イベルメクチン投与国「コロナ感染者少ない」のからくり

酒井健司
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 新型コロナに対して抗寄生虫薬「イベルメクチン」が効果があるかどうかは現時点では不明確です。しかし、イベルメクチンにきわめて強い期待をしている人たちがいます。その一因はイベルメクチンを推している医師がいるからでしょう。一例として、東京都医師会の尾崎治夫会長が記者会見で「まったく効かないという話は、むしろないのではないか」と述べたと報道されました。そういう考えの医師がいてもいいとは思いますが、記者会見資料を見るとそう主張できるほどの根拠は提示されていませんでした。以下、資料を引用します(※1)。

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WHOがアフリカで熱帯病を撲滅するために、イベルメクチンを投与してきた国と投与しなかった国でのコロナ感染症数と死亡者数の比較

 もともとイベルメクチンは寄生虫に対する特効薬です。アフリカの一部の国々は新型コロナの流行以前から寄生虫感染の予防目的として広く定期的に住民にイベルメクチンを投与してきました。イベルメクチンを住民に予防投与していた国と、そうでない国とを比較したのが引用した表です。投与国は非投与国と比べて新型コロナの感染者数も死者数も少ないことから、イベルメクチンが新型コロナの感染や死亡を予防する効果があると思いたくなります。

 しかし、投与国と非投与国とでは、イベルメクチン以外にも気候、経済、医療体制、人口構成などさまざまな条件が違います。仮にイベルメクチンがまったく効かないと仮定しても表で示されたような投与国と非投与国の差が生じることはあります。どのような可能性がありうるのか考えるのはちょっとした頭の体操になります。

 寄生虫が流行する気候では新型コロナは感染しにくいのではないか。寄生虫疾患が流行するのは人口密度が低い農村地帯で、人口密度の高い都市部と比べて新型コロナが流行しにくいかもしれない。投与国は非投与国と比べてPCR検査数が不十分で過小に評価されている。あるいは逆にイベルメクチン投与という予防手段を取れる国の方が公衆衛生に優れ新型コロナの感染制御もうまくいっている。他の感染症への免疫応答が新型コロナに防護的に働いている。などなど。

 実際のところ、アフリカにおける投与国と非投与国の差の主因はイベルメクチンではないと言えます。まず、寄生虫の予防のための住民へのイベルメクチン投与は年に1回から2回に過ぎません。予防対象の寄生虫疾患は慢性感染症なので年に1~2回の投与間隔でもいいのですが、新型コロナは急性疾患です。よしんばイベルメクチン投与が新型コロナの予防に役に立つとしても、年に1~2回の投与では国レベルの感染者数や死亡者数の顕著な差は説明できません。そもそも、住民への定期的なイベルメクチン投与は新型コロナ流行による混乱で最近まで一時中断されていました(※2)。投与されていない薬が効くはずがありません。

 投与国と非投与国での感染者数の差異を比較するといった、個人レベルではなく地域や国といった集団レベルで要因と病気の関係を調べる手法を「生態学的研究」と呼びます。個人の情報が反映されませんので観察研究の中でもエビデンスレベルは低いとされます。「イベルメクチンが新型コロナに効くかもしれない」という仮説をつくるのには役に立ちますが、「全く効かないとは言えない」と主張するのには不十分です。イベルメクチンに期待するとしても、せめて生態学的研究以外の根拠も提示すべきでした。医師会長という立場の方には「生態学的研究ではイベルメクチンが効くとは言えません。特効薬だと慌てて飛びつかないように」と注意を促してほしかったです。

 ※1 https://www.tokyo.med.or.jp/wp-content/uploads/press_conference/application/pdf/20210813-1.pdf別ウインドウで開きます

 ※2 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33515042/別ウインドウで開きます(酒井健司)

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内科医・酒井健司の医心電信

酒井健司

酒井健司(さかい・けんじ)内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。