魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第三十八話 予定調和の綱渡り

2096年2月15日

 

 バレンタインデーは昨日で終わったはずなのに、どうも学校は騒がしかった。生徒たちの内緒話から「ピクシーが……」「幽霊……?」など断片的に聞き取れば、俺はそれがピクシーに憑依したパラサイトが起きたのだと分かった。

 

 話の真実が知っている俺は噂話に興じず、野次馬的にピクシーを見に行くこともしなかった。機械弄りが得意というわけでもないので、達也と違ってピクシーの調査に呼び出されることもなかった。

 

 昼休みに達也の付き添いで出ていった深雪とほのかが四時限目の終わりに帰ってきたのを視認する。ほのかが若干涙目で顔が赤かったので、ピクシーが原作通りほのかのプシオンで目覚めたのだろう。俺は順調に物語が進んでいることに安堵しながら、帰ってきてから時折怪訝な視線を投げかける深雪に疑念を抱いた。

 

 そうして放課後。今日は昨日巡回を押し付けた風紀委員の先輩方が当番を肩代わりしてくれるので、特に用事のない俺は真っすぐ帰路に就くつもりだった。教室の前で出待ちしていた達也と目が合うまでは。

 

「十六夜、お前に訊きたいことがある。付いてきてくれ」

 

 警戒心を放つ達也は俺に同行を願う。かなり重大な話なのかもしれない。否はないので了承すれば、すぐにほのかと深雪が俺の背後を追ってきた。達也は彼女らが一緒なことに何も言わないし、彼女らが達也と一緒なのに不自然はないのだが、俺を挟むような列には違和感を覚える。

 

 俺は違和感が拭えないまま、実験棟の空き教室まで連れていかれた。その空き教室の中には達也一団とピクシーが居る。俺の後に入室した深雪とほのかが教室の鍵を閉め、そして、俺が達也一団に円形に囲まれる。達也一団全員が、それぞれ含む意思が微細に違えど、俺を睨んでいた。

 

 達也がピクシーとアイコンタクトをすると、俺は何かノイズのようなモノをキャッチする。一層険しくなる達也の表情を見て、俺は直感した。今、達也とピクシー、いや、パラサイトの間でのみテレパシーが使われた。そして、おそらく俺の秘密が露呈した。

 

「なるほどね。俺がパラサイトだと気付かれたわけだ」

 

 この状態ではぐらかすのは悪手であり、最初に俺が秘密を語るのが最良と判断する。

 

「まさか、本当に十六夜が……」

 

 息を呑むのが深雪、それと幹比古とほのかと美月。構えるのがエリカとレオ。睨み続けるのが達也。

 

「味方だと証明するには、状況証拠だけじゃ足らないかな。両手上げて降参を示したところで魔法は使えてしまうし……。そうだね、こうしよう。「俺、四葉十六夜は司波達也からの訊問に対し、自身がパラサイトに乗っ取られていないことを立証できなかった。そのため、司波達也により処断された。彼の判断は妥当であり、彼に一切の非はない。四葉十六夜の遺言は、それを証明するものである」。はい、これで疑わしいと思ったらいつでも殺してくれ」

 

 俺は遺言を録音した携帯端末を達也へと投げ渡す。達也は端末を掴みとり、一瞬の注視の後に俺へと視線を戻す。エレメンタル・サイトで罠の類を調べたのだろう。相変わらず便利そうで厄介な眼だ。

 

「まず、お前はどっちの味方だ?」

 

「「どっちの味方」と訊かれると答えづらいね。とりあえず、パラサイトの味方ではないよ。味方する優先順位で言えば、最優先は母親である四葉真夜、二番目は友人である君たちだ」

 

 俺は達也の質問へ、誠実に、明確に答える。疑いは少しでも晴らさねばならない。

 

「いつパラサイトに憑依された?」

 

「パラサイト憑依者に初めて出くわした時、俺とレオが倒れた日のパラサイト憑依者を殺した瞬間にだ。憑依者を一人殺したせいで自由になったパラサイトが俺に憑依した」

 

「……何故お前は学校に潜んでいる?」

 

「潜んでいるつもりはないさ。他のパラサイトと目的を共有していないし、魔法師を襲う気も全くないからね。俺は俺のまま、当たり前の日常を過ごしているだけだ」

 

「お前は、『四葉十六夜』のプシオンに従っているということか?」

 

 俺はその質問に苦笑いを浮かべてしまった。あくまでパラサイトとして扱う達也の対応が慎重すぎるように感じたのだ。

 

「達也、確かに俺は以前の、パラサイトに憑依される前の俺とかなり変わったかもしれない。だが、俺は俺のままだ。俺は『四葉十六夜』だ。『パラサイト』じゃない」

 

 呆れ交じりな俺の返しに、達也は眉を顰めた。パラサイトの乗っ取りから逃れた者は俺以外に一人もいないのだから、怪しむのは当然だ。

 

「どうやってパラサイトの乗っ取りに対処したかだが、俺ならではの対処法だな。俺以外にはできないだろう」

 

「……自己暗示か」

 

 それらしい言説をいくつも並び立てて誘導しようとしたところ、達也は一つ目でその誘導に嵌まる。如何に天才と言えど、リライト能力なんて未知には至れないようだ。まぁそれだけリライト能力が埒外なのだが。

 

「パラサイトはプシオン、精神に強く依存した存在だ。そこのピクシーが良い例になるかな」

 

「ピクシーにほのかの精神が写し取られたことを把握していたのか?」

 

「誰の精神かは知らなかったが。俺がパラサイト憑依者と検知できたんだから、ピクシーはパラサイトに憑依されてて。そのピクシーが達也の側に居るなら、それは達也の味方の精神を写し取ったと把握できる。まぁ、パラサイトから抜き出せた知識のおかげでもあるが、そう難しい推理じゃないだろう」

 

「……信じて良いんだな」

 

 相手に託すような言葉と揺れる眼差しが達也らしくない。何か、決めかねている意思がそこに窺える。原作主人公の逡巡、妹のためなら容赦のない男の躊躇。なんと声を掛ければそれらは取り払われるのか、理解するのは非常に難題だ。だから、俺は正直に一言述べることにした。

 

「達也。君が四葉真夜の敵にならない限り、俺は君の味方だ」

 

 俺にとっての一線。そこを侵さないというのであれば、俺が原作主人公と敵対する理由はない。むしろ不利益だ。

 達也にとって完全な信頼を置ける言葉ではないだろうが、その一線を明らかにすることが重要だ。

 

「……信じよう、十六夜」

 

 達也は鋭い目を閉じ、張りつめた息を漏らした。それに周りの皆も真似るように息を吐く。緊張状態はそれで解除された。

 

「その、すまない。十六夜が味方なのは分かったが、どうやってパラサイトから逃れたんだ?」

 

「十六夜は自己暗示のような固有の精神干渉系魔法を持っている。それで対抗した、そうだな」

 

 幹比古の疑問に達也が解説を始めて、俺に続きをするように促す。俺は否定も肯定もせず、笑顔を浮かべた。

 

「その俺固有の力は本来俺しか対象にできないんだが、パラサイトの乗っ取りは「俺」になろうとする行為だったせいか、俺の力の対象になった。この辺り、魔法理論的には語れないな。精神干渉系魔法は未だに解明されてない部分の多い魔法だし」

 

「十六夜はプシオンに対して情報強化する魔法を持っていて、パラサイトのプシオンの書き換えに対抗できた。いや、この場合情報強化と言うより、系統魔法がエイドスを書き換えるようにパラサイトの精神を書き換えたのか?」

 

「ふむ、興味深い話だな。パラサイトの精神変容がプシオンに対する情報の書き換えと仮定するなら、精神干渉系魔法に類似していると考えられる。過程を調べることができれば、精神干渉系魔法のブラックボックス、ひいては魔法全体の解明に繋がるかもしれない」

 

 俺の解説を受けて、幹比古と達也は高等な考察をし出す。

 

「えーと、つまりどういうこと?」

 

「パラサイトに乗っ取られる前に、パラサイトを乗っ取ったんだ」

 

「なるほど」

 

 首を傾げたレオに身も蓋もない端直な結果を言えば、理論とかはどうでも良いとばかりに納得した。エリカやほのか、美月も言葉にはしていないものの、レオと似たようなものだろう。

 

「補足すれば、俺はパラサイトとしての能力をほぼ失っている。パラサイトの知識一部とパラサイトの魔法演算領域が、俺の得たモノになるね」

 

「自分が自分であり、パラサイトではないと暗示を掛けた結果、パラサイトであることを強く自覚しないためにパラサイトの力にロックが掛かっているのか」

 

「そういうことなんじゃないか?」

 

 達也の解釈に俺は乗っかっておく。元より俺は自己暗示の精神干渉系など持っていないので、全くの見当外れなのだが、俺の力を隠すのにその間違いは都合が良い。

 

「十六夜、もう一つ質問して良いか。パラサイトとはおそらく関係ない質問だが」

 

「構わないさ。何か気になることがあるのかい?」

 

 達也が改まって言うものだから俺は興味が引かれて続きを促す。

 

「お前の性格が大分変ったように感じている。自覚もあるようだが、何がきっかけなんだ?」

 

「そうだな。……どう話したものか」

 

 きっかけは間違いなく『月』での事柄のせいだが、それを全部話すのは俺の正体を語るようなものだ。まぁ実際話したところで与太話が過ぎるのだが。しかし、真に受ける受けないに関わらず、俺の正体へ至るヒントを与えるのは不味い。だから、俺は『月』について省いてそれらしい理由を騙ることにした。

 

「……達也たちも分かってると思うが、以前の俺は自信がなかった。俺は『四葉』の名を背負っていけるのかが不安だったんだ」

 

 恥ずかしい心の内を語るように、俺は俯いて口を開く。

 

「『四葉』の風評と求められる実力のハードル、十師族の使命と必要な交渉力。俺はそれらを独りで乗り越えなければならないと、気負っていた。そして、俺には不可能だと、思う俺自身が居た。実際に、第一高入学試験で実感したんだよ。深雪に実技で負けて、達也に筆記で負けてね。誰もそれについて触れないが、俺自身は求められている実力を越えられていないと思ってしまった」

 

 嘘の中に真実を混ぜる。新入生総代となれなかったことに、自身の実力不足を感じていたのは決して嘘ではない。結局、転生者として特典を貰っていても、原作主人公とヒロインは越えられないと思い知らされたのだ。

 

「数値化された実力で負けたのなら実戦能力で示すしかない。十師族としての使命もある。俺は誰よりも危険な場所に立たなければならない!……そんな空回りのせいで怪我ばかりだ。おかげでそっちの自信ももろく崩れたよ」

 

 九校戦での一条戦、横浜事変での呂剛虎戦。もっとうまくできたはずだ。そうだとしても惨めな過去の結果は覆らない。

 

「パラサイトの時は、半ば自棄だったかもね。「誰よりも早く吸血鬼を捕縛してやる。この事件を早期に解決してやる!」ってね。そんなに必死になってこの体たらくなら、もう折れるしかないだろう」

 

「だが、お前はいつも成果を上げてきた。パラサイトに対する十師族三家の協力も、十六夜の力あってこそだ」

 

 達也の弁護に俺は横に首を振る。

 

「俺にはそうは思えなかった。「事の脅威性を鑑みれば、如何に仲が悪い四葉と七草も手を取り合うだろう」と、以前の俺ならそう捉える」

 

 原作知識抜きかつ自己嫌悪状態なら、そう考えても無理はない。どちらもないのはあり得ないが、ここでやりたいのは「それが真実である」と俺自身も思うこと。嘘を吐いているという認識をできる限り消して、その嘘を吐いている雰囲気を消す。

 

「そんな自己嫌悪に陥り続けていた俺へ、母上は言ったんだ。「一人で背負わないで。私を信じて」と。それで気付いた、俺は今の今まで誰も信じていなかったんだ。母親にさえ、無能を晒せば俺を切り捨てると思い込み、恐怖していた。周りにもだ。何か一つでも失敗すれば、俺はみんなに嫌われてしまう!そんな被害妄想の日々だ。誰も信じられるわけがない」

 

 嫌われることを嫌い、失敗を恐れているのは前世からの悪癖だ。『●●』(過去のステータス)ではそうなり得るだろうが、『四葉十六夜』(今のステータス)ならそのような事態にはならないだろう。『四葉』の箔があるし、『四葉』の遺伝子はなかなかのものだ。

 

「だが、人の本音を推し測る術を知らない俺でも、さすがに泣き崩れられたらそれが本音だと分かる。泣きながら「信じてほしい」なんて言われて信じられなければ、それは最早人間じゃないだろう。だから、俺はまず母上を信じてみることにした。そして、信じたい人を、友人たちを信じてみることにした」

 

 さっきまでの沈鬱な表情を拭い、俺は達也を真っすぐ見つめる。

 

「こんな俺にも友人が居るんだ。ならば、俺にも良い点があるのだろうと、あっさり嫌っていた自分を受け入れられた。それに、自虐が過ぎれば今度こそ君たちに嫌われてしまうと思うとね。少しくらい改善するものさ」

 

「そこまでで十分だ。疑ってすまなかった」

 

「謝るのはこっちの方だ。今まで信じていなくてすまない。それと、これからは信じさせてもらって良いよな?」

 

「ああ」「ええ」「もちろん」「良いぜ?」「良いわよ?」「はい」「もちろんです」

 

 達也・深雪・幹比古・レオ・エリカ・ほのか・美月、それぞれが嫌な素振りを微塵も見せず、肯定してくれた。

 

「ありがとう」

 

 俺は彼らに率直な感謝を返す。「素直に騙されてくれてありがとう」と、「君たちがお人好しなのを信じてよかった」と。

 

「それで、十六夜。これからピクシーにパラサイトについて訊いていくんだが、ピクシーの返答に嘘はないか教えてくれ」

 

「ああ、ちょっと掘り返せる知識が多くないから頼りないかもしれないが。承ったよ」

 

 そこから主題はパラサイトへ移り変わり、達也がピクシーへと訊問していく。達也から合っているか訊かれた際は、増殖に関することには「分からないが、嘘を吐いてる様子はない」、この次元に来た個体数に関しては「合っている」と答え、ついでにパラサイトの能力について俺から達也たちに開示した。

 

◇◇◇

 

 達也から敵視される可能性が減って一安心した放課後を終え、時は夜になったばかりの頃。俺の携帯端末を見覚えのないコールナンバーが振るわせていた。若干警戒しながらも、四葉関係者だろうと予想して応答する。

 

〈十六夜様〉

 

 思った通り、電話の主は声に聞き覚えのある四葉関係者だった。

 

「ヨルさん、で良いのかな?」

 

〈ご配慮感謝いたします。大事に至るような用件ではないのですが、一応お耳に入れておこうかと〉

 

「何かあったのかい?」

 

 この呼び名で良いということは、亜夜子(ヨル)は仕事中であるということだ。その仕事中、俺に伝えた方が良い案件というのはあまり良い予感がしない。

 

〈達也さんの近辺を武装したUSNA軍が張っています。おそらく、もう幾ばくか後に襲撃するでしょう〉

 

「達也は一人?」

 

〈はい。深雪様は御稽古の時間ですので、現在は単独です〉

 

「そうか。場所を教えてもらえるかな?俺もすぐに向かおう」

 

〈了解しました。場所は―――〉

 

 ヨルの報告を聞きながら、俺は()()()()()()()()()()()()()家を出た。

 

◇◇◇

 

「全くの杞憂だったみたいだな。焦るまでもなかったね」

 

 テナントが疎らにしか埋まっていないビルの屋上で、俺は少し離れた位置にある街灯のない空き地での戦闘を見下ろしていた。戦闘しているのはもちろん達也とシリウスだ。

 

「5人のUSNA軍人は千葉修次に無力化されたようです」

 

 俺の斜め後ろに控えるヨルが俺に現状を報告する。

 

「で、その修次さんはシリウスにやられたと。まぁ、相手が悪かったな」

 

 既に戦場にいない修次の状況をそう推測し、俺は多少の同情心を呟く。弱くはないだろうが、やはり魔法剣士は中距離を得意とする魔法師が苦手になる。「千葉の麒麟児」たる千葉修次なら下手な魔法師に負けるとは思えないが、USNA最強では話が別だ。

 

「……」

 

「心配かい?」

 

「いえ。私如きが達也さんの身を案じるなどと……」

 

 不安そうに戦闘を観察しているヨルに俺は声を掛ける。彼女は首を横に振るが、不安は振り払えていなかった。

 

「そうか。俺が言うのも変だろうが、達也のことを心配してくれてありがとう」

 

「え……?」

 

「達也には心配してくれる人が必要だと、俺は常々思っているんだ。色々と煙たがられているしね。達也の性格、というより事情か。まぁ、それと相まって敵を作りやすい」

 

 ヨルの呆けた間を埋めるように俺は俺の言葉の訳を語っていく。

 

 達也は原作を読んでも敵が多い。味方と呼べるのは本当に達也一団の面子くらいだ。他に助力してくれる者は下心ありき、取引相手くらいの友好関係だ。困難が待ち受けているのだから味方は多い方が良いだろう。そも、原作主人公に間違っても死なれたら困るどころではない。

 

「君は、達也に味方してやってくれ」

 

「……はい」

 

 ヨルの頬はほんのり赤く、自身の淡い思いも込めて頷いたように見える。これで問題ないだろう。元より達也の味方サイドみたいな亜夜子だ。この行動は無用だったかもしれない。

 

「さて。あっちの戦闘は終わったみたいだな」

 

 途中右腕を一筋の閃光(おそらくはあれが『ブリオネイク』か)に消し飛ばされた達也だったが、それをあえて相手の注意を引く道具にしてシリウスを気絶させていた。なくなったはずの腕が突然元に戻ったら誰でも驚く。シリウスといえど、というよりシリウス(リーナ)だからこそ謀られた奇策だったろう。

 

「こうも呆気ないものですか」

 

「達也相手に威嚇射撃をした時点で負けだ。中距離で達也に勝つ方法は初撃での一撃必殺だけさ。超遠距離なら、シリウスには『ヘヴィ・メタル・バースト』での広範囲攻撃って手もあるが。今回は使わなかったね」

 

 原作通りの勝利。予定調和に何の感慨も俺は抱かずに振り返り―――

 

「それで、そちらはシリウスを回収しなくてよろしいのですか?」

 

 出口で監視している者へ注意を向け、わざわざ遮音バリアを解いてから英語で質問する。

 

「……見透かされていたわけだ。あの慌てようも、私たちを釣る罠だったな?」

 

 ゆっくりと開かれた扉から、軍のエリートを思わせる女性と武装した二名が姿を現す。

 

「ご存知でしょうが。俺は現四葉当主の息子、四葉十六夜です」

 

 俺は分かり切ったことには答えず、こちらのしたい話を進める。あっちもこっちの初手の質問には答えなかったのでお相子だ。

 

「……USNA軍統合参謀本部大佐、ヴァージニア・バランスだ」

 

 俺は営業スマイルだというのに、バランスは肩ひじ張っていてどうにも固い。まぁ『四葉』と相対しているのだから無理もないだろう。俺が以前敵認定を仄めかしていたし、彼女は綱渡りの気分を噛みしめているのかもしれない。

 

 しかし、大物が釣れたものである。精々俺を見張っていた一兵卒が出てくれば御の字程度だったが、彼女が釣れたのは僥倖だ。

 

「大佐殿でしたか。もしかして、本作戦の指揮官殿で?」

 

「……如何にも。つい先日、脱走兵処断と非公式戦略級魔法師捕縛の任を受けた者だ」

 

「おや、途中で指揮官が変わられたのですか。良かった、前任者だったらお話にならないところでしたよ」

 

 言葉を選んでいるバランスに、俺は暗にこちらの話を聞くよう強制する。でなければ即座に敵対となることをオブラートに包んだ。

 

「お話、ということは何かそちらから提案が?」

 

「ええ、とっても単純な提案です。即刻日本国土から出て行っていただきたい。ああ、シリウスについてはカバーストーリーである留学の期間終了まで滞在していただいても良いですよ?もちろん、カバーストーリーを忠実に守っていただけるのであれば、ですが」

 

「……それでは一方的すぎる。そのような提案は呑めない」

 

 固くはあるが揺れ動かぬバランス。伊達に大佐ではないということか。しかし、この提案が通らないのは予想の範疇だ。

 

「「一方的」、ですか。これほど一方的な作戦を展開している相手に言われるとは、ね」

 

「……」

 

 俺はバランスの眉の微動も一筋の汗も見逃さない。バランスも分が悪いことは理解してくれているみたいだ。

 

「ジョークですよ、ジョーク。俺もこんな酷い提案を呑ませようとは考えていません。貴女の国と我が国は同盟国。友好的なやり取りこそ、俺はUSNAと望むモノです。ですので、協力いたしませんか?」

 

「協力?」

 

「ええ、脱走兵処断についての協力です。互いに擦れ違いがあるから険悪になっているだけです。ですから、擦り合わせ、手を取りましょう。この提案を呑んでいただけるのであれば、四葉はUSNA軍脱走兵の所業について不問にいたします。ただ、脱走兵は七草と十文字も知り得ているので、そちらの対応がどうなるかは測りかねますが、手心を加えるよう助言いたしましょう」

 

 最初に無理な提案を出してから、次に本命の提案を出す。古今東西使われているような交渉術だ。

 

「……あの少年については?」

 

「USNA軍が日本国民を襲った。なんてスキャンダル、俺は聞きたくありませんが?」

 

「っ……」

 

 バランスは明らかに歯噛みする。どちらが追い詰められているか、火を見るより明らかだ。もしもあちらが「達也は四葉の庇護を受けている」と広めたところで証拠はなく、しかしこちらには「USNA軍が日本国民を襲った」という証拠はいくつもある。それこそ、達也とシリウスの戦闘記録を公表すれば良いのだ。

 

「すぐに返事をしていただかなくても結構です、あまり遅い返事でも困ってしまいますが。連絡先として、こちらのコールナンバーをお控えください」

 

 俺は数字を列記したメモ帳の一ページを破り、移動系魔法でバランスの目の前まで浮かせる。俺を至近距離に入れるよりはマシだし、こんなくだらない魔法に演算領域を割いていれば戦意がないことは伝わるだろう。

 

「この番号は?」

 

「俺への直通です」

 

「なっ!?」

 

 俺の携帯端末の番号、四葉直系との連絡手段。捉え方次第では、それはあの四葉との直接のパイプラインだ。目を見開くバランスも大方そう捉えているのだろう。

 

「では、良い返事を期待しています」

 

 恭しく一礼した後、屋上の手すりの上に俺は立つ。ヨルもそれに続き、立っていた場所が隣の屋上へと変わる。ヨルお得意の『疑似瞬間移動』。直線で間に障害物がない場合に限られるが、屋上や船上などの逃げ場がないところからの逃走には有用だ。

 

「手間を掛けたね」

 

「いえ、この程度は手間にはなりませんわ。それよりも、交渉お疲れ様でした。中々のお手並みでございましたわ」

 

「そうかい?お世辞でも嬉しいよ」

 

 俺の浅知恵な計画に付き合わせたヨルから賛辞を貰う。俺としては多くの有利な手札を抱えていたのだから、あれくらいはできて当然だと思うが、それはそれとして素直に受け取っておく。

 

「じゃあ、後は任せるね」

 

「承ってございます」

 

 ヨルたちの仕事に俺が加わっても邪魔なだけだ。俺は分を弁えて夜の闇に紛れていった。




揺れる達也の眼差し:関わって一年以上、十六夜が味方であり続けてくれているのは感じ取っている達也。「今後の立ち回りで十六夜が敵となれば、自身の秘密を知っているのもあって非常に面倒である」と考え、打算的に味方であってほしいと思っている。それと同時に、少なからず味方と信じてきた者の裏切りを、心の何処かで怯えていたのかもしれない。

USNA軍臨時作戦本部や移動中継基地
…臨時作戦本部:原作では小型戦艦だが、四葉に露呈している現状でそんな逃げ場のない作戦本部を構える勇気はなく、本作では複数個所に分散。バランスの腰を落ち着けていたところが十六夜の居たテナントビルであった。
…移動中継基地:原作同様、ひとつ残らず黒羽その他四葉の手勢が襲撃。だが、USNA軍側は敵襲の影が見えた時点で機材を置いたまま撤退するように事前に命令されていたので、物的被害は甚大なのに反して人的被害はない。

ヴァージニア・バランス:十六夜に対しては非公式戦略級魔法師の疑いも掛かっていたため警戒していた。それの除いても前線で立ち回る『四葉』。絶対に触れたくないのに触れねばいけない状態に、彼女のストレスは計り知れない。
 十六夜が交渉に出た時点でほぼ詰みであると判断。しかし、そんな交渉で与えられた利益に驚愕すると共に、より雁字搦めに嵌められている錯覚を感じていた。渡された四葉十六夜との連絡手段も、多大な利益と理解しながら、未知の恐怖を覚えるばかりだった。
 本国に帰国すれば、片方の任を果たせなかったとはいえ、あの『四葉』を相手に生還したことを大いに褒め称えられるだろう。

 閲覧、感謝します。

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