ハンターになったらモテると思っていた   作:皇我リキ

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死んだから転生してモテる話ではなかった

 暗がりで立ちすくむ。

 

 

「……ここは?」

 自分が何をしていたか思い出せない。

 後頭部が痛い。そういえば、確か俺はカエデと再開して───

 

 

「あなたは死にました」

 突然目の前に金髪の男が現れ、男は慈愛に満ちた表情でそう言った。

 

「そうか、俺は───」

 ───カエデと再開して、格好付けてハンターになったなんて嘘を付いた末に崖から落ちて死んだ事を思い出す。

 

 

 あまりにもダサい死に方だ。

 

 

「てかお前ジニアか」

「いえ、私はジーニアス。神です」

 目の前の男の姿は、俺が憎む幼馴染の姿に酷似している。しかし、彼はジニアではなく神様らしい。

 

「いや神様!?」

「あなたは死にました。ここは神の壇上。現世では不幸だった貴方を幸せにする為に、私は貴方をここに呼んだのです」

 まさか、これは最近物語として流行っている神様転生という奴か。

 

 俺は今から凄い能力とかを手に入れて他の世界に転生されたり、この世界の知識を活かして他の世界でチヤホヤされたりしちゃう訳ね。なるほどね。

 

 

「はいはーい! モテたいです! なんかこう、俺を見る女の子が全員俺の事を好きになる的な能力を下さい」

「そんなものはありません」

 そんなものはなかった。

 

 

「あなたは今から虫に転生します」

「え? 今なんて?」

「非力で、顔も普通で、冴えなくて、気が利かなくて、貪欲で、貧弱で、センスも悪く、口も悪く、口だけ達者で、子供で、農家でモテない貴方の人生」

「純粋に悪口!! でもお前農家は違うだろ!! 全世界の農家の人に謝れ!! いや俺に謝れ!!!」

「そんな人生でも虫になれば関係ありません! 何も考えなくて良いのです!」

 それは、そうなのかもしれない。

 

 

 思い返す。

 俺は結局何も出来なかった。ガキ大将だった自分に酔って、周りの変化を受け入れずに逃げ続けていたのである。

 

 

 虫になったら何も考えなくて良い。

 

 

「……それも、良いのかもな」

 ──ツバキ……助けてよ、ツバキ───

 

 俺は何も出来なかった。

 

 

 ──ツバキ! ツバキったら! ツバキ、目を覚まして──

 

 

「俺は───ん?」

 声が聞こえる。カエデの声だ。頭が揺れる。痛い。

 

「あ、これ夢ね」

「死ね」

 俺は神を殴った。夢なので許される。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 知らない天井だ。

 

 

「ここは……」

「集会所だよ、ツー君」

 見慣れた顔が覗き込んでくる。俺は神を殴った。だからコイツも殴る。

 

 

「───痛い!? え!? なんで!? 酷いよツー君!?」

「顔がムカついた」

 我ながら酷い理由だが、それは良いとして。

 

 

「俺、生きてるのか? なんで?」

「覚えてないの?」

 そうやって心配そうに俺の顔を覗き込むのは、装備を脱いで私服姿になっているカエデだった。

 

 

「カエデ」

「私も気絶してて覚えてないんだけど、私達助かったんだよ」

 カエデの話に寄ると、事の顛末は俺の予想とは違ったらしい。

 

 

 カエデが目を覚ました時、彼女はあの崖の上で一人だったという。

 彼女が言うにはあのモンスターは居なくなっていて、俺は崖の下の木の枝に引っ掛かっていたとかなんとか。

 

 これは俺の予想だが、運良く何かに弾かれた俺の身体は木の枝に引っかかった。

 モンスターは落ちて来た筈の俺を見失い、諦めて何処かへ去っていったのだろう。

 

 

 奇跡だわ。

 神よ、殴って悪かった。

 

 

「もしかして、ツバキが追い払ってくれたの?」

「は?」

 所で事の顛末はともかく。カエデは気絶していて何が起きたか分かっていないようだ。

 

 

 これ、チャンスじゃね。

 

 

「お、おう! そうだぜ。まぁ、俺もハンターだからな! あの程度のアオアシラ余裕だわ」

 いやどう考えてもアオアシラじゃなかったけどね。

 

「えぇ……」

 おいジニア。変な顔をするな。

 

 

 男の子だもん。異性の前で格好付けたくなるのは当たり前だろ。

 

 

「ツバキ……」

 俺がジニアを睨んでいると、カエデは瞳に大粒の涙を流しながら両手を広げる。

 そしてそのまま俺の頭に抱き着いて、その平坦な膨らみを俺に押し付けてきた。あ、でも柔らかい。

 

「なんぞなんぞ!? モテ期!?」

「バカ! 無茶して。……でも、ありがとう。約束、守ってくれてたのね。私が居ない間にハンターになってくれてたなんて。見直しちゃった」

 罪悪感で死にたくなってきたぞ。辞めて。

 

 

「私、ツバキのお母さん達にこの事話してくるわね。無事で本当に良かったわ」

「え、待って? それは待って!?」

 俺から離れてそう言ったカエデは、急いで部屋を出ていってしまう。俺は寝ているので何も出来なかった。

 

 

「嘘はよくないよ」

「うるせぇ神」

「神?」

「いや、こっちの話だ。直ぐにバレる嘘ってのは本当に良くないな。……今度こそカエデとも絶交かもしれない」

 昔、彼女とした約束を思い出す。

 

 

 

「俺はハンターになるぜ。そして、お前達も村の皆も、俺が全員守ってやる」

「ツバキ格好良い!」

「約束するぜ。この村に危機が迫った時、この村の誰かが助けを求めた時、お前達が助けを求めた時。俺が必ず助けてやるってな!」

「うん。ツバキ、約束だよ」

 俺はまだ子供で、純粋だった。

 

 あの日、現実を知るまで───俺は本当にハンターになろうとしていたのである。

 

 

 

「ところでツー君、本当に何が起きたのか覚えてないのかい?」

「投身自殺が失敗に終わったって事以外はなにも」

 何故、俺は生きているのだろうか。

 

 

「もしかして俺には秘められた力が眠っている?」

「それはないと思うよ」

 否定するなよ。これが物語だったらそこから物語が始まる所だろ。

 

 俺がその能力で活躍しまくってモテまくる所だろ。

 

 

「それはないと思うよ」

「二度も言わなくていいから! 分かってるから!」

 コイツ本当にムカつくな。

 

 

「でも、本当に何が起きたのかは気になるね。二人が遭遇したアオアシラに似たモンスターを僕は知らない。僕は今日の事をウツシ教官に相談してみるよ」

 真剣な表情でそう話すジニア。

 

 ジニアは確かに村の女子に人気のハンターだが、ハンターとしては新米の部類だ。コイツが知らない事があってもおかしくはない。

 

 

 ただ、卑怯なのはそうやって真剣な表情をされると元の顔が良いので格好良く見えてしまう点である。

 

 

「お前嫌い」

「突然酷いよツー君」

 苦笑いしながら立ち上がるジニア。コイツはカスだが真面目な時は真面目なので、直ぐにでもウツシ教官に話をしてくるつもりらしい。

 ウツシ教官というのはこの村でハンターの教育をしている人だ。俺も昔は世話になろうとしていたので覚えている。

 

 あの人ならきっと、俺達が見たモンスターの事も知っているかもしれない。

 

 

「ミノトさんには僕から言っておくから、動けるようになったら家に帰るんだよ。見たところ、怪我はしてなさそうだけどね」

 そう言って、ジニアは部屋を出て行った。

 

 確かここは集会所って言ってたか。ハンターではない俺にはあまり縁のない場所である。

 

 

 アオアシラ討伐のクエストを受けに来た時は、受付をカエデに殆ど任せていたから余計にだ。

 

 

「出入り口は……」

「───ツツジさん?」

 部屋を出ると、驚いたような声を漏らす女性と目が合う。黒くて長い綺麗な髪。とても美人な女性で一瞬ときめいてしまった。

 

 確か、彼女は集会所の受付を務めているミノトさんだったか。

 

 

 それでその名を口にしたというなら、納得である。

 

 

「……その人はもう居ませんよ」

 俺はそう静かに告げて、彼女に背中を向けた。

 

 

 異性で美人。

 正直もっと話がしたい。お茶がしたい。チョメチョメしたい。

 

 けれど、今はそういう雰囲気ではないだろう。

 

 

 俺は走って集会所を出て、家に向かった。

 

 

 

「───なんだこれ」

 自分の表情筋が大変な事になっている。

 

 いや、それ以前に俺の家が大変な事になっていた。

 

 

「あ、おかえりツバキ。見て見て、皆でパーティする事になったのよ」

 何故か俺の家にいるカエデ。そして豪華な料理を用意している俺の両親とカエデの両親。

 

 おそらくは、カエデの帰郷パーティだろう。

 しかし、何故俺の家で行われているのか謎だ。

 

 

 それ以前に───

 

 

「カエデ、悪い。俺は本当は───」

「私の知らない間にツバキ君がハンターになってるなんてねー。おばさんビックリよ」

 そういうのはカエデの母親である。

 

 

 俺がハンターになったというのは、帰ってきたカエデに咄嗟についた嘘だ。

 

 その嘘は俺の両親に話せば一瞬でバレる筈である。

 

 

「それが私も知らなかったんですよ。ふふふ」

「俺も息子が知らない間にハンターになっていたなんて知らなかったよ。ビックリしたな。ハッハッハッ!」

 両親、俺の嘘を信じてしまっていた。

 

 

「コイツらもしかしてバカか」

 しかし、おかげで想像していた最悪のシナリオは回避出来たらしい。

 

 

 両親に俺がハンターになった事を嘘だと知らされ、カエデが俺の事を見損なって嫌いになり───里中の人々に俺は嘘付きのチンカス野郎だと罵られるという最悪な事態が回避出来たのである。

 

 

「神よ、殴って悪かった」

「何言ってるの? ツバキ。ご飯出来たら食べよ」

 俺の手を引っ張って食卓に座らせるカエデ。

 

 

 

 あの時喧嘩別れをして、もう二度とこうして話す事はないと思っていた。

 

 これは、チャンスなのかもしれない。

 

 

 

 

「ツバキは本当にハンターにならないの?」

 二年前、ハンターになるのを諦めた俺にカエデが詰め寄って来たのを思い出す。

 

「ならない」

 俺は現実を知ってしまった。

 

 

 人間は簡単に死んでしまう。

 怖くなった。嫌になった。情けなくなった。

 

 

「でも、ツバキ約束したじゃない。ハンターになって皆を助けるって! 私達を助けてくれるって!」

「そんなのは子供の頃の約束だろ!!」

 俺の肩を揺らす彼女を突き飛ばす。

 

 

「俺達なんかがハンターになれる訳ないだろ。辞めとけ」

 そして俺は、冷たい声でそう言った。

 

「ツバキなんてもう知らない!」

 そうして彼女は里を出て行き、ジニアは俺の知らない所でハンターになって、俺は独りになる。

 

 

 

 ずっと後悔していた。

 

 

 だけど───

 

 

「ご飯美味しかったね、ツバキ。次は簡単なクエストでちょっと狩場に慣れたいと思うんだけど、良い?」

「おう、良いぜ。いくらでも付き合ってやる」

 これはチャンスかもしれない。

 

 

 

「ツバキ、話がある。部屋に来なさい」

 カエデと両親が家に帰って、俺は父親に呼び出される。そんな予感はしていた。

 

 

「カエデちゃんに嘘をついたな?」

「……はい」

「お前はハンターじゃない。農家だ」

「農家だって言わなくてよくない? ハンターじゃない、で止めてくれてよくない?」

「農家だ」

「分かったから話を続けてくれ父さん」

 父は一度咳払いをして、こう話を続ける。

 

 

「お前の気持ちは俺も母さんもよく分かる。お前もそういう歳だからな」

「恥ずかしいからやめて」

「だが、付いて良い嘘と悪い嘘がある。……やって良い事と悪い事があるだろ」

 そう言って、父は部屋の端にある仏壇に視線を送った。仏壇には俺に似て平凡な顔の遺影が飾られている。

 

 

「ツツジ兄さん……」

 俺には兄がいた。

 

 二つ上の、平凡な兄。

 名前はツツジ。俺の兄だけあって、子供の頃は周りの子供よりも背が高くて足も早かったのを覚えている。

 兄は子供の憧れという例に漏れずに狩人───ハンターを目指した。結果はこの通りである。

 

 

 

 なんの変哲もない、小型モンスターの討伐クエストだったらしい。

 

 

 しかし、兄はクエストに出掛けて二日間も帰って来なかった。普段なら日帰りで帰ってくるようなクエストだから、里中大騒ぎになったのを覚えている。

 

 

 そんな中で俺は両親や周りの静止も払い除け、兄を探しに狩場へと向かった。

 

 

「───なんだよコレ」

 そこで俺が見付けたのは、血と肉の塊に虫が群がっている凄惨な光景だったのである。それ以来、虫を見るのが嫌になった。

 

 

 

「ツツジの防具やギルドカードを勝手に持っていったのは、いけない事だ」

「……ごめん、父さん」

 俺は勝手に書き換えたギルドカードを父親に差し出す。ぶん殴られてもおかしくはない。家を出ていけと言われてもおかしくなかった。

 

 大切な息子の遺物をこんな事に使ったのだから。

 

 

「馬鹿野郎、心配かけやがって」

 だけど、父は俺の頭を撫でて、一度だけチョップを入れる。そうして、俺を抱きしめた。

 

「しょうがない息子だな、全く」

「父さん……」

「本当よ、全くね」

 そんなタイミングで、母が部屋に入ってくる。

 

 

 母の手には、手入れの終わった防具が畳まれていた。兄が使っていた防具を、俺が勝手に使って汚してきた物を洗ってくれたのだろう。

 

 

「で、ハンターになるの?」

「俺は……」

 母の言葉に、俺は俯いて固まった。

 

 

 

 俺は農家である。

 ハンターなんて危険な仕事が出来る人間じゃない。才能も能力も力もない。

 

 

「俺は……」

「自分の事は、ゆっくり決めれば良い」

「そうよ。待ってるから」

 そう言って、母は近くの棚に手入れの終わった防具を置いた。

 

 

 

 約束を思い出す。

 ハンターへの憧れを思い出す。

 

 危険な仕事を熟す、皆の憧れ。ハンター。

 

 

 ずっと後悔していた。もし兄が死ぬ前に、俺が強いハンターになっていたら。もしジニアやカエデよりも先に俺が立派なハンターになっていたら。

 

 でも、思い出す。

 虫に群がられる血と肉の塊を。

 

 

「俺は確かにハンターになりたかった」

 ───だけど俺は、ハンターが嫌いなんだ。


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