とにかく見事なまでにオッサン。右を見てもオッサン。左を見てもオッサン。オッサンの顔! 顔! 顔また顔! 額の脂と加齢臭が4DXでもないのにスクリーンから飛び出てくるそのオッサン天国映画っぷりたるや。
いやーこれは面白い映画ですよねー。面白いことを撮ってるから面白いんじゃなくてつまらないことを撮ってるから面白いドキュメンタリー映画だと思いました。地方テレビ局が市議の不正を暴いた! と聞けばなにやらすごいスクープ映像が映っているのかなと思いきやそんな映像は全然無い。なぜなら取材対象である不正に関与した市議やその他の人々自体にすごいところとかすごい考えなんて何もないからで、そんなものはどこからどう撮ってもすごい映像にはなりようがない。
映画の中で具体的に明かされるその手口も杜撰の一言、まったく手の込んだものではなく呆れるばかり。どのように政務活動費をだまし取るか…その答えは単に、印刷代であった。請求書に資料印刷代って書いて何十万とか請求すればお金もらえる。そんな! せめて隠しコマンド的なやり方ぐらいあれよと思っちゃう。
要するに映画が映し出したのは究極の凡庸であった。凡庸であり紋切り型でありどこまでも平均的な日本のおじさんたちであった。とにかく自分で考えない。組織のルールに唯々諾々と従う。なにがなんでも責任を取ろうとしない。喉元を過ぎれば自分がしたことも他人がしたこともすっかり忘却してしまう。すいませんでしたと謝れば、それで禊は終わると思ってる。
この不正市議たちは何も悪人ではなくただひたすらに日本人なのだ。そして典型的日本人が典型的日本人と群れるともう政治家としての良識であるとか民主主義の理念どころか善悪の見境なんかもなくなっちゃって単に組織の一部として動く人でしかなくなってしまうのだ。映画に出てくる汚職市議がオッサンだらけなのは富山市議会に女性市議が少なかったから、というだけの話ではない。疑惑を受けて14人もの市議が辞職とかいう地方議会的大惨事を生んだ背景には「みんな」と意見を異にする人間を和を乱す者として排除する日本型組織と、それがもたらした多様性の無さ起因の緊張感の欠如があるんじゃないですか。
映画の最後でちょっとだけカメラが捉えるようにこういうオッサンほど話せば面白かったり仲良くなればちゃんと親身になってくれたりする。ようするに前首相の人と同じでお友達政治家なのであり、それこそが日本の有権者の求める政治家なのであり、だからこそこんな汚職オッサンたちでも議席を占めていたのだ。と、そこまではこの映画は言ってませんが!