子宮頸がんは、すべての女性がなりうる病気で、その進行によっては子宮も卵巣もすべて摘出することになります。さらに進行すると死に至ることも……。実際、日本では年間約2,700人の女性がこの病気で命を失っています(厚労省:子宮頸がんの概要およびHPVワクチンの有用性)。
その一方で、子宮頸がんは「予防できるがん」です。その大部分がHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染によって発症するとわかったのは1983年、そしてその感染を防ぐための「HPVワクチン」は2006年に完成しました。国内でも2013年4月に定期接種化されましたが、たった2か月後の6月に、ワクチン接種の積極的な勧奨を中断……。理由は、接種した10代少女たちからの「副作用」の報告が相次いだから。
あまりに早すぎる定期接種化、さらにその中断の裏には、不明なことが多すぎる――そう感じたジャーナリストの斎藤貴男さんは取材をはじめます。ワクチン接種が日本ではじまった経緯や、その背景にある「ワクチン・ビジネス」。医師、製薬会社、厚生労働省関係者、いまも症状に苦しむ少女の家族らの話から見えてきた、「このワクチンはいったい何物なのか」。それをまとめた『子宮頸がんワクチン事件』(集英社インターナショナル)に沿って、直接お話を伺いました。
定期接種化以前、すでに1,968人にトラブルが
――本書には、ワクチン接種後に少女たちに起きたトラブルの報告はかなり早い段階からあったと記されています。実際、どのくらいの数だったのでしょう?
斎藤貴男さん(以下、斎藤):定期接種化がはじまる前までに約328万人の少女がワクチンを打ち、そのうち1,968人に症状が表れたという報告があり、特に重篤なケースは360件を超えていたそうです。私も2010年ごろには、こうした少女たちがいるという情報をキャッチしていました。
症状は、全身の激しい痛みやしびれ、記憶障害、運動障害、てんかんのような発作の数々です。今回取材したなかには、お母さんの顔がわからなくなった少女もいました。脳神経外科や神経外科、内科、産婦人科とあらゆる病院で診てもらいましたが、原因がはっきりせず、なかなか治療をはじめられませんでした。お母さんは、娘にワクチンを打たせたことをひどく後悔しています。彼女は市の保険センターまで確認にいき、「必ず受けてください」といわれたから娘に受けさせたのですが、それでも自分で自分を責めてしまうんですね。
ワクチンとの因果関係を特定できない
――いろんな科を訪ね歩いたのも、ワクチンとその症状の因果関係が明らかではないからですよね。医師のなかには、母親がワクチンの話をしても取り合わず、心ないことをいう人まで……。斎藤さんはこの「因果関係」についてはどうお考えですか?
斎藤:20代、30代でHPVワクチンを接種する人も少ないながらいますが、接種後こうした症状に見舞われるのは、10代の少女がほとんどです。だからワクチン推進派は、ワクチンと症状とは因果関係がなく、そのぐらいの年齢の子に特有の疾患が「まぎれこんでいるだけと主張していますが……。
――まぎれこむ、とは?
斎藤:ワクチンを打たなくても、どのみちその子はその症状が起きていた。たまたま接種後のタイミングで発症しただけ、という考えですね。海外でも、若い女性に特有の集団ヒステリーで片づけられてしまう例がありました。少女たちの症状は解離性障害だろうと指摘する医師は、ワクチンの接種がトリガー(引き金)になってはいるのではないかと話してくれました。
でも、それを学術的に証明することはすごくむずかしい。専門分野が違うと医師の見方もアプローチも大きく変わります。でも、これはHPVにかぎったことではなく、すべてのワクチンにいえることです。1990年代に自閉症を引き起こすと疑われて騒動になったMMR(新三種混合ワクチン=はしか、おたふく風邪、風疹を予防する)にしても、新型インフルエンザワクチンにしても、副作用がまったくないという証明はできないし、接種後に何かのトラブルが起きた場合も、因果関係を断定することはできないのです。
性教育と切り離せない接種する意義
――トリガーというと、本書では「接種時の痛みや緊張、恐怖、不安などが身体の不調として現れた」という解釈もありましたが、少女たちは子宮頸がん、およびワクチンについてどのくらい理解して接種しているのでしょうか?
斎藤:性交渉を体験する前に接種、という前提があるから、とてもデリケートな問題ですね。だからこそ性教育と切り離せませんし、学校でも各家庭でも子どもの心身の成長段階にあわせて「なぜこのワクチンを接種する必要があるのか」を少女たちに説明し、そのうえで個人個人が接種を決める、というのが本来のあり方です。
でも、そうしたプロセスが非常におざなりにされていた。接種が学校単位で行われる場合は「みんなが打つから、うちの子にも打たせる」、またはさきほどお話した少女のように、自治体から必ず受けるよういわれたから受けさせた、というケースがほとんどでしょう。
――少女たちからすると、なぜ打たなければならないのかわからない注射、それもものすごく痛いものを打つというのはすごくショッキングな出来事ですよね。
斎藤:性犯罪で感染する可能性も考えると接種は早ければ早いほどいいということになりますが、そう単純にはいきません。セックスで感染するウイルスである以上、子宮頸がんもそれを予防するワクチンも、自分だけの問題じゃない。相手の男性の問題でもあるということまで理解し、納得して打つのが正しいのですが……。
ワクチンを反対する人のなかには、13、14歳でワクチンを接種することが、「性の乱れ」を助長することにならないかと危惧する人も少なくありません。これはこれで有効な切り口にもなり得ると思うのですが、なかなか、本質的な議論になっていきませんでしたね。
任意か定期接種か
――斎藤さんご自身は、再び定期接種化するための議論がなされるべきだと思いますか?
斎藤:子宮頸がんは相手の男性を選べばある程度は発病を抑制できるものだし、検診を受けることで、がん化する前に治療を始めることも可能です。1人ひとりの女性の生き方に大きく関わる病気だからこそ、国から「絶対打つべきだ!」と強制される性格のものではないと私は考えています。安全性が確認されたなら、あとは少女たち自身が家族と話し合って決めるもの。
それでは公衆衛生ではなくなるという指摘もあるでしょうが、段階をおってワクチンへの信用を積み重ねていくことが先決です。それで本当に安全だということになれば、多くの人が自然と打つようになるでしょうから、慌てるものではないという認識です。ただ、定期接種化しないと国からのお金が出ないのが悩ましいですね。
後編では、なぜ日本はこれほどまでに「ワクチンの是非」で揺れているのか。ほかの国との比較や、ワクチンが日本に入ってきた過程などについて詳しくうかいがいます。