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会話
僕が以前から思っていることですが、2へ批判しなければならない点として
・「おうち」の概念が現代的過ぎることによってイエイヌが本来持っているイヌの習性が限定された描写となり、動物としてのイヌが持つ歴史と魅力を伝えた物語としては不十分である
ということ。
至高のイヌ物語などではない。
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2の「おうち」というのはキュルルが1話で想像した通り現代的な家屋です。
それ自体は彼の家として記憶され存在していたのだろうが、それが普遍的な「ヒトの住む場所」として拡大できるものではない。
で、イエイヌはキュルルに固執する者ですが、同時に「現代的な家屋に留守番させられる者」とされる。
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イヌというのは現代よりも遥か昔からヒトとともに存在したパートナーです。
狩りの友でもあった。
闘犬というスポーツも成立させる。
中世以降の日本家屋では半ば放し飼いで、野山から軒先までヒトと共に行動する動物だった。
上野の西郷像を見れば良い。
あれが本来の日本的なイヌとヒトの理想です。
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で、2のイエイヌが家で留守番をさせられるというのは、忠犬ハチ公にまず縛られたイメージ。
あるいは置き去りにされたイヌとしての、南極物語のタロとジロ。
それらはたかだか数十年前の物語で、ヒトとイヌの関係の物語としては薄っぺらい。
物語が美しいかどうかではなく、語りが浅くなることが問題。
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ヒトと最も近い動物についての物語で、そんな程度のものを『けものフレンズ』のクライマックスでやっていいのか?
と、監督と脚本家は本来悩んでほしいものです。
しかし、そもそも「おうち」を現代的にしか設定しなかった時点で、忠犬ハチ公と結びつけるしかない。
それはサラリーマンの人達だから。
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忠犬ハチ公は、近代以降の物語です。
この物語が戦前戦後にかけてウケた要因は、戦前には「お上への忠」がまずあり、戦後には会社帰りを待ついたいけな存在への慈しみです。
それは表向き美しいが、戦後のサラリーマン的な価値観に依っている物語。
イヌは本来、「必ず待たせるもの」ではないのです。
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だからイエイヌの物語を「美しい」というならば、それはサラリーマン的な感覚を第一にしてないか?と見る。
更にキュルルの家屋も現代的にしか想像できない。
イエイヌの物語はイヌの本来の習性に触れるほど深くはない。
近代以降かつ限定された物語としてのみ機能していることを以て批判するのです。
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そう考えると仮に2全体や9話があそこまで酷くなかったとしても、キュルルがイエイヌを旅に加えるR的な二次創作が多く作られるのは必然だった気もしますね
多くの人が持つイヌのイメージ的にも
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返信先: さん
そうですね、まさに僕は、けもフレRを最初に見た時から「けもフレという動物を題材にした作品における、イエイヌに対し本来用意されるべきだった方向性」が示されていたことに興奮しています。
それが今でも創作群として続いているし、けもフレ二次創作として素晴らしいものだという根拠の1つですね。
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