2章 金利と中央銀行政策
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金利とは何か?
金利とは基本的に国家・行政・企業などが発行する債券や資金の「利率」です。世の中の金貸しの総本山は各国中央銀行であり,中央銀行が市中銀行や金融機関に貸し付ける資金金利がリスクフリーレートと認識され,「お金の値段」を決めているものと認識されています。
現在の経済は①中央銀行が発行する法定通貨と②国家が発行する国債,という二つの基軸を人々が信用していることで成り立っています。これらの信用が崩壊するとどうなるかというテーマはもはや歴史書で扱うべきテーマになってきますが,ワイマール共和国では戦勝国英仏からの懲罰的賠償金により国債・マルクを大量発行し金融崩壊に追い込まれました。ジンバブエに至ってはもはや政府自体の信任がなくなり1兆倍というインフレが生じました。企業,労働者といった要素は,経済の基盤である通貨・国債といった象の背中に乗る小鳥にすぎません。
中央銀行のミッションは19世紀,20世紀,そして21世紀へと移り変わる中で変貌を遂げていっており,現在は「物価の安定(緩やかなインフレを起こす)」「雇用の安定(失業率をできるだけ減らす)」という二つが主要な目的だとされます。そして,中央銀行はこの目的を達成するための手段として,短期金利の上げ下げ(FFレート),長期金利の上げ下げ(国債の買い入れと売却)という二つの手段を駆使しているということになります。
前者の金利操作は100年前から行われている”伝統的”金融政策ですが,後者の国債買い入れは”非伝統的”であり2008年のリーマンショック以降長引く不況の中で各国が採用した比較的新しい金融政策です。
“伝統的”金融政策:金利操作
最も伝統的な金融政策である金利操作は,中央銀行の利ざやを稼ぐ主な手段でした。中央銀行が市中銀行に金を貸し付け,市中銀行は利息をつけて中央銀行に資金を返済します。
この方法を見てピンと来る方はかなりのゴールドマニアだと思いますが,現行FRB設立当時の1913年はまだドル金本位制の時代でした。すなわち,金を貸し付けるというのはゴールドを貸し付けるということであり,市中銀行が中央銀行に利息をつけて資金を返済するというのは「借りたゴールドに一定率のゴールドを追加で中央銀行に返済する」ということを意味していました。
こうして中央銀行は(運営にかかる費用を除けば)市中銀行からゴールドを吸い上げ続けるという構図が出来上がりました。市中銀行はよほどうまく企業や個人に金を貸し付けて儲けないと利息分のゴールドを返せません。
この構図は「個人から企業へ,企業から銀行へ,銀行から中央銀行へゴールドが吸い上げられる」究極のゴールド回収システムでした。無限級数的にゴールドを複利で吸い上げ続けられるシステムであり,中央銀行は儲かるものの世の中の個人や企業はゴールドを失っていくばかりです。こうなればマネーサプライが不足して大恐慌のような極端なマネー不足・信用不足が起きるのも必然でした。
そして,信用危機がピークに達したところで,国家が国債を発行してマネーを発行するというマネーサプライ・サイクルが誕生したわけです。この金本位制に基づく景気サイクルは1974年のニクソンショックまで続きました。ニクソンはベトナム戦争で増える戦費を賄うための赤字国債と貿易赤字を抱えており,対外債務(ドル建て)の支払いのためゴールドが流出する危機に瀕していました。そこでワイルドカードとしてドルのゴールド兌換をやめてしまったわけです。
ここでタガの外れた米国財政はその後,1990年代のクリントン政権下での好景気を除き慢性的な赤字体質となります。
さて,金利の話に戻りましょう。
金利操作は必ず後手に回り失敗する
中央銀行は金利を操作することで景気の過熱具合を調整し,失業率をミニマムに,そしてインフレを2%前後に調整するのがミッションです。しかし,実際には思い通りには行っていません。
例えば,グリーンスパン議長時代の2000年台前半にはGDP成長率が3%〜4.5%で推移していましたがFFレートは低く抑えられたままでした。GDP成長率とFFレートとの間のレート差が大きければ,それだけ企業が金余りということですから景気は過熱しやすくなります。この低金利の放置がサブプライムローンをはじめとする節度を超えたローンの貸し付けに繋がりました。(住宅価格が暴走し,上がり続けるから買いたいという人が増える。金融機関は「どうせ家の値段は上がるから」という理由で低所得者にも返済能力以上に貸し付けてしまう。)金利操作に失敗するとバブルが起きる典型例です。
貸し渋りと信用収縮
そして,誰の目にもバブルが明らかになったタイミングで中央銀行は急激な利上げによって冷や水を浴びせ逆イールドと呼ばれる長短金利差がマイナスになる状態に陥ります。逆イールドになると金融機関は「金を貸せば貸すほど損する」状態になり,一気に信用が収縮しますのでバブルは弾けます。それと同時に,健全なビジネスに対する資金供給までもが巻き添えを食らって資金供給難に陥るというのがこれまでの景気後退〜金融危機のパターンです。
この信用収縮は銀行間の資金貸し渋りという「システミック・クライシス」も誘発します。インターバンク金利(LIBORなど)と呼ばれる銀行間貸し付け金利は,FFレートに沿って推移しますので金融危機の直前にはかなりの高金利になっています。その状態で,どこかの銀行が不良債権を抱えて資金引き出しが相次ぎ,取り付け騒ぎになったとしても,周りの金融機関が貸し渋りをして金を貸してくれないという状況になります。もちろん,銀行の倒産は金融システム全体の不安感を醸成するので,本来は他行の倒産であっても防ぐのがベストなのですが,どこも資金に余裕がなく背に腹を変えられない事態になると,他行に金を貸さず飛躍的に資金の流通が止まる事態になります。
マネーとは経済の血液ですから,ここまでくると,金融システム全体・銀行の全滅が危惧される状態となり,慌ててFRBや財務省などの関係者がが短期の緊急融資を行い,何とかシステム崩壊を免れてきたというのがこれまでの歴史です。
こうした金融崩壊の最中では,政府・FRBが緊急融資を行なって「JPモルガン・チェースに破綻したベア・スターンズを吸収合併させたり」など国策での金融機関合併・救済までもが行われます。本来,政府やFRBが買収資金を用意するなんていうことはありえません。どちらかといえば,独占禁止法を盾に買収を阻止する側ですから。しかし,金融システム崩壊という危機に瀕するとこうしたルール外の救済策までもが発動され,辛うじて現在に至るまで金融システムが残っています。
逆イールドと利払い増加と企業利益の激減
過去の10年債利回りから3ヶ月債利回りを差し引いたイールドカーブを見てみると,オフィシャルな景気後退の直前には逆イールドにまで突入しています。
そして,急激な金利上昇の結果何が起きるかというと,レバレッジをかけて資金を調達していた企業の利払い費用が急増し,利益率の悪化が顕著になります。利益率が悪化すれば法人税は激減するため,米国IRSの税収推移を見てみるとわかりやすいです。過去の利上げ局面では,必ず税収が激減していることがわかります。
ご存知のように,企業の『EPS(利益)=企業の営業利益−諸経費−利払い費用−税金』です。(細かくみると他にも減価償却費用等ありますが省略)すなわち,ボトムラインと称される”株主に帰属する利益”とは,様々な諸経費に加えて税金を差し引いた”残りカス”=ボトムラインでしかなく,景気後退直前の法人税が減り始めている時期は黄信号〜赤信号に切り替わるタイミングであり,最後の残りカス=株主に帰属する利益は激減しています。このような利益が激減して現金が減っている時に限って,金融機関が貸し渋りをしてくるわけですから,企業からするとたまったものではありません。増える利払いに加えて,新たな資金は借りられず,借り換えすら許されない罰ゲームです。
資金・現金が枯渇しつつあるタイミングでは好景気の時には当たり前だった自社株買いなどは空手形となり実施されません。それどころか,減配・無配が当然のように行われ,自社株買いによるEPS押し上げも,配当によるインカムゲインもどちらも毀損することになります。過去のケースを見てみましょう。2008年の株価暴落〜金融危機が各企業のバランスシート毀損と資金調達コスト上昇を招いた結果,S&P500全体で見てみると自社株買いは2007年のピークの1/4まで激減し,配当も2割ほどカットされました。
株価だけを見ていては投資家にとってのダメージは測りきれません。
現在の相場は,ベン・バーナンキ議長・ジャネット・イエレン議長という二人の下で9年にわたる低金利が続き,すでにバブルがビットコインなどの仮想通貨まで飛び火している状況です。さすがに目も当てられない事態がすぐそこまで迫っているため,2018年1月に就任した新議長ジェローム・パウエルと理事たちは,「目先の株価クラッシュは”small potatoes”(大したことない)」とまで言い切り,断固とした姿勢で利上げとバランスシート縮小を行なっています。
このタカ派とも取れる姿勢は,次の資産バブル崩壊が間近に迫っており「利上げとバランスシート縮小は,次なる大規模な金融緩和のための”利下げマージン”,”量的緩和マージン”を増やす手段として不可欠だ」とFRBが判断していることを意味しています。このメッセージを読み解くことができれば投資家の行動は”FRBに従う”のみです。速やかに利上げ・QTに向けた準備を進めておく他ありません。「Don’t fight the Fed (FRBとは喧嘩するな)」ということわざがウォール・ストリートには昔からあり,この教えは今回の引き締め局面でも有効だと考えています。
そして,この中央銀行の”景気後退への焦り”,”断固とした次の危機への備え”がソフトランディングできずに金融危機を招いてしまう最大の原因だと考えています。
“非伝統的”金融政策:量的緩和
非伝統的という呼び名は,中央銀行100年の歴史の中で,伝統的には金利操作が中心であり,中央銀行が直接的に国際・住宅ローン債券(モーゲージ債)・社債(コマーシャル・ペーパー)などを買い入れて市場に資金をばらまくという手段は比較的新しいためにこう呼ばれています。かつては国債引き受けなどは,政府の財政規律を崩壊させる麻薬だとしてタブー視されていました。このタブーが当たり前のようになっている現状は,極めて脆弱な金融システムの上での一時的な株式・債券市場の反映だと言えるでしょう。
2008年以降のFRBのQE1, QE2, QE3,2011年以降のECBの量的緩和・マイナス金利,2013年以降の日銀の異次元緩和やQQEなどと言った金融政策は,景気刺激を目的として,短期金利の引き下げと長期金利の引き下げを両方同時に行いつつ,かつイールドカーブがフラットニングしないように工夫されています。
具体的には
- 短期金利を引き下げる。極端に言えば,マイナス金利にまで引き下げる。(金融機関に金を貸し付けた上に,利息を取らず逆に,中央銀行が銀行に利息を支払うマネー供給政策)
- 長期金利を引き下げる。国債を買い入れることで,市中で売買される国債の需給を一気に需要>供給とし,国債価格を高止まりさせる。金利とは国債の価格と反比例するので,金利を引き下げることができる。
というプロセスを辿ります。そして注意深く,短期金利<長期金利となるように操作するわけです。
今のところ,最も財政重視派だったECB(特にドイツのブンデスバンクは財政規律を最重視する)でさえも,ギリシャ・キプロス・スペインなどの周縁国家が財政危機に瀕したことで,2014年以降は財政緩和に積極的になりました。2009年〜2013年まではまだブンデスバンクが財政規律を重んじており,短期的な資金は融通するがその短期資金に相当する流動性を吸収しトータルでは流動性過多にならないよう注意していたのです。そのタガが外れたのが2014年以降です。ECBドラギ総裁は当初は口先介入だけで頑張ってきましたが周縁国家のEU離脱,果てはEU崩壊までが囁かれるようになり,なりふり構わず救済する方を選んだということになります。
日銀はECBのマイナス金利,FRBの量的緩和を真似て,黒田日銀総裁がQQEを継続しています。
金融緩和の終了と金融引き締めへの転換
この緩みきった緩和の流れが一気に逆回転しているのが現在の相場です。FRBは2015年に利上げを行い,2017年10月以降は量的引き締め(バランスシートの縮小)に着手しました。ECB,日銀はまだ緩和に入っていませんが,最近のニュースを見る限り,「口先では金融緩和継続を」「実際にはサプライズでの金融引き締めに移行するかも」というようなニュアンスとなっています。
FRBの引き締め路線は既定路線でありまず覆ることはないでしょうから,相場の動きに大きな影響を与えるのはECBと日銀の動きです。以下の予測を見ればわかる通り,まだFRBの金融引き締めは始まったばかりであり,これからはFRB,ECB,日銀の3行が巨大なバランスシートを猛烈なペースで引き締めに入ります。流動性危機に敏感なマネー市場・金利市場はFRBの利上げのみならず,グローバルQTを意識して金利が急騰し始めています。
急騰するLIBORと苦しむ銀行・証券
過去に目を向けてみると,サブプライムローンの問題が顕在化し始めたのは2006〜2007年頃でした。当時,ベア・スターンズなどは自己資産の33倍ものレバレッジをかけて運用するなど無茶な借金経営を行なっていました。傘下に抱えるファンドは住宅ローン債券で巨額の焦げ付きを発表し,当初はベア・スターンズ自身が傘下のファンドに資金注入するなどして被害を食い止めようとしていましたが,暴落が下げ止まらず最後にはベア・スターンズ本体も事実上破産することになります。
この時,短期金利・インターバンク金利は長期金利(10年満期の財務省証券利回り)を上回っていました。今現在,スプレッドは0.5%程度まで迫っており,金融危機の条件のうち一つ目のピースが揃いつつあります。