ドナルドダックじゃない方

アウステルリッツのドナルドダックじゃない方のレビュー・感想・評価

アウステルリッツ(2016年製作の映画)
4.5
ザクセンハウゼン強制収容所を部分改修し追悼博物館となった場所を舞台にしたこの映画。カラーはモノクロになっているがカメラに映るのはやたら自撮り棒で不謹慎セルフィーを撮りまくったりもうすぐご飯の時間なのに我慢できなくなって収容所ツアーの途中でパンとか食っちゃう人とかなので紛れもなく現代の映画であった。

歴史上の悲惨な場所を巡る観光、ダークツーリズムというものがなんでも最近流行ってるそうですが、ザクセンハウゼンはその名所のひとつっぽいので撮影時期が夏ということもあってとにかくわんさか人がいる。大抵の人はとりあえずの感じで来てるっぽいので施設を巡って心を痛めたりとか学びを得たりとかそういうのはないっぽい。真面目な人が観たらろくでもないやつらばかりだなぁと憤慨まではいかなくともかなり呆れるんじゃないだろうか。
でもさあ、そのろくでもない人たちを観てて思いましたよ。これもやっぱ風景だよね。ダークツーリズムをすることの意義は人それぞれでしょうが、本来ならあんまり人の近づかないような場所に人がたくさんいる風景を作るっていうのは一つの意義なんじゃないですか。だって人のいないザクセンハウゼンを遠くから眺めてもそこで大惨劇があったなんてよほど情緒も知識も豊かな人じゃないと想像できないじゃないですか。でもそこに人がたくさんいたら現役時代もこんな風に人がたくさんいたんだなーってわかりますよね。

「働けば自由になる」のナチス嘘標語の掲げられた重々しい門をダークツーリストたちはいとも簡単にスマホでとりあえず記念写真でも撮ったりしながらくぐり抜けて行く。誰も、ということはなかったかもしれないが、最終的にガス室も作られたので大抵の人はいくら働いたところで二度とくぐるこのできなかったその門は今や誰でも好きにくぐることができる。見ようによっては鎮魂もクソもない犠牲者たちへの愚弄であるが、別の面から見たそれは犠牲者たちが夢想したはずの解放の風景の現出なんじゃないだろうか。ツーリスト個々人の思いはどうであれその風景を現実に作り出すことは一つの慰霊と成り得るわけで。
音、とくに水滴音と扉の開閉音の強調が印象的な映画だったが、いつまでも続く虚しい水滴音は記憶の永遠性を感じさせて、博物館になっても収容所は収容所であることを観客と観光客に叩きつける。ツーリストの会話がほとんど録られない代わりに足音とドアの開閉音は間断なく鳴り響く。目をつむって音だけ聞けばここにあるのはかつての収容所そのものなんじゃないかと錯覚してしまうほどだが、そんな意識迷子を救うツアーコンダクターと案内人の収容所講釈に目を開くと、ダラダラと完全受動でその後を追いかけるツーリストたちがなんだか囚人のパロディに見えてしまって可笑しかったりする。
そうしたところも含めてなんだか気楽で楽観的な映画だった。悲劇の記憶の継承というと重くて難しい話題のように聞こえるが、それは継承を情報の伝達として捉えているからで、現実にそこに人がたくさんいる風景をとりあえず作ってしまうことでたくさんの人が犠牲になった悲劇のイメージをなんとなくでも喚起させる…という継承の仕方もあり得るのだと思った。
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