たとえ全てを忘れても   作:五朗

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 注―――一分前にエピローグⅠを投稿しています。


エピローグⅡ 罅割れ折れたる―――

 走る、走る、走る、走る―――。

 ポーションだけでは回復しきれなかった傷と、限界まで削って底をついた筈の体力を搾り懸命に足を前へと出して走る。

 振り上げる両の腕が、動かす度に付け根から千切れ飛びそうな程に痛み、地面を蹴る足が、一歩進む度に内側から稲妻染みた痛みが掛け上っていく。

 息を吸う度に鋭い刃で喉を裂かれるような痛みが走り、息を吐く度に肺が鑢掛(やすりが)けられるような痛みがする。

 それでも、決して足を緩めることなく、もっともっとと、もどかしげに更に走る速度を上げていく。

 視線の先には、全身から光を溢すようにして立つ女の人の後ろ姿。

 見知らぬ女の人だ。

 だけど、彼女の―――違う、彼の事を、ベルは知っている。

 出会って1年も過ごしてはいない。

 分かっていることも、知っていることも、実は本当は何も無いのかもしれない。

 だけど、それでも身体は、心は決して前へと向かうことを止めない。

 もうずっと―――それこそ生まれてからずっと一緒にいたようにも思えてしまう程の人。

 おじいちゃんが死んで、聞かされてきたお話に憧れこのオラリオにやってきて。

 だけど、誰にも迎え入れられる事もなく、一人、たださ迷っていた。

 途方にくれ、迷い子のように一人ただ立ち尽くしていた僕に、手を―――差し伸べてくれた人。 

 本人には、恥ずかしくて言えないけれど、兄のように慕っていた。

 その強さに、後ろ姿に憧れた。

 一人モンスターに立ち向かうその姿は、鍛え上げられ、余分なモノを全て削ぎ落としたかのような鋼の剣を思わせたけれど、あの教会の地下室で過ごす時は、優しく暖かく―――まるで本当の兄のようで。

 冷たい鋼の刃のような恐ろしさと、日だまりのような暖かさを感じさせる不思議な人。

 シロさんがいなくなってから、まるでぽっかりと胸に穴が空いたような感覚がしていた。

 神様も、普段通り振る舞っていたけれど、ふと見せる横顔には、悲しさと寂しさを見せて。

 どうしていなくなったのか、帰ってきてくれないのか、わからなかった。

 死んだとか、捨てられたとか言う人はいたけれど、僕も神様もそれを信じる事は欠片もなかった。

 悲しくて、寂しい気持ちはあったけれど、どうしても死んだとか、捨てられたとか、そんな事は全くと言っていいほどに……自分でもどうしてだろうと思うほど、そう思う事はなかった。

 ……多分、それはきっとシロさんと一緒に暮らしていたから。

 時折シロさんから感じる、何処か、眩しいものを見るかのような視線。

 僕と神様が二人で話している時に、それは良く感じていた。

 僕と、神様を、優しく遠くから見つめるような、そんな目を。

 そんな時、決まって神様がシロさんに笑い掛けていた。

 シロさんの、武骨な手を握って、僕の下へと連れてきて。

 にこにこ笑いながら手を引いてくる神様の後ろから、シロさんは何時も苦笑を浮かべながら歩いてきて。

 そして、一緒に、三人でテーブルを囲んで座って。

 眠くなるまで話し込んで。

 

「―――シロさんッ!!」

 

 後少し、もう少しで手が届く。

 黄金の光を放つその身体は、近づくにつれその詳細が見えるようになった。

 命さん達に似た服も、その身体も透けて見えて、まるで空に溶けて消えていくかのようで。

 その考えが、思考が冷たい刃となって背筋を貫く。

 手を伸ばす―――それが、通り抜けそうな予感がして。

 悲鳴を上げそうになる口を、唇を噛みきりながら切り刻んで。

 代わりに名前を口にする。

 

「シロさんッ!!!」

 

 手を伸ばす。

 女の人の背中が、ゆっくりとこちらに倒れてくる。

 薄れる背中を通して、向こう側の光景が見えている。

 それが意味する事を否定したくて。

 必死にシロさんの名前を呼ぶ。

 視界を滲ませる涙を、飛ぶように走る速度で振り切り、必死に手を伸ばす。

 両手を広げ、倒れるその背中を迎え入れる。

 しっかりと、力を込めて、受け止めるために。

 そして―――もう殆ど輪郭が感じられないその身体が、僕の身体に落ちてきて―――。

 

「シロ―――ッぶ!?!」

 

 ―――僕は押し倒された。

 

「ベルッ!!?」

「ベル様ッ!!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()に押し潰され、体力と気力を限界を越えて使い果たしたことからも、遠くなりかけた意識を、しかし、全身に感じるその苦しみの理由に思い至った時、自分の中に一体何処にまだこれだけの力があったのかと驚くほどの動きで身体を起こすと、自分に倒れかかってきたその姿を見下ろした。

 

「―――シロ、さん?」

 

 そこには、あの直前まで見せていた幻のような女の人の姿はなく。

 少し前までは、毎日のように見ていたシロさんの姿があった。

 そして不思議なことに、その身体には、女の人の姿に変わる前のように、ぼろぼろの服を身に纏っていたけれど、見える範囲では全身にあった筈の傷の姿は見られなかった。

 

「おい、こりゃぁ……」

「っ!? だ、大丈夫ですかベル様っ!?」

 

 文字通り消えかけていた女が男へと変わると言う光景を目の前にして、驚愕のあまり思わず駆け寄る足を止めてしまったヴェルフの横で、同じく足を止めてしまったリリであったが、直ぐに思い直すかのように頭を振ると、シロの背中に押し倒された形となったベルの下まで走り出した。

 

「ぼ、僕は大丈夫だから、シロさんをっ」

「分かりました」

 

 ベルの言葉に、一瞬足を緩めたリリが、眉根を寄せながら何処か警戒した気配を漂わせ仰向けに倒れるシロの下まで向かう。

 シロの下から抜け出して膝立ちに心配気に見下ろすベルの隣で立つリリが、ざっと負傷の具合を確認するように全身に視線を向ける。

 服は最早最初どのような形をしていたのか予想する事が出来ないほどにボロボロで、所々か全体的に見える赤黒く染まって見えるそれは、確実に元からあった色ではないだろう。しかし、奇妙なことに赤黒く染まり、破けた服の下から除く肌には、出血どころか小さな擦り傷すら見当たらない。

 

「何だ? 傷の一つもねぇ?」

「そん―――」

 

 戸惑うリリの頭の上に、追い付いてきて同じ疑問を抱いたヴェルフが困惑した声が落ちてくる。

 反射的に顔を歪めたリリが、苛立った声を上げようとした時―――。

 

「っ、ぁ」

「シロさんっ!!?」

 

 小さな、風の音にすら負けそうな程にか弱い声が聞こえた。

 苦悶するその小さな声を聞き逃さなかったベルが、覆い被さるようにシロの両肩を掴みその名を呼ぶ。

 その声に応じるかのように、閉じられた瞼を一度痙攣させた後、ゆっくりと開かれ。

 

「シロさんっ!!」

「べ、る?」

 

 掠れた声で、目の前一杯に広がる少年の名を反射的に口にしたシロに、ベルが泣き崩れる直前のような砕けた笑みを浮かべ。そんな様子を見たヴェルフとリリが、ほっと一息をついた―――瞬間であった。

 

「―――がっ!!??!」

「うおッ!!?」

「きゃっ?!」

 

 凄まじい勢いで振るわれた腕により、ベルの身体が吹き飛ばされた。

 完全に油断していた状態で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、側にいたヴェルフとリリを巻き込んで数Mも地面を転がってしまう。

 

「っかは!? ど、どうして―――しろ、さんっ?!」

「ぁ、っ、ベル様、大丈夫、ですか?」

「おいっ!! てめぇ一体何しやが―――っ!!」

 

 よろよろと立ち上がったベル達の前で、同じく身体をふらつかせながらも立ったシロが、睨み付けるような視線を向けてきていた。その視線の強さは、殴りかかろうとしたヴェルフの足が思わずその場に縫い付けられてしまうほどのものであった。

 

「シロさん、何で?」

 

 突き飛ばされて痛む胸を押さえながら、何とか立ち上がったベルが、向けられる視線に押されながらも、それでも足を前へ、シロの下へと向かうために動かそうとした時。

 

「来るなッッ!!!」

 

 震える身体で。

 

「どう、して―――ぼ、くは―――僕はっ」

 

 今にも崩れ落ちそうな姿で、しかし竜の咆哮すら思わせる声をあげるシロの姿に、足を止めてしまったベルが、泣きそうな顔で声を震わせる。

 

「いい加減にしてくださいっ!! ベル様が一体どれだけあなたの心配をしていたか分かっているのですかッ!!」

「あんたが何を考えてんのか知らねぇが、流石にこれはないと思うぜ―――ッ!!」

「りり―――ヴェルフ……っ!!」

 

 項垂れるベルを守るように、その両隣に立ったリリとヴェルフが前に出ようとする。

 その姿に背を押されるかのように、顔を上げたベルが、一歩前へ。

 二人を背に前へ。

 シロへと向かって差し出すように手を伸ばし、足を踏み出――――――――――――。

 

「―――ぇ?」

 

 伸ばした手に。

 上げた顔に。

 熱い。

 赤い。

 真っ赤な―――モノ、が。

 かかって。

 目の前の。

 シロさんの胸から。

 赤く、紅く染まった鋭くて硬いナニかが、()()()()()()()

 

「し、ろ―――さん?」

 

 息を飲む音が、背中から聞こえる。

 目の前の光景を脳が処理しきれずに、視界が端から段々とましろく染まっていく。

 だけど、突き付けるように、視界の真ん中に見える光景だけが、恐ろしいまでに鮮明で。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 目の前の現実(光景)が信じられず。

 意味が分からず。

 自然とこぼれた疑問の声と思考から、そんな事は許さないとばかりに、それ(意味のわからない光景)は続いた。

 

「――――――――――――――――――――――――」

 

 胸元の中心付近から突きだした剣。

 背中から突き刺されたかのような姿ではあるが、周囲には人気はなく。今もまたそんな姿は何処にも見えず。そしてそれを証明するかのように、悲劇は続いた。

 胸元から突きだした剣はそのままに、ゆっくりと倒れかかるシロの身体から次々に剣の刀身が姿を見せる。

 

 背中―――肩―――足―――腕―――首―――

 

 身体に最早欠片も力など入らないのだろう。

 膝下から落ちるように倒れそうになる身体は、しかしそれ(倒れること)を許さないとばかりに、次々に姿を見せる剣が身体から突き出す衝撃をもって無理矢理に倒れることを防いでいた。

 シロの身体から突きだしてくる剣の姿は、その全てが刀身の部分だけであり、手に掴む柄の部分は何処からも見られない。

 それはまるで、()()()()()()()()()()()()()かのようで。

 意識など最早ないのだろう。

 糸の切れた操り人形を、無理矢理殴って立たせているかのようなそんな醜悪で悪趣味な光景は、一体どれだけの間続いたのか。

 目の前に起きている光景を理解できず、混乱している故か、声もなく目を逸らす事も出来ず誰もが皆、声を上げる事もなく見つめるなか、ただ、肉を切り裂き骨を断つ嫌な音が響き渡り―――。

 漸く、人の声が上がったのは、そんな惨劇が、水を含んだ人形を地面に叩きつけたかのような音が最後に響いた後から、数秒ほど経った後で。

 それは―――

 

 

 

「―――――――――しろ……さん?」

 

 

 

 幼い迷子が上げる。

 泣きつかれ後のような掠れた、何が起きているのかわからない―――わかりたくない困惑した声であった。

 

 

 

 

 

 

 




 感想ご指摘お待ちしています。

 シロが武蔵から元へと戻れたのは、色々と要因がありますが、それを本作中に書くのが難しいので、ここで書きます。
 要因としては大きく3つ。

 ○ 前提として小次郎が【月落とし】を使用する前に、物干し竿は【明神切村正】に刀身  
  を切断されていた。本作中では、【燕返し】→【物干し竿切断】→【月落とし】の順番 
  で書いるが、実際には同時に起きていた。もし、【月落とし】により【明神切村正】が
  破壊されていれば、物干し竿が切断されていたという事実はなかった事になったと思わ
  れるが、【明神切村正】が破壊されなかったため、物干し竿の刀身は切断された状態の
  ままであった。
   よって、【月落とし】により武蔵の【肉体】は破壊される事はなかったが、小次郎の
  【剣】は霊基を切り裂き武蔵は倒されてしまった。
   だが、この【武蔵】は本来の英霊として召喚された【武蔵】ではなく、【明神切村
  正】の記憶から再現した【武蔵】であり、【影】や【虚像】【幻】のようなもので、そ
  の本体というか【核】は【明神切村正】であったことから、【武蔵―――シロ】の完全な
  消滅は防がれた。

 ○ 以前にも何度か書いているが、この【シロ】は正確に言えば【人間】でもなく【英
  霊】でもなく、そのどちらでもありながらどちらでもないモノである【泥人形】的なも
  のであることから、その魂的な耐久力や復元力は【英霊】以上のものがある。
   とは言え、それにも限界があり、今回はその限界を十分越えていたが、三つ目の要因
  により何とか持ち直す事が出来た。

 ○ シロが生き残れた最大の要因は―――ネタバレとなるためはっきりと口にすることが出
  来ないが、わかるものには直ぐに察する事の出来るだろうヒントを二つ。
   
   一つ、この【シロ】はヘヴンズフィール編の衛宮士郎の肉体である。
   一つ、この世界には、現在【セイバー】が存在している。

   わかる人には直ぐに分かると思いますが、この三つ目の要因が最大の要因です。

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