。

 

私にそんな選択肢は無い。

 

『真実』は、私の唯一の『武器』なのだから。

 

 

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そんなことを考えていた私は、1人で砂浜に居た。体育座りで黒い海を眺めている。今回の無人島試験で本当に数少ない、たった1人だけになれる貴重な時間だ。

 

ほぼ24時間集団行動、気が抜けない、ひたすら他人の目を気にして演技し続ける生活に疲れ果てていた。

 

理解の遅いバカ共にもCクラスの取引について何度も説明し、感情的な猿のような騒ぎに同意したり落ち着かせたり、ただでさえストレスの貯まる無人島生活で、ひたすら気を使い続けていた。

 

学校生活ですら寮生活だから気が休まる時間が少ないっていうのに、なんなのこの状況。1人になれる時間が本当にほぼ無い、地獄のような環境だ。

 

ムカつくことが、本当にいくらでも出てくる。

 

「何であんな奴に桔梗ちゃんなんて呼ばれなきゃいけないの、キモいキモいキモい」

 

嫌悪感を顔に出さないためにどれだけ苦労してると思ってるんだ。

 

「勝手にポイント交換して、なんで私に言うの」

 

味方になって欲しい?なんでアンタのワガママに巻き込まれなきゃなんないのよ。関係ない所でやってろよ。嫌われる立場に勝手になって、それを私が救う義理なんて無いだろうが。どっちの立場になっても片方に嫌われる争いに巻き込むんじゃねぇよブス。

 

「そもそも絶対にDクラスはバカが多すぎる。こんなハズレのクラスに入れやがって……」

 

私より賢い子も、私より運動が出来る子が居るのも分かってる。けれど、総合力から見たらAクラスでも間違いないはずだ。過去の経歴で不良品認定なんかしやがって。

 

「ムカつく。せめてD以外ならここまで苦労しなくて良いはずなのに」

 

Aじゃないこと自体に怒りがあるけれど、社交性の高さでBになってないのも忌々しい。せめてCに入れろよ、あの恐怖政治のクラスだったら簡単に心の拠り所になれただろうに。憎しみも簡単に龍園に押し付けられただろうに。

 

「あまりにもゴミしか居ないクラスに帳尻合わせのように入れやがって……」

 

そうとしか思えない。でないとなんで私みたいな優秀な人間がDクラスなのか納得出来ない。

 

「あと、なんなの、この試験。何もかもが足りない」

 

女子をなんだと思ってるの。せめて男女別でやるべきでしょうが、頭がおかしい。

 

「クソみたいな試験のクソみたいな運営……」

 

どうせキモい変態のオッサン共がノリで考えた試験でしょ。年頃の女の子が、バカで何するか分からない男子共と一緒に無人島生活?ふざけんなよ。

 

「生理用品渡しておけばなんとかなるとか思ってんじゃねーよクソが。女子の体の手入れとかどうせ考えたことも無いんだろうね」

 

最低限の支給品が最低限以下としか思えない。原始人じゃない、現代の女の子の生活を少しでも調べたことがあるの?あったらこんな試験になんないでしょうが!

 

「てか、なんで取引なんて面倒なものを考えんのよ」

 

みんな食料集めとかで大変だってのに、そこそこ考えなきゃいけないもの持ち込んできて……。ムカつく。

 

「何度説明すれば分かるの……。バカばっかり」

 

そもそも私に聞いてくるなよ。

 

ただ……まぁ、取引に関しては、堀北が泣いてる姿を見れたのは気が晴れた。その後、クラスの誰も慰めに行ってなかったのは最高に気分が良かった。ざまぁみろ。

 

ちょっと頭と顔が良いだけで、ひたすら調子に乗ってるブス。私がどれだけ他人に気を使ってると思ってるの?私や普通の人は人間関係に気を使って日頃苦労してるのに、それをいつもいつもバカにするように1人でスカして孤立して……。本当に死ねばいいのに。

 

疲れ果てていても次から次に出てくる恨み。そうした恨み言をブツブツと呟き、なんとか精神を安定させながら、夜の海を眺めていた。

 

月明かりと星が綺麗な空。人が誰も居ない静寂と、波の音。貝殻ばかりの砂浜は、ぼんやりと光ってるように見えた。

 

 

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そんな静かな自然で、色々と吐き出してなんとか落ち着いた後、ただひたすら無表情で海を眺めていたが、砂浜を踏む足音が近づいてきた。

 

1人の時間は終わりか……。

 

「おーっす、こんな夜遅くに何してんの~?……って櫛田じゃん!」

 

現れた男子生徒はCクラスの例の彼だった。なんでこんな時間、もう0時を過ぎた時間なのに元気なんだろうか。寝不足だし、相手する気力あんまり無いよ……。

 

「こんばんは、虎徹くん。私は星空を見てただけだよ。虎徹くんこそどうしたの?」

 

少し眠そうな感じを出しつつ、何千回何万回と繰り返してきた笑顔を見せる。

 

「俺は伊吹が襲われてないかの確認と、ついでにどっかで誰かセック……あっ、なんでもない」

 

え……?真夜中こんな時間に歩き回って、誰かがセックスしてないかを探してる?他クラスのリーダー偵察をしてるんじゃなくて??

 

もしかして……めちゃくちゃバカなの?

 

「えーっと、伊吹さんなら大丈夫だと思うよ。今はDクラスの女子テントで一緒に寝てくれてるから」

 

呆れたせいで思わず表情が抜けそうになったが、誤魔化すように会話を続ける

 

「そっか、良かった良かった。ありがとね櫛田」

 

「ううん、大丈夫。……じゃあ、私はそろそろ戻るね。テントを覗いて寝顔を一瞬見るくらいなら、来てくれても良いよ?」

 

勝手に動き回れるくらいなら、近くで何をしてないか監視出来た方が良いはずだ。そう思って声をかけたが、

 

「ちょい待って櫛田、前からちょっと話したいことあったんだよね。その、櫛田がめっちゃ気を使ってる事とかに関して。5分くらいで良いから聞いてくれると嬉しいや」

 

まさか、私の本性がバレた?……そんなはずはない、今さっき呟いてた事も聞き取れる範囲に人は居なかった。マニュアルの交換対象にも集音マイクなんかは無かった。バレるはずがない。

 

「そうなの?……うん、いいよ」

 

何を掴んでいるのかは分からないけど、逃げる訳にはいかない。悟られる訳にもいかない。証拠が無いなら「気のせいだよ」と誤魔化せばいい。

 

心が焦り、目が鋭くなりそうなのを完全に押さえつけ、いつもと変わらない表情で返答した。

 

さぁ、何を知ってるのか言ってみて。

 

もしそれが私の致命的な『秘密』なら、『誰にも見られてない裏の顔』ならば、私はなんとしてでもアナタも排除しなくちゃいけない……。

 




(※原作1巻の裏櫛田イベントは図書館での騒動でキャンセルされてます)

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