~葬儀の日程~
2096年8月17日
九校戦が終わったらすぐに八雲が迎えに来るものと身構えていたが、身構えたまま1日が過ぎた。その上、2日目の朝となっても音沙汰がない。
なので、迎えの事は横に置き、日常を謳歌していた。
現在は、七草3姉妹とのお茶会用に茶菓子を仕入れているのと、そのついでに東京都心で行列を作るプリン専門店に寄ってきた帰りである。ついでの用が本命に見えるのは気のせいだ。
そんな帰り道で、奇妙な感覚に襲われた。
(帰り道、じゃない。俺はいつから路地裏に入っていた?)
帰路に就いていたはずが、気付けば路地裏に足を踏み入れていたのである。
それで、無意識に誘い込まれた事を直感したと共に、わずかなサイオンを感じ取った。
そう、俺は魔法によって誘い込まれていたのだ。
「そろそろ出てきたらどうですか?」
術者の気配が近くにあり、その気配が正確に感知できていない。
となれば、その術者は九重八雲――
「さすがでございます、四葉十六夜様」
――ではなくて周公瑾だった。
「お前かよ」
「おや?誰かと勘違いを?」
「……それは良い」
何が良いのか俺も分からないが、とにかく良いのだ。
「何の用だ?人目のない場所とはいえ、俺とお前が白昼堂々会うのは
「承知しております。ですので、手短に報告を」
人違いは追及せず、周公瑾は佇まいを整えた。何処か、焦っているようである。
「四葉に捕捉されましたので、京都に逃げます。そして、それ以上の逃走は難しいので、そこでおそらく死ぬでしょう」
何事もないように自身の死期を悟る周公瑾。まぁ、この男にとってはもう何度目かの死なのだろうが、如何せん雰囲気が軽い。
「お前、もしかして都合良く死ぬために、わざと四葉に見つかったな?」
四葉に地の果てまで追い詰められる事が決まったと言うのにそう軽い雰囲気なのは、自身で死に場所を作り出しただからではないだろうか。今まで逃げおおせていたこいつが、今になって見つかるとは考えづらい。
「いえいえ、逃走が難しいのは事実でございます。さすがにこのまま続けると、対価が高く付いてしまう」
払う対価さえ気にしなければ、こいつは逃げ切れるらしい。しかし、今の体に拘るより、さっさと次の体に乗り換えてしまった方が安く済む。そういう損益計算が、この男の中でなされている訳だ。
原作での死に際が呆気ないと思っていたが、案の定あれで終わりではなかったようだ。
原作ではその後どうなったのか。興味はあるが、知りようのない話である。
「とりあえず、お前の捜索に俺が加わるかは不明だが、達也の方はまず間違いなく出張ってくる」
「おやおや、『
特一級の難敵が出てくるという情報に、周公瑾はやはり動揺などせず、むしろ不敵な笑みを浮かべていた。
まぁ、原作主人公に追われるなんて、彼の言う通り「年貢の納め時」だ。確実に死ねて、死を怪しまれる事もない。
「急かすつもりはないが、次の体に移ったら速やかにこっちへ合流してくれ」
俺はできる限り早く情報網が欲しい。予期せぬ事態は勘弁願いたい。
「合流はもちろん、体の移行も速やかに済ませます」
周公瑾も早期の合流を望んでいるのか、とても意欲的だ。
「では、私はこれで」
路地裏から表通りに姿を晒したかと思えば、周公瑾は一瞬で雑踏に溶け込んでいった。
「さてと。家に帰らないとな」
俺も何事もなかったように帰路を辿るのだった。
◆◆◆
~伝説は語り継がれる~
2096年8月18日
件の交渉について肩透かしを食らい続けている朝。不意に、インターホンが鳴ってカメラ映像を見るが、そこには誰も居なかった。
俺は念のため、玄関を確認する。もちろん、敵の潜伏を警戒しながら。
しかし、気配が感じ取れずに周りを見回せば、封筒が1つだけ足元に置かれていた。
罠の可能性を考慮しながら、わざわざ封筒を宙に投げてシルバーブレイドの限界射程で封を切るという、曲芸と言って良いのか微妙な代物を披露する。
封筒の中身は紙切れ1枚。読まない選択肢はない。
「「九重寺で待つ」、か。迎えに来るんじゃなかったのか……」
手紙の内容に、俺は肩を落とした。
いや、確かに八雲が車や何かで迎えに来る絵面は全く想像できないが、それにしたってこれはない。迎えじゃなくてただの呼び出しだ。
「文句を垂れたところで、意味がないしな……」
仕方なく、俺は俺1人で九重寺に向かう。
そうして辿り着く九重寺前の石段。
「はぁ……」
俺はこれ見よがしに溜息を吐いた。
親切な出迎えもない故ではない。石段上部に人の気配を曖昧に感じた故だ。
誰かが隠れているのだ。そして、超人である俺の五感から、曖昧に感じる程度に留まるが、隠れられる人間は少ない。
十中八九、八雲が待ち伏せし、何か仕掛けてくるだろう。
「迎えは迎えでも、手荒な出迎えだなぁ……」
言葉が漏れてしまう程意気消沈しながら、色々と諦め気味に石段を踏む。
そして読み通り、石段の半ばあたりで変化が起こった。
石段が、急激に伸びたのだ。山門が見えなくなる程に遠ざかる。
「幻術の類かな……」
半ばで仕掛けてきたのは、古式魔法だからか。出が遅いから効果を発揮するのに時間がかかった。もしくは効果を強めるために時間をかけた。どちらなのかは、俺が知りようもない。
「惑わされてるのは、視覚だけか」
数歩昇ってみるが、足に変な感覚が伝わるでもなく、耳に聞こえる足音と足の感覚がずれているでもない。
では、簡単だ。目を瞑ってしまえば良い。
触角と聴覚、ついでに記憶を頼りに石段を踏みしめていく。
15段も昇れば、突然弦を弾く音が耳に届く。しかし、風を切る音はない。
魔法による幻聴と判断して、躊躇いなく石段を昇る。
次に耳へ届いたのは、腕を振る音と物が風を切る音。
こっちは実体だろうと、横幅跳びのように跳んで躱す。後方で石が落ちた音がした。
石段昇りを再開する。
今度は何の音もしなかった。しかし、微かに風が肌を撫で、俺は身を屈める。
そうすると、頭上を何かが通っていったような風が吹いた。後に、木片が砕けた音がする。丸太の振り子か何かか。
回避に成功したようなので、俺は足を進めた。
記憶する限りだと石段を昇りきった所で、俺は目を開ける。
目の前には山門と、苦笑いしている八雲が居た。
「君、知覚系とか持ってたっけ?」
「おや。俺が知覚系を持っているか否か、八雲和尚はご存じないのですね」
俺がそう皮肉気に言い放てば、八雲は肩を竦める。
こんな出迎えをしたのだ。俺の口から素直な回答がもらえるとは思わないでほしい。
「いやはや、これが『英雄』って事なんだろうね。納得と言えば、納得だよ」
「「英雄」?」
急に出てきた意味深長な単語。流れ的に俺を称した言葉なのだろうが、俺に思い当たる節はない。
「君が一番分かってるんじゃないかい?」
八雲は苦笑いを不敵な笑みに変えた。
その不敵な笑みに、俺は秘密が暴かれたような悪寒を覚える。だがやはり、俺は「英雄」と言われても全く分からない。
俺はただ、眉を顰める事しかできなかった。
「時間も迫っているし、閣下もお待ちだ。行こうか」
閣下。間違っても烈の事ではないだろう。
とするならば、八雲の上司であり、「魔を嫌う集団」の幹部以上。
俺は薄く汗をかきながら、八雲に寺院内の何処かへ案内される。
案内された先は奥の間。そこには真夜ともう1人、壮年の男性が綺麗な姿勢で座っていた。
坊主頭、しっかりとした体つき、白く濁った左目といった特徴的なその男性。
初対面ではあるが、俺は誰だか思い当たった。
(
自身の家に出資してくれている人物が、己を毛嫌いする者の1人。そんなあまりにも不都合な事態が、俺の眼前に示されている。
「座せよ、元・名もなき少年兵」
東道が、入り口で立ち止まる俺をそう促した。
当然と言えば当然だが、彼は俺の出自を知っているようだ。真夜といえど、出資者に虚偽報告も情報隠匿もできなかった訳だ。
俺は口を強く結んで歯噛みしているのを隠しながら、用意されている座布団の上に膝を正した。
真夜は浮かない表情で目を伏せているが、東道と俺は真っすぐ視線を合わせる。
彼の目はわずかな敵意と、何故だか多大な警戒心を孕んでいた。
俺が所以不確かな警戒心を気にしていると、東道の方から口を開く。
「お初にお目にかかる、今代の『聖女』殿」
東道の開口一番に、俺は瞠目した。
『聖女』。俺は『Rewrite』に出てくる、あの記憶を受けつぐ者たちを想起してしまった。
しかし、あり得ない。あの『聖女』について、この世界で言及されるはずがない。
「失礼ですが、東道閣下。「聖女」とは何の事でしょうか」
「白を切らずとも結構だ、聖女殿。私は其方の先代が組織していた集団の末裔である。尤も、私の先祖は其方の先代と対立する一派、いや、対立する事になった一派、『英雄派』であるが」
並べ立てられる不都合な事実に、俺は表情が歪むのを必死に堪える。
ああ、理解した。つまり、この世界に『Rewrite』の『聖女』が存在したのだ。
おまけに、『Rewrite』で言うところの『マーテル協会』も存在して、東道青波の先祖はそこに所属していた。敵対する一派という事で、ご丁寧に『聖女』の情報を残していたのか。
「
そして、この現状で最も不都合なところは。この目の前の男が、俺を『聖女』と勘違いしているところである。
俺は『聖女』ではない、転生者だ。自身の前世から記憶を引き継いでいるだけで、この世界の他人の記憶なんて引き継いでいない。
「……俺がその『聖女』であるという証拠は?」
その不都合を切り抜けるために、俺は相手の勘違いを正せる材料を探す。
「「リライト能力」。その能力の前保持者、我らが『英雄』もそう呼んでいた」
神の悪戯か、悪魔の仕業か。リライト能力前保持者、先代リライターとその能力の呼称が被っていた。
さらには、『英雄』。リライターを指して用いられているだろうその名称。八雲が俺を『英雄』と呼んだのは、東道経由で俺がリライターだと分かっているという事だ。
彼らには、俺のリライト能力まで詳細に知られている。
「証拠が足りぬというならば付け足そう。其方の『付喪神』。あれは『魔物』から着想を得たものであろう」
東道はまさしく正鵠を射ていた。
『付喪神』は確かに、『魔物』という発想の起点がなければ出てこないだろう。
手詰まりだ。『Rewrite』の原作知識を使いすぎ、その知識がこの世界の『聖女』が持ち得るそれと重なってしまった。
『庭の文明』、篝が居た痕跡を見つけた時点で、『聖女』の存在を推測し、この事態は予測するべきだったか。
いや、それでも遅い。リライト能力について四葉に開示したのは俺が四葉に捕まった時。その情報が東道に回った時点で、俺はこの男の警戒対象だ。
遅かれ早かれ、この事態を迎えていた事になる。
「前回は我らが『英雄』を道連れにし、魔法が普及する前に抹消せんとした。此度は何を企てておる。我らが『英雄』の力を得て、何を仕出かすつもりだ、『聖女』よ」
最大限の敵視と警戒を以って、東道は俺を威圧した。
おそらく、彼が警戒する要因である『聖女』疑惑は払拭できない。今更「『聖女』ではない」と反論したところで、「ではその知識を何処で得た」と返される。
そう返されるのが、俺が考える中で最悪のルートだ。原作知識などと、誰が信じる。そも、そうなれば転生者である事を明かさねばならない。
前世を明かすなんて無理だ。俺が無能で親不孝だったと明かすなんて、この今世で積み上げてきたモノ全てが台無しになる。
そんな事はできない。そんな事はしたくない。
(そんな事をするくらいなら、俺の罪を明かすくらいなら……。『聖女』の罪を背負った方がマシだ!)
俺は、意を決した。
「……俺は東道閣下の仰る通り、『聖女』の知識を持っています。リライト能力についても同様に。ですが、俺は先代『聖女』が何をしていたのか記憶しておりません。記憶については、先代より継承していないのです」
俺は、勘違いさせたまま、しかし嘘は吐かない。
「言い逃れ甚だしい」
「俺が記憶を継承できていたのなら、「東道」という姓を持つ貴方に注意していたはずだ。しかし、俺はそうしておらず、貴方の網にかかった。記憶を継承した『聖女』がこのようなミスを犯しますか?男への継承というジョーカーを切った『聖女』が、こんな簡単に敵に見つかりますか?」
「それも其方の策略であろう」
東道の警戒はまだ解けない。睨みが鋭さを増していく。
「閣下、どうか聞いていただきたい!俺には中途半端な知識と、贖罪の意識しか受け継がれていないのです!」
「……贖罪とな?」
ここに来て初めて、東道の瞳が揺れた。
この路線で行けるか。
「そうです、俺は生まれながら自身が罪を背負っていると自覚していた!それが先代『聖女』の継承によるモノなのか、はたまた先代『英雄』の遺志なのか。俺の心には、ただひたすらに罪を償いたいという意識だけがあった」
一部事実を混ぜながら、細部をぼかし、彼らが崇拝する『英雄』由来のモノかもしれない可能性も仄めかし、俺は語る。
「だから、俺は今日この日まで贖罪を胸に生きてきた!人の役に立つために己の手を血で汚してきた!貴方の邪魔はしない、むしろ従僕になっても良い。ただ、俺に罪の償いをさせてくれれば、それで良いんだ!!」
この言葉に限っては、心の底から叫んだ。
罪の償い。それを遂行させてくれるなら、本当にどういう扱いでも、俺は構わないのだ。
そのために生きる今世だ。そのために汚してきたこの身だ。この期に及んで汚れ方など、選ぶ気はない。
「……。いくつかの手記から、『英雄』は己が行いを悔やんでいる事が読み取れている」
東道は記憶を掘り起こすように、思案するように、目を閉じた。
「同時に、『聖女』は自身の一派と心中しようとしていた。『魔法』が蔓延るという新しい時代に、『超人』や『魔物使い』という古き時代はいらぬと。彼の者が世を憎んでいたのも事実だが、『英雄』の賛同者であったのもまた事実」
「……」
ゆっくりと目を開く東道。俺は彼の一切の挙動を見逃さず、判決を待つ。
「取引だ。今代の『聖女』にして『英雄』殿、我らが忌み嫌う妖魔よ。我が国の防衛に尽力し、その身が失せ次第、この国より退去せよ。この取引が守られる限り、其方の正体を秘匿し、『四葉十六夜』として生きる事を許す」
それは、ある種折衷案だった。
怨敵たる『聖女』への警戒、讃えし『英雄』への畏敬、忌み嫌う妖魔への恐怖。そして、守るべき国への忠義。
そんな様々な感情が混じった末に至った、妥協であるかのようだった。
「ありがとうございます!」
俺はその折衷案に、感謝と承諾の意を込めて頭を下げた。
これで、俺は『
「其方を国家公認戦略級魔法師とするかはこちらで協議する。其方は席を外せ」
「……分かりました。失礼します」
俺は目を伏せたままの真夜を一瞥した後、東道の指示に従って席を立った。
彼らの協議がまとまるのを待つべく、控えていた八雲に案内された客間で腰を落ち着ける。
「それにしても、『英雄』に『聖女』ねぇ……」
俺への応対をするために同席した八雲が、しみじみとした言葉を漏らした。
「八雲和尚も先祖がその両名の組織に所属していたんですか?」
「いや?東道閣下から聞かされるまで、そんな話は露とも知らなかったよ」
八雲は『聖女』等に関して言えば、どうやらほぼ部外者らしい。
「魔を嫌う集団」の全体が『英雄派』で構成されている訳ではないようだ。
「魔を嫌う集団」に『英雄派』が迎合したのか。それとも、『英雄派』が前身ではあるが、もう形骸化しているのか。
「記憶を受け継ぐ『聖女』と、特殊な力を受け継ぐ『英雄』。まるで御伽噺だ。この年になってそんなファンタジーを聞かされるとは、全く思いもしなかったよ」
「魔法というのも、1世紀前にはファンタジーだったでしょう」
「それもそうだね。僕たち古式魔法師からしたら、ずっとリアルだったけど。それに比べたって『聖女』と『英雄』はスケールと聞かされた時の衝撃が大きかったよ」
歴史の裏側に潜み続け、未だなお隠され続けている『聖女』と『英雄』。
同じく歴史の裏側に居た、しかし暴かれてしまった古式魔法師としては、確かにそれは衝撃的な話だっただろう。
「それで、そんなモノをどちらも受け継いでしまった君は、何をするつもりなのかな?」
何故か、八雲は東道がした質問を繰り返した。
「贖罪です。それ以外は何もしません。パラサイトとして生き永らえる気もありません。『四葉十六夜』の生が終われば、俺は自害します」
その何故を問わない。返答を言い淀まない。彼らの意図など、俺の邪魔にならない限りどうでも良い。
俺は本当に、贖罪のためだけに生きているのだ。それ以外は考慮に値しない。
「そうかい。それは良かった」
八雲は雰囲気を和らげ、お茶請けの煎餅に手を伸ばした。
用意されていた最後に1枚を、彼はかじる。
「煎餅、おかわりないですか?」
「……」
その最後の1枚以外平らげた俺がおかわりを要求すると、八雲は釈然としない面持ちになった。
「羊羹で良い?安いのだけど」
「有り難くいただきます」
俺は運ばれてきた羊羹を残さず食べるのだった。
東道青波:『超人』と『魔物使い』を束ねた組織に所属していた『英雄派』構成員の子孫。「リライト能力という摩訶不思議な能力を持つ少年を捕らえた」と、真夜より報告された時から、その動向を注視していた。リライト能力という名称を十六夜が知っていた事から、『聖女派』の生き残りか『聖女』本人かと予測しており、今回鎌をかけて『聖女』本人である事を特定した。
しかし、『聖女』本人であるにしては行動に疑問が残っていたので、「『聖女』の継承か、『英雄』の遺志か。贖罪の意識がある」という言葉に一定の説得力を感じてしまった。そのため、取引を持ち掛け、取引に応じる限りは見逃す事にしたのである。
閲覧、感謝します。