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異世界無双には向かない国民性 作者:中村 颯希
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3.#英語が苦手(2)

「なるほど。あんた、勇者のなり損ねってわけね」


完全に身支度を整えた三人と、木陰に連座して語らうことしばし。


俺の要領を得ない説明を最後まで聞いてくれた赤毛美少女――アメリアという名で、剣士をしているらしい――は、唇に当てていた拳を胡坐に落とし、そう頷いた。

ちなみに、光の輪による拘束はすでに解けている。

仲間の美少女エルフがものものしい呪文を唱えると、すうっと溶けて消えたのだ。


なり損ねって……と微妙な顔になった俺に、アメリアはふんと唇を釣り上げて笑う。


「だってそうでしょ? 勇者として召喚されたにもかかわらず、放り出された。なり損ねじゃない」

「いや、まあ、そりゃそうだけど……」


もうちょっと言い方というか、なんというか。

こちらとしては、いきなり見ず知らずの異世界に呼び寄せられ、あげく用無し扱いされ、放り出されたのだ。もうちょっと配慮があってほしかった。


ちなみに、この時点で敬語は取れてしまっている。

相手が自分より年下だとわかったためと、あとは当人たちから敬語などしゃらくさいと拒否されたためだった。


「アメリア。事実を突きつけるのは時に酷だ。そもそも勇者などというのは、こちらの都合で無理やり召喚される、不条理極まりない運命の持ち主なのだからな。あまつこの者は、そのうえで放擲されたのだから。……たしかに、あんな拙い発音の呪文(スペル)では、勇者には向かないだろうが」

「エルヴィーラさん! それこそ事実で心を抉ってますよ!」


そこにさらに、美少女エルフとケモミミ美少女が追い打ちをかける。

エルフのほうは魔術師でエルヴィーラ、狐っ娘のほうは鑑定士で、マリーという名だった。


 マリーもフォローしてくれているのだろうが、無意識にこちらの心を折にかかっている。

 発音が拙くてすみませんね!


 こちらの話を聞きながら、エルヴィーラが中心となって説明してくれたところによると、この世界はレーヴラインというようだった。


 あくまでも彼女たちの世界観によればだが、神の造ったレーヴラインは広大な海に満たされており、その上にドーナツ状の大陸が浮かぶ。

 そのドーナツを六等分するような形で六つの国が大陸を分け合い、真ん中に近い部分、つまりドーナツの穴とその周辺は「自由区」として開放されているのだとか。


 そして、今俺たちがいるのが、アーレントという西南の国にほど近い自由区の森だった。


 自由区の中心――ドーナツの円の中心には、創成期から湧き出す海の源と巨大な山があり、そこからは「源力」と呼ばれる偉大な力が溢れだしているらしい。

 源力は黒魔力と白魔力に分かれ、黒魔力を帯びた動物は魔物になる。


 凶暴化した魔物は人々や里を襲うため、それを、白魔力を得た人間やエルフが中心となって、連携しながら退治しているということだった。

 それが、国境を越えた対魔物殲滅組織、冒険者ギルドだ。

 アメリアたちもまた、このギルドに属する(ブロンズ)級パーティーらしい。


 ただし、黒魔力に比べ、傾向として白魔力は質も量も劣りがち。

 しかも、一度魔力の攻撃をくぐり抜けるか克服すると、魔物のほうには「免疫」と呼ばれる抵抗力がつき、その系統の攻撃が効きにくくなる。

 この世界の力だけでは足りないということで、これまでに何度も、「勇者」と呼ばれる人物を、各国とも異世界から召喚してきたそうだ。


「異世界人は、どうしたわけか魔力量が豊富だからな。攻撃に使う白魔力もこちらのものとは質が違うのか、魔物が一発で殲滅される」

「なんだか、インフルエンザに対するタミフルみたいだな……」


 召喚される異世界人は、初期は黒髪黒瞳の「ニホン人」と呼ばれる者が多かったらしい。

 最初は彼らをそれこそ神のように讃え、英雄視してきたレーヴラインの人々だが、しかし回数を重ね、時折ほかの国籍の異世界人も召喚できるようになってくると、徐々に気づきを得はじめる。


 ニホン人って、ちょっと生命力なさすぎね?

 こっちの水を飲むたびに腹を下されて、野営もできない、使えない勇者が多すぎるんですけど。


 っていうか、なに考えてるかわかんなくね?

 主張が少なくていつも曖昧な笑みを浮かべてて、パーティー組みにくいんですけど。

 エトセトラ、エトセトラ。


 もともと、こちらの世界でいうところの欧米人寄りの容貌・体格・精神性を持ち合わせたレーヴライン人にとっては、時折現れる欧米人の「勇者」のほうが、はるかに親しみやすかった。

 顔が似ている。主張が明確。行動が合理的。


 そんなある時、「ユーエセー」――たぶんアメリカ(USA)だ――からやってきたという勇者が、ある革命的な行動を取った。


「というかさ、長々と呪文を唱える様式がすごくロスだよね。どうせ俺たちの世界(地球)から召喚するっていうなら、俺たちの世界の言葉を単語だけ発すれば魔力が発動する、みたいな構造にしたほうが合理的じゃない? シンプル・イズ・ビューティフル。オーケー、僕が後に続く『勇者』たちのために、魔力発動の構造を作り変えといてあげるよ」


 そうしてその人物は、世界(レーヴライン)に向かって魔力を発動し、魔力の発動様式そのものを塗り替えた。

 たった一言、地球の標準的な言語を発するだけで、強大な魔力が発動する構造に。


 ――標準的な、英語を発音するだけでよい、構造に。


「余計なお世話だあああああああ!」


 話を聞いていた俺が、途中で草にだんっと拳を下ろして蹲ったのは言うまでもない。


 なぜだ。

 なぜ異世界までもが、英語中心主義に染められてしまったんだ。

 そのままにしておいてくれれば、俺にも異世界無双のワンチャンがあったというのに!


 おかげで、彼の召喚以降、英語圏出身の「勇者」は超イージーモードで魔物を倒してくれる「大当たり」に、そして英語の発音が得意でない日本人は、ますます「外れ」になってしまったのだった。


「異世界人が発音する、単語だけの短い詠唱は呪文(スペル)と呼ばれて、我々魔術師の一般的な詠唱とは区別される。だが……それすらも、ニホン人の勇者には難しいようでな」

「噂でしかないけど、かつて『ニホンの魂の味、コメの恵みを知らしめてやるぜ! 料理チートだー!』と大見得を切ったニホン人の勇者は、なぜか大量の(シラミ)を発生させて、大災害を引き起こしかけたらしいわね」

「まじか……」


 アメリアの補足に青褪めながらも、頭の片隅では納得する。


 ああ。ライスね……。

 riceだと米で、liceだと虱。

 日本人には苦手なRとLの区別で、時折取り上げられる問題だ。


 そいつだって、みんなにうまいもんを食わせてやろう、できればそれで褒められたい、と胸を高鳴らせて叫んだのだろうに、それで袋叩きにあったのだとしたら――ああ、想像するだけで泣けてきそうだ。


 が、とにかく俺の召喚された経緯だとか、放り出されてしまった理由、それからこの世界のおおよその構造というか、状況は理解した。


 ――理解したけど、これからどうしろと。


 がくっと項垂れていると、それまで言葉少なにやり取りを見守っていたマリーが、恐る恐るというように口を開いた。


「あの……ターロさん」


 彼女たちは俺のことを「ターロ」と呼ぶ。

 何度も「タロウ」だと説明したのだが、「タラーゥ?」とか「タッrrロウ?」とかズレた発音しか返してくれず、彼女たちが一番発音しやすそうな呼び方で折り合った結果だった。


「よければですけど、アーレントのギルド拠点に戻るまで、私たちと一緒にいませんか?」

「マリー! 冗談でしょ!?」

「得体の知れない男と行動を共にするだと?」


 マリーの申し出に、アメリアやエルヴィーラが驚いて振り向く。

 ふたりの眼差しには非難の色がありありと籠っていたが、マリーは胸元できゅっと拳を握りしめ、しっかりと相手の目を見つめながら、言葉を続けた。


「得体が知れないんじゃない。こちらの世界では素性がないだけですよ。私たちの世界の都合で勝手に連れてこられてしまった、迷い人です。それに、私には彼が悪人には『見えません』。現に、私たちのことをクローラーから助けてくれたじゃないですか。……ちょっと、アメリアさんのことも巻き込んじゃってはいましたけど」


 大きなチョコレート色の瞳はあどけないし、ケモミミやふさふさとした尻尾も愛らしい要素しかないというのに、その声は驚くほど凛としている。

 そして、そのきっぱりとした主張は、俺の心にじんと熱をもたらした。


 見も知らない世界、明らかにこちらの常識が通用しない環境に、俺は実はかなり参っていたらしい。

 そんな状況で、たったひとりでも、俺のことを信じる、受け入れると言ってくれたことが、震えるほどに嬉しかった。


 マリーは、こちらを見ると、その愛らしい顔ににこっと笑みを浮かべた。


「アーレントに着いたら、冒険者ギルドに登録しましょう? そうすれば、自由区を通って各国に自由に出入りできるし、ギルドの上役は各国の王とも密接な関係にありますから、うまくしたら、信用できる王国のトップと交渉して、もとの世界に戻してもらえるかもしれません。ひとまずは、それを目指しましょう」


 そう。

 こちらの情報がまったくない俺には、いったいどの国の王様が俺を呼び出したのかもわからないのだ。

 殺されずに元の世界に帰るには、その召喚主を回避しつつ、他国のルートを使って脱出すべしというマリーの話が、理にかなっているように思えた。


「けど、男をパーティーに加えるなんて――」

「アメリアさん。たとえ小銅貨一枚分でも他人に借りは作らない、というのが信条ではなかったですか? エルヴィーラさんも、規則にはうるさいじゃないですか。自由区で見つけた『落とし物』(ドロップ)は、きちんとギルドに届け出るのが規則ですよ」


 ついでにマリーは、ふたりの価値観のツボをよくよく心得ているらしい。

 アメリアには義理を、エルヴィーラには規則をちらつかせると、ふたりはしぶしぶといった様子で拳を納めた。


「……まあ、マリーが『悪人じゃない』と鑑定したなら」

「……まあ、中途半端であれスペルを使える人間を、放置しておくわけにもいかないからな」


 どうやら、マリーの鑑定能力というのは、対人間にも応用できるもので、かつ、パーティー内で信頼されているらしい。

 ふたりがぶすっと腕を組んだままなのに対して、マリーは朗らかに右手を差し出してきた。


「言いそびれてしまってましたけど、さっきはクローラーを止めてくれてありがとうございました。アーレントのギルドまで、よろしくお願いしますね」


 はじめて握った女の子の手は、小さく、とても温かかった。

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