【「東洋医学解明した」インチキ学者】
 インチキ医学とわかった金鳳漢の切手は北朝鮮で抹消された=高英起氏提 |
「これはカタログに載っていない」。切手の博物館副館長で郵便学者の内藤陽介氏はアルバムにはさまっていた3枚の切手を指差した。地味な2色刷りの切手は、1964年発行。「経絡(ツボの筋道)のツボを刺激して、偉大な経絡を発見」とある。
北朝鮮のシンボル、千里馬(チョンリマ)像に北を中心に描かれた世界地図。国を代表する偉人として描かれたのは同国の医学者、金鳳漢(キム・ボンハン)だ。金鳳漢は経絡やツボで東洋医学を科学的に解明したとされる人物で、北も大々的に宣伝した。
?年に発表した論文「経絡の実体に関する研究」は「ボンハン学説」と呼ばれ、世界的に注目を集めた。金鳳漢はツボは機能だけでなく、1つの器官であると主張。特殊な染料を使って彩色にも成功し、自ら「ボンハン管」と名付けた。
時は東西冷戦のまっただ中。西側から遅れがちとみられていた医学を独自の東洋医学で解き明かしたとあって、北当局は業績をことさら強調した。「ボンハン管を撮影したと称する映画を製作した。日本でも上映され、ヒーローになった」(同)。だが、この世界的な注目があだとなる。
ボンハン学説を再現しようとした各国の医学者たちは、誰一人として「ボンハン管」の発見に至らなかったのだ。つまり、学説はまったくのインチキで、完全な創作。切手や映画まで使って大騒ぎした北は、赤っ恥をかく結果になった。
事態を重くみた北国内では、切手は回収されたというが、コレクター向けに国外へ輸出されたものはもはや後の祭りだった。
「金鳳漢の切手は2回、出ている。イギリスやアメリカといった海外のカタログには出ているが、北朝鮮のカタログからは抹消されている。つまり幻の切手です。この切手も海外のネットオークションでは1枚1000円ぐらいの値段がつく。別の切手シートはさらに価値が高い」
その後、金鳳漢は表舞台から姿を消し、生死は不明。粛清の理由はインチキ学説の流布もさることながら、もっと重大な理由があった。
「甲山(カプサン)派や日本からの帰国者と付き合いがあった。正月の集まりで体制批判をしたとして、一網打尽にやられた」(内藤氏)。甲山派は日本支配の時代、金日成(イルソン)主席とは別に抗日運動をしていたグループ。特に正日(ジョンイル)総書記への世襲を批判したため、大粛清の憂き目にあったとされている。
内藤氏が2001年に執筆した「北朝鮮事典」(竹内書店新社)によれば、金鳳漢と同様、粛清を理由に抹消された切手は複数存在。さらに政治的につじつまが合わなくなった宣伝画や風景画の切手もカタログから消えた。
そのカタログ自体も02年版以降の発行は確認されていない。鮮やかな切手の世界でも“閉ざされた国家”の闇は深い。
(北朝鮮問題取材班)=この項、終わり
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