ハンターになったらモテると思っていた   作:皇我リキ

22 / 23
俺はその手を伸ばせなかった

 血と肉が広がっていた。

 

 

 掻き分けても掻き分けても、群がる虫達は消えてくれない。

 前に進もうとしても、後ろに逃げようとしても、今度は俺の事をバラバラにしてやるとでも言うように虫達は俺の元に群がってくる。

 

 

「───辞めろ! 来るな……来るな来るな来るな!! あぁぁぁああああ!!!」

 意識が真っ暗になって、俺は何処かに落ちていった。

 

 

 誰かが手を伸ばしてくれている気がする。

 

 

 

 ───俺はその手を取れなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 悲鳴を上げながら飛び起きたのを覚えている。

 

 

 ただ、それからどれだけの時間自分が固まっていたのか分からない。

 まだ日も登っていない早朝。結局俺は二度寝する事も出来ず、朝の散歩なんて洒落た真似をする事になった。

 

「おじいちゃんか」

 自分でツッコミを入れながら、静かな里を一人で歩く。

 フクズクが鳴いている姿を見て、いつもはなんとも思わないのに少し怖く感じた。周りが薄暗いからかもしれない。

 

 

「……そういや、ジニアの奴は帰ってきたのか?」

 ふと、昨日結局ジニアが帰って来なかった事を思い出す。

 今朝何か嫌な夢を見た気がした。別にジニアの事なんて心配してないが、どうしても嫌な気分というのはそういう事を考えるようになる。

 

「お、里長」

「ツバキか。朝からご苦労! 畑仕事か」

 無意識に集会所の方に歩いていくと、里長が歩いていて声を掛けられた。ご苦労と言われたが、特に畑仕事でやる事はない。

 

 そもそもまたブルファンゴとやらが現れたら怖いからあまり畑に近付きたくない。

 

 

「あ、いや。なんか起きちゃって。里長は? 散歩?」

「うむ、朝の散歩だ」

「おじいちゃんか」

「おじいちゃんだからな! ハッハッハッ!」

 この筋肉の塊みたいな人も一応年寄りなんだよな。本当に人間かこの人。

 

 

「……そういや、ジニアの奴帰って来てませんか?」

「ジニアか。確か昨日大社跡に向かっていたな。俺はまだ見ていないが……どうした?」

「あ、いや。ちょっと野暮用があって」

 なんだアイツ、まだ帰って来てないのか。

 

 無駄に心配させるなよ。

 あの野郎帰って来たら理不尽と言われようがなんと言われようがぶん殴ってやる。

 

 

「心配か」

「まさか。いやいや、俺アイツの事嫌いだからね」

「ハッハッハッ! そうかそうか。だが、気持ちは分かるぞ。俺もゴコク殿も、里の者が外にいる時は心配で夜も眠れんのだ」

「人の話聞いてくれおじいちゃん。俺は別に心配なんてしてないからね。あとそれ毎日寝れないから。寝て?」

 むしろ里長の事が心配になってきた。

 

「ま、よく考えたらカエデも昨日朝帰りだったしな。そんなもんか、ハンターってのは。……朝帰りって響きなんか嫌だな」

「そうも心配なら俺と一緒に出迎えにいこうではないか。ジニアも喜ぶだろう」

「そりゃ大仕事でもないのに里長に出迎えられたら喜ぶわな」

 若干人の話を聞いていない里長に連れられて、俺は集会所の中に入る。

 

 ミノトさんもまだ寝ているのか、夜番のアイルーだけが静かに働いている集会所。

 俺と里長は椅子に座って、少し早い朝食でも頼もうという話になった。

 

 

 ───そんな直後。

 

 

「なんだ?」

 何かが床に倒れたような、そんな音が集会所の出口から聞こえる。

 

 気になって立ち上がると人の呻き声が聴こえて、俺は反射的に床を蹴った。

 

 

「ジニ───じゃ、なくて……ウツシ教官!?」

 出口で誰かが倒れているのを見付けて、俺はそんな声を上げる。

 

 集会所の外から入ってきてその場に倒れたのは、俺の師匠であり───情報収集の為に里の外に出ていたウツシ教官だった。

 

 

「ウツシ……! 何があった!」

 直ぐに駆け付けてくる里長。店番のアイルー達も、担架を持ってきてウツシ教官の様子を伺う。

 

「……大社跡に……マガイマガド、が。……直ぐに、大社跡を立ち入り禁止に……!」

 大きな傷を負ったウツシ教官は、そう言って意識を失ってしまった。

 アイルー達によれば命に関わる怪我ではないようだが、これ以上無理させる事は出来ないと医者の家に連れてかれてしまう。

 

 

 ウツシ教官はマガイマガドが大社跡に現れたと言っていた。

 そしてその大社跡を立ち入り禁止にするようにと、彼の言葉の通りに里長はギルドの関係者を叩き起こして話を進めていく。

 

「今より、例外なく里を出る事を禁ずる。ゴコク殿、もしもの時は里の外の者に依頼を」

「既にユクモ村のハンターに文を飛ばしてるでゲコよ。しかし、どれだけ時間が掛かる事か……」

「お、おいおい。ちょっと待ってくれ里長にじっちゃん。それじゃ、今里の外に居る奴はどうなるんだよ」

 俺は勝手に話が進んでいくのを眺めている事しか出来なくて───ギルドマネージャーであるゴコクのじっちゃんと里長が話している所に、やっと口を開く事が出来た。

 

 

「ツバキ……」

 俺の言葉を聞いて、里長は視線を落とす。

 

 

 辞めろよ。

 そんな顔しないでくれ。その顔は見覚えがあるんだ。()()()と一緒じゃないか。

 

 

「……ジニアが無事に帰ってくる事を祈るしかないでゲコ」

 その名前を聞いて、俺は拳を強く握る。

 

 

 昨日里を出たジニアが今朝になっても大社跡に帰って来ない。

 その代わり里の外から帰ってきたのは、怪我を負ったウツシ教官だった。

 

 マガイマガド。

 カエデが里に帰ってきた日、俺とカエデが出会った大型モンスター。

 

 俺達は奇跡的に助かったけど、二人共死んでいたっておかしくないような相手だった事だけは覚えている。

 鋭い牙と爪。人魂のような焔を体に纏っていて、ブルファンゴなんて比べ物にもならない巨大なモンスターだ。

 

 

 ウツシ教官ですら大怪我をして帰って来たモンスターである。

 いくらジニアが優秀でも、無事な訳がない。

 

 

 頭の中に昔見た光景が何度も過った。

 

 

「……また、見殺しにするのか」

 崩れ落ちて、俺はそんな事を口にしてしまう。

 

 里長もゴコクのじっちゃんも、俺に頭を下げた。

 違うだろ。そうじゃないだろ。

 

 

「……いや、だって……まだ、まだ今なら。誰かが助けに行けば───」

 そうじゃない。

 

 

「誰かとは、誰だ」

「それは……そ、それは、お───」

「ツバキよ。ならぬ。お前は分かっている筈だ」

 そう。

 そうだ。俺は分かっている。

 

 

「───俺が行っても、何も出来ない。……そんな事、そんな事は分かってるんだよ。……でも、でも……ジニアが……ジニアが……」

 俺はアイツの事が嫌いだ。

 

 俺よりモテるし、言う事は気持ち悪いし、格好良いし、無駄に良い奴だし、友達思いで友達を一番信用してる。

 俺はそんなアイツが嫌いだ。嫌いだけど、それは友達だから嫌いなのであって───アイツは俺にとって大切な友達なんだ。

 

 

 ───だけど、そんな友達を俺は助ける事が出来ない。

 

 俺はジニアやカエデと違って立派なハンターじゃないから。

 カエデにも里の皆にも嘘を付いて、本当は何も出来ないくせに格好を付けてハンターになった気でいるだけのただの農家なのである。

 

 そんな俺に誰を助ける事が出来るんだ。

 

 

「……すまん。分かってくれ」

 里長に肩を叩かれて、俺は頭を抱えて集会所を出て行く。

 

 

 分かってる。

 俺には何も出来ないなんて、分かってるんだ。

 

 

「ツバキ君! ウツシ教官がうちに来て、それで!」

「……ビーミ」

 集会所を出ると、幼馴染の一人であるビーミが俺に話しかけてくる。

 彼女の実家は医者をやっているので、大怪我をしたウツシ教官が運ばれていったのは彼女の家だったという訳だ。

 

 だから、ウツシ教官に今この里で何が起きたのか聞いたのだろう。

 

 

「ジニア様が! 大社跡に一人だって、ウツシ教官が!」

「……そ、そうだな」

「それでそれで、里長達が誰も里の外に出すなとか言ってたし。私達ジニア様が心配で……」

 そう言う彼女の後ろから、エーコとシーナが顔を覗かせた。二人は俺に詰め寄ると、同時に必死な表情で口を開く。

 

「ツバキング! 凄いハンターなんっしょ!? ジニア様を助けてよ!」

「私達は何も出来ません! カエデやツバキにお願いするしかないんです!」

 彼女達は───里の皆は、俺が本物のハンターだと思っているんだ。

 

 もしも俺が本当に立派なハンターなら───ウツシ教官よりも凄いハンターなら、ジニアを助けに行く事が出来たかもしれない。

 だけど、俺は立派などころか本当のハンターですらないんだよ。俺は何も出来ないんだよ。

 

 

「……ごめん。里長が誰も外には出さないって」

「そんな!」

「それじゃ、ジニア様はどうなるの?」

「ツバキングはそれで良い訳!? お兄さんの時みたいに、助けに行こうとしないの!?」

「……っ」

 昔、兄が帰って来なかった時の事が頭に過ぎる。

 

 大社跡に観測されていなかった大型モンスターが現れて、兄は命を落とした。

 俺はそんな兄を助けようとして、自分の無力さを知ったのである。

 

 

 アオアシラですら俺は逃げる事しか出来なかった。それはきっと今も変わらない。俺は今も昔も、何も出来ない。

 

 

「え、エーコちゃん。流石にそれはダメですよ!」

「だって……」

「ごめんね! ツバキ君。えーと、その……ごめんなさい!」

「……いや、良いんだ。お前らも、早く家に帰れよ。里の中だって危ないかもしれないんだから。本当、気を付けてくれ。……ジニアなら心配するな。アイツ、凄いから」

 俺がそう言うと三人は「流石ハンターだね」と言って、言われた通りに帰路に着く。

 

 

 俺は真っ直ぐ歩く事しか出来なかった。

 いや、真っ直ぐ歩いているのかどうかすら分からない。前に進んでいるのだろうか。少なくとも、この方角は自分の家じゃない。

 

 俺は、何から逃げてるんだろう。

 

 

 

「───ツバキ!!」

 その声を聞いて、俺は固まってしまった。

 

 振り向くどころか走り去りたい気持ちでいっぱいなのに、俺は動く事すら出来ない。自分が情けなくて泣きたくなる。

 

 

「……カエデ」

「ツバキ、おはよう。ねぇ、里長に聞いた? 大社跡にあのモンスターが現れたって。ほら、私が帰って来た時にアオアシラの間違えたあのモンスターが!」

 俺の肩を揺らして、息も切れ切れでそう話すカエデ。彼女が何を言おうとしているのか、俺は分かってしまって拳を強く握った。

 

「それで、ジニアがまだ帰って来てないって。私、助けに行こうとしたら里長に止められちゃうし。ねぇ、ツバキ! こうなったら私とツバキでこっそり里を抜け出して───」

「無理だ」

「……ツバキ?」

 無意識に出た俺の言葉に、カエデは目を丸くする。

 

 

「……え? でも、ジニアが……。ほら、助けてあげないと。きっと、今頃一人で助けを待ってるわ」

「だから、無理だって。里長も言ってただろ。……里を出る事を禁止するって」

「そんなの! だから、こっそり里を抜けだそうって言ってるんじゃない! 私はまだ未熟かもしれないけど、ツバキなら大丈夫でしょ? ゴコクさんに特別任務を貰ってるくらいだもん。ね、私も頑張るから! 囮くらいにはなるし。もし邪魔なら待ってるから……だから、ジニアを助けに───」

「だから無理だって言ってるだろ!!」

 彼女の言葉を遮って、俺は近くにいたフクズク達が全員驚いて飛び去る程の大声を出した。

 

 カエデも俺の声に驚いて固まってしまっている。

 

 

「……つ、ツバキ? どうしたの」

「無理なんだよ……」

「そ、そんな事ないわよ! ツバキは凄いハンターだし、あのマガイマガドっていうモンスターから私を守ってくれたじゃない!」

 辞めろ。

 

「イャンクックも倒せたんでしょ、ツバキは。それにイオリに色んな事を教えてあげてるし」

 辞めろ。

 

「セイハクや子供達だって、ツバキの事尊敬してる。私も……私が居ない間に約束を守ってくれて、ツバキが凄いハンターになっちゃっててビックリしたのよ?」

 辞めろ。

 

 

「だから、ツバキなら……ジニアを助ける事だって出来るわよ! 私の事も助けてくれた。あの時とは違う。ツバキは本当に、凄いハンターに───」

「辞めろ!!」

 肩を揺らして詰め寄ってくるカエデを、俺は突き飛ばした。驚いた顔で固まるカエデを見て俺は頭を抱える。

 

 

 

「……嘘なんだよ」

「え?」

「嘘なんだ」

「えーと、何が? どうしたのよ、ツバキ」

「俺はハンターなんかじゃないんだ」

 膝から崩れ落ちて、地面を叩いた。カエデの顔が見えない。きっと、軽蔑した顔で俺を見ているに違いない。

 

 

 

「……どういう、事?」

「お前に見栄を張ってたんだ。お前が帰って来た時、俺はハンターなんかになってなかった。俺はただの農家だった。だけど、お前がちゃんとハンターになったって聞いて、嘘を付いた。里長やじっちゃん達に、俺が本当にハンターになるまでこの嘘を里の皆にバレないようにしてくれって……頼んだんだ。……俺は!! 本当はハンターなんかじゃないんだよ!! お前が思ってるような、凄いハンターでもなんでも!! ないんだよ!! 俺は……俺は、何も出来ないんだよ!! 俺達でジニアを助けるなんて事も無理なんだよ!!」

 何度も地面を叩く。

 

 無力で、無知で、何もない。

 俺はそんな人間だった。嘘を付く事しか出来ない、どうしようもない奴なんだよ。

 

 

「……嘘、でしょ?」

「……俺はお前達との約束なんて守れてない。……俺は、本当に、何も出来ないんだ。武器を振るので精一杯なんだよ。イズチ一匹倒すので精一杯なんだよ。……俺は、約束を破った大嘘付きなんだ」

 だから、俺がジニアを助ける事なんて出来ない。

 

 

 

 脳裏にあの時の光景がまた浮かぶ。

 

 

 

「……信じられない」

 そう言って、カエデは俺の元を去って行った。その後ろ姿は、普段よりも早く離れていってしまう。

 

 幻滅されただろうか。

 友達との約束を破って、嘘まで付いて、誰も助ける事が出来なくて。

 

 

 

 でも、それが俺なんだ。

 

 

 

「……俺は、何も出来ないんだよ」

 カエデの背中に手を伸ばす。彼女に振り向いてもらう事すら出来ない。

 

 ───その日の夜、カエデは里から姿を消した。




感想評価お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。