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おれは見ない派である。でもこの回答だけだと少し寂しいな。 携帯を覗き見る派の人に対して少し語ろうか。 隠し事はよくない、と言っている人こそ、なぜ相手にこそこそ隠れてケータイを覗くのだろうか。堂々と相手に「携帯の中身を見たい」となぜ言わないのか。もっと言えば、抜き打ちではなく、相手に携帯を見せる準備期間を与えてから見てはどうだろうか。 「そんなのじゃ意味ない」 そう思うだろう。抜き打ちで見たいんだよな。携帯を覗き見たい人の本音は、相手への不信があるからだ。なのに「隠し事はよくない」ことの理由として、愛し合っているのだからとか付き合っているのだからということを言う。愛や恋愛関係にあるという性善説であるべき立場をとりながら、相手に不信をぶつけるのは性悪説に他ならない、ねじれた状態になっている。愛し合っているのだから、というのなら、携帯を抜き打ちで覗くのも愛に反してはいないだろうか。 例えば誰でも見せたくないことがある。トイレで排便している姿、生理用品を買っている姿、親に怒られている姿。これらはプライバシーであって隠しているわけではない。見られたくないことと隠していることは違う。いや、行為としては「隠している」と言えるが、都合が悪くて(罪の意識があって)隠しているわけではない。ただ見られたくないだけだ。 携帯の中身を見るための正当性として「隠し事はよくない」というのは、勝手に携帯の中身を「隠し事」と決め付ける、覗きたい側の色付けがある。携帯の中身はプライバシーであって覗かれたくないものなのに、それを「隠し事」だと悪意を持って見てしまうのは、自分の心のめがねが不安色に染まっているからだ。 確かに携帯の中で浮気が進行していることは多いが、それがまだ分からないうちから「隠し事」などと相手に悪意をかぶせるのは筋違いではないだろうか。 携帯を覗いてもいいことはない、というのはおおよそ本当だ。それはよく「悪い情報しか出てこないから」という、人はみんな悪いことをしているということへの皮肉的な意味で捉えられるものだが、おれが言いたいのはそういうことではない。 携帯を覗く人は、不安だから覗く。不安だから覗くということは、安心したいから覗く。安心したいから覗くということは、安心材料を探している…かと思いきや、探しているものは安心材料ではなく不安材料だ。安心したいくせに、不安を決定付けるような情報を探している。携帯を覗く人が「私のこと誉めてくれているメールでもないかな♪」などという気持ちで覗くわけがない。「浮気してないかしら」など、悪い何かを探して覗くだろう。 ということは、何かが見つかれば「ほらやっぱり」という悪い結果を得て、何も見つからなければ「今回は何も見つからなかった」という、マイナスがなかっただけの結果に終わる。最高の結果を得たのに、安心なんか手に入らない。安心したかったのに、だ。それはまるで悪い結果を望んでいたかのようにも思える。不安を証明したくて覗いているようなもんだから、やはり「携帯を覗いてもいいことはない」というのはほぼ正しい。 言いたいことは山ほどあるが、ほどほどにしとくか。 携帯の中は、彼氏彼女には見られていない前提で本人は活動している。そこには、恋人からは見えない一面も詰まっているかもしれない。人にはいろんな面があり、ほかの人から見えるのはほんの一部だ。携帯を覗くというのは、相手の心に盗聴器を仕掛けるようなもので、自由な領域を侵すことに他ならない。例えば人は頭の中ではどんなことを思っていても自由なはずだし(それが世界の滅亡であれ)、表に何を出すかを誰もが調整しているのに、勝手に内部にまで踏み入るのは、すでに相手が一人の尊厳ある人であることすら侵害していると思う。 覗く人の不安は、自分の心の問題なのに、相手にその解決を見出そうとするのは筋違いだろう。不安ならば不安な気持ちを受け入れてもらい、正面から理解を深めていくのがパートナーシップのあり方ではないだろうか。 あえて携帯を覗くことが「あり」な場面があるとすれば…。相手の浮気などが確定的で、もう別れるつもり、証拠をつかんで罵倒して終わろうというつもりなら、まぁそれもいいかもしれん。まだ二人の関係を諦めていないのなら、覗くべきではないと思うが。
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