そもそも俺はモテない訳ではない。
「おにぎりくれー、セイハク」
「ツバキさんおはよう! 具はサシミウオで良い?」
「おう。大盛りで頼む」
日課になってきたイオリとのトレーニング。その朝と昼飯は、おにぎり屋のおにぎりで済ませる事が殆どだ。
修練が終わった後にうさ団子やりんご飴をご褒美で食べるのが、最近の通である。
「あらツバキさん。おはよう。今日も訓練? ハンターになってから続けてて凄いわねぇ」
俺がおにぎりを待っていると、セイハクの母親が話しかけてきた。
ハンターにはなってない、というのは置いておいて。
こうしてハンターになった事にしてもらってから、ご近所の奥様方からは偉いとか凄いとか───尊敬の言葉を頂けるようになったのである。
正直心が痛い。
「ど、どうも」
「いつもウチでおにぎり買ってくれるし、今日はサービスでお昼は届けに行かせるわよ。セイハクに」
嬉しいけど息子に行かせるんかい。
「……あ、あはは。悪いですよ」
「良いのよ良いのよ。ウチの子もツバキさんに憧れてるんだから」
「本当かー、セイハク」
「い、言うなよぉ!」
可愛いガキンチョだぜ。
そんな訳で、あまりにも良心が痛むがハンターでもないのに俺はタダ飯を頂く事になった。
昼までイオリに武器の振り方を教えてもらい、俺はその時を待つ。しかし───
「お昼ご飯来ないね」
「……もしかして俺、忘れられてない? 腹減ったんだけど」
───ご飯は来なかった。やっぱり俺はモテない。
◆ ◆ ◆
ハンターは自ら食事を用意しなければならない時もある。
「何してるんですか? ツバキさん」
「キノコ焼いてる……」
「本当に何してるんですか」
肉焼きセットに火を付けて、俺は串で刺したアオキノコを火で炙っていた。
今朝方おにぎり屋に立ち寄った時、昼になったらおにぎりを届けてもらう約束をしたのだが昼を過ぎても一向に連絡もない。
お腹が減った俺は、調合の訓練で使うアオキノコを焼いて食べようとしている訳である。
「普通におにぎり屋に戻れば良いと思うんだけど」
「馬鹿野郎、お前よく考えろ。おにぎりをくれるって言われて、そのおにぎりがまだ来ないから催促しにいくのなんか嫌らしくない? 早くタダ飯くれよって言いに行くみたいなもんだよ?」
「考え過ぎでは?」
「あ、コゲた!」
イオリと話していたら、焼いていたアオキノコが焦げてしまった。流石にこれを食べる訳にもいかないので、俺は再びキノコを探して焼こうとする。
「……あれ? アオキノコは?」
「さっきので最後じゃないかな。今日は調合の練習も少しやってたし」
「俺の飯は!? もうスタミナがゼロだよ!!」
「だからおにぎりを普通に取りに行けば───」
「ダメだ。俺はそんないやらしい人間になりたくない」
考えろ。
そもそもなんでおにぎりを持ってきてくれないんだ。もしかして嘘か。嘘はよくない。嘘はよくないけど俺は人にどうこう言える人間じゃない。
嘘じゃないとすると、忘れられてるという事になる。忘れられているなら仕方がない。滅茶苦茶悲しいけど仕方がない。
「仕方がなくないよ。俺が腹減って死ぬわ!」
「だからおにぎりを───」
「それはいやん……」
「ツバキさんってもしかして面倒臭い?」
ほっとけ。
「でも、僕もご飯はもう食べちゃいましたし。広場を出ないでご飯を食べるのは無理だと思いますよ」
「イオリ、これも修行だと思えば良い」
「お腹減り過ぎて頭おかしくなっちゃったんですか?」
「ハンターたるもの食事が取れなくなる事も多いだろ。狩場でお弁当を落としちゃったりするかもしれない。……そんな時どうするかを考える! これはそういう修行だ!」
「ちょっと正論だから何も言えない……」
何事も修行だと思って行動すると、いつか何かの役に立つかもしれない。
これも修行───というのは建前で、本音はいやらしい事をしたくないので気を紛らせる意味でもとりあえず何かしたいのだ。
「だが、もしここが狩場なら割と簡単に食料問題は解決するよな」
「狩場には食用になるモンスターも居るからね。ツバキさんは生肉を手に入れてもどうせ焦がすけど」
「そんな事ないもん」
「そんな子供みたいにいじけないで。……いつも焦がしてるじゃないですか」
ここ最近こんがり肉を焼く練習とかも付き合ってもらっているのだが、その成果は今イオリが言った通りである。
肉から離れよう。
「魚を釣って食べよう」
「確かに狩場には魚を釣れる場所もありますし、危険な狩場で魚を釣ってくるのもハンターの仕事の一つだって聞くけれど」
「けれど?」
「ツバキさんは魚も焦がすと思う」
「魚も焼かないといけないもんね……」
緊急の場合は仕方がないが、肉も魚も焼かないと危険だ。身体を動かす為の食事で腹を壊していては本末転倒である。
「肉魚から離れよう。やはりここは農家の知恵を生かして山菜やキノコ、特産品を探すのが良いかもな」
「狩場でツバキさんの知識を活かすならそうするのが一番かもしれないね」
自然溢れる狩場は野菜の宝庫だ。特産キノコに熱帯イチゴ、狩場で取れる美味しい食材は多い。
「ここには何もないですけどね」
「……それを言うなよ」
そもそもここは狩場ではなくてただの広場である。肉魚の時点で話の論点からおかしいのだ。
「いや、ここにあるけどな。肉」
「え?」
「ほら、そこに」
俺はそう言いながら、イオリのオトモアイルーとオトモガルクを指差す。二匹は目を丸くしてイオリの背中に隠れてしまった。
「美味そう」
「ダメですよ?」
「……冗談だよブラザー」
オトモは仲間。友達。家族。
家族は大切にしようね。
「じゃ、アレは?」
目を半開きにして俺をみるイオリに、今度は木の上に居るフクズクを指差してそう言う。トリ、ウマソウ。
「ダメですよ!?」
当たり前だ。
「ツバキさんお腹減り過ぎて適当な事言ってませんか……」
「正直我慢の限界だね。スタミナもなければ考える力もない。……食事の大切さを知ったわ」
食事を取らねば身体を動かす為のスタミナが消えていく。当たり前の事だが、狩場で考えるとこれは恐ろしい事だ。
身体が動かないのは勿論だが、頭も回らないのである。今はもうご飯を食べる事しか考えられない。
「ツバキさん、もう諦めておにぎり屋に───」
「それだけはダメだ」
「強情過ぎる……」
「俺は世間からな、あのツバキってハンター約束したんだからタダ飯寄越せっておにぎり屋にいちゃもん付けてたのよ〜嫌ね〜、とか言われたくないの! 紳士でいたいの。世間の評判が気になるお年頃なの!」
「……わ、分かりましたけど。でも、本当にどうする気ですか」
アレコレしているウチにもうおやつの時間になりそうだ。ここまできたら修行を辞めて茶屋に団子を食べに行っても良いかもしれない。
「もう絶対忘れられてますって」
「そんな事ないもん……。俺だってモテてるんだもん……。差し入れ貰えるくらいモテてるんだもん」
「やあ、少年達。何かお困りなのかな?」
俺がイオリを困らせていると、ふと広場にもう一人の人影が現れる。
行商人のロンディーネさんだ。
俺は今日ほど彼女を天使と見間違えた事はない。
「結婚して下さい」
「あまりにも話が飛躍してないかな? とりあえず落ち着きたまえ」
俺の求婚をジニアにするように軽くあしらわれ、俺はその場に倒れ込む。状況を説明する体力も残っていないので、話はイオリがしてくれた。
「───なるほど、単にお腹が減ったと」
そういう事です。
「ロンディーネさんなら、何か食べ物を持ってるんじゃないかと思ったんですよ」
「生憎だが、今日の積荷に食料はないんだ。力になれそうにない」
「そんな……」
救世主だと思っていたロンディーネさんは、希望を掲げて人を絶望の淵に落とす悪魔だった。言い過ぎである。
「ただ、スタミナの話なら別だ。こんなアイテムがあるのだが、君の将来への投資と思って一つ進上するのも悪くはない」
そう言って、ロンディーネさんは一つのビンを積荷から持ってきた。瓶の中には明らかに身体に悪そうな色は液体が入っている。
「これは?」
「強走薬だね」
「当たりだ、少年」
イオリの言葉にそう返すロンディーネさん。彼女は瓶を開けると、揺れる中身に視線を向けながらこう口を開いた。
「飲めばたちまちスタミナが回復し、普段よりも持久力の付く薬品だ。これ一つでこんがり肉よりも動く為のエネルギーを手にする事が出来る」
「劇薬の類じゃん」
しかし、満足に食事も取れない可能性のある狩場では重宝されるアイテムかもしれない。
普段よりも持久力が着くという事は、自分の本当の力よりも動けるようになるという事である。
そうなった場合、身体は本来よりも酷使される為───これ以上は言うまでもない。
「だが、俺は今それが欲しい……」
「正気ですかツバキさん!? おにぎりの代わりに自分で劇薬だって言ってる薬を飲もうとしてるんですよ!?」
「もうスタミナが回復するならなんでも良くね!?」
「良くないでしょ!!」
うるさいよ。腹が減ってはなんとやらだ。
「いただきます!」
瓶を開けて、俺は中の液体を一気に喉に流し込む。
空腹の腹の中に入り込んでくるエグみ。そんな不快感とは対照的に、身体に力が溢れてくる感覚を覚えた。
「漲る……漲るぞ!! 今なら広場百周だって行ける気がするぜ!!」
「本当に劇薬ですね……」
凄いな強走薬。別に何か食べた訳じゃないのにこんがり肉を食べた時より力が溢れてくる。
ハンター、狩場はこれだけ飲んでれば良いんじゃないだろうか。
数刻後。
「───おぇぇぇぅぉろろろろろろ、おゔぇぇぇええええ」
「言わんこっちゃない」
俺は盛大に吐いていた。何も食べてないので胃液を吐いている。死ぬ程気持ち悪い。
強走薬。
確かに空腹なんてどうでも良くなる程にスタミナが溢れてくるが、結局は劇薬だ。効果が切れればたちまちこの通りである。
ハンターの中には狩りの時、毎回この強走薬を飲んでる奴が居ると聞いた。正気の沙汰とは思えない。
「……ちゃんとしたご飯を食べるのが大事だと、俺は今日学んだよ」
「当たり前の事ですけどね」
「なんで来てくれないんだよセイハク!!」
気が付けば空は赤く燃えるような夕焼けの時刻である。ここまできたら忘れられているのは明白だ。
「直談判してくる」
「初めからそうしたら良かったのに……」
イオリに呆れられながらも、俺は広場を出ておにぎり屋に向かう。すると、おにぎり屋のお母さんが出て来て笑顔でこう口を開いたのだ。
「お疲れ様、ツバキさん。お昼のおにぎりはどうしでした?」
「え、お昼のおにぎり……」
「セイハクがコミツちゃんと持っていきましたでしょ?」
どういう事だってばよ。
おにぎり屋のお母さん曰く、セイハクは俺におにぎりを持って行ったらしい。しかし、実際の所俺はおにぎりを食べていないのである。
怖い話かな。
「お、美味しかったですよ! ありがとうございます!」
「ツバキさん?」
「こういう時は話を合わせるの……。けど、コミツもセイハクも俺達の所には来てないよな?」
お母さんはこう言っているが、俺はこの通り空腹でコミツどころかセイハクの顔だって今朝から見ていない。
それなのにお母さんは俺がおにぎりを食べたと言うのだ。やはり怖い話か。
「え、なんか怖くなって来た。イオリ、もしかして俺は二人いるのか?」
「ツバキさんが二人も居たら困りますよ」
「どういう意味だね」
謎は謎のまま、その日は結局夜を迎えてしまう。
これは後に聞いた話なんだが、セイハクとコミツは俺におにぎり等を届けようとして───何故か大社跡に迷い込んでしまったらしい。
それをジニアが助けたとかなんとか。
俺が事の真相を知るのは、また別の話だ。
その日俺が手にした教訓は一つ、ご飯は意地を張らずに食べよう。その一点である。
字余りのおまけ。
これは、俺がおにぎりも食べられずに腹ペコで家に帰って来た時の話。
「ママン! パパン! 息子が腹ぺこで帰ってきたぞ! ママーン!!」
帰ればいつもならご飯が用意されている時間なので、俺はいつもよりテンション高めで帰宅した。
「ママン……?」
しかし、家は灯りも付いていないし人の気配すらない。どうしたものかと台所に向かうと、置き手紙が一つ置いてある。
『ツバキへ。お母さんとお父さんは夜のデートに行ってきます。ご飯は適当に済ませて下さい。ママンより』
「ママーーーン!!!」
良い歳なのにナニしてるの!! 年頃の息子を置いてナニしてるの!!
「いや困った! 普通に困った。結局セイハクは来ないしなんなら行方不明だし。俺は肉を焼けば焦がす名人だ!」
俺はあまりにも料理が出来ない。焼いた肉魚野菜は全て焦げるし、味付けをしようとすると全部物凄い塩辛くなるのだ。
一人で生きていけないので誰か早くお嫁さんになってくれ。
「死ぬ……。腹減って死ぬ。ハンターなのに空腹で死ぬ奴おる? とか皆に笑われる! それだけは嫌!!」
家の食糧庫に加工せずにそのまま食べられそうな物はない。おにぎり屋は勿論、茶屋だって閉まっている時間である。
終わった。俺の人生空腹で終わった。
俺がそうして黄昏ていると、ふと扉の開く音がする。なんだよママン、俺の事が心配で帰ってきてくれたのか。
「ママーーーン!!」
「ツバキ、お邪魔するわよ。……って、ママン?」
玄関から入ってくる赤い髪の女の子。俺のママンはこんなに若くないし、可愛くない。
「か、カエデ!? どうしてここに」
「えーと、ツバキのお母さんからツバキがお腹すいてるだろうから宜しくって」
「ママーーーン!!」
「ちょ、何よ!?」
「俺のママンになってくれ!! お前は俺の救世主、命の恩人、いやもはやママンなんだ!!」
「え!? お嫁さんじゃなくて!? ちょっとツバキ!? ねぇ!?」
何故かカエデは顔まで真っ赤にしながら台所に立って料理をしてくれた。
昔はチャンバラも下手くそなガキだったのに、胸以外大きくなりやがって───
「お待たせ、ツバキ。ほら、食べよ」
「頂きます」
「どう? 美味しい?」
「美味───うま、ウマ? えーと、その……」
「な、何よ」
「塩っぱい」
───しかし、カエデもまだ料理の腕はお子ちゃまなようである。
「も、文句があるなら食べなくて良いわよ!」
「いやいや! いやいやいや!! 美味しいです!! 食べさせて下さいママン!!」
「だからなんでママンなのよ!!」
「愛してるぜママン!!」
「愛し───ちょ、ツバキぃ!!」
結論。ハンターになる以前に肉くらい焼けるようになった方が良い。本日の教訓だ。