日本酒には醸造アルコールの入っている醸造酒と入っていない純米酒があります。純米酒の原材料は基本的に米と水のみですが、醸造酒は最終段階で醸造アルコールを追加するのが特徴です。なぜ、醸造酒はわざわざ工程を追加して醸造アルコールを入れるのでしょうか。そこで、この記事では日本酒造りにおける醸造アルコールの役割について紹介します。
醸造アルコールとは度数45%を超えるまで蒸留した食用エタノールのことで、廃蜜糖などの含糖質物とトウモロコシや米、でんぷん質のある農作物が原材料です。醸造アルコールは一般的にはチューハイの主な原材料として利用されるケースが多いですが、水で薄めて度数を36度未満にした「甲類焼酎」として商品化されることもあります。廃蜜糖とは、サトウキビから粗糖を精製したときにできる副産物です。つまり、簡単にいうとサトウキビの搾りかすですが、醸造アルコールの原材料としては一般的に良く使われる材料のひとつです。廃蜜糖は醸造アルコール以外にも、うまみ調味料やパンのイースト菌製造、ラム酒の原材料にもなっています。
醸造アルコールの造り方は、原材料を発酵させて初期アルコールを造るまでの手順は日本酒と変わりません。初期アルコールを造った後は蒸留機を使って蒸留し、アルコール濃度を高めていきます。つまり、焼酎やジン・ウォッカと同じ製造方法です。ただし、アルコール度数は45度を超えなければ醸造アルコールとは認められません。その一方で、醸造アルコールには蒸留機の種類は限定されていないのが特徴です。たとえば、甲類焼酎は連続式蒸留機、乙類焼酎は単式蒸留機でそれぞれ既定のアルコール度数を超えるように規定されています。しかし、醸造アルコールは蒸留機の種類は限定されていないので、単純にアルコール度数45度を超えていれば認められるのです。
また、規定では45度を超えると醸造アルコールと認められますが、実際には95度程度まで濃縮させた状態で製品化されているケースが多いです。そのため、醸造アルコールはほぼ純正アルコールといえる製品となっており、基本的には無味無臭になっています。
醸造アルコールを入れる目的としては、「酒質の安定」「製造コストの低減」といった2つが挙げられます。醸造アルコールはほぼ純正アルコールなので、日本酒に加えることで腐造防止につながります。そのため、劣化しにくくなるので長期間の保存ができるようになり、緩やかな熟成が可能になるのです。緩やかな熟成が可能になることで、すっきりした味わいとなり、飲みやすくなります。また、醸造アルコールを加えた日本酒には大吟醸や本醸造などがありますが、どれも独特の風味が特徴です。特に精米歩合を50%以下に削った大吟醸酒は醸造アルコールを加えることで、もともとある芳香をさらに、強める効果が期待できます。醸造アルコールは酒質の安定に寄与し、純米酒にはない特徴の日本酒を製造できるのです。
製造コストの低減に役立つ理由としては、醸造アルコールがさまざまな原材料から製造できることが挙げられます。純米酒は基本的に酒米と水のみを原材料としていますが、醸造アルコールはトウモロコシなどのでんぷん質のある農作物が原材料です。つまり、米よりも安価な材料で製造できるため、製造コストは下がるというわけです。醸造アルコールのアルコール度数はかなり高濃度なので、日本酒のアルコール度数を手軽に高める目的でも使われます。醸造アルコールを加えることでクリアな味わいを実現させつつ、安価に大量生産できるという点で、消費者と製造者双方にとって役立つ日本酒の原材料となっています。
醸造酒の歴史は古く、江戸時代初期の1600年代に書かれた酒造技術書には、「日本酒に焼酎を足すと味わいがしまり、腐りにくくなる」という記述があります。これは、後々「柱焼酎仕込み」と呼ばれる製法で、つまり江戸時代初期には、すでに日本酒に醸造アルコールを加えた醸造酒の原型ができていたのです。ただし、江戸時代当時には現代にあるような蒸留機はなかったので、今のような純度の高い醸造アルコールを加えることはできませんでした。そのため、主に米や酒粕を使用して原料の風味を残す、現代における本格焼酎(単式蒸留焼酎や焼酎乙類とも呼ばれる)を製造していたと考えられます。
また、当時の製造技術は高濃度のアルコールを造れないだけではなく、衛生面でも問題がありました。現代ではあまり見られなくなりましたが、かつては木樽を何度も再利用するケースが多く、十分な殺菌ができていなかったのです。そのため、製造途中の日本酒が貯蔵中に白濁する腐造を引き起こす事例が多く見受けられ、酒蔵にとって大きな悩みの種となっていました。腐造は江戸時代はもちろん戦後すぐの日本でも問題となっており、1948年には全国各地で大規模な腐造が発生しています。しかし、江戸時代から伝わってきた醸造アルコールの技術がその状況を救います。醸造アルコールの役割である腐造防止が大いに役立ち、たくさんの酒蔵を救ったのです。
醸造酒と聞くと、純米酒に比べてあまり良いイメージを抱かない人がいます。それは、戦後に造られた「三倍醸造酒」のせいである可能性が高いです。江戸時代から醸造アルコールは、基本的に日本酒に風味を加えて美味しくするものとして添加されてきました。しかし、醸造アルコールには、米がなくても作れるという大きなメリットもあります。第二次世界大戦で大きな打撃を受けた日本では米は単なる嗜好品ではなく、もはや戦略物資とも呼べる貴重品になっていました。そのため、酒蔵の多くは日本酒造りが思うようにできなくなってしまったのです。
そこで注目されたのが低コストで大量生産できるうえ、米がなくても製造できる醸造アルコールです。醸造アルコールは国策として技術開発が行われ、それまでよりも大量に日本酒に加えるようになりました。しかし、そのころの醸造アルコールは品質がよくなく、日本酒へ過剰に添加してしまうとお酒本来の風味が損なわれます。そうした問題を解決するために新しく開発されたのが増醸製法です。増醸製法では、原材料の米からできたアルコールの約2倍にあたる醸造アルコールを添加し、さらに水あめなどの糖類や酸味料などを加えて味わいを付け足します。結果的に元の日本酒よりも3倍に水増しされて造られることが当時の酒税法で認められており、こうして造られたのがいわゆる「三倍醸造酒」です。
三倍醸造酒には糖類や酸味料などが加えられており、風味の調整が行われています。しかし、簡潔にいうと「日本酒を薄めたお酒」である点には変わりありません。そのため、品質はそれほど良くなかったのですが、戦後すぐの日本では代わりになる日本酒が市場にたくさん出回っていませんでした。また、低コストで大量に生産できる点や、当時の純米酒が米不足の影響を受けて低精白で造られており、雑味が多かったという点も普及への追い風となります。結果的に当時の純米酒よりも三倍増醸清酒のほうが一般消費者に好まれ、戦後しばらくの間は普及し続けたのです。しかし、戦後復興から高度経済成長時代に入ると、米不足も解消され、精白率の高い米で純米酒が造られるようになります。すると、今度は三倍増醸清酒の品質の悪さが目立つようになり、現代では低価格で品質の悪い酒というイメージが定着してしまったのです。
現実には三倍醸造酒は2006年の法改正により製造ができなくなっています。とはいうものの、団塊の世代など比較的年齢の高い層では醸造酒のイメージが良くないのも事実です。実際には今でも普通酒と呼ばれるお酒のなかには、醸造アルコールを使用しているものも多く存在しているので、偏見を持つことなく醸造酒を楽しむことが大切です。
醸造アルコールを使用した日本酒は、「アル添系」と呼ばれます。アル添系のなかでも、3等以上の原料米を使用し、麹を15%以上使用した日本酒を「大吟醸・吟醸・特別本醸造・本醸造」の4つに区分します。さらに、添加するアルコール量を使用した原料米の10%以下にするという基準を守った日本酒を「特定名称酒」と呼ぶのです。醸造アルコールの量を原料米の10%以下に抑えることで、酒質の安定や香りを出しやすくするなどの効能を得やすくなっています。なお、製法基準に満たない日本酒もありますが、一般的に普通酒と呼ばれる「それ以外の日本酒」に区分されます。それ以外の日本酒と呼ばれる商品のラベルには、「清酒」とした表示できません。特定名称酒と呼ばれる日本酒は、厳しい基準をクリアしただけあって、雑味が少なく豊かな風味で楽しませてくれるお酒が多くなっています。
醸造酒には大量生産されている醸造アルコールを使用している酒蔵も多いですが、なかには自家醸造アルコールにこだわった蔵元もあります。南欧でよく見られるアル添系のお酒は、原材料がブドウであれば、添加する醸造アルコールもブドウで造られているケースが多いです。ところが、日本でよく使われている醸造アルコールの原料の多くはサトウキビです。日本酒の原材料は日本の米が使われているのに、サトウキビの醸造アルコールを使用するのは邪道ではないかと考える蔵元もあります。
たとえば、株式会社一本義では、醸造アルコールを国産米から造ることにこだわり、2015酒造年度から自家醸造アルコールを造るようになりました。自家醸造アルコールの取り組みは、まだ始まったばかりです。通常の製法と比べて製造コストは上がり、一度に大量生産できるわけではありません。しかし、純国産の特定名称酒を造るというこだわりを持って製造しています。将来的に自家醸造アルコール造りが盛んになるかはまだ分かりませんが、興味のある人は蔵元を探してみるとよいでしょう。
醸造酒は米と水だけを原料としている日本酒に、醸造アルコールを加えて製造されます。過去においては、粗悪品と呼ばれることの多かった醸造酒ですが、その元凶と考えられる三倍醸造酒は2006年から造ることは禁止されています。現在でも多くのお酒のなかには、醸造アルコールが含まれているので、醸造酒だからといって嫌うのは間違いです。醸造アルコールを添加することで腐造の防止につながり、緩やかな熟成が可能になります。また、独特の風味が加味されるので、美味しさにつながるのです。醸造アルコールを添加することで得られるメリットも多いので、先入観を持たずに飲んでみましょう。