魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第二十五話 幕間~罪人が灯したモノ~

~親子は互いを理解しえない~

 

2095年11月1日

 

 横浜事変を受けて昨日は魔法科高校第一から第九までが休校、さらに同日、大亜細亜連合の鎮海(ちんかい)軍港で再び観測された魔法による大爆発(マテリアル・バースト)でプラス三日休校。今日はそのプラスされた休校の一日目に当たる。

 

 そんな降って湧いた四連休。連休の所以を考えれば喜ぶのは不謹慎であり、誰もが自粛状態な中、俺も十師族であるからあまり楽しめない。というか絶賛今苦難している。

 

〈東京に四葉家の別宅を設けて住んでもらおうと思うのだけど、どうかしら?〉

 

 四十代とは思えぬ妖艶な美女の笑顔がヴィジホンに映し出されていた。いや、真夜のことなのだが。俺は賢いはずなのに素っ頓狂なことを言い出した母親をどうにかしなければならないのだ。あと、東京に別宅を設けるのは良いが1年ほど待ってほしい。俺の記憶にある限り、四葉が東京に別宅を用意するのは四葉継承編の後、2097年初頭のはずだ。フライングなんてレベルじゃない。

 

〈それとも守護者(ガーディアン)が良い?〉

 

 俺が答えに窮していれば、真夜は第二の選択肢を提示する。小首を傾がれたって俺は首を縦に振れない。

 

「まず別宅の案だけど。俺が住むだけのスペースならこの一軒家で充分だよ」

 

 充分どころか半分も有効利用できていないのだが。地下は俺の鍛錬場として(元からその用途だが)活躍しているから良い。一人暮らしに4LDKなんてどうすれば良いんだ。寝室・書斎・刀倉庫とどうにか三部屋埋めたので俺には限界だ。

 

「次にガーディアンの方だけど。前にも言った通り俺と同年齢、誤魔化すにしても前後1歳の調整体は用意できないって話になったじゃないか」

 

 俺は四葉家に突然現れた存在であるが故に、俺に年齢を合わせた調整体は生み出せなかった。さすがの四葉でも胎児を急激に成長させる技術も、脳に知識・技術をインプットする技術もない。

 

〈水波が居るじゃない〉

 

「男の俺に異性のガーディアンを付けたら、ガーディアンの役目を十全に果たせないだろう」

 

〈深雪さんのガーディアンは異性の達也さんなのだけれども〉

 

「あの二人は例外だ。というか、それを言うなら水波は深雪に付けてあげてくれ」

 

 少し辟易とした態度を表に出しながら、俺は真夜の何食わぬ顔に対抗する。そもそも本当に何故深雪には達也だけなのか。もしかしたら、それも原作であった達也を深雪の婚約者にする計画の一環なのかもしれない。四六時中二人を寄り添わせれば仲が親密になるのも無理はない。そうするまでもなく深雪は達也一筋であり、達也は深雪にしか愛情を抱けないのだが。

 

〈じゃあ別宅の方で良いわね〉

 

「……母さん、少し落ち着いてくれ。さっきから提示される解答が俺でも分かるくらい問題だらけだ」

 

 真面な応答が返ってこないので俺は真夜が混乱状態ないし冷静な判断ができていないと考えた。ガーディアンの返答でその状態が顕著だ。俺は「同年齢、もしくはそう偽れるくらいのガーディアン」について問ったはずなのに「水波が居る」という答えが返ってきた。彼女を同年齢と偽るのは不可能だ。パーソナルデータは既に俺の年下と記されているし、今更それを改変して一高に転入してきたら怪しまれる。もしかしたら、そこから四葉の調整体であることまで嗅ぎつける者が現れるかもしれない。

 

 別宅の方は単純に、俺も守るというのに適していない。俺が怪我している二つの事例は決して家に居る時ではない。だから、家のセキュリティは一切の問題がないのだ。外出する度に護衛を付けることもできるだろうが、俺の全速力に付いてこられる人間はいない。おまけに魔法の技量は四葉の遺伝子のおかげで高いし、戦闘能力は超人であるがゆえに高い。下手な護衛を付けても足手纏いだ。以前から俺に護衛の一人もいない理由はそれだ。怪我を負った経験があるから説得力に欠けるだろうが。

 

〈別宅の方は問題ないわ。達也さんたちも住ませる予定だから〉

 

「大問題じゃないか!」

 

 ボケが酷すぎてさすがにツッコミを入れざるを得ない。俺が住むところに達也たちを迎えたら彼らを四葉の関係者だと公言するようなものだ。公言してから住まわせるにしても、時期的に達也は色んな方面から怪しまれているから難しい。というかそれこそ多大な原作改変なので本気で止めてほしい。

 

〈十六夜、別に貴方をまた閉じ込めようって話じゃないのよ?どうしてそんなに嫌がるの?〉

 

「もちろん、母さんが俺のことを思ってくれての話なのは分かる。だけど、なんていうか……」

 

 俺はどの程度原作に沿われているのか情報収集がしたいために、ある程度自由がある現状が比較的良いモノだと思っている。真夜の近くに居れば集まる情報量こそ膨大であり、頼めば欲しい情報をくれるかもしれない。だが、欲しい情報というのは大概突拍子もないモノ、欲しがる意味を語れないモノだ。だからこそ、四六時中真夜の目が届く範囲には居たくないわけである。

 

 おくびにも上記のことは言えない。だから俺は言葉に窮してしまった。

 

〈なんというか……?〉

 

「えっと……。お、親の手元から離れたいと思うのは、子供として当然のことだろう……?」

 

 言葉選びに苦渋していれば、突いて出たのは理由になっていない理由だった。突然そんな馬鹿な発言をしたせいで意表を突かれたのか、真夜が瞠目している。と思ったら。

 

〈い、十六夜がグレてしまったわ……〉

 

「母さん、本当に頼むから落ち着いて。まずそういう結論に至った理由をゆっくり説明してくれ」

 

 顔を覆って悲しむ真夜の姿に俺は疲労すら感じ始めた。

 

〈小さい頃はあんなに素直な十六夜が、最近は私に反抗してばかりなんですもん〉

 

 真夜は子供のように頬を膨らませる。原作でもお茶目な部分はあったが、これほどまでだっただろうか。そもそも、「小さい頃」とはいつの話なのか。いや、確かに四葉に捕まった時から身長は伸びているが。

 

〈あの可愛らしい十六夜はもう帰ってこないのね……〉

 

「最近は否ばかり唱えて申し訳ないと思ってるけど。その大体は四葉を思っての行動なんだ。許してほしいとは―――」

 

〈許します〉

 

「ううぇ?」

 

 真顔で食い気味に許され、俺は変な声を出してしまう。

 

〈貴方のことになると冷静な判断が時折できていないのは私自身分かっています。しかし、貴方をそれほど大切に思っていると分かってほしいわ〉

 

「俺のことは、あんまり気にしなくていいよ。親子だって疑われない程度に取り繕ってもらえれば、それで十分さ。俺は本当の息子じゃないんだから」

 

 お互い憂い顔になっていたかと思えば、真夜は眉間にしわを寄せる。

 

〈十六夜、その言葉は撤回しなさい〉

 

「え?」

 

 真夜の雰囲気が柔和なものから怒れるそれに急変した。

 

〈貴方は私の『本当の息子』です。貴方は出生や両親のことを考えているのかもしれないけど、貴方を捨てた親など忘れなさい。そして、私のことを『本当の母親』と思って良いのよ?貴方の出生地も、貴方の過去も関係ないわ。貴方は私に、『本当の母親』に甘えなさい〉

 

 真夜からは狂気、もしくは妄執。はたまた両方を感じられる。手に入れることが叶わないはずのモノを、降って湧いた歪な代替品で埋めようとしている。彼女の言葉は俺への命令であり、自身への暗示であるように思えた。穴など空いていなかったのだと、穴を埋めているモノは代用品ではないと、自らを騙す暗示。そんな暗示にかかった彼女の顔は、とても幸せそうで、とても妖艶だった。

 

「変なこと言ってごめん、母さん。俺は母さんを、『本当の母親』を愛してるよ」

 

 彼女がそれで幸せというのなら、その幸せを守ることが俺の贖罪になる。俺はそうして、『真夜の息子』を演じる。

 

〈私もよ、十六夜。愛してるわ〉

 

 恍惚とした笑み。それが偽りの関係であっても、彼女にとってはそれが快楽となるのだろう。

 

〈それで話は戻るのだけど。別宅とガーディアン、どっちがいいかしら〉

 

「……とりあえず保留ってことにしない?」

 

 その後20分ほどの口論の末、俺は問題を保留とすることに成功した。

 

~火は灯ってしまった~

 

2095年11月2日

 

「家まで呼び出してしまってすみません」

 

 俺は家の前である人を出迎えていた。

 

「いえ、こっちが相談する側だからこれくらいはどうともないんだけど。むしろ、完全に他人の耳がない場所を選んでくれてありがとね」

 

 そのある人・壬生紗耶香はわざわざ家まで足を運ばせたことに怒りもせず、申し訳なさそうに礼を言う。

 

「それでは。すみませんが、そこのレンズに親指を置いてカメラを覗き見てもらえませんか?」

 

「え?」

 

 玄関にある壁の端末を操作してから壬生にそれを指し示すが、壬生は唐突なお願いに理解ができていないようだ。いや、まぁそうなるだろうが。

 

「その、この家のセキュリティでして。先に俺がロックを解除してから入室者の指紋と虹彩を登録しないとシャッターで閉じ込められます」

 

「え、何それ」

 

 壬生の非常に微妙な反応。誰でもこうなるだろうと俺は苦笑する。この一軒家のセキュリティは厳重である。上述の仕組みで意図せぬ入室者、侵入者を防ぎ、侵入されたら出入り可能個所にシャッターが降り、俺の端末と四葉の方に通知がいく仕組みだ。俺や真夜が入る分にはこんな面倒くさい手順はいらないのだが、友人を迎え入れることには大変適していない家だと思う。

 

 そんな家のセキュリティを説明すれば、壬生は引き気味になる。

 

「その、お母さんにとても愛されているのね……」

 

「ええ……」

 

 オブラートで何重も包まれた言葉に、俺は壬生の優しさを垣間見た。そうして壬生は指紋と虹彩を登録し、ようやく家に上がる。

 

「少し付いてきてもらえますか?」

 

「リビングじゃないの?」

 

「ええ。お話を訊く前にお見せしたいモノがありまして。大したモノではないんですが、壬生さんが話し易くなればなと」

 

 俺は壬生に超人技能を見せようと考えていた。俺の記憶する狩猟系能力にあまりにも酷似していた彼女の投剣術が頭から離れていない。俺の中で、あれは超人に目覚めた副産物であると断定されていた。それで、人とかけ離れた運動能力を得てしまった彼女が素直に話してくれるか。縋る藁だとしてもすんなり打ち明けてくれるとは思えない。だからこそ先に俺が打ち明け、壬生が話し易い状況を作るのだ。

 

 この世界で超人が生まれる可能性。それは俺の秘密を多少晒しても確かめたいことだった。俺が他人との触れ合いで超人への覚醒を促してしまうようなら、周りとの距離に今後はより一層注意する必要がある。

 

 俺はとある一室を目指して先導すれば、彼女は疑問符を浮かべながらも付いてくる。そうして俺は書斎に入り、本棚から3冊の本を取り出して別の場所に納める。ボタンが押されたような音が響いて本棚がズレ、地下にある鍛錬場へ続く階段が姿を現す。少年心をくすぐるような仕掛け扉に、壬生は驚きはしても言及はしてこなかった。俺は階段を降り、壬生が続く。

 

「ここは普段俺が使っている鍛錬場です」

 

 機械的な壁に囲まれた一辺200m程度の四角い空間。一角にはウッドメタル製の柱が9本立てられている。俺が剣を振りたくなった時の的だ。

 

「えっと、ここが見せたかった物?」

 

「いえ、見せたかったモノはこの場所ではありません」

 

 前述の言葉とこの場所との関連性を問う彼女に俺はしっかりとした説明をせず、入り口の横にかけられた真剣を手に取る。柱と距離があるその場で居合の構えを取り、一歩の踏み込みで距離を詰めて柱を切る。刀の間合いに入った横並びの3本が二つに分けられた。踏み込みも伐採も常人が魔法無しではできないだろうことを超人の俺はやってのける。

 

「……」

 

「見せたかったモノはこの逸脱した運動能力ですよ。あまり人目に触れて良いモノではないので、ここは見せるのに適した場所というだけです」

 

 刀を鞘に納めつつ、口をポッカリと開けた壬生に歩み寄る。これで分かったことは「彼女はこのレベルの超人ではない」ということだ。

 

「壬生さん、貴女もこの逸脱した運動能力に身に覚えがあるのでは?」

 

「いやいやいや!ないない、そこまではない!」

 

 驚きのままオーバーリアクションに否定しているだけなのだろうが、少し俺自身が否定されているようで悲しくなる。

 

「私のあの魔法も確かに金属くらい切れるけど魔法無しじゃ切れないって!」

 

「……人以上の運動能力については?」

 

 伐採系などの解説は後に回し、先に身体機能向上の是非を急かす。

 

「そ、それは……。ちょっと前から色んな物が軽くなったり、剣の腕がちょっと冴えたり、足がちょっと速くなったりはしたけど。全然筋肉質になったり、不調になったりはなくて……」

 

「不調はないが、異常だとは思っていると」

 

「え、ええ……」

 

 彼女は「異常がないこと」に異常を感じていたようで、自分に感知できぬ病を脅えるように肩を震わせる。俺は顎に手を置いて黙考する。彼女の口から得た情報で彼女が超人ではないと判断できる材料がない。むしろ、彼女が超人である裏付けを得てしまったように思える。もはや知らぬことの方が彼女を不安定にさせ、暴走させるかもしれない。俺は最低限の知識を与えることにした。

 

「俺の推測ですが、壬生さんは超人に目覚めた可能性があります」

 

「超人?」

 

「超人とは、俺のような異常な身体能力を持ち、特殊な力を持つ者の総称です。特殊な力には俺のような切断に特化した伐採系と、身体機能を発展させた汚染系とがあります」

 

 俺はこの世界で確認できていない狩猟系の説明はあえて省いた。超人技能に分類があることは真夜にすら伝えていない秘密であり、不確かな情報だ。教えなくて良いことを伏せなくては四葉に必要以上に疑われかねない。

 

「壬生さんは新しい魔法を得たことからおそらく、魔法演算領域を発展、強化された汚染系に分類されると思います」

 

 魔法演算領域が何処にあるのかは未だ解明されていないが、人間の身体機能ではあるだろう。壬生はそこを一度限りのリライトで強化させたというのが俺の予想だ。

 

「私が、超人で、汚染系……?」

 

「壬生さん、落ち着いて。別に化け物になったわけではありません。貴女の身体はある種の進化をしただけです」

 

 明確に言えば、進化(エボリューション)は世代交代の際に起こる身体の変化であり、代を重ねないこれは変態(メタモルフォーゼ)なのだが。体を震わせる彼女を落ち着かせるためには言葉を選ばなければならない。

 

「進化!?どうして私が急にそんなことをするの!?」

 

「貴女がそう、望んだからです」

 

 恐慌状態に陥りそうだった壬生は俺の言葉に息を呑んで固まる。どうやら、思い当たる節があるようだ。

 

「貴女は、自分に限界を感じていた。しかし、それで諦められなかった。今の自分に不服を覚え、何が理由か更なる力を求めた。そうですね?」

 

 俺が柔和な精神科医のように話せば、彼女はゆっくりと頷く。

 

「怖がる必要はありません、自分のその意思を責める必要も。貴女はただ、一つ壁を越えただけです。人から外れたわけではなく、貴女は人の可能性、その一歩先に至っただけなんですよ」

 

「一歩先……?」

 

「そうです。貴女はそのことを誇って良い。貴女はただ、大切な人を守れる力を得たんです」

 

「守れる力……。そう、そうよ。私は守れる力が欲しかった、武明君に守られるだけの存在になりたくなかった。私は、守れる力を得たんだ……」

 

 壬生は落ち着きを取り戻し、強張らせていた体も徐々に自然体のそれになる。正しい言葉を選べたようで俺はホッとした。

 

「ごめんなさい、取り乱しちゃって」

 

「いえ、壬生さんの気持ちは良く分かります」

 

 俺も予備知識なく超人になったら彼女のように慌てふためいていたかもしれない。いや、もしかしたら『転生特典』と都合良く考えるだろうか。それだったらリライト能力に思い至れず、貢にエンカウントしたあの時でデッドエンドだっただろうが。

 

「四葉君もそうなのよね。他にも居るの?」

 

「今のところは俺と壬生さんだけです。ただ俺の自身の身体を調べていた途中で、もしかしたら魔法師というのは元々身体機能を発展させた超人、汚染系超人の子孫かもしれないという仮説を立てたんですよ。推測に推測を重ねたような仮説ですが」

 

 俺は「汚染系」という俺とは別系統を示すワードがある理由を、追及されないように察してもらえる程度の形で話す。もちろん、これに関しては真っ赤な嘘である。汚染系の知識はRewriteに関する前世知識であり、今世において汚染系や狩猟系などの超人技能は全く調査できていない。

 

「自身の身体を調べてって……。いえ、何でもないわ」

 

 壬生は嫌な想像をしてしまったようで少し顔を青ざめる。

 

「現存する超人は壬生さんと俺だけであり、超人について知る者はほとんど居ません」

 

「つまり、バレたら不味いってことかしら」

 

 冷静になっている壬生は察して台詞を引き継ぐ。頭の回転も正常になったようで、今度は怯えることなく真剣な面持ちとなる。

 

「その通りです。ですので、魔法であると偽装をしてもらいたいんです」

 

 俺は刀を元の位置に戻し、その横にある拳銃形特化型CADを取り出して壬生へとそれを差し出す。

 

「このCADには超人の運動能力を誤魔化す偽装魔法が入っています。と言っても、自己加速術式とセルフ・マリオネットを改変したモノですが」

 

「……モノリス・コードで見せたあの俊足とか三角飛びとかって、その超人の運動能力だったの?」

 

「……俺は超人の運動能力を超人技能と呼称してます」

 

 呆れるような疑いの眼差しから、俺は顔を逸らして話題を変えた。

 

「いえ、そうね。魔法で誤魔化せば誰も気づかないってことね」

 

「そういうことです」

 

 肯定的に受け取ってくれたので俺はそれに乗っかる。

 

「どうぞ、受け取ってください。普段使っているのが汎用型のようですから使い慣れないかもしれませんが、特化型でないと発動が遅くて枷になるので」

 

「その、只で貰うのは気が引けるんだけど」

 

 CADは確かに高価な物ではあるが、ここにはまだ4・5挺ほどあるため一つ上げた程度で全く問題にならない。しかし、壬生からしてみては高価すぎるプレゼントなのは変わりないのかもしれない。

 

「なら、口止め料と思っていただければ」

 

「それなら、まぁ。じゃあ、このことは四葉君と私の秘密ってことね」

 

「桐原さんに話す際もできれば俺のことは伏せてください」

 

「なんで私が彼に漏らす前提!?」

 

 壬生が恋人に隠し事ができる性格に思えなかったのでつい口を突いて出てしまったが、案の定壬生を怒らせる失言だった。

 

「失礼、隠し事は恋愛の不和になるかと思ったので」

 

「それはまぁ、うん。でも、武明君なら……」

 

 何故か恋人を信じるか信じないかで揺れ出した。隠し事の前にこれが不和を呼ぶかもしれない。話題を変えよう。

 

「試し打ち、というか超人技能を試していきますか?ここなら全力で動けるでしょう」

 

「え?あ、じゃあお言葉に甘えようかな」

 

 壬生がCADを受け取り、俺がウッドメタルの柱を成形するための端末形汎用型CADを手に取ろうとした時、俺の携帯端末が鳴り出した。発信者は四葉真夜と示されている。

 

「母さん?どうし―――」

 

〈家に連れ込んだ女性は誰かしら〉

 

 心臓が飛び跳ね、血の巡りが止まる幻覚を感じた。

 

「が、学校の先輩だよ」

 

 どうやって知られたかはともかく、真夜の質問は「彼女が誰か」である。「何故彼女を家に連れ込んだか」ではない。まだ俺以外に超人が居ることを知られたわけではないし、超人についての詳しい情報を話すよう迫られたわけでもない。俺は思考を巡らせ、どもりながらも返答する。

 

〈ただの先輩を、どうして家に連れ込んだのかしら?〉

 

 真夜は艶やかな、しかしこちらの心を覗くような雰囲気を纏っていた。俺の頭が痺れる。どうすればいいか思いつかない。

 

(素直に話すか?いや、それだと壬生が探られる。彼女がもし「汚染系」の一言でも漏らせば、それを伝えた俺の情報源を疑われる。前世知識だなんて与太話を話せるはずがない。だからって口を閉ざしても疑いがより深くなるだけだ。民間信仰の伝承とでも伝える?ダメだ。俺の今世については粗方話してしまってある。俺が民間信仰を耳に入れる余裕はなかった。他の嘘の情報源は?無理だ。四葉の情報網とフリズスキャルヴで暴かれる。どうすればいい?どうすれば……)

 

 頭を回せど堂々巡りで打開策など浮かばない。ほんの一瞬の沈黙すら怪しまれる材料になると分かっていても、口が固まってしまったかのように開かない。

 

「ちょっと貸して」

 

「え?ちょっ!?」

 

 携帯端末が壬生によって抜き取られ、彼女はその端末をスピーカーモードにする。

 

「お電話変わりました。私は壬生紗耶香と言います」

 

 何をするのかと思えば、彼女は真夜と会話をし始めて俺を驚かす。

 

〈壬生紗耶香さん、ね。何処かで聞き覚えがあるわね。確か、ブランシュ事件でテロの先兵になった子だったかしら〉

 

「はい、ブランシュ事件で四葉君に諭された者です。今回はそれから学んだことの成果と魔法のアドバイスを貰うために家へ押しかけました」

 

 声音こそ何気ない二人の会話だが、言っている内容が恐ろしい。聞いているこちらは針の筵を歩かされている気分だ。

 

〈なるほどね。ただの先輩の身分で、いえ、それで強権張って十六夜に言うことを聞かせているのかしら〉

 

「それについては、確かに四葉君に無理を聞いてもらっている身としては謝りたいと思います。でも、どうしても彼に私が強くなったことを見せたかったんです。彼のおかげで、大切な人を守れる力を得たんだと知ってほしかったんです」

 

〈……他意はないのかしら〉

 

「いえ、まぁ剣を師事したかったり、賞賛を貰いたかったりしますが。それ以外は何も」

 

〈……十六夜に変わってもらえる?〉

 

「はい、今変わります」

 

 壬生はウィンクしてから、スピーカーモードを切って俺の手に端末を返した。

 

「えと、母さん?」

 

〈十六夜、その壬生って子に疚しい気持ちや下心は抱いてないの?〉

 

「唐突に何の話かな!?壬生さんには恋人が居るし、俺が自由に恋愛できない身分なのは承知しているよ。彼女には、まぁ、少し剣の才能が勿体ないと思ってちょっと指導しただけさ」

 

 俺は突拍子もなく振られた恋話を否定しつつ、壬生の話に口裏を合わせた。

 

〈はぁーーー……。十六夜が変な女に誑かされたか脅されたかと思って心配したわ〉

 

 真夜はどうやら親バカというかモンスターペアレント気味に俺の身を案じていたようだ。勘違いに気付いて吐かれたため息はとても深く、大きな疲労が籠っていた。俺としてはまさかそんなことを案じられて電話までかけて来るとは思いもよらず、心配して損したと言うべきなのか、杞憂で良かったと言うべきなのか分からなかった。

 

〈十六夜、女性には気を付けなさいね。貴方を狙っている悪い虫はたくさん居るんだから〉

 

「あ、ああ。分かったよ」

 

 はたして本当に居るのか怪しいが、ここで否定して藪蛇を突いたら目も当てられない。俺は素直に忠言を聞き入れた。

 

〈それと、今度の週末は本宅に帰って来なさい。最近十六夜分が不足しているのよ。ということで、週末にね〉

 

「ちょ、ちょっと待って母さん?十六夜分って―――もう切れてる……」

 

 一方的に議論の余地なく電話が切られ、「十六夜分」なる謎成分がいったい何なのか聞きそびれた。その成分は如何にして摂取されるのか、そもそもどうしてそんなにキャラ崩壊しているのか、色々と不安を感じながら手に持つ端末を見つめて途方に暮れる。

 

「なんて言うか、ごめんなさい」

 

「いえ、壬生さんには助けられましたから謝罪は結構ですよ」

 

 俺の唖然とする顔を見たせいか気まずそうに壬生は謝るが、彼女があそこで代わりに真夜と話していなかったら、俺はとんでもない失態を冒していたかもしれない。こちらが感謝したいほどのナイスフォローだった。

 

「まぁ、そのこちらは感謝こそすれ、怒ることは何もありません。それより、当初の目的である超人技能の試運転をしましょう」

 

「ええ、そうね」

 

 彼女の超人技能がどの程度か見定め、そうして休日が過ぎていく。




十六夜の刀倉庫:真夜からの誕生日プレゼントで貰った刀がそこそこの数になってきたので適切に保管・展示している。歴史的に価値がある物や現存する有名な刀匠に制作してもらった物など、使い道もなく貯蔵されている。一度十六夜が真夜に刀をねだったことから端を発しているのだが、どうしてこうなった。

書斎の少年心をくすぐるような仕掛け扉:十六夜注文のギミック。十六夜だって嘗てはロマンを愛した少年だったのである。

壬生紗耶香の超人スペック:超人の中でも下の下。Rewriteで言えばガーディアンに入りたての西九条灯花レベル。それでも短距離走世界記録保持者のペースで数㎞は走れる。

壬生紗耶香の投剣術:光り輝く投剣術・『雷切』は既存の魔法体系に当てはめるなら放出系魔法に分類される。投げられた刀は帯電して電磁的に標的へと飛来する。物質への着弾時、クーロン引力のみを中和してクーロン斥力により分割する。つまり、刀は標的が視界内に居る限り追い続け、あらゆる物質を貫通する。彼女の感覚で魔法式が構築されているため、定式化はほぼ不可能。できたとして、この魔法を扱える者は彼女以外居ないだろう。

壬生紗耶香の汚染系能力:身体機能である魔法演算領域を強化し、放出系魔法に特化した物へと書き換えられた。彼女は放出系のみ並の魔法師を凌駕する。それ以外の魔法適性は以前と変わりない。

※補足独自解釈
 〇リライト能力と超人…Rewriteにおける超人とは一度のみリライト能力を使用し、通常の人間から逸脱した身体機能を持った者たちである。稀に一度以上リライト能力を使う例外もいる(例・西九条灯花)が、基本リライト能力に使用制限がないのはリライターだけである。

 〇汚染系超人…最初リライト能力を使った際、体の一部機能を書き換えて強化させ、従来の人間では不可能な身体機能を宿した超人を指す。個々人によって強化する身体機能が違うため、得る能力は様々である。

閲覧、感謝します。
 

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