九州20ヵ所に猛毒埋設 ベトナム戦争の枯れ葉剤成分 専門家「漏出の恐れも」 地元に不安
今年で終結43年を迎えたベトナム戦争。米軍の枯れ葉剤作戦では散布地でがんや子どもの先天性障害が多発し、今も被害に苦しむ人がいる。この枯れ葉剤の主要成分となる除草剤が、福岡、佐賀県境のダム近くの山林に埋設されているという情報が、特命取材班に届いた。猛毒のダイオキシンを含むという。環境への影響はないのか。現地に向かった。
「7月の西日本豪雨で、周囲に流出していないか、心配です」
情報を提供してくれたのは、北九州市立大国際環境工学部職員、原田和明さん(58)=北九州市小倉北区=だ。大手化学メーカー出身で枯れ葉剤の研究をライフワークにし、6年前には著書「真相 日本の枯葉剤」も出している。
一緒に福岡、佐賀県境にある埋設地に向かった。福岡県那珂川町から佐賀県吉野ケ里町に入り、坂本峠付近の林道を歩く。国有林の一角に突然、緑のフェンスで囲われた区域が現れた。傍らに看板が立つ。
《立ち入り禁止 2・4・5-T剤を埋没してありますので囲い内の立ち入りや土石等の採取をしないで下さい》
原田さんによると、2・4・5-T剤(245T)は、化学物質「2・4-D」と混合することで枯れ葉剤になる。不純物として含まれるダイオキシンには奇形を生じさせる強い毒性があるという。
吉野ケ里町に埋設されている量は945キログラム。数メートル先には九州自然歩道の散策路があり、ウオーキング愛好家も通る。約1キロ北東には、水道用水の確保などを目的にした福岡県営五ケ山ダムが完成したばかりだ。
「245Tが地中でどうなっているか。掘り返さないと分かりませんよ」。原田さんは警告する。
なぜ、245Tが埋められたのか。調べてみると、埋設地はここだけではなかった。その数、九州だけで20カ所以上-。
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■くすぶる不安、専門家「漏出も」
ベトナム戦争で米軍が使った枯れ葉剤の成分の一つで、全国の山林に埋められている除草剤「2・4・5-T剤」(245T)。国有林を管理する林野庁によると埋設地は一時、54カ所に上ったという。福岡県を除く九州6県21カ所を含む。なぜ、有害な化学薬品を地中に埋めることになったのか。担当者は言う。「毒性が疑われる前は農薬として使っていたんです」
説明によると、林野庁は1960年代後半、スギなどの成長を阻む雑草を枯らすため、245Tを国有林に散布した。その後、奇形を生じさせる恐れがあるとして海外で問題になったため、71年4月に使用中止を決定。他の農薬の処分方法を参考に、同11月に地中に埋設するように全国の営林署に指示した。
同庁に残る資料には、全国54カ所の埋設地が記されている。総量は固形状で約2万5千キログラム、液体状で約1830リットル。うち8カ所は「埋設地が民有地だった」などの理由で撤去したが、残る46カ所(九州5県19カ所)はそのままだ。
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もっとも、林野庁が245Tを使用・埋設した時期はベトナム戦争と重なる。枯れ葉剤研究を続ける北九州市立大職員の原田和明さんは別の見方を示す。「日本で造られた245Tが輸出され、米軍の枯れ葉剤に転用されていたのでは」
原田さんが注目するのは、69年の衆院外務委員会の会議録だ。「国会の爆弾男」と称された楢崎弥之助・元衆院議員=福岡県選出=が、同県大牟田市の工場で造られる245Tを挙げ、「日本の工場で枯れ葉作戦に使われる化学兵器がつくられているんじゃないか」と追及している。政府側から明確な答弁はなかった。
「ベトナム戦争で米軍が枯れ葉剤の使用を中止したことで、国策で製造していた245Tの在庫がだぶつき、国有林に埋めたのでしょう」と原田さんは言う。
林野庁はベトナム戦争との関連について「記録がなくて分からない」という。
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地中の245Tの安全性に問題はないのか。
林野庁は廃棄に際し、除草剤の10倍程度に当たる量の土と混ぜ、セメントで固めてコンクリート塊にし、水源から離れた地中に1カ所300キログラム以内の分量で埋めるように通達を出した。
実際には特命取材班が赴いた福岡、佐賀県境の同県吉野ケ里町も含め、通達の分量を上回るケースが目立つ。84年に問題化して再調査したが、環境への影響がないと確認したという。
「通達に反する大量投棄は事実だが、245Tは長期間、安定状態にあり、誰かが掘り返さない限り地中で動く可能性は考えにくい」と担当者。同庁は年2回の定期点検や災害発生後の臨時点検をしており、吉野ケ里町の埋設地についても、7月の西日本豪雨の後に異常がないことを確認したという。
ただ、点検は現地を目視するだけだ。地中のコンクリート塊について、岡山大の阪田憲次名誉教授(コンクリート工学)は「コンクリートは引っ張る力に弱く、水を通す性質がある。地中で亀裂が入ったり、土の中の有機物と化学変化を起こして劣化したりする可能性がある。雨水が染み込んで有害物質が周辺に出る恐れもある」と指摘する。
地元にも不安はくすぶる。吉野ケ里町や、五ケ山ダム下流域の福岡市など周辺自治体は毎年、245Tの撤去を求める要望書を林野庁に出している。同市はダムや周辺河川の水質検査を続けており、異常はないというが、市担当者は「絶対に流出しないという確証はない」と漏らす。
ダイオキシンに詳しい長山淳哉・元九州大准教授(環境科学)は「ダイオキシンの有害性は長年にわたって残り、分解する微生物も自然環境にほとんどいない。周囲に流出し、食物連鎖を通じて濃縮されれば、人間の健康被害につながりかねない。早急に地中を掘り起こし、調査するべきだ」としている。
=2018/08/23付 西日本新聞朝刊=