ハンターになったらモテると思っていた   作:皇我リキ

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忘れていると思っていた

 ふと昔の事を思い出す。

 

 

「ツバキぃ、またフクズクに団子を取られたぁ!」

「お前は呪われてるのか?」

 子供の頃からカエデはよくフクズクにおやつを奪われて泣いていた。

 

 どこか抜けている所があるし、多分彼女からは取りやすいんだろう。

 それに彼女はよく動物に懐かれるというか、昔から彼女の周りには色んな生き物が寄ってくる不思議な体質でもあった。

 

 この間のエンエンクではないが、変な匂いでも出してるのかもしれない。

 そのおかげでハンターの狩りをサポートする猟虫とも仲良くなれるから、彼女は操虫棍という武器を選んだらしい。

 

 だからといっておやつを盗んでくるフクズクと仲が良いという訳でもないが。

 

 

「しょうがないから取り返してきてやるよ。アレだろ?」

「うん、あの屋根の上に飛んで行っちゃったフクズク」

 話を戻す。

 昔、俺はこうやってよくフクズクから彼女の団子を取り戻したりしていた。

 ガキ大将だった頃の俺は、里で一番のハンターになって里中の人を助けるなんて言っていた奴である。

 

 あの頃の俺は本当に活気に満ち溢れていた。

 

 

「任せろ。俺が取り返してきてやる」

 そう言って屋根をよじ登ろうとした俺だったが、その日は少し神様の機嫌が悪かったのだろう。

 

「あ、フクズクが!」

 フクズクは翼を広げて、どこかに飛び立ってしまった。

 

 

 こうなれば団子を取り返すのは難しい。諦めた方が早いだろう。

 だけど、今はともかくあの頃の俺はそういう人間ではなかった。

 

 

「私のお団子……」

「大丈夫だカエデ。俺が取り返してきてやるから!」

 諦めずに、俺はフクズクが飛び去った方角へ向かう。

 

「本当に取り返してくれるの?」

「カエデ、俺は自分で言った事はやり通す男だ。それに俺が約束を破った事があったか?」

 あの頃の俺はそういう人間だった。

 

 

 自分に自信があって、自分はなんでも出来ると思っていたのだろう。

 でもきっと、それ以上に───

 

 

「───ほら、カエデ。取ってきたぜ」

「───本当に取り返してくれたんだね、ツバキ。ありがとう! でもこれ、突かれすぎてもう食べれないよ。あはは」

 ───アイツとの約束を、破りたくなかったんだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 大社跡。

 ここは里から離れ、静かでゆっくりとした時間が流れている。

 

 

「教官、二人が見えたぜ」

「覗きの訓練の成果を見せる時だ、愛弟子」

「その言い方辞めない?」

 俺と教官は、カエデとジニアの狩りを密かに観察する為にこの大社跡を訪れていた。

 

 クエスト内容はオサイズチ一頭の狩猟。

 オサイズチはイズチよりも二回りは大きな身体を持っているらしい、イズチの群れのボスである。

 

 そんな巨大な生き物に人間が勝てるのだろうか。

 ハンターならもっと危険な生き物にも挑まなければならない。俺にはその技術も覚悟もないから、今こうして覗きをしているという訳だ。

 

 

 

「愛弟子、修行の時はあまり調子が良くなかったようだけど。今はバッチリと見えているようだね」

「さっきは見える筈もないパンツを見ようとしてたからね。俺、割と目とか耳は良いから」

 俺達とカエデ達の距離はざっと里の茶屋から傘屋までの距離の二倍は離れている。

 狩場の奥まで行けばもう少し近付いても大丈夫そうだが、この距離でも俺は二人が何を話しているのか聞こえていた。

 

 

「流石俺の愛弟子だ!」

「あんまうるさい声出さないでください教官。尾行がバレる」

「……すまない!」

 うるさい教官は良いとして。

 

 今回の俺の目的は二人の本物の狩人の狩りを間近で見る事である。

 

 大型モンスターとの戦闘。

 俺もいつかはこなさなければならないのだろうか。

 

 

「二人は何してんだ?」

 ふと、二人に視線を向けると───二人は向き合って楽しそうに会話をしているようだった。

 

 昔からの幼馴染み。

 カエデはハンター修行で二年間里を出ていたから、ジニアとも積もる話があるのだろう。

 

 しかし、流石にこの距離では何を話しているのか分からない。

 

 

「仲良く会話しているようだね」

「もう少し近付きましょう」

「やる気が出てきたんだね、愛弟子!」

 そういう訳ではない。

 

 

「───それでね、ツバキが団子を取り返してきてくれるって言ってくれたんだけど。フクズクが遠くに飛んで行っちゃって」

 少し近付いてみると、カエデのそんな言葉が聞こえてきた。なんの話をしていたのかと思えば、思い出話をしていたらしい。

 

 

「それで、ツー君は団子を取り返してくれたの?」

「うん! 私には家に帰ってろなんて格好付けて。夜になったらボロボロのツバキが家に団子持ってきてくれたのよ。団子もボロボロで食べられた物じゃなかったんだけどね」

 昔、そんな事もあったな───なんて思い出す。

 

「流石ツー君だね」

「ツバキは約束を破った事ないのよね……。自分が言った事を絶対に曲げないというか、なんというか」

「そうだね。ツー君はそういう人だよ」

 恥ずかしいからその話やめて。

 

 

「……だから私、ツバキにハンターにならないって言われて本当にビックリしたのよ。ツバキがお兄さんを亡くして辛かったの分かってたのに」

「ツー君だって人間だから」

 あの日、俺はカエデとの約束を破った。

 彼女が俺に怒る気持ちも、俺だって分かっている。

 

 

「それなのに私、勝手に一人で怒って勝手に一人で里を出て。……帰ってきたらツバキはハンターになってるし、格好悪いわよね。私、ツバキの事信じてた筈なのに。ツバキの事───」

 もう辞めてぇぇえええ!!! 俺はハンターじゃないの!!! ハンターになれてないの!!! お前が一生懸命ハンター修行をしてた二年間、俺は農家をやってたの!!!! 

 

 

「愛弟子はカエデに愛されてるね!」

「突然なんなの教官」

 悶絶している俺を、教官はキラキラした目で見ていた。なんなのこの人。

 

 

「───だから私、もう絶対にツバキを疑わないって決めたの。約束を破ったのは私だった。……ツバキは覚えてないかもしれないけど」

 ふと聞こえるそんな言葉。

 

 ただ俺は、彼女の言う約束がなんの約束だったか分からない。話途中から聞いてなかったし。

 

 

 途中からといえば───

 

「ところで教官よ。この前イズチ五匹倒すクエストの帰り、なんか血相変えて俺達を返したけど……あれなんだったんだ?」

「……答えて良いものか」

 俺の突然の問い掛けに、教官は珍しく真剣な表情を見せる。

 その視線の先には俺は居なくて、彼は少しだけ目を瞑ってからこう口を開いた。

 

 

「愛弟子がカエデに嘘をついた日、大社跡でモンスターに襲われたのを覚えているかい?」

「あー、カエデがアオアシラと間違えた奴ね」

 カエデが里に帰ってきた日、俺は彼女に自分もハンターになったと嘘を付いて───この大社跡でとあるモンスターに追い掛けられる事になったのを思い出す。

 

 

「あの日愛弟子が見たモンスターの名は───怨虎竜マガイマガド。何故かはまだ愛弟子には言えないが、里の者から恐れられているモンスターだ」

「里の人が恐れているモンスターとな」

 何故かはまだ俺には言えない。

 それは俺がハンターではないからだろうか。いずれにせよ、今の俺が関わって良い相手ではない事は確かだ。

 

 

「その、マガイマガドってのが大社跡にいたって事か? 危ないんじゃないの?」

 今回カエデやジニアはオサイズチというモンスターの討伐がクエストだが、大社跡にオサイズチ以外のモンスターがいる可能性だってある。

 そのマガイマガドが本当に近くに潜んでいるのなら、この狩場は今とても危険な状態の可能性も高かった。

 

 

「だからこそ、俺がいる! 安心してくれ愛弟子。カエデもジニアも、いざとなったら俺が助けるからね!」

「いやだ教官。格好良い。惚れそう」

「もっと褒めてくれ! うおー!」

「やかましい。二人に気付かれるだろ」

「……すまない」

 なんなのこの人。

 

 ただ、やはり教官はアホだが頼りになる。この人がいてくれるなら、とりあえずは安心だ。

 

 

「愛弟子! 何か動きがあったぞ!」

「だからもう少しトーンを下げ───あれは、イズチか?」

 教官の株を上げ下げしていると、ふと視界に小さな影が映る。

 

 

 鋭い牙に爪。鎌のような尻尾が特徴的な小型モンスターだ。

 今回の標的はこのイズチ達の群れのボスと呼ばれているオサイズチである。イズチ達には用はない。

 

 

「倒すのはオサイズチって奴だろ? イズチに関わる必要はなくないか?」

「オサイズチはイズチ達の群れのボスだ。どちらにせよ、イズチとの交戦は避けられない」

「なんだそれ面倒くさいな……」

「群れのボスを倒そうとすればイズチに邪魔される事も想定出来る。先に数を減らしておくのも手ではあるね」

「手ではある、じゃなくて全滅させないと後で危ないんだろ? どうせ戦わなきゃいけないんだろ? 答えは一つだろ」

 イズチが後で邪魔してくるのなら、数を減らすんじゃなくて全部殺してしまった方が安全じゃないだろうか。

 それが出来る出来ないはともかくとして、目の前に後で邪魔になる存在がいるなら消しておくべきと俺は思った。

 

「愛弟子、ハンターの仕事はモンスターを滅ぼす事ではないんだ。確かにハンターは生き物の生命を奪う仕事だ。……でも、命と向き合う事も仕事の内だという事を忘れないで欲しい」

「命と向き合う、ねぇ。……俺にはよく分からん。必要なら殺さないといけないと思うし、必要ないなら殺さずほっとく。これは畑やってるからかもしれないけどな」

 畑を荒らす虫はやっぱり殺すし、そうでない奴は畑で見かけても特に触ったりしない。生き物を殺す殺さないというのは俺にとってそういう話である。

 

 そもそも俺にはイズチを全滅させられるだけの腕はないんだけども。

 

 

「勿論、自分の答えを大切にして貰えばいい。ただ、今回の目的は二人のハンターの狩りを見る事だ! この事も踏まえて、愛弟子には二人がどうするのか見ていて欲しい!」

 教官がそう言っているのを聞きながら、俺はカエデ達に視線を映した。

 

 

 現れたイズチの数は六匹。

 これはいつか教官に聞いた話だが、基本小型モンスターでも相手をして良いのはパーティ人数一人につき多くても三匹までが目安らしい。

 それ以上になると熟練のハンターでも不慮の事故が起きる可能性が高くなる。当たり前だが数の利は恐ろしいものだ。

 

 曰く、ハンターの───主に初心者ハンターの被害で一番多いのは複数の小型モンスターが相手らしい。

 

 小型といえど俺みたいな普通の人間にとってはそれ一匹で危険な存在である。

 ハンターといえど中身は普通の人間だ。押し倒されたり噛みつかれたら、ただでは済まない。

 

 

 

「ジニア、どうする?」

「僕に考えがある。カエデは牽制しつつ、離脱する準備をしておいて」

 六匹のイズチに囲まれた二人。どうやらジニアには作戦があるようで、カエデに武器を構えるように指示をする。

 

 一方でジニアはその槍を構える事はなかった。

 左手に盾こそ持ってはいるが、戦う気はないように見える。

 

 そんなジニアに狙いを定めたのか、一匹のイズチが甲高い鳴き声を上げた。

 コイツに攻撃しよう。まるでそう言っているようだ。

 

 

「カエデ、僕の合図で跳んで!」

「分かった!」

「───今!!」

 ジニアが叫んだ瞬間、周りのイズチが一斉に二人に向けて飛びかかってくる。

 しかし次の瞬間、突如ジニアを中心に青い煙が上がり始めた。見覚えのある光景である。

 

 その煙を吸い込んだイズチ達は、順番に姿勢を崩しながら倒れ込んだ。

 死んだ訳ではなさそうである。寝ているのか。

 

 

 同時に煙の中から、カエデがイズチ達を跳び越えるようにジャンプして出てきた。ジャンプ力が人間じゃない。

 

 

 

「アレは、この前のカエルの仲間か」

「ジニアは狩場で良く環境生物を集めてるからね。アレはネムリガスガエル。愛弟子の言う通りガスガエル科の一種だ」

 その名の通り、相手を眠らせるガスを吐くカエルという事だろう。

 

 そうなるとあの煙の中にいると寝てしまう訳だが、俺の心配も束の間。

 煙の中からなんかデカい虫が飛び出してきたかと思えば、その虫が出した糸を引っ張るようにしてジニアが飛び出してきた。

 

 

「アレはカエデが言ってた……」

「翔蟲だ。丈夫な糸を出せる虫で、カムラの里のハンターの多くは便利に狩りを手伝って貰っている。愛弟子もいつかは───」

「え、嫌だ。アレキモい」

「───あれー」

 いや普通にキモい。なんだあのデカい虫。生理的に無理。

 

 

「そんな事より、二人を追い掛けようぜ。せっかく眠らせたイズチを二人は殺さないんだな……。命と向き合う、ねぇ」

 俺たちは道を迂回しながらカエデ達を追う。

 

 これは二人が話していた事だが、六匹もイズチがまとまって動いていたという事は、この近くに大きな群れがいるという証拠だとか。

 まさにその通りで、六匹のイズチと出くわして少し歩いた所で今度は八匹のイズチが姿を表した。

 

 

 曰く、その数字は超えてはいけない線である。

 しかし運が良く、八匹はカエデ達に気が付いていないようだった。

 

 

 あくまでも二人なら六匹というのは目安、セオリーの話である。

 ハンターにはどうしても戦わなければいけない時もあるし、あえてセオリーから外れるのも一つの手だ。

 

 

「カエデ。ここが多分、藪だね。突いてみる?」

「うん、そうだね。私が一番近いのをやるから、ジニアは一番最初に反応した奴をお願い」

 二人はそう話して、お互いの獲物を構える。カエデの腕に止まっていた猟虫───マルドローンのモミジが飛び出したのが戦いの始まりの合図だった。

 

さっきの六匹は無視したのに、ここの八匹には仕掛けるのか。何故だろうか。

 

 

「……せやぁ!!」

 突然眼前に現れた巨大な虫に視線を取られたイズチ向けて、草陰から飛び出したカエデは操虫棍の刃を突きつける。

 刃はイズチの喉を捉え、返り血がカエデの赤い髪に重なった。

 

「浅かった! けど!」

 攻撃は成功したが、イズチはまだ生きている。突然の激痛に血走った瞳がカエデを睨むが、引き抜かれた刃の返しでその眼球は光を失う事になった。

 

 

 さらに連撃。

 怯んだイズチに、二度三度刃を叩き付けるカエデ。

 一瞬でイズチ一匹の生命を散らした彼女だが、周りの七匹はそれを黙って見ていた訳ではない。

 

 近くにいた二匹が、仲間の仇を取らんとカエデに牙を向ける。

 しかし、その牙が彼女に届く事はなかった。

 

 

「───させないよ」

 長槍がイズチ一匹の脳天を貫く。

 

 草陰から助走をつけて突進してきたジニアのランスは、イズチの生命を一撃で奪ってみせた。

 もう一匹には交わされたが、奇襲で二匹減らせたのは大きい。だが、それでもイズチはまだ六匹いる。

 

 突然の奇襲を仕掛けてきたジニアに、今度は遠くにいたイズチが飛び掛かってきた。

 小型モンスターといってもその体重は決して軽くはない。それでも、ジニアは身体を捻って大きな盾を飛び掛かってきたイズチに向ける。

 

 

 爪と牙が鉄を削る音が響いた。

 ランスの巨大な盾は頑丈である。ただその弱点は、大きさ故に小回りが効かない事だ。

 

 攻撃をガードしたジニアの背後に回るイズチ。

 これが数の有利という奴である。

 

 

「させない!」

 回り込んだイズチがジニアに牙を向けた矢先、今度はカエデがジニアのカバーに入った。

 イズチに突進するマルドローンのモミジ。イズチが怯んだ隙に、カエデは両刃による連撃でイズチを地に伏せさせる。

 

「流石だね」

 一方でジニアは、盾で弾いたイズチをランスで突こうとしたがそれは交わされてしまった。ただ、ジニアはそのまま狙いを別のイズチに向け、リーチを生かしてもう一匹の頭を串刺しにする。

 

 

 奇襲により、二人は一気に四匹のイズチを倒した。

 このまま順調に行けばここにいるイズチは全部倒せる───そう思った矢先。

 

 

 

 甲高い鳴き声が大社跡に響く。

 

 

「……やっぱりここに来た」

「大社跡で一番イズチが集まってる場所。ここを突けば出て来ると思っていたよ」

 二人の視線の先。

 そこには、イズチのようでその大きは桁違いの生き物が鎮座していた。

 

 

 足だけで人の胴体程ある巨体。

 その体躯はイズチの数倍。尻尾の鎌も、何もかもイズチとは比べ物にならない。

 

 それは本当に同じ生き物なのだろうか。

 

 

「「───オサイズチ」」

 ───オサイズチ。それが、二人のクエストの討伐目標。

 

 

 

 イズチの群れを統べる、長である。


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