3――2つの目的が混在
ただ、地域医療構想の目的はあいまいである。厚生労働省は「病床削減のツールではない」と繰り返し強調しており、内閣官房に設置された「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」が2015年6月に病床数を試算した際も、メディアが「◎◎床削減」などと伝えると、3日後には都道府県宛に「単純に『我が県は◎◎床削減しなければならない』といった誤った理解とならないようにお願いします」という通知を出した3。
しかし、地域医療構想で語られているのは病床数であり、在宅医療に関しても「慢性期に入院する軽度患者の70%程度が在宅医療等に移行する」などの前提に立っているに過ぎず、病床に関心が向かいがちである。
こうした考え方が最も表れているのは2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書である。ここでは病床を「川上」、受け皿となる地域を「川下」」と形容しつつ、「急性期医療を中心に人的・物的資源を集中投入」「入院期間を減らして早期の家庭復帰・社会復帰を実現」「受け皿となる地域の病床や在宅医療・在宅介護を充実」と強調しており、病床を削った後に余った患者を在宅や地域で引き取る発想に立っているのは明らかである。
中でも、患者7人に対して看護師1人を配置する入院基本料要件を満たした急性期病床(いわゆる7:1要件)を圧縮したい思惑があったのは間違いない、政府は2006年度診療報酬改定に際して、7:1要件病床に対して報酬を手厚くしたが、手厚い報酬を期待した医療機関が国の予想以上に7:1要件を多く満たしたため、医療費を増やす原因となり、政府は急性期の圧縮を検討するようになった。
しかも、この考え方は10年ほど前から論じられていた。例えば、2008年6月の社会保障国民会議中間報告では、「過剰な病床の思い切った適正化と疾病構造や医療・介護ニーズの変化に対応した病院・病床の機能分化の徹底と集約化」と指摘していたほか、同様の文言は2008年11月の最終報告と2009年6月の安心社会実現会議報告、民主党政権期に取りまとめられた2011年7月の「社会保障・税一体改革成案」、2012年1月の「社会保障・税一体改革素案」に継承されており、約10年の歳月を経て制度化された経緯がある。
さらに、政府が2016年末に改定した「経済・財政再生計画改革工程表」でも「医療介護提供体制の適正化」として地域医療構想を位置付けており、今年6月に閣議決定された骨太方針でも市町村国民健康保険の都道府県単位化4や医療費適正化計画5とのリンクを意識しつつ、「都道府県の総合的なガバナンスを強化し、医療費・介護費の高齢化を上回る伸びを抑制しつつ、国民のニーズに適合した効果的なサービスを効率的に提供する」という文言を用いることで、都道府県主導による医療費適正化に期待している。
3 2015年6月18日、厚生労働省医政局地域医療計画課長の名前で各都道府県衛生担当部長に示された「6月15日の内閣官房専門調査会で報告された必要病床数の試算値について」という通知。
4 慢性的な財政赤字に苦しむ市町村国民健康保険の財政を安定化させるため、財政運営を都道府県単位とする改革。
5 2008年度から導入され、国と各都道府県が策定する計画。平均在院日数の削減、特定健康診査・特定保健指導(メタボ健診)の実施が主な目的で、都道府県計画は5年に一度改定される。次期計画から周期は6年に変わる。
では、厚生労働省が病床削減による医療費適正化という目的を否定しているのはなぜだろうか。
それは制度化プロセスにおける日本医師会との調整が影響している。
厚生労働省は2011年11月の社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療部会で、人員配置や構造基準をクリアした病床を急性期として認定する「急性期病床群」(仮称)の新設を提案した。これは急性期について国の要件に従わなければ急性期と見なさず、単価の高い診療報酬も渡さない意図だったが、日本医師会は「急性期医療をできなくなる地域が生まれる」と懸念した。
さらに厚生労働省は2012年4月、急性期病床の登録制度を提案したが、これにも日本医師会は実質的に認定と変わらないと反対した。その理由について、日本医師会副会長は雑誌の対談記事で、急性期病床に医療資源を集中する方針が示されたことについて、「急性期だけでなく慢性期・在宅まで切れ目なく(注:提供することが)大事であって優劣はないと一貫して主張した」とした上で、急性期病床の認定制度には「認定される施設とされない施設では診療報酬で大きな差がつき、特に地方では急性期医療が提供できなくなると反対した」、登録制度には「登録でも要件があるはずだから認定と変わらないと(注:反対した)」と明らかにしている6。
その後、日本医師会は2012年5月、対案を示した。対案では、(1)各医療機関が担っている機能について、都道府県に情報を提供する仕組みを創設、(2)都道府県は情報を活用し、医療提供者の主体的な関与の下、地域の実情を踏まえた提供体制を検討する、(3)都道府県は報告の仕組みを通じて得られた情報を住民、患者に示し、医療提供者、行政、地域住民、患者とともに、地域に実情に合った提供体制を作り上げる―といった内容であり、現在の制度に至っている。
こうした経緯を見ると、日本医師会との調整プロセスを経て、「病床削減による医療費適正化」という当初の目的が薄まるとともに、「切れ目のない提供体制の構築」という目的が加わったことが分かる。
6 『病院』74巻8号p535における中川俊男日本医師会副会長の発言。
4――病床削減に消極的な都道府県
では、「病床削減による医療費適正化」「切れ目のない提供体制の構築」という2つの目的が混在しているとして、どちらの目的を都道府県は重視したのだろうか。結論から言うと、後者の「切れ目のない提供体制構築」を重視している。
まず、都道府県のスタンスは必要病床数について表れている可能性が想定される。もし都道府県が「病床削減による医療費適正化」という目的を重視しているのであれば、必要病床数を一つのターゲットとして、削減の姿勢や努力を見せることが予想されるためだ。
こうした中、地元医師会を中心とする医療機関関係者との関係が悪化すると、切れ目のない提供体制の構築というもう1つの目的達成が困難になるため、都道府県が病床削減に消極的だった様子が窺え、病床削減に向けた都道府県の主導性を求める政府とは明らかに異なるスタンスを取っていたことになる。この点については、強化されたとされる知事の権限についても、11道府県が言及していたに過ぎなかったこととも符合する。
むしろ、近年の診療報酬改定では、医療機関が7:1要件を取得する際の条件を厳格にしている8ため、急性期の病床数については、地域医療構想に基づく調整よりも、報酬改定の影響を大きく受けることが予想されている。こうした状況の下、都道府県としては診療報酬改定の結果と影響を見極めようという機運が強かったと考えられる。
7 例えば、日本医師会の常任理事は「地域医療構想では将来の病床の必要量が注目されがちであるが、重要なことは将来の姿を見据えつつ、医療機関の自主的な選択により、地域の病床機能が収れんされていくことである。病床の必要量は全国一律の計算式で機械的に計算されたものに過ぎない」と指摘していた。2016年9月20日『日医News』。
8 7:1要件を取得する際、患者の医療・看護度などを評価するいくつかの条件をクリアする必要があり、2016年度報酬改定では手術や受け入れ患者に関する条件を追加することで、取得を難しくするように厳格にした。2017年10月25日の財政制度等審議会では、一層の厳格化が論じられている。
都道府県が「病床削減による医療費適正化」という目的を重視している場合、2018年度の市町村国保の都道府県単位化や、医療費適正化計画の改定との関係を意識することが考えられる。前者は財政運営の責任主体、後者は医療費を抑制する主体として、いずれも都道府県の主導性発揮が期待された制度であり、地域医療構想との関係付けようとしているか探ることで、病床削減による医療費適正化に向けた都道府県のスタンスを把握できると考えられる。
そこで、各都道府県の地域医療構想を見ると、図2の通り、市町村国保の都道府県単位化に言及したのは奈良県と佐賀県の2県、医療費適正化計画に言及したのは10都府県にとどまり、3つを明確にリンクさせたのは実質的に奈良県だけだった。
奈良県の地域医療構想では「地域医療構想の策定は社会保障改革の一環であり、医療費適正化計画の推進や、国民健康保険の財政運営とともに都道府県が一体的に取組を進める必要があります」としている。こうした文言が盛り込まれた背景としては、3つの関係をリンクさせた改革を進めようとする荒井正吾知事のスタンスが影響している9が、こうした事例は現時点で極めて少数であり、その背景としては地元医師会や医療機関関係者の反発を恐れ、病床削減や医療費適正化を想起させるテーマを避けた可能性が高い。
9 荒井知事は2015年9月のシンポジウムで、「(筆者注:地域医療構想、医療費適正化計画、市町村国民健康保険の都道府県単位化の)3つは関係している。高度医療、看取り、終末期医療、頻回受診、頻回薬剤投与など議論が進んでいない分野がある。地域でそのようなことを探求していくことも可能」と述べていた。『医療経済研究』Vol.28 No.1。